名探偵 毛利小五郎   作:和城山

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先週は更新休憩の連絡が遅れまして、大変に申し訳ございませんでした。


07.被疑者たち‐2

 

 

 中規模の店舗の中央で、若い刑事は朗らかに言った。

 

「さあ、事件当時の状況についてもう一度確認してみましょう!」

 

 そうしてカウンターまで行くと、遺体のシルエットに貼られた白線に手をやりながら、

 

「まず、被害者の蒲生さんは予約のケーキを購入するために訪れた客と対応をしていた。これは普段からのことなんですか?」

 

 刑事の問いに、受付担当の高城が答える。

 

「は、はい。そうです。予約販売しているモンブランは、毎日限定五十個の商品で……しかも季節ごとに味付けや装飾も変わるので、とても人気がありました。店長はこの商品にとてもこだわっていて、予約購入してくださるお客様にはいつも一言二言、お礼の言葉をかけていらっしゃいました」

 

 刑事はうなずくが、すぐに思案顔になる。

 

「でも、蒲生さんはパティシエでしょう。そんなに頻繁に調理場を離れることができるんですか?」

 

 これには被疑者と同じくパティシエの轟木が答えた。

 

「蒲生さんはパティシエといっても、チーフなので……昼間に追加する商品は出来具合の確認と、たまに仕上げの手伝いをしてくださる程度で、そのほかは僕たちのような部下が行っておりました。ただ、限定品は毎朝ご自分でつくられておりましたので、だからそれらにはとくに思い入れがあったようです」

 

「なるほど……」

 

 刑事は再度うなずくと、話を続けた。

 

「そうして午後三時二十分過ぎころから、彼は立て続けに二人の予約購入客の対応をしたわけです。それが、目暮君と桂川さんのお二人」

 

 その二人のほうをちらりと見て、

 

「そして二人目、桂川さんとの対応のさなかに、彼は突然に苦しみだし……死亡された。高城さんと轟木さんが慌ててそばに寄り、その後、騒ぎを聞きつけた毛利君がおとずれて、警察に通報と。

 ……ここまでに相違はありませんか?」

 

 刑事が見渡し、関係者らはまばらに首を縦に振った。

 

「さて、ここでもう一つ確認をさせていただきます」

 

 彼は一つ息をして、

 

「現状、これが最も重要なことでもありますが。被害者がなにかを口にしたところを、どなたか目撃をしていらっしゃいませんか?」

 

 ぐるりと見まわしながら、さらに言う。

 

「なんでも構いません。飲み物でも、固形物でも。煙草を口にくわえただけでも……」

 

 と、そこで、

 

「それなら……」

 

 轟木が口を開いた。静かな口調で、滔々と話す。

 

「蒲生さん、受付へ出る前にコーヒーを飲んでいました」

 

 すかさず刑事が食いついた。

 

「それはつまり、目暮君の対応をする直前というわけですか?」

 

「ああ、いえ……それよりも前だったような。調理場の隣の事務所で飲んでいるのが、ガラス窓越しに見えたんですが……たぶん三時前だった気が」

 

 少し思案してそう答えた轟木に、刑事が鑑識へ声をかける。

 鑑識の男性はうなずくと、受付の向こう、店の奥へと消えていった。

 

「しかし、仮にそのコーヒーに毒物が入っていたとしても、それから亡くなるまでに時間が空きすぎていますね。うーん……関係は薄いかなあ」

 

 つぶやく刑事。「他に、どなたか気づいた方は?」とたずねる彼の様子を、小五郎はひとりぼうっと眺めていた。

 

 その心境はというと、困惑と諦観と、そして若干の不安だった。

 

 前者の二つはつまり、最近まであれほど「探偵」に苦しめられてきたはずなのに、反射に近かったとはいえ、自ら殺人事件へ首を突っ込んでしまったこと……それに対する戸惑いと、過ぎ去ったことは仕方がないという諦めである。

 そして不安は、こうして殺人事件を前にして改めて思い浮かぶ懸念。「眠りの小五郎」が、再び出現しやしないかという恐怖に起因するものだった。

 

 死んだと思ったら、過去の世界。数日前に原因不明のこの事態をなんとか受け入れたそのとき、小五郎は意識せず、だが少なからず安堵を覚えていた面があった。つまりそれは、「眠りの小五郎」から解放されたという安堵だった。

