所属する組織の命令だった。
とはいえ役目は後方支援、それも最後方。
内容は物資の補給線に近づく魔獣を追い払う程度のもの。
面倒ではあったが、四辻もそこまで不満はなかった。
要は組織が擁する
彼が知る英雄は、世界でも有数の実力者。
魔術異能が蔓延る世でなお『
そうはならなかったが。
なるはずもなかった。
『見えざる戦争』はそういうモノだった。
遠方で見えたのは崩れ落ちる超人。
本来ありえるはずのない光景に、戦場は混乱に陥った。悲鳴をあげ逃げ出す者、絶望にうずくまる者で溢れかえった。僅かに戦おうとした者は蹂躙され、戦意を根こそぎ奪われた人間だけが残る地獄が如き惨状。
四辻はそこで
英雄の零落、煉獄の戦場。
そんなものすら霞む理不尽の化身、力の権化。今の自分では何一つ及ばない圧倒的な存在。
そんなモノに四辻たちは戦いを挑み、そして負けた。
だというのに生きている。
なんのことはない。
目の前の存在にとって、自分たちは殺す価値すらなかった。
それだけだ。
それだけの事実が、四辻の胸の奥を今も焼き続けている。
「―――イラつくんだよ」
苛立ちをぶつけるように戦斧を放つ。
四辻が使うのは防御不能の斬撃。
直撃さえすれば埒外の耐久を誇る龍鱗だろうと突破できると自負する攻撃が、詠坂レンジを襲う。
「ぐ、おっ」
盾が切り飛ばされるも、紙一重で防がれ舌打ちする。
また、辛うじて躱されている。
守りが上手い。
何度も確実に戦斧を当てている筈が、盾を身代わりにギリギリで防がれている。
防御の技術だけはそれなりにあるか。
だが、逃げ回るのも時間の問題だ。
「随分、盾も小さくなったなぁァ!?」
「おかげさまで板チョコサイズだよ! もう使えねぇ!」
「テメェはもっと細かく刻んでやるよ!」
詠坂レンジ。
龍に目をつけられた序列外の実力者。
『
足で逃げ、盾で防ぎ、投擲で相手を削る。
やや戦い方は変則的だが、見るべきところは魔力量だけ、それ以外はおざなりだ。
闘争心もまるでない。
大方、よくいる格下狩りだったというわけだ。
「うおっ、ぐぇ………!?」
「………ッチ」
なのに何故。
なぜ一年前の戦場が脳裏によぎる?
目の前で転げまわる男から何を感じている?
なのに何故?
「もういい!! 『動くな』」
「――――――」
びたり、と詠坂レンジの動きが止まる。
一時的な強制拘束。
すぐに抜けられるが、身代わりにできる盾はもうない。
地面に屈む盾使いに斧を振り抜く。
殺れる。
そう確信した瞬間、何かを待つようにじっとこちらを見る詠坂レンジと目があった。
「―――効いてきたか」
「あ?」
ガクン、と。
魔力による身体強化が切れ、目に見えて斧の速度が減速する。
脅威が半減した斬撃をするりと避け、詠坂レンジはまだ握っていた盾の取っ手を、戦斧に叩きつけた。
□□□
危なかった。
もうちょっとで真っ二つにされるところだった、とか考えながら斧の刃を盾の取っ手で砕く。
強化が切れていれば鉄の刃程度なら簡単に処理できる。四辻のメインウェポンだし、それを壊してしまえば勝負は明らかだろう。
万が一、四辻が他の武器を出してきても問題ない。
もう、奴には『毒』が回りきっている。
戦える状態じゃない。
「げぇ………っ………ごえっ」
「おお、まだ意識あんのか」
「何を、しやがった?」
嘔吐を繰り返しながら四辻がこちらを睨みつける。
体調は最悪だろうに、流石は序列者というべきだろうか。
「毒だよ、戦いながら毒を撒いてたんだ」
「………そんな動きはしてなかったはずだ。伍堂がお前と戦うために、毒対策もしていた」
まあ、そうだろう。
俺が害悪盾使いで引き撃ちする上に、毒を使うというのは有名だ。毒の種類までは特定できなくても、何かしらの対策を打つのは
事前に解毒薬を飲んでおくとか、浄化の護符を仕込むとか、あるいはそもそも使わせないのも一つの手だろうか。
それら全てが無意味なわけだが。
「だから、お前が使うのは毒じゃねぇ」
「……………」
「もっと、身近な………普通なら毒にも、ならねぇ別の何か………」
胃の中を吐ききったのか、俯き気味に四辻が座り込む。
すでに意識が飛んでいてもおかしくないが、根性でこらえているのかうわ言のように言葉をつぶやき続けている。
