名探偵 毛利小五郎   作:和城山

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5. 爆発

 

 午後九時〇〇分。怪盗キッドが現れ、そして煙幕にて姿を消してから銃声が轟くまで――その間は、わずか一分にも満たないほどの短時間だった。

 予告通り怪盗キッドが現れたとしても、人々にとってそれは予期していた……そして少なからず期待していたことで、殺気立っていたのは中森ら警察関係者だけだった。

 会場の他の人々は直前に判明した通信障害にこそ驚きはしたものの、キッド自体には有名人を見た、とその程度の明るい反応でしかなかった。

 

 が、〇〇分から〇一分に至るまでの、このわずかな数十秒の時間で、会場の空気は一八〇度の転回を見せていた。

 

 突然の発砲音。それが四発。

 そして血だまりに倒れ伏す若い男。

 

 会場中の人間が恐慌を起こすのもやむを得ない状況だった。

 

 「なんだこれは」「どうなっている」「誰が撃った」「なんなんだ」……口々に問いかけてくるパーティ客をかき分け、中森は急いで撃たれた男のもとへと走り寄る。

 その周囲ではほかの警官らが客らを必死になだめすかしていた。

 

 伏した男へ応急処置を施している警官に中森は詰め寄る。

 

「おい、どういうことだ! こいつがキッドだと!?」

 

 若い警官は慣れない手つきで止血をしながら、軽くどもって答える。

 

「は、はい! その、これが懐に入っていまして……そ、それに、給仕の制服の内側には白いスーツを着こんでいるようです! ま、間違いないかと!」

 

 彼がそう言って差し出したのは、変わった形状の拳銃だった。銀色に輝くそれは、鉛の弾丸ではなく特製の硬質トランプを射出する銃で――怪盗キッドが所有する違法武装の一つである。

 

 中森はそれを受け取ると少し眺めてから、隣に控えていた警官へと「証拠品だ」と言って手渡した。

 それから、

 

「ええい、オレが代わる!」

 

 正面の若い警官から血に染まったタオルを奪い、慣れた所作で倒れている男の止血をしようとして

 

「ちっ。これはやばいな。止血しようにも撃たれた箇所が多すぎるし、貫通していない」

 

 着ていたジャケットを脱ぎ、それを捻って縄状にすると男の胴体に回して縛る。

 腹部から胸部に渡る銃創である。いくら縛ろうと、あくまで一時的な止血にしかならない。キッドの命は、刻一刻と流れ落ちている。

 中森は再度舌打ちをすると叫んだ。

 

「おい、キッドは確保した! 入口の封鎖を解け! 急いで病院へ搬送するぞ!」

 

 そばの若い警官が、ふとこぼす。

 

「しかし、それでは射撃をした何者かも逃げてしまう恐れがありますが……」

 

「馬鹿野郎! 人命が優先だ!」

 

 中森はそう叫ぶと、キッドを担ぎ起こそうとする。と、そこで目に入ったその顔に体を硬直させた。

 

(か、快斗君……!?)

 

 が、それも一瞬で、おなじく担ごうとキッドへと肩を回した警官の不審そうな呼び声に我に返る。

 

「いや、なんでもない。行くぞ! 1! 2の3!」

 

 二人がかりで意識のない少年を担ぎ上げ、急いで入口へと向かう。

 

「重傷人だ! どけ! どけ!」

 

 叫びながら密集する人々をかき分けていき、やがて扉へとたどりつく。

 

「おい、なにをしている! さっさと開けろ!」

 

 なにやらモタモタとしている扉前の警官らにそう怒鳴るも、返ってくるのは曖昧な返事だった。

 

「おい、どうした!」

 

 すると警官のひとりが進み出て、

 

「い、いや、それが……どういうわけなのか。開閉装置が反応せず……扉が、開きません」

 

「はあァ!?」

 

 大声を上げる中森に、警官は再び言う。

 

「……扉が、開きません」

 

 

 

 

             ◆

 

 

 

 

 出入口の扉を重厚な鉄製にし、頑強な鍵をその内部に取り付けることは、中森が今回の作戦を考えたときに最も初めに思いつき、そして最も時間をかけた仕掛けであった。

 しかしそれを電気仕掛けとして、そのうえで外部となんらかのラインで以て繋がっている場合、クラッキングや電力過供給による破壊など、様々なアクシデントが予想される。

 それらを回避するために、扉の内部ロック機能は完全スタンドアローンの独立機構として設計されていた。

 が、そのために今、中森は窮地に立たされていた。

 

