殺された者になる魔法   作:つるもちぷに

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12『人でも魔族でも無い、』

 シーデンという女性が居た。

 

 かつてテイターが乗っ取った戦士エントの想い人であり、後に断頭台のアウラによって村ごと殺された修道女だ。

 

 彼女はテイターがエントの肉体で村に戻って来た時に、そして記憶喪失だと伝えられた時に、どんな気持ちだっただろうか。

 

 エントが生きて帰ってくれた事が嬉しいと言っていた。

 本当はエントは死んでいて、それが酷く心苦しくてテイターは謝らずにいられなくなった。

 その後も最後の時まで真実を知る事無く、記憶を失ったエントの前ではずっと優しい笑顔を浮かべていた。

 その笑顔を壊すのが怖くてテイターは真実を黙っていた。

 

 だがフリーレンとの戦いの中でテイターは少し思い出していた。

 

 果たして彼女の心は本当に守られていたのだろうか。

 本当はテイターが口を開いた瞬間、きっともう既に――。

 

 

 

 

 

 テイターはフリーレンの猛攻を凌ぎながら、森と山道を往復し村へ少しずつ近付いていた。

 夜闇の空で白い魔法が炸裂し、地形に幾つもの痕を刻む。

 

 だがその一撃はどれも絶対にテイターの命を奪ってはならない。あくまでも封印の隙を作るためのものであり、しかし命を奪わないような加減をする所為で封印の隙を作り出すのは難しかった。

 そしてその戦場から少し離れた場所で、一般攻撃魔法が空に打ち上げられた。

 

「なるほど、封印するしかなさそうだね」

 

 フリーレンが呟く事でテイターはこれがフェルンからの何かの合図だと勘付いた。

 

「つまり俺を殺す算段は消えたわけだな」

 

 テイターは渾身の魔力をフリーレンにぶつけ、彼女が防御するその間に魔法が打ち上がった場所へ全速力で向かう。

 それをすぐにフリーレンも追い、同時に攻撃を並列させる。しかし長い時間稼ぎがテイターの冴えを尖らせていた。

 

 進行の邪魔になる弾だけを防御魔法のピンポイント展開で上手く逸らし、盲撃(めくらう)ちだがフリーレンの方へ飛ばした。

 当然フリーレンに命中するほどの精度は無いが、数発が崖に刺さる事で土煙を巻き上げる程度の効果はあった。惜しむらくは、その程度ではフリーレン相手には全く足止めとして機能しそうにない事だが、封印を掛ける隙さえ稼がせなければ十分だった。

 

 そしてテイターは命からがら魔法が打ち上がった地点、山道の高さより少し下の崖の壁まで来た。

 

 即ち、シュタルクが立ち往生していた窪みの前へ。

 

 既にシュタルクは斧を構えこちらを見据えていた。人質に取るのは明らかに無理だった。

 

「来たな」

 

 そう一言シュタルクが告げ、窪みから臆せず飛び出した。仮にそれでテイターを狩れたとしてもその後はそのまま下まで絶対に落ちる軌道だった。

 シュタルクの跳躍力は斧を持った状態でも、その身を容易に空中のテイターまで届かせた。彼の左手には封魔鉱が握られていた。

 

 しかし刃は届かなかった。

 封魔鉱は光を放ち、テイターがどうにか絞り出した魔力の塊そのものによって、シュタルクは再び窪みへと叩き返された。封魔鉱の効果は半径三十センチ程度であり、手に持った時点で胴体が効果範囲外となるほど狭かったのだ。

 

 もちろんそれでもテイターの魔法が発動していれば、恐らく防ぐ事が出来ていた。そのギリギリの大きさはコストカットではなくあくまでも『その大きさを最低限に、それ以上を用意せよ』という指示を受けた側がようやく見つけた、最も大きく唯一基準に届く封魔鉱だった。

 

 封魔鉱はシュタルクにぶつけられた魔力の一部を吸収し光を放っていたが、その煌めきはシュタルクが崖に叩き付けられる頃には弱まっていた。

 そしてテイターの魔力ぶつけは十分な威力で伝わる。

 

 だがテイターは見誤っていた。

 戦闘の振動とシュタルクが生き残るための破壊によって、もう地盤は限界寸前だったのだ。

 

