名探偵 毛利小五郎   作:和城山

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遅れてしまい、毎度毎度、本当に申し訳ございません。


13.間

 

 

 

[PM 07:00]ショッピングモール3F フードコート

 

 

 所要を済ませたのち、小五郎は英理と共に夕食を取っていた。

 様々な店が壁際に並び、それらに囲まれて机や席が並んでいるフードコート内の一角にて向き直って座っている。小五郎はラーメンを、英理はパスタを食べていた。

 

「それでね、瑠璃ちゃんが言うには――」

 

 英理が話すことに時折に適当な相槌を打ちながら、小五郎はラーメンを啜る。意外と美味い。当たりだな。そんなことを思っていると、向かいの席から疑念の声がかかってくる。

 

「ちょっと、聞いてる?」

 

「ああ、おう。勿論」

 

 取り繕いながらも、彼の思考は再び別の方向へとそれる。――こうして二人で向かい合って食事をする……最後にそれをしたのはいつだったろうか。そんなことを考える。

 目の前で楽しそうに話す、少女時代の英理。そして真新しい記憶のなかの、もっと成長して大人となった彼女を想う。つまりは生前のことだった。

 様々なすれ違いや意地の張り合いにより、結局10年にわたる別居はついぞ解消されることがなかった。

 

 それが、今や――再び、こうして二人で食事が出来ている。

 少しだけそのことが、不思議に感じるのだった。

 

 不思議といえば、死んだのちに訪れたこの不可思議な出来事。未来から過去の世界にやってきたのか、それとも時間が巻き戻ったのか、いくら考えてもわかることではない。……だが、いずれにせよ死んだ命が再び鼓動を刻んでいるのだ。

 降って湧いた幸運、奇跡……。そんな風に思っておくことが精神衛生上においても良いのだろう。

 最近はそのように結論していた。

 

 そのときである。小五郎の耳に、ふと何かの声が飛び込んだ。

 何気なく見渡せば、そばの天井から下がっている設置テレビから流れる番組のものだった。……薄型のテレビが慣れ親しまれていた2010年代からタイムスリップした形であるので、分厚いブラウン管テレビが天井からつりさげられている光景に、改めて時代を感じる小五郎である。

 

『はいはーい、今夜もやってきましたー! 日売テレビの月曜7時から一時間生放送! あの娘を探せ! ザ・ランナウェイスペシャルゥー!!』

 

 茶髪の軽薄そうな司会のセリフ。それに続いて、背後に並ぶ出演者たちからイエーイ! と歓声が飛び交う。

 

『今夜は東京、杯戸町! そして米花町! 杯戸駅前から広がる、この繁華街が舞台だー!』

 

 司会が言って、カメラが変わる。繁華街を背に、物珍しそうに彼らを眺める一般人たちの姿が映った。

 

『ルールは簡単! 彼ら三人の挑戦者が、一時間生放送の時間中に、逃げる彼女たち六人を全員捕まえることができたら……なんと! 賞金100万円をゲットだー!』

 

 カメラが戻り、視界の顔のアップの後に挑戦者、ランナウェイガール、と順に映してゆく。

 それぞれの胸元に名前と肩書のテロップが現れ、どうもそれを見るに挑戦者は皆が芸能人であるようだった。……ただ28年も昔の芸能人など、小五郎はまったく覚えていないのでどれも見ない顔である。

 生前に彼が慕っていたアイドル・沖野ヨーコなど、この時代はまだ生まれてさえいない。

 ……そんなことを考えると、なんだか悲しくなってくる。改めて過去の世界なのだと思い至った。

 

「なに見て……ああ、あれね。さっき言ってた、ここの近所で収録している番組って」

 

 小五郎の視線をたどった英理も、同じようにしてテレビを見上げる。

 

「ほら今、一瞬だけここのモールが映ったわ」

 

「おう、マジだな」

 

 なんとなくぼうっとテレビを見上げる少年少女が二人。そんな彼らをよそに、テレビの中では司会が挑戦者の一人ひとりにマイクを手渡して抱負を尋ねていた。

 