当たり前のように敗因を考えてる辺りが、生粋の戦闘狂といった感じだ。
ていうが分析が的確過ぎて怖いんだけど。
「そうか、
「なんでわかるんだよ………」
魔力。
それが『毒』の正体だ。
身体能力を強化し、武器を強化し、魔術やらなんやらを行使する時に使うあの魔力である。
と言っても、魔力を毒に変換して撒いてるわけではない。そんな技術は俺には無い。
単純に魔力を少し圧縮して垂れ流しているだけ。
だがそれだけで、戦場では絶大な効果を発揮する。
扱いにくい他人の魔力が、濃度を高めて、少しずつ体内に入り込む。
そして呼吸や魔力を使用する度に蓄積していき、相手の許容限界を超えた段階で魔力が使えなくなる。
勝手に他人の魔力が入っているのだ。当たり前の現象である。
相手がジュースを飲んで実力を発揮するのなら、俺が少しずつ入れているのは醤油だ。初めこそ許容できても、最後に待つのは逆流不可避の完全な異物である。
結果、魔力は練れず、頭痛、吐き気、痙攣、その他諸々の異常を引き起こし、毒を盛られたとしか思えない状態と化すのである。
名づけるなら、魔力毒とでもいうべきか。
まあメテオラのように精度の高い魔力制御ができればあっさり弾かれるので、思っているよりも使い勝手は悪いが。
「そういうお前は、
「―――ああ?」
「たぶん
生まれつき備わった異能を操る者。
そういえば昔、異能機関と呼ばれる超能力者集団と戦ったことがあった。
あの時はほぼ効かなかったが、今回攻撃を受けた感覚としてはそれが一番近そうだ。
「念動力を纏って爆風を防御、斧の斬撃に乗せて威力拡張、あとは雑に拘束か。器用だな」
「………うるせぇな、さっさと仲間の援護に行けよ」
どうやら当たりのようだ。
だが、援護に行く必要はない。
俺の魔力毒は広範囲攻撃なので、当然のように試合場全てに充満している。無事でいられるのは魔力を持たない御影ユイのみである。
あっ、伍堂がゲロ吐いた。
地面に四つん這いになってものぶち撒けて――――――いる最中に御影に剣の柄で叩き伏せられて気絶した。
ぶくぶくとゲロで溺れている。
「決着だな」
「………調子に乗るなよ。次は、俺が勝つ」
それだけ言うと、四辻が崩れ落ちる。
根性だけで意識を保っていたようだが、恐ろしい奴である。
会話中も魔力を垂れ流していたのだが、落ちる気配がなかったので全然離れられなかった。
ため息を吐く。
とりあえず休もう。
そう思い試合場の端のベンチに向かうと、優雅にベンチに腰掛ける学園長がいた。
「よくやったな。師匠として鼻が高いぞ」
「見てたんですか」
「もちろん、なにせお前の魔力毒まで引き出す相手だ。しっかりと見ていたさ」
「………それなんですがね」
『毒』の正体がバレたことを説明する。
四辻達が言いふらすとは思えないが、この調子ではそのうち他の連中にも対策を練られてしまうだろう。
俺が楽に勝てなくなる。
困る。
そんな俺の悩みを、見通したように微笑んだ。
「大丈夫だよ、詠坂。他の生徒には私が毒の解説をしておいた」
「何やってるんですか? ………え? 本当に何やってるんですか?」
「どうせすぐにバレるだろう? 愛の鞭だよ、これを機に強くなりたまえ」
「ばーかばーか! 鬼! 悪魔! そんなんだから行き遅れるんで―――――――あだだだだ!? 関節はそっちに曲がらないぃぃいいいいい!!」
□□□
後日談というか、今回の顛末。
四辻・伍堂ペアの戦い以降、春蒼杯に参加を希望する生徒の実力が大きく高まることになる。
理由は単純。
候補者選定で猛威を振るうと思われた『魔力毒』を弾くには、精度の高い魔力操作技術が求められる。
具体的な『魔力毒』対策として、参加者は当然のように魔力操作の精度を高めるようになった訳だが、魔力操作の精度が上がれば魔術や身体強化の威力も上がる。
結果として魔力毒の対策だけでなく、生徒たちは高精度の魔力操作技術と高い攻撃力を手に入れることに成功したのだった。強く在ることを良しとする学園としては。最高の結果になったと言っていいだろう。
無論、生徒の攻撃対象となる害悪盾使いが悲鳴を上げることになったのは言うまでもない。