山本武という男への違和感について。
以外余談
一度の挫折で人生終了と考えるのはなんとも子供らしいですが、父子家庭で関係も良好、その後の山本の明るいキャラクターと照らし合わせるとなんとも言い難い違和感があります。そこに加わる「生まれながらの殺し屋」という設定を考えるに、山本には明白な二面性があるのではないでしょうか。
獄寺は綱吉に怒られてから共に生きることを考えそうですが、山本は人生の最後に綱吉と死ぬことを望むかもしれません。あの日、一緒に屋上ダイブをしてくれた綱吉を一人寂しく死なせないために。そして山本はこの思考が普通ではないことを自覚していて、自分にはリボーンに生まれながらの殺し屋だと言われるほどのモノがあり、それと上手く付き合っていくためにも綱吉の善悪の価値観を己の指針にする。あの爽やかな人柄の下にこのようなものが隠れていたら、私がとても喜びます。
ここ数年、私の中の山本はこんな男です。
ゲンにはキラキラの笑顔で「最後はツナと一緒に死んでやりてぇんだ。そしたら寂しくないだろ?」と語る山本にドン引きしてほしいです。
三千七百年前に記者として働いていた女、北東西南は証言する。
彼は日本・剣道界の新星よ。中学まではまったくの無名だったけど高校一年生で初めて出場した大会で優勝、そのまま個人の部で全国制覇してしまったの。うちの会社が扱った彼の記事によると、剣術はお父さんに習っただけで道場に通っていたわけじゃないらしいの。ありえないでしょう、一度の優勝ならまだしも、全国制覇なんてまぐれでできるものじゃない。記録映像を見たからこそ断言できる、彼はただの高校生じゃない、正真正銘の天才よ。
「有益な情報をありがとう。うん、次は彼にしよう」
旧世界で取材というものはあくまでも仕事の一環、金を儲ける手段でしかなかったけれど、彼女の取材を受けていた縁がこのような形で作用するとは。
獅子王司は復活液を手に、ひとつの石像を観察する。身長は一八〇後半といったところか、衣服が風化し剥き出しになった肉体を見れば、彼がいかに己の筋肉を鍛え上げてきたかがひとめでわかる。しっかりと話をすれば、彼もまたこの原始の世界を理解してくれるだろう。
緑色に染まった空を見上げるようにして固まったその体に、復活液をかけていく。
「おはよう、武──」
そう声をかけたのは、男の石化が頭から解けていくのと同時である。バリンッと砕けた石が飛び散るよりも先に司の本能は肌を刺すような殺気を感知する。予備動作なしの鋭い裏拳、それを受けた矢先に鳩尾を狙った蹴りが放たれる。
北東西の証言によると彼は笑顔が爽やかな好青年のはず。だが、いま対峙している男の眼光を司は知っている。命のやり取りをした者の眼にだけ宿る、本物の殺気である。
「俺は敵じゃない、落ち着いてくれ」
後ろに飛び退いて距離を取り、男の黒い眼を見据える。すると男は一瞬で痛いほどの殺気を散らすと、元・記者の云うような微笑みを浮かべたではないか。
「わりぃな、怪我はねぇか。ずっと動けなくてイラついちまったんだ。俺、おまえのこと知ってるぜ、獅子王司だろ、先輩が戦ってみてぇって云ってたんだよ」
腕に覚えのある者は戦力把握と眠気覚ましの意味を込めて腕試しをさせてきたが、武はそれを断った。そういうのは好きじゃないらしい。皆にさせてきたことを彼だけにさせないのは顰蹙の元になると考えたが、彼は佇まいだけで己が強者であることを語っている。司はもちろんのこと、氷月や一部の者はひけらかさないその強さを見抜いていた。
武の強さはこの小さな理想郷の強い味方となると考える司は、この世界の現状を話して聞かせるのを口実に、彼が何を考え、求め、はたして司の掲げる理想に共感してくれるのか、もしもの場合の説得の余地を、メンタリストである浅霧ゲンと共に注意深く聞き出そうと、彼にとっては三千七百年ぶりとなる食事を用意した。
あの緑色の光によって全人類が石化し、およそ三千七百年の月日が流れ人類が築いた文明は完全なる崩壊を迎えた。地球の現状を表すならば文明が発達する二百万年前の原始、ストーンワールド。金儲けしか脳のない年寄りのいないこの世界ならば、純粋な若者だけが自然と生きる楽園を作ることができる。
「武、君はこの世界をどう思う。これから共に生活をしていくんだ、君の心のままの意見を聞かせてくれ」
司がこの世界について話すあいだ、武は鹿肉を食べる手を止めはしなかった。なにか思うことがある者は唖然と司を凝視するものだ。それがストーンワールドへの戸惑いか、司本人の思想への疑惑かはこの時点で判断は難しいけれど、懸念材料としては十分、ゲンは微笑みの仮面で表情を読ませないからこそ、数多の試合で培ってきた己の直感を司は信じる。