『気概をどうぞ!』

『たしかこの番組、今まで勝ち取った挑戦者はいないんですよね?』

『ええ、そうですとも!……とはいっても、まだ開催三回目ですけどね!』

『はは、それじゃあ、僕がその最初の一人になる!……とでも宣誓しておきましょうか』

『おお! では100万円が手に入ったら、どうしますか!』

『ええと、……実は最近、娘が入院しまして。その見舞い品でも買おうかと思います』

『ああ、それは、ご案じいたします……お見舞い、いいですねー。なににするのかはもう決められているんですか?』

『彼女の好きだった、花を。束で贈ろうかと』

『おお、それはいい! 娘さんもきっと喜んでくださいますよ!』

 

 司会の若者と、挑戦者の中年の芸能人が会話している。快活に笑う司会に対して、一方の男はというと、どこか曖昧な笑みを浮かべて流していることが少しだけ印象的だった。

 

 挑戦者の自己紹介が終わると、カウントダウンが始まり、司会の男の「0!」という叫びと共にランナウェイガールと呼ばれる役の少女たちが町の中を方々へと走り出す。

 そしてテレビ画面の左下に、分割された小さなコマが現れ、町の地図とそこを駆ける六つの光点が映し出された。

 

『ランナウェイガールと挑戦者たちには発信機が付いております。これで常時ぼくらが監視していますから、挑戦者の皆さん! 反則してエリア外には出ないでくださいねー? わざとじゃなくても、悪質でしたら失格にしますから!』

 

 そしてそのセリフののちに司会が冗談を言い、挑戦者らが笑ったところで、今度は彼らが出発した。

 そしてそこで、顔を戻した英理に話しかけられる。

 

「それで、話に戻ってもいい?」

 

「ん? おう、いいぞ」

 

 ありふれた単純な企画もので、まあ、たいして興味も湧かない内容であったため、小五郎も割合すぐに顔を戻す。

 

「……で、なんの話だったか」

 

「やっぱり聞いてないじゃない……」

 

 呆れたように英理がにらみ、自然、小五郎はそれから目をそらすのだった。いまだ幼いとはいえ、さすが将来は怒涛の成果を上げる敏腕の弁護士である。眼力がすごい、と彼はひそかに思った。

 

 そのまま少しだけぐちぐちと言われて、小五郎が悪かったと謝ったところで話は次の話題へと変わってゆく。

 英理が話し、小五郎が口をはさみ、そして二人して小さく笑った。

 

 ――穏やかな時間だった。

 

 生前は刑事の辞職だったり、妻と別居して10年だったり、唐突に始まった謎の症状だったり、行くところ行くところで出くわす殺人事件だったりに苦悩した。

 死亡したのちも、生き返ったり、過去だったり、また殺人事件に出くわしたりと、当初はさまざまなことがあったが、しかしそれからこれまでの一か月間は、このような時間が続いていた。

 小さく、されど暖かな幸福である。

 

 ああ、もしかしたら俺はこのために生き返ったのかもしれない、過去へやってきたのかもしれない……とさえ、小五郎は無意識に思う。生前に苦しんだ己に、どこかの神様が寄越してくれた褒美なのではと。

 この暖かな時間こそが、奇跡なのではと思ったのだ。

 

 

 ……しかし。されども、それは真実ではない。

 

 そして真実は宿命と共にあり、彼はそれから逃れることはできないのである。なぜならば、それが――……。

 

 ……――ほら。宿命の呼び声が、聞こえてくる。

 

 

 

             ◆

 

 

 

[PM 07:28]同所

 

 

「……あれ、なんだか騒がしくない?」

 

 歓談していたところで、ふと気づいた英理が、そう言いながら周囲を見渡した。

 つられて小五郎も見渡し、たしかに……とつぶやく。

 

「なんかあったのか?」

 

 どういうわけか、通路の奥のほうから幾人かの人が走ってきたリ、逆に向こうへと走って行ったりしていた。

 耳を澄ませば、途切れ途切れに彼らの言葉が入ってくる。

 

「おい! 警察と……救急車に連絡は!」

「公衆電話どこだっけ!?」

「店舗の奴に言えばいいだろ!」

 

「ねえ、なんかあったみたいじゃん」

「お、まじで?」

「もしかして殺人? 行ってみようぜ」

 

 とりあえずわかることはというと、なにか()()よくないことが起こったらしいということである。ただならぬ様子であった。

 

「……オイオイ、勘弁してくれよ」

 

