なにか強烈な轟音と震動が突然として響き渡り、瞬間、辺りに暗闇が訪れる。
……十秒にも満たない時間だったと思う。
誰かの叫び声が響き渡ったと思い、近くで誰かの身じろぎの気配や息遣いがやけに敏感に感じ取れたと思ったときには、パッパパッ、というような点滅と共に電灯は復活した。
「なんだ、今のは……」
かがみこみ、片腕で自分の頭を守りながら上半身でキッドを覆っていた中森は呟いた。
「まさか、爆発ですか?」
キッドを挟んだ向こう側で同じく意識のないキッドを支えている警官が囁いた。
「おそらくは……いや、待て」
耳を澄ますと、かすかに……いや、確かにそばの扉の向こうから警笛が――火災報知器の警報がけたたましく鳴り響いているのが漏れ聞こえる。
確認してから、中森は再び口を開いた。
「おそらくは、そうだと考えるのが妥当だな」
中森の背後から、また別の警官が話しかける。
「コイツの仕業ですかね」
彼はそう言って目の前のキッドを視線で示す。
「いや――」中森はちらりと快斗の青ざめた顔を眺めてから、「確たる証拠があるわけじゃないが、違うだろう。キッドは泥棒だが、人殺しは決してしない」
「撃たれてますしね」
肩を貸しているもう一人の警官も同意した。
「撃った奴が、怪しいな」
また別の警官もそう呟く。
「それの捜査も大事だが、今我々がしなければいけないことは別にあるぞ」
そんな彼らに、中森より年配の警官が言い放つ。
「そうですな。――まずは事態を収拾しなければ」
中森はうなずき、辺りを見渡す。
謎の銃撃に、密室、爆音、暗転、という一連により、人々の混乱はピークに達していた。
「なんとかして落ち着かせねえと……」
呟いた中森の目に、ふと報道関係者らが目に入った。多かれ少なかれパニックになっている人々の中で、彼らだけは毅然と「報道」を続けている。カメラマンの持つカメラの前で、マイクを握って現状を実況している。――が、おそらくはその「報道」もまた電波妨害によってこの部屋から外には漏れていないのだろう。
と、そこまで考えて中森は思い至った。
たしか今夜はキッドが現れるということで、生中継をしている局があったはずだ。それに、思えばホテルの下にはキッドを一目見ようという野次馬も、そしてそれを統制するために駆り出された警察も多くいる。
中継が途切れた上で、この爆発だ。
現場の中森らとも連絡が取れないともなれば、警察はすぐに動く。
助けは、すぐに来る。
「おい、こう言って呼びかけろ。助けはすぐに来る、――」
中森はすぐさま周囲の警官にそれを伝えると、彼らに急いでパーティー客への統制へあたらせた。
その間に、自分は担いでいるキッドの様子を見る。
血は大分失っているようで、肌は冷たく、息は荒い。
「警部、救助がくるまではコイツ、寝かせときましょう」
「あ、ああ、そうだな」
そのまま二人がかりで隅の壁際へと慎重に寝かせた。
そして中森は立ち上がると、凝り固まった肩をもみながら腕時計で時刻を確認する。
午後九時半を少し過ぎた頃である。とすると、爆発が起きたのは三十分ごろか。
なにかしらの爆発が起こったことから、おそらく下に待機している警察も機動隊――それも爆発物処理班が到着するまでは迂闊に最上階付近へは踏み入れない。あって、階下のホテルから従業員や客の避難誘導をするくらいしかできないだろう。
機動隊が到着するのは――ここが郊外であることや、キッドの予告効果による付近の混雑状況などを鑑みても、おそらく――早くても二十分か三十分、それ以上はかかる。
「さて……どうするか……」
そう呟いたときだった。
中森らのすぐそばの扉、鍵が作動しなくなってしまった扉が、突如として大音を上げた。
あまりにも突然のそれに、そばにいた者はびくりと肩を上げる。
叩くような、蹴るような打撃音が少し続き、すると一層に大きな甲高い音が――まるで
――いや、違う。
間違いなく、なにかを切断している音だった。
「こ、これは……」
中森の隣の警官が困惑と、そして喜びの入り混じったような声を漏らす。
中森も似たような心境で、じっと扉を見つめていた。
いつのまにか騒がしかったホールも静かになっていた。これだけの大音が鳴っていれば、さすがに扉そばにいない者にも聞こえる。ホール中の人間が息を潜め、このとき一どころに注視していた。
そして、金切り音がぴたりと止み、
――がたり、と。
扉が二枚繋がった、
と、同時、
「皆さん無事ですか!?」
暗い青の制服に同色のヘルメット、黒いプロテクタ。日本警察が機動隊の青年が二人、立て続けにホールへと踏み込んだ。
瞬間、ホールのかしこから歓声が上がる。
「助かりました」
代表して中森が青年に声をかける。
「しかし、なぜこんなに早く……?」
機動隊の青年は簡潔に、
「通報があったんです。爆弾発見と、異様な局所的通信障害、そして発砲音を聞いたと……。
そんなことより、今は、避難のほうを」
「あ、ああ」
中森も頷き、部下に避難誘導の指示を出す。
そうしてふと廊下を見やれば、耐爆の防護服を着た人間が忙しげに行き交う姿が見えた。
と、そこで 隅に横たえたままのキッドを思い出す。簡易的な止血しかしていない、早く運ばねば――
そう考えたところで声をかけられる。
「警部、誘導始まりました」
見れば、ホール中の客が、我先にと扉から出て行く。警官らが慌てるなと声をかけているが、さすがに立板に水のようだった。
「ああ、それじゃあ怪我人も急いで――」
そうして中森が視線を戻したとき、壁際にいたはずの男の姿はどこにもなかった。
「ンなぁッ――キ、キッドが!?」
中森に次ぎ声をかけた警官もそれに気付き、二人は慌てて共に周囲を見渡すが、さすがに混雑していて判別など出来ない。
「い、いや、もしかすると、もう誰かが運んでいったのかもしれません。ほら、結構な怪我人でしたし……急いでたんじゃ……」
慌てながら誤魔化すようにそう言う警官に、
(――いや、違う)
中森は即座にそう思ったが、
「そう……かもしれんな」
数瞬の間を置いて頷いた。辺りを見渡すと、機動隊の人間が寄ってきて、
「警部たちも早く避難を。まだ残されている爆発物が発見されました。しかも、数が多過ぎます。隔離処理もこの状態では難しいでしょう。一般客と共に先に降りて下さい。我々もすぐに引き上げることになります」
そばの若い警官が、聞くなり顔を真っ青にさせる。
「け、警部……」
すがるような声を出すそいつに内心でため息を吐くと、
「分かりました。逃げ遅れがいないかも確認しながら、速やかに退去します」
「お願いします」
そう言って去る男を横目に、中森は部下たちに声を張り上げた。
「いいか、お前ら、俺たちも――」
◆
ホテル地上17階。奇跡的に無事だった階段で避難を続ける騒々しい人混みのなか、その少女は気付いた。
「……あれ? え? コナンくん?」
手を握っていたはずだった。一緒にいたはずだった。それなのに。
――彼の姿が、なかった。
2016/08/09 慣れぬ端末作業に起因する改行・傍点などのミスを修正。
2017/02/07 まえがき・あとがき編集