 目の前の切り立つ崖が崩れ始め、浮かぶテイターに降り注いだ。

 シュタルクは叩きつけられた瞬間も封魔鉱を持ったままで、もうテイターの魔力はほとんど残っていなかった。

 

 

 

 

 

 崖の上にある街道でフェルンに降ろされたシュタルクは、少し情けない顔で礼を告げた。

 

「フェルンありがとう」

 

「本当にあんなところで勝手に立ち往生されては困ります。シュタルク様がきちんとしていれば私は……封魔鉱を路銀に変えられたんですから」

 

「ごめんよお……でも前に見つけた時は危ないから早く捨てろって言ってなかった?」

 

 土で汚れたボロボロの体でシュタルクが謝ると、むくれ顔でフェルンはそっぽを向いた。

 

 魔法を打ち上げても戦闘の余波が収まらずむしろ近付いてくるのを受けて、フェルンとシュタルクは自分達を人質にされる可能性に気付き、そこを逆に迎撃する作戦を僅か数十秒の間に立てた。

 

 シュタルクがテイターを殺した後にすぐ封魔鉱を捨てて、そこをフェルンがキャッチするというのが二人の立てた作戦だった。

 テイターの魔法の発動タイミング次第では封魔鉱の意味が無くなる可能性もあったが、幸い崖から落ちて下に落ちるまでには高さがあり、つまり落下時間が多少あるために、上手く攻撃出来ればその間にテイターが絶命する時間を稼げるという読みだったのだ。

 

 だが結果的にシュタルクの攻撃は当たらず、それどころか土砂崩れがシュタルクを巻き込む寸前でフェルンがギリギリ間に合い、封魔鉱を捨てる事で崩れゆく土砂の下の隙間をなんとか脱出したというのが顛末だった。

 フェルンは決してその心労を口には出さないが。

 

 

 

 

 

 巻き込まれた土砂が崖の下へ積もり、その一角でテイターは胸部から上が見える状態で居た。

 星空を見つめる事は出来たが、土砂を被る体を動かす事は全く出来ず、身を捩っても痛みが下半身を焼くばかりだった。

 恐らく体の至る箇所が潰れている。口から流れ落ちる赤い血がもうじき彼の命を削り切る事を物語っていた。

 

 そこへ空から一人の少女が降りて来た。フリーレンだ。

 

 彼女はテイターから漏れ出る僅かな魔力を頼りに彼が埋まるこの場所を見つけ出していた。

 

「……来たのか」

 

 か細い声でテイターが尋ねると、フリーレンは星空を背負って彼を見下ろし、枕元に立って告げた。

 

「もし他の魔族に自分を殺させて再転生されたら厄介だからね。お前がちゃんと死ぬまで見張らせてもらうよ」

 

「……そうか。予言、通りだったな」

 

 呼吸を拒む肺を動かしてテイターは話していた。

 風が木の葉を揺らす音がして、彼女の髪が浅く靡いた。

 

「……予言?」

 

 フリーレンが尋ねる。魔族と会話する義理も無いが、かと言って殺す事も出来ずその上見張らなければならない彼女は、テイターの話を聞かない事は出来なかった。

 テイターは少しずつ喋る。

 

「南の勇者に言われてたんだ。田舎に籠ればフリーレンに殺される事になるって。しかし結末が自滅とは、全く上手くやったもんだ」

 

「……まあ私も八割くらいは疑ってたかな」

 

 テイターの口振りを受けて彼女は口を開く。疑問を浮かべた瞳をテイターが向けるとフリーレンは続けた。

 

「助言があってね。あらかじめ忠告されたんだ」

 

「マハトの記憶か……ふざけてるな」

 

 自分で言っていてテイターは笑わずにはいられなかった。

 

 勇者ヒンメルの死から三十年後。現在から一年前。フリーレンは黄金卿を解呪するために、マハトから奪った記憶を解析している。時間にして約百年分。その期間にはテイターとマハトが会話した時期も含まれていた。

 

 その時テイターは彼の言葉を、自分でマハトへ告げていた。

 

 テイターが『道は潰した』と口走った瞬間にフリーレンは、マハトとテイターの会話の記憶を思い出した。

 

『あらかじめ忠告するが既に道を潰して人は止めている』

『彼は初めから私を魔族と判断し、自滅させ殺そうとしていた』

 