 この一か月、すっかりと穏やかな時間に浸かっていた小五郎は、再びの展開に眉間を押さえて軽くうなだれる。

 生前の最後の一年間はひどく濃密に事件に巻き込まれ、周囲から冗談交じりに死神扱いを受けた小五郎であるが、一度死んでからこちらは一か月もの長きにわたって何も起こらなかったため、例の眠りの症状と共にとっくに解消されたものだと思い込んでいた。いや、思い込みたかっただけなのかもしれない。

 

 ……が、数秒したのちにスッと頭を上げて気分を切り替えた。

 

(よし。とりあえず、帰るか)

 

 また巻き込まれてはたまらなかった。

 生前の苦悩もあり、現在の小五郎は少しと言わず()()()()()()に関わることを忌避する気持ちがあった。

 トラウマともいう。

 

 成り行き上で仕方なく介入した一か月前の事件でも、最後に刑事からしっかりと怒られたし、小五郎もまた、子供が現場を荒らすものではない、大人に任せるべき仕事である、とそう考えていた。

 

 ただ、このまま現場そばにいたのでは、生前を含めたこれまでの経験則から、なんだかんだと巻き込まれてゆくような嫌な予感がしなくもない。

 だから、帰ろう。

 そういう結論に至った。

 

 ――……一か月前に事件を解決した際、胸の奥で湧き上がった感情について、このときの小五郎はまだ、すっかりと忘れ去っていた。

 

 

「……大丈夫?」

 

 気づけば、英理が心配げにこちらの顔をうかがっていた。

 

「なんか、顔色悪いけど……」

 

 言う彼女を制し、小五郎はひとつ息を吐いてから、どこか切実な声でつぶやいた。

 

「もう、帰ろう」

 

 

 

 

 

[PM 07:30]ショッピングモール3F 廊下

 

 

 了承した彼女と共に、小五郎は帰途へ着くべく、出口へと向けて歩いていた。

 しかしここでひとつだけ面倒なことに、帰り際になって英理が落とし物をしたことに気が付いたのである。

 それも、おそらくは先ほどに母親と電話をしたときだという。

 

 そしてその方向は――騒ぎのあるらしき場所と同じだった。

 だからまずはその落とし物を拾ってから帰るのだが、必然的に騒ぎのあるほうへと向かってゆくことになる。

 

「ごめんなさいね。でも、あれは思い入れのあるものだったから……」

 

 いつのまにか難しい顔をしていたのか、こちらをうかがいながら英理がそうつぶやいた。

 それに慌てて表情を整えながら、小五郎は気にすることはないと告げる。

 

(そばを通り過ぎるだけなら、まあ関係ないだろう……)

 

 そう考えながらもどこか安心できていない自分に、我ながら考えすぎじゃないか、と小五郎は思う。

 だけれど、不安はそれでも拭えない。

 

 やがて彼らは奥へと進んでいき、階段まであと少しというところで例の公衆電話が目に入った。

 

「ちょっと見てくるわね」

 

 そう言ってそちらへと向かう英理をよそに、小五郎の目は別のほうへと向いている。

 そのすぐそばだった。

 野次馬が、がやがやと集まっている場所がある。

 

 あそこは……。

 気づくと、まるで先ほどまでの思考が嘘であるかのように小五郎はそちらへと少しずつ寄っていた。

 もちろん、野次馬に混ざるつもりもなければ、介入するつもりもない。さっさと帰ることは決定事項である。

 ……それでいて、ひとつだけ確かめなければいけないことがあった。

 人混みに近づいて、やはり、と思うことがある。

 

「なあ、おい。何があったんだ?」

 

 野次馬の一人を捕まえて、軽く聞くと。

 

「ああ、なんでもトイレで男が殺されてたらしいぜ。メッタ刺しだってよ……おっかねえよなあ」

 

 礼を言って、すぐにそこから離れる。公衆電話のところにいる英理のもとへと向かいながら、頭の中で軽く考えた。

 いつ刺されたのか知っているかと小五郎が聞くと、野次馬の男は警察がまだ来てないのでわからないと答えた。そして死んでいるのは確かなのかと聞けば、発見された時にはすでにこと切れていたそうだという。

 そして、何よりも大事なことなのだが……トイレの前には、()()()()()()()()()()()()らしい。

 

「……今更だけど俺、お祓いとかしたほうがよくねえか」

 

