名探偵 毛利小五郎   作:和城山

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7. 対峙

 時刻はもうすぐ午後十時に差し掛かろうとしている。

 パーティ客のみならず警察や機動隊もすでに退去し、人気などなくなった最上階、会場。

 その場に、ひとつの影がひっそりと入り込んだ。

 彼は入口の陰からあたりをうかがうと、なるべく素早い動作で会場奥のステージを目指す。その片手は腹部を押さえ、顔色は青ざめていたが、その足取りは力なくも、意外としっかりしていた。

 

 ステージまでたどり着くとその上へと上り、中心付近でなにやらゴソゴソと手を動かした。するとその手元の板がカタリ、と動き、ひっくり返る(・・・・・・)。なにもないステージの一部が回転し、代わりに水晶像の安置されたガラスケースが現れた。

 

「よし、あとはこれを……」

 

 そうつぶやき、服の内側から何かを取り出して――

 

「ッ!!」

 

 慌てて真横へと飛ぶ。

 同時、彼の居た場所に銃弾が二発、立て続けに着弾した。

 彼はそのまま水晶像の防弾ガラスケースの裏側へと転がり込む。その背後を同じく銃弾が追いかけ、床板とケースに幾発か着弾する。

 

(あ、あっぶねー)

 

 そんなことを内心つぶやきながら彼――黒羽快斗はケースごしにうしろを確認した。

 いまだ硝煙の立ち上る銃口をこちらへと向け、ツカツカと入口から歩み寄る――黒尽くめのスーツを着た男が二人。

 そのうちの一人、口髭が印象の男が歩みを止めた。

 

「追い詰めたぞ、黒羽盗一」

 

 男――スネイクが言うと共に、もう一人の男が再び数発を快斗へ向けて撃つが、ガラスケースに罅が入るのみで彼には届かない。

 彼はさらに撃とうとするが、スネイクに「それ以上はパンドラへ当たる」と止められた。

 

「その水晶像、おとなしく渡してもらおうか」

 

 言うスネイクに、

 

「……それは無理ですね」

 

 快斗もまた、答える。そうしながら、

 

(今のうちにさっさと破壊してしまおう……)

 

 そんなことを考える。

 快斗――怪盗キッドの、今回の目的は水晶像の窃盗に留まらない。極端な話、最終目的さえ果たせるのならば、窃盗自体は失敗してもよい(・・・・・・・)のである。

 今回の、その究極的な目的――

 

 それは、――水晶像の破壊(・・・・・・)だった。

 

 そのために今回、快斗は協力者である寺井に頼んでとある代物を用意してもらっていた。小型の、低威力爆弾である。

 もしも像の回収が困難な状況になった際には、あらかじめステージの水晶像消失トリックのための仕掛けに共にセットしてあるこの爆弾にて、水晶像――“パンドラ”を破壊する……。そのような手筈になっていた。

 なお、この爆弾の威力や影響範囲は狭く、爆発点から数メートルも離れていれば、風を受けることはあっても、火傷や破片にてけがをする可能性は少ない。そんな局所的な効果であるが、ただし、ゼロ距離から中型の宝石像をひとつ粉砕する程度の威力は十分にある。

 

 しかし、先ほど――数十分前、快斗は人ごみの中に紛れたことにも関わらず、どこかからか腹を撃たれた。のみならず、せめて破壊を……と、遠隔起爆スイッチへと手を伸ばすも、反応がない。そういえば電波ジャミングがどうのと刑事らが直前に騒いでいたことを、その際に思い出した。

 その後少しの間意識を失い、おそらくは警察に素顔が割れてしまったし、トランプ銃もその際に取り上げられている。幸い、小さな起爆スイッチだけは見逃されていたことが、唯一の救いではあるが……。

 

(しかしコイツら、本物のもっとヤバイ爆弾を仕掛けてやがるし……やべえな。いや、……パンドラがある限り、しばらくこのホールは爆発しないだろうけれど……)

 

 さっさと有線で起爆してしまおう。そう決断する。

 ケースごしに注意をしながら、像と半身で陰になっている側の手で足元のステージ仕掛けを素早くいじくる。片目でちらりと確認し、爆弾の有線起爆のためのコードを引っ張り出す。

 

(よし、あとは繋げて……)

 

 そのままコードを起爆スイッチに繋げようとして、そこで、(あれ?)と手を止める。

 

(繋げて、……繋げて、……――繋げるの、どこだ!?)