 そんなわけなので、意図せず殺人事件に関わってしまった現在、「まさか、いまだ眠りの小五郎の症状があるのでは……?」という不安が持ち上がり、意識の多くを占め始めていたのである。

 

「ねえ」

 

 そんなどこか上の空の小五郎の脇腹を、軽く肘でつつく者がいた。

 隣に立つ少女、英理である。

 

「ねえ、お母さんは大丈夫かしら」

 

 振り向いた小五郎に、彼女はそう囁いた。

 

「……んあ?」

 

 さながら寝起きのような気の抜けた返事に、一瞬だけ眉を顰めるも、英理は続ける。

 

「だって、お母さんもモンブランを購入したのよ。予約して。たぶんあの目暮ってお巡りさんの前だと思うけど……」

 

 そう言う英理の目は相変わらず気丈そうではあるものの、よくよく見るとわずかに不安に揺れていた。

 彼女の母は現在、多くの野次馬とそして警察の規制によって店外へ締め出されている。入り口付近にて、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

 小五郎は息をはくと、暗い考えばかりがめぐっていた意識を切り替えようと努めることにする。

 ひとり不安がっていてもしょうがないし、今はとりあえずこの幼馴染の不安のほうを取り除いてやるべきだと判断した。

 

「……青酸カリは、わりあい即効性が強い。摂取して、胃液と化合するまでの時間はあるが、それでもほんの数十秒程度。死亡した際に対応していた桂川さんと、その直前まで対応していた目暮……さんはぎりぎり被疑者になるが、そのさらに以前の客は候補としては薄いはずだ。

 それに、目暮さんと桂川さんを並べて『立て続けに二人』とあの刑事が言っていたからには、妃さんと目暮さんの間には少なくない間が空いていたんじゃないか」

 

 小声で滔々と語る。そうしてから横目でうかがうと、英理はなんだか目を見開いて小五郎を見ていた。

 

「……だいいち、動機がないだろう。妃さんも、目暮さんも、桂川さんだって、ただ偶然に買い物に来ていただけの客だ。これが本当に殺人事件だとしても、動機は内部の人間くらいにしかないだろうし、だからおそらく犯人は店員の誰か――」

 

 と、そこで割り込む声があった。

 

「いや、そうとも限らないわよ」

 

 驚いて小五郎と英理が振り返ると、その背後には店の制服を着た女性が立っていた。

 終始して被害者とは離れた場所にいたために、簡単な聴取しか受けていなかった店員だった。高城と同じく、受付の店員である。まだ二十代前半の若々しい人だった。

 

 訝しげにうかがう二人に、店員は小さく笑うと、途端に真面目そうな顔になって彼らへと顔を寄せた。秘密の話をするように口元へ立てた手を添えて、先ほどまでの二人と同様に小声で話す。

 

「妃さん……って方のことは知らないけれど。あの、目暮さんってお巡りさんと、桂川さんっていうおばさん。あの二人になら、動機があるかもしれないわよ」

 

「えっ――」

 

 小五郎は驚愕の声が飛び出そうになった口元を咄嗟に抑えた。代わりにその声は胸の内側ではじける。

 

(目暮警部が――?)

 

 そんな彼の様子を気づいたのか気づかなかったのか、店員は続けた。

 

「まず、お巡りさんは前にね、店長と喧嘩になったことがあるの。といっても、店内でのことじゃなくて、出先……プライベートでのことだったらしいけど」

 

 固まる小五郎を横目に、英理が問う。

 

「どんな理由だったんですか?」

 

「それは……あーっと、ごめんなさいね。そこまでは私もよく知らないの。ただ、ほかの店員が喧嘩を目撃したらしくて。それに今日、店長はあの人に『以前は大変に申し訳ございませんでした』って謝りながら手渡してたから……だから、たぶん喧嘩があったことは事実よ」

 

 ふうん、と英理がつぶやいたところで、小五郎も再起動する。

 

(……なら、喧嘩の原因は蒲生(なにがし)のほうだな!)