 元気なくそう呟いて、ハアとため息をついた。

 

 つまりである。今回、人が死んでいた場所は、つい先刻に小五郎が使用しようとしていたトイレだった。

 そしてその時と現場があまり変わっていないということは、あのとき――小五郎がトイレの前に立っていたそのときにはすでに中には死体があった。……そういうことも十分に考えられるのである。

 

 我ながら、なんという間の悪さであろうか。

 生前も通院するかたわらで常々思っていたことではあったが、もしかしなくても何か悪いものでも憑いているのでは……と不安になってきてしまう。

 

(……いや、今回に限ってはギリギリで躱せたと考えるか。ここで帰れば、もう俺は関係ねえはずだし)

 

 微妙そうな顔をしながら戻ってきた小五郎に、英理が不思議そうに尋ねる。

 

「どうかした?」

 

 小五郎はいや……と答えてから、聞く。

 

「そっちこそ、どうだ。見つかったか」

 

「うん。ほら、これ」

 

 言って掲げるものは小さなキーホルダーだった。財布に付けていたものが、留め具が外れて落ちていたらしい。

 

「じゃ、帰るか」

 

 さっさと離れたい一心でそう急かし、二人は揃って階段のほうへと向かい始める。

 

 と、そこでその階段のほうからドタドタと騒がしく駆け上ってくる者たちがいた。

 

「すみません、退いてください、退いてください。すみません」

 

 そう言いながら客たちを押しのけてやってきた彼らは、廊下のほうの野次馬を見るなり一直線にそちら……つまりこちらへと向かってくる。

 

 青い制服。中年の男が二人に、若い男が一人。

 警察官だった。

 

 おそらくは通報を受けて、刑事たちが来るよりも先に現場保全のために近所の交番からやってきたのだろう。

 

(あの汗を見るに、自転車かな……)

 

 警視庁から連絡を受けてから、交番からせっせと自転車を漕いでやってきたのだろう。元刑事として、小五郎は内心でひそかに彼らを労った。

 警察学校を卒業したのち、刑事になるまでは小五郎もまた巡査としていわゆるお巡りさんの経験があるわけなので、その仕事もよく知っているのだった。

 

 そしてそんな風に他人ごとの顔をして、そのまま帰ろうとする小五郎であるが。

 

 ……そこに、唐突に声をかける者があった。

 

 

「あ! 君は毛利君じゃないか!」

 

 

「へ?」

 

 思わず顔を上げた小五郎の前には、若干に息の上がっている青年警官がいた。がっしりとした体格は、未来のふくよかさを未だ暗示しておらず、記憶の中でトレードマークと化していた帽子もこのころはまだかぶっていない。そも、私服警官である刑事になっていないのだから、まだ彼は警官制服である。

 息が上がっているのは、息せき切って現場に急行したからなのだろうな、と思い、仕事熱心で感心だ、と思い。

 そこまで考えてから、再び間の抜けたような声を出した。

 

「え、あ、あなたは、けぃ……目暮、巡査?」

 

 しかしそんな小五郎の様子を気にせず、目暮は快活に笑いながら彼の肩を叩いた。

 

「おお! 覚えていてくれたのか! いやしかし、さすがは毛利君だな!」

 

 そうバンバンと叩きながら笑う彼だが、小五郎は自分に何が起こっているのかまるでわからない。

 

(……な、なんで警部はこんなにも親しげなんだ?)

 

 頭の中が疑問で一杯である。生前において小五郎と目暮の最初の接点は刑事時代であったし、今回においても一か月前の事件で共に現場に居合わせた程度の関係でしかないはずだった。会話をした覚えもない。

 

 そしてここに至って、なぜだか猛烈に嫌な予感がしていた。脳裏で警鐘が鳴りまくっている。

 

 

「いやあ、さすがは()()()だな! 今回も現場に居合わせるとは! 調査したいんだろ? いいとも! ほら、私が取り持とうじゃないか!」

 

 

「……え?」

 

 あまりの事態に、小五郎は、再び間の抜けた声を出すしかなかった。

 

 

 

 




思ったよりも話が進まなかったため、前話におけるネクストヒントがネクストヒントにならなかった件。
うーん、前話あとがきを消すべきか。いや、ここはすみませんが前回のネクストヒントは次話のヒントということでひとつ。

次話「分岐点」
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