ただ、あの時見たライブが忘れられなくて。
吹奏楽部のコントラバスに声を掛け、それの縁を辿ってドラマーとの連絡も取った。
幼馴染をギターで雇い、身投げしようとしていた彼女の心の叫びを以て、バンドは完成した。
しかし、長くは続かなかった。
家の没落、それに伴ったゴタゴタ。
何もかもがうまくいかなくなって、続けられなくなって。
別れを告げようと決心した。
自ら始めたのだから、蒔いた種ぐらいは摘まなければ。
『燈はお前を待ってたんだよッ!』
知っている。
寂しそうな顔をしていた。
彼女も、悲しんでいた。
『待って、ちゃんと話し合おう?』
事態が分からないなりに、落ち着けてくれているのはありがたい。
が、正直言って早く済ませたい。
あること全てを話すわけにはいかず、彼女らを巻き込むわけにもいかない。
『...本当に、辞めちゃうの?』
そんな顔をしないでほしい。
私が悪いのだからそんなことを言う権利なんてないけれど。
だから。
『燈は特に練習しなければならないのに、今まで何をやっていたんですの!?』
このバンドに戻る意思がないことを伝えた。
彼女を当てつけにしてしまった事は悪いと思っているが、これ以上事態が悪化する前に、彼女らとの縁を切らなければいけない。
『私は、バンド...楽しいって思ったこと、一度もない』
幼馴染の助け舟か、本心か。
その一言で、スタジオ内の空気が冷え切った気がした。
「...っ」
忘却を肩書きに据えた私が忘れられない、在りし日の記憶。
忘却と花ばかりに、過去に縋り音楽を奏でている。
お為ごかしと罵った彼女と同じことをしている気がする。
「...いや」
いや違う。
音楽は道具だ。
復活、復権のための道具。
ただ作り、奏で、手っ取り早く名を知らしめるための、道具。
感情なんてない。
ただ、成り上がるための。
「祥ちゃん、今ちょっといいかな?」
「...?あぁ、初華。なにか?」
幼馴染、三角初華が声を掛けてきた。
今はバンドのリハーサル中だったことを忘れていた。
「新しい曲の歌詞なんだけど、見てもらってもいい?」
「あぁ、分かりましたわ。それにしても、随分と早いですのね」
初華は優秀だ。
曲を渡せばそれに沿った歌詞がすぐに出てくる。
決して便利な機械と思っているわけではないが、それにしても仕事が早い。
「...初華?どうしました?」
「えっ?」
「いえ、視線を感じるような気がしたので。勘違いでしたらすみません」
「ううん、大丈夫。それで、どうかな?」
「えぇ、これならすぐに制作に取り掛かれそうです。明日か明後日...皆様、予定は?」
各々休憩しているメンバーに問う。
「私は、いつでも」
「明日はいつでも、明後日は15時以降であれば。その前はサポートが入っているので」
「あたしもいつでもー。でも決めててくれた方が助かるなぁ」
「私もいつでも平気だよ」
「それならば、明日にしましょう」
はーい、と少し間の抜けた返事を横目に、初華のノートを仕舞う。
私は成さねばならない。
このメンバーと、この曲で。
このバンドで、すべてを手に入れるために。
「では、リハーサルを続けましょう。『黒のバースデイ』」