 

 

 ――起爆スイッチが、手元になかった。

 

 

(え? あれ? え、……――ああッ!!)

 

 冷や汗を掻きながらポケットや服の内を改めていると、彼はその目にスイッチを発見する。ガラスケースを挟んで向こう側、先ほどまで彼が居た場所に、それは転がっていた。

 

(しまったーーッ!! あのときかッ!!)

 

 脳裏に流れるは、つい先ほどの、背後から銃撃され、それを回避する際の行動。あまりに慌てすぎて、普通に投げ出してしまっていた。

 

 ダメじゃん。

 

 自分で自分にツッコミを入れる。

 

(――くそッ! どうする!?)

 

 ……いや、実際、選択肢はない。

 彼の今の手持ちでは、ほかに水晶像を破壊するすべはない。

 ならば、

 

(取るしかない。取るしかないが……)

 

 冷や汗が頬を伝う。

 彼の正面では、ホールの入口を背に、黒ずくめの男らは銃口をこちらへ向けたままゆっくり、しかし確実に距離を詰めてきている。動きを見せれば、即、射撃されるだろう。

 なにか、なにかで彼らの注意を逸らすか、拳銃を手放させなければ、とてもではないが取ることは難しい。

 

(どうする!? どうすれば――ッ)

 

 絶体絶命。その四字が快斗の頭に浮かぶ。あまりにも切迫した状況。事態。いっそのこと、一か八かで――ッ

 そんなことを考える。

 

 

 そのときだった。

 

 

 男らのそのさらに向こう、ホールの入口に、小さな影が飛び込んだ。

 小柄な影は片足を踏み出し、と、そのベルトからなにやらサッカーボールが現れ出でて――

 

(今だッ!!)

 

 その影――コナンをよく知っている快斗は、瞬間、ガラスケースから飛び出した。

 男らがそれに照準を向けるが、それより先に、

 

「ぐわあああッ!?」

 

 背後から飛来した超速度のボールに片方が吹っ飛ばされた。

 

「なッ!?」

 

 そしてもう片方も、突然吹っ飛ばされる隣の相棒に気を取られ、引き金を引くのが遅れる。そしてそのうちに、快斗はスイッチの回収に成功していた。

 

(よしッ!!)

 

 同時、快斗は反転。その勢いのまま、背後の新手に気を取られた、残っているほうの男――スネイクへと突進する。

 

 コナンへと発砲するも入口の陰へと隠れられてしのがれたスネイクは、そこで今度は迫りくる快斗に気付くも、一瞬の差で早くたどり着いた彼によって拳銃を弾き飛ばされた。

 そのまま返る肘で顔を殴打され、スネイクは倒れる。

 彼がのびたことを確認し、すると、

 

「はあ、はあ、……ぐッ!?」

 

 思わず膝をつく。そして巻き付けられたスーツごしに血のにじんだ腹を押さえながら、

 

「はあ、……おい、大丈夫か名探偵」

 

 息も絶え絶えに声をかける。

 すると、すぐそばから声が飛ぶ。

 

「おいおい、おめーのほうが大丈夫かよ」

 

 思ったよりも近かいことに驚いて顔をあげると、倒れるスネイクを挟んですぐ目の前に、あきれるような顔をした少年が立っていた。どうやら、とっくに入口からそばへと寄ってきていたらしい。

 

「はっ、大丈夫さ、これくらい、ッ」

 

 そして立ち上がり、拾った起爆スイッチを片手にステージへと引き返す。コナンも、その後を追いかけようとして、ふと改めて倒れる男らを見て、「……黒ずくめ!?」今更ながらに小さくつぶやいた。

 

「っつうかおい、名探偵よ。なんでおめえ、まだ残ってんだ」

 

 ステージを這い上がり、ガラスケース元の仕掛けへと寄りながら快斗が聞く。

 そうしてケースの元へ腰を落とし、床下の仕掛けから伸びる起爆コードへ接続しようとして、……

 