 

 目暮が悪いわけがない。元部下として、それなりに信頼は厚かった。

 

「それで――」

 

 言いかけた店員が、そこで口を押さえてそっぽを向く。「っくしゅ!」という小さな音がした。

 

「ごめんなさい、ちょっと花粉症で。今年は花粉、早いみたいね……そういえば薬、飲み忘れてたわ」

 

 彼女は取り出したハンカチを手と口元へ軽く当てると、それをしまってから向き直った。

 

「えと、それで、桂川さんはね。お得意さんなんだけど。……ここだけの話、実は店長、桂川さんと不倫してたって噂があるのよ」

 

「ふっ!?」

 

 思わず、といった様子で声を上げそうになった英理に、店員が慌てて指を立てる。

 

「シィーっ! シィーっ!」

 

 自分の口を押さえた彼女がこくこくとうなずくと、店員は指を下ろして息をついた。

 

「そしてね、店長、桂川さんから散々に貢いでもらった挙句にあの人を捨てた……って」

 

「ひどい人ですね!」

 

 小声で話す店員と、それに同じく小声で憤慨する英理。

 

「しかも別れた理由が、新しく若い相手が出来たかららしいって噂で……」

 

 店員の目が、そこでふと意味ありげにどこかへと流れる。

 英理と小五郎もそちらへと目を移すと、そこには刑事と話す高城の姿。

 

「……まさか」

 

 嫌な予感に英理が声を漏らすと、店員がうなずいて続けた。

 

「……その相手が、あの安奈ちゃんだってもっぱらの噂なのよ」

 

 絶句する英理の隣で、同じく聞いていた小五郎も、もはや苦笑いしか浮かばない。

 

(ドロドロしすぎだろ、この店……)

 

 店員はなおも続ける。

 

「それだけじゃないわ。あそこで澄まし顔をしてる轟木さん、私が思うに、あの人が一番に怪しいわね」

 

 もはや話に聞き入っている様子の英理が黙ったまま続きを促すと、店員は殊更に潜めた声で話す。

 

「轟木さん、さっき刑事さんに、再就職で拾われたって話してたわよね?」

 

 英理がうなずくと、

 

「……あれ、以前のお店をクビになった理由って、当時に店長が根回しをしたからだって噂があるのよ」

 

「そうなんですか!?」

 

 小声で器用に驚く英理の横で、(しかし噂ばかりだな……)と小五郎はひとり思った。

 

「そうなの。なんでも、轟木さんの才能に嫉妬した店長が……」

 

 ノリにノった店員が続きを話そうとしたそこで、再び声が割り込まれる。しかし今度は低く落ち着いた、男性のものだった。

 

 

「――無責任な噂話は、そこまでにして頂けないかな」

 

 

 びくりとして彼らが見上げると、背後にぬっと立つのは丁度話題に上がっていた轟木その人だった。

 

「あ、あはは……」

 

 同僚でもある店員は、気まずそうに微妙な笑みを浮かべると、

 

「そ、それじゃ!」

 

 そう言い捨てて、店のすみにて固まっている他の店員たちのほうへと去っていった。

 

 それを見届けた轟木は、残された小五郎と英理を見下ろす。

 気まずげに佇む彼らを一瞥すると、

 

「……噂は、しょせん噂だよ」

 

 そう言い残してもといたほうへと離れていった。

 

 歩いてゆく彼の背中を見て、ふと、

 

(まるで寂しそうな……)

 

 なぜだかそんな印象が小五郎の脳裏をよぎった。

 

 

 と、そこで。

 

「司法解剖の結果が来ました!」

 

 慌ただしくやってきた警察官が、なにやら鑑識と話していた刑事へと書類を渡した。

 

「ご苦労様です」

 

 受け取った紙を読み、

 

「ああ、やはりシアン化カリウム……」

 

 目線が段々と下へとなぞってゆき、ふと、訝しげにつぶやく。

 

「……ゼラチン?」

 

 そのときだった。

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

 突然に張り上げられた声に、皆がそちらへと目を向けた。刑事も、関係者らも、小五郎たちもそちらへと振り向いた。

 

 おどおどとした不審なようにも見える挙動で、高城が両の拳を握って佇んでいた。若干にボクシングのファイティングポーズのようにも見える。

 

「あ、あの! け刑事、さん! じ、実はっ!」

 

 つっかえつっかえそこまで話し、間を溜める。そして、なにか意を決したような顔をすると、

 

「じ、実は! 実は私っ、見てました!」

 

 彼女は高らかに宣言するようにして、言い放つ。

 

「店長、な、亡くなる直前に、食べてました!」

 

 静かにたたずむ同僚へと視線をすべらせて、言い放つ。

 

「と、轟木さんの試作品を、食べてました!」

 

 瞬間、辺りから音が消え――一転、ざわめきで溢れかえる。

 

 ただ一人、轟木だけはなおも静かな佇まいで、そして己を糾弾するかのような声音の高城を見つめていた。

 

 

 

 

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