 謎の通信妨害によって、扉の開閉用の無線リモコンさえも機能が麻痺してしまったのである。

 

「カーーーーッ ジャミングはさすがに考えていなかった!!」

 

 「クソまたやられたーー!!」と叫ぶ中森を、周囲の警官たちが複雑そうな目で見やる。

 

 そしてその様子を見ていた周囲の客らは、いっそう激しく喚きだす。

 

「おいおい、扉が開かないのかよ……!?」

「うそ!? じゃあ、銃を持った殺人犯と一緒に閉じ込められてしまったの……!?」

「くそッ!? おい! 誰か外部に連絡できないのか!?」

 

 喧騒が喧騒を呼び、人々の混乱は高まってゆく。

 

 そんな状況を遠目に見て、英理は小さくため息を吐いた。

 

「どうも、芳しくない流れのようね……」

 

「お母さん……」

「先生……」

 

 蘭と栗山が英理と共に不安そうな顔をしているそのそばで、コナンは一人冷静さを保とうと勤めながら必死に頭を回転させていた。

 

(まず考えるべきなのは、キッドは誰に撃たれたのか、ではなく、なぜ撃たれたのか、だ)

 

 中森の隣でグッタリとしている意識不明の血みどろの男を遠目に眺めながら、今日のキッドを思い返す。

 すると、なにか「焦り」のようなものがあったようにコナンは感じた。

 

(特にあの言葉。警部に向かって言った「先約がある」という言葉……それに、いつもならもっと長々とパフォーマンスをするはずなのに、やけにあっさりとしすぎていた退散の速さ。思い返せば、キッドにしては不自然だ)

 

 まるで、「先約」とやらを優先させるために急いで行動していたように思える。

 

(問題は、「先約」とはなんなのか……)

 

 コナンは考える。

 思い出せ。今日のキッドを。そして探せ。推理を紡ぎ真実を暴くための一欠片を。

 なにか不自然な点。なにか変った点。なにか増えた点。なにか減った点。なにか……

 

 と、そこで気づいた。

 

 

(――水晶像!!)

 

 

 俯き顎に手を添え考えていたコナンは、バッと擬音がつきそうな所作でキッドの様子を振り返った。

 普段の白い衣装の上にこのホテルの給仕の制服を着ている。その身体は撃たれた傷から漏れる血で真っ赤に染まっており――

 

 

 ――どこにも水晶像など隠し持っていない。

 

 

 そもそも意識を失っているのだから、あんな大きな物、持ち出せるわけはない。

 

 と、するならば、――果たして。今、()()()()()()()()()

 

 水晶像を盗んだキッドは射撃され、そしてキッドは現在水晶像を持っていない。――まさかキッドは、()()()()()()()()

 

 コナンは慌てた様子で改めて周囲を見回した。

 が、案の定と言うべきか、誰もそんな大きな荷物を持っている様子はない。

 

(いや、待て待て。落ち着け。そもそも、キッドの野郎はどうやって持ち出そうとしていたんだ……? このパーティ会場に閉じ込められることまでは知らなくても、水晶像の大きさは知っていたはずだ。それに、すでに水晶像はステージにはな……い……)

 

 一泊置き、再びコナンは顔を上げた。

 

()()()()かッ!!)

 

 

 改めて会場の奥のステージを眺める。

 ステージの高さ。思い返す水晶像の大きさ。考えてみれば簡単だ。

 

(ステージの中にある!)

 

 学校施設の体育館などと同様だ。このパーティ会場は、もともとは結婚式の披露宴なども想定して作られており、その際に使用されるパイプ椅子や机などを普段の未使用時に保管しておく場所として、ステージの中は空洞になっていることが少なくない。

 

 変に技術力を持つ怪盗キッドのことだ。事前にホテルへと忍び込みステージに細工をしておくことだって……いや、そもそも現に今、ホテルの従業員の格好をしているではないか。

 前々から潜入していた可能性――十分にある。

 

 慌ててステージへと確認しに行こうとして、コナンは誰かに肩を掴まれた。ぎょっとして振り向けば、不安そうな顔をした蘭がいる。

 

「コナン君、どうしたの?」

 

「え? いや、あの……」

 

 どうして切り抜こうかとコナンが考えたそのときだった。

 

 事態は、さらに加速と混迷を極めはじめる。

 

 

 

 ――振動と、轟音。

 

 

 

 ホテルのどこか近く――おそらくは最上階のどこかが、爆発した。

 

 パーティ会場の電灯が、三度(みたび)、消え入る。

 辺りは暗闇に閉ざされた。

 

 




2017/02/07 まえがき・あとがき編集
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