「文明に関しては特に思うことはねぇかな。ないならないで死ぬわけじゃねぇし。でもゲームとかピアノとか、ないと生きていけない奴もいるからなぁ」
「そうだね、娯楽の類いはたしかに魅力的だ」
「トランプくらいなら作れそうだけど、ゲームやピアノはちょっと難しいね」
どうやら彼自身が執着するものはない様子だ。これなら話を進めやすい。
「武、俺はね、ここに住まう皆や君のような若者だけを復活させることで汚れのない世界を作りたいんだよ。科学が発展すれば必ず兵器が作られる。アルフレッド・ノーベルが戦争を憎もうとも、彼の作ったものが兵器であることに変わりはない。過去の過ちを二度とくり返さないために、俺は科学文明を否定する」
果実と水で肉の臭みを消した武は、司の決意に「おまえは平和主義なんだな」と共感を示してくれた。
「俺のダチにもさ、争いが大嫌いな奴がいたんだよ。喧嘩だ抗争だってより、花火とか雪合戦とか、とにかく平和な日常を愛してた。あいつも兵器なんてないほうが良いって云うだろうな」
「大切な友人なんだね」
「ああ──あいつらがいてくれるなら、こんな世界でも楽しいだろうよ」
ここだ。ここさえ抑えておけば武の心を、武力を、手中に収めることができる。
「それなら、君の大切な友達を復活させよう。復活液は多少時間がかかっても作ることができるからね」
「まじか司!」
勢い良く立ち上がった武の表情は、石から復活してはじめて見せるものであった。そもそも彼は感情の起伏が平坦である。口角を下げることがほとんどなく、このストーンワールドに対しても楽観的と言える反応ばかりで、急変してしまった世界への焦りというものがないのだ。パニックにならないでいてくれるのはこちらとしても助かるが、それにしても、彼にはこの世界に対する希望も絶望も感じられない。
この男は、一体なんなのだろう。
ただの友人想いの好青年か。はたまた──
「約束だぞ、絶対にツナと獄寺を復活させてくれよな」
もちろんだとも、と返事をしようとした司を止めたのは、ゲンである。
「待って武ちゃん。武ちゃんが友達をすっごく大切に思ってることは伝わってきたんだけど、このストーンワールドだからね、できると言い切れないこともあるのよ。めんごね、だから確認させてよ。そのツナちゃんと獄寺ちゃんてのは旧世界のどこらへんで石化したのか、だいたいの位置はわかる?」
「イタリアの、あそこなんだっけな、中部って言ってたか」
「──はあ? イタリア?」
「おう」
この男はストーンワールドという意味を、文明が滅んだという意味を、理解しているのだろうか。
「飛行機はもうねぇけど、船なら作れそうだな」
どう考えても不可能である。日本とイタリアがどれだけ離れていて、漁に出るのではなく海を渡れる船が丸太の数本でできるわけがないこと、何ヶ月の旅になるのかも見当が付かず、保存食を作らなければ最初の一週間で死が確定すること。航海の知識をなにひとつ持たない司でもこの世界でイタリアを目指す無謀さに唖然としているのに、武は俄然やる気である。
「船旅なんてドイヒーな救出劇の予感! でもまずは冬越えの支度から始めないとね。武ちゃん、お友達を助けに行くにもまずは自分たちの生活基盤を築くことから!」
「そりゃあそうだな。今日はタダ飯食わしてもらったから、明日からは働くぜ」
「頼もしいな。よろしく頼むよ」
食事を終えて、手の空いている者に武を寝床に案内させた。皆の輪から抜けて奇跡の洞窟に移動すると、周りに誰もいないことを確認して、ゲンが問うてくる。
「どうするつもり、司ちゃん。彼、本気でイタリアに行く気みたい」
「さっきは助かったよ。ゲンがいなかったらできない約束をしてしまうところだった」
「できないって──そうよね、このストーンワールドで航海だなんて」
「武もここでの生活に慣れたら無理だということを理解してくれるはずだ」
本当にそうだろうか。自分で言いながら、司は確証を得られないでいた。動物の皮をなめした衣類に、洞窟などを利用した簡易な住居、土器の道具、肉や魚、木の実、山菜という食事。吸い上げられる税金や労働から解放された代わりのシンプルなこの暮らしぶりを眼にしても武はイタリアに渡ると断言した。あれは願いや希望ではなく、執着である。
「その千空ちゃんっていう科学者のことは話さないほうがいいかもね。お友達を助けに行くためだったら武ちゃんてなんでもやりそうじゃない? なんて言うか、底が知れないって感じ。探しに行っちゃうかもよ。素の彼は明るくてイケメンで良い子なんだろうけどね」
「俺もゲンの意見に賛成だ。ひとまず武には冬越えのための備蓄調達に専念してもらうことにしよう」
方針が決定すればこの話し合いもお開きだ。寝床に戻るゲンを見送る司は、その背中の向こうでゲンがほくそ笑んでいることを、知る由もない。