「いや、おい! おめー、あいつら! 黒の組織だろ!? どういう関係だッ!?」

 

 いつのまにか走り寄ってきていたコナンに腕を引かれた。

 

「は? 黒の組織?」

「おう!」

 

 聞き知らぬ単語に呆けた声を上げるも、コナンは鼻息荒く腕を引く。

 

「おい! どうなんだ!?」

 

(なんだこいつ、この興奮よう……)

 

 あきれたような視線をコナンへと向け、

 

(いや、それよりもこっちを早く――)

 

 と、手元へ視線を戻し、そこで快斗は気が付いた。

 

 

 ――起爆スイッチの一部が、砕けていた。

 

 

「って、えええええええ!?」

 

 驚愕の声を上げ、コナンを振りほどいてよく検分すれば、それはおそらく銃弾によるものだ。まさかの流れ弾が当たっていたパターンである。

 

(え、マジ? マジでなの?)

 

 コードをしっかりと繋いでとりあえずスイッチを押すも、爆弾が作動する気配はない。

 

(え? え? えええええ……)

 

 困惑する快斗を、そして、コナンはいまだに「おい、どういう関係だ!?」と両手で腕をゆする。小さなカオスがそこにあった。

 

 

 

 

 ……が、しかし。そんな空気も、結局は「事件がひと段落した」という二人の誤認からくる緊張の弛緩でしかなく。

 

 また、当然のごとく、事件はいまだ終わってはいない。

 

 

 

 

「――クソッ!! クソッ!! クソがッッ!!」

 

 突然、そんな大声を上げて立ち上がる者がいた。

 

 先ほどコナンのボールによって気絶させられていた者。スネイクの相棒である。

 

「なめやがって……こんなガキが……なめやがって」

 

 血走った目でコナンを、そして快斗をにらみながら、彼はゆっくりと起き上がる。

 

「殺してやる……殺してやるぞ……」

 

 ブツブツとつぶやきながら、足元の拳銃を拾い、隣のスネイクを蹴り起こす。

 

 対する快斗とコナン、小さく話す。

 

「お、おい、なんかヤベーこと口走ってるけど……どうするよ」

「そうゆうおめーこそ、なんかねえのかよ」

「わり、今、パラグライダーくらいしか……」

「つかえねーやつ……」

 

 コナンはひとつ息を吐くと、

 

「しゃあねえ、もう一度……」

 

 そう靴へ手を伸ばそうとして、

 

「やばッ!?」

 

 そう叫んだ快斗によってガラスケースの裏側へと引っ張り込まれた。

 

 同時、彼らへ向かって銃弾の雨が襲いかかる。

 

 ケースの裏側、念のため頭を低くする二人は、そして、とうとう自分らの隠れる防弾ガラスケースが罅を通り越して割れ砕け始めた音を耳にする。

 

(や、やべえ……ッ!!)

 

 が、同時、銃弾の雨もまた止む。ちらりと水晶像ごしに見やれば、男はカチカチと空撃ちしかできぬ拳銃を荒々しく横へ放り捨てるところだった。そのそばでは膝立ちになったスネイクが頭を左右に振っている。

 

(今だッ)

 

 思ったコナンがキック力増強シューズのダイヤルを回し、ボール射出ベルトのスイッチを入れる。が、――

 

 それより早く、男がとあるものを懐から取り出していた。その目は血走り、どこか正気ではない。

 男の握るものが何なのかに気が付いたスネイクが、すぐさま叫ぶ。

 

「おまッ、バカやめ――」

 

 そしてコナンがボールを蹴るよりも早く、男は叫びながらそれ(・・)のボタンを押していた。

 

 

「死ねええええええッ!!」

 

 

 瞬間、彼ら――男やスネイク、そしてコナンや快斗を含める彼らの、その頭上――天井が、爆発をする。

 

 閃光と轟音が空間を支配し、瓦礫がホールへと降り落ちた。

 

 




本日(本話)の言い訳:
 ぼ、僕はね。シリアスのなかにもちょろっと入るギャグ感や、謎の組織のどこか残念感、それがね、まじっく怪斗の魅力のひとつだとね、思うわけなんですよ(偏見&震え声

2017/02/07 まえがき・あとがき編集
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