 マハトに向けてテイターの口から出たこの南の勇者の言葉の代弁が、予知を加味したメッセージかもしれないと気付いた時は、あまりの荒唐無稽さに彼女自身も九割信じられなかった。だが記憶越しに語られた経験があった彼女は、自滅させれば倒せるという言葉を少しだけ信じる事を選んだ。

 

 そしてフリーレンとフェルンは合図を二種類決めていた。

 封魔鉱が無かった場合は魔法を二発。

 封魔鉱はあるが、自力でフリーレンの元に向かうのが難しくなった場合は魔法を一発。

 

 本来はどちらの場合も一旦フリーレンが封印する算段だった。

 ただ今回だけはアドリブで南の勇者を信じ、封魔鉱を持つシュタルクの元へ誘導する事も狙いながら、フリーレンは致命的な状況が来ない内はしばらく封印する振りを続けて、結果テイターは自滅に追い込まれたのだ。

 

 未来予知を行う人間の言葉を口に出したのは、今にして思えばあまりにも迂闊だっただろう。

 

「マハトの記憶なんて一言も言ってないけど」

 

 認識と齟齬がある言葉にフリーレンが警戒するが、テイターは穏やかな口調で言った。

 

「警戒しなくてもいい。それは別に……」

 

 ふと言葉が止まる。肺の中の空気はまだ残っていたが、テイターはそれを夜の空気と入れ替えてから尋ねた。

 

「なあフリーレン、死んだ事はあるか?」

 

 フリーレンは沈黙していた。テイターも答えを求めてはいなかったので、そのまま気にせず語り始めた。

 

「俺が一番最初に死んだ時、その先は無いと思ってたんだ。その頃俺は人間で、まさか魔族になるなんて思ってなかった」

 

 彼女はただ黙って聞いていた。

 

 彼は星を見て言った。

 

「俺には愛が無かった。家族愛も友愛も恋愛も、概念としては知っていてもそれを自分が抱いているという感覚がまるでなかった」

 

 言葉を紡ぐほど心臓の鼓動が緩やかになっていくのが彼には感じられた。

 

「家族に育てて貰った恩はあるが、それは血の繋がりが無くともある時はあるし、血が繋がっている事は俺には特別さに思えない。友人も居たかもしれないが、そいつが困ってても俺が損するなら助けたりはしなかった」

 

 徐々に視界がぼやけていた。彼は掠れる息を絞った。

 

「そして好きな人というものも覚えはあるが、その人に自分の人生を捧げるくらいなら一人で自分のために過ごしたかった。俺の人生に於いて、自分より大事な存在は無かった。ずっとそんな奴だったから、俺は魔族に生まれ変わったのかもしれない」

 

 冬の冷たい空気が、戦いで高まっていたフリーレンの体温を冷ました。そして同様に彼の体も少しずつ冷たくなっていた。

 

「……テイターは人間だったの?」

 

「俺は、結局人と魔族のどっちだったんだろうなあ」

 

 彼の聴力は失われていた。意識と声だけが残っていた。

 会話が出来ないと見るとフリーレンは質問を黙り、彼が尽きる瞬間を見届けるだけになる。

 

 テイターは何も見ずに言った。

 

 

「……なあ、フリーレン……お前は、分かってるのか?」

 

 

 テイターは死んだ。

 

 それはフリーレンによる、見殺しという最期だった。

 

 

 

 

 

 テイターの現在の潜伏地域が発覚したのは五年前の事だった。

 

 その時に魔法を目撃したのはシーデンという名前の壮年の女性だ。

 女性の母は、かつて断頭台のアウラに村が襲われた時に、自分を庇って逃がしてくれたある修道女への感謝の意味を込めてその名を娘に与えた。

 

 シーデンは今も別の村で家族と共に生活している。

 だがその縁は本人達を含めて、世界の誰にも知られる事は無い。

 

 

 

 

 

 転生者テイターの討伐依頼の報酬は戦闘によって破壊された街道整備費と差し引かれた。流通が止まらないよう最低限の道だけはフリーレン達も作ったのだが、それでもフリーレン達には一銭も入らなかった。

 依頼のために準備された封魔鉱は土砂崩れに巻き込まれ、回収不可能となった。またその後、絶命したテイターの遺体は肉体の元の持ち主を特定され、故郷の墓へと輸送され埋葬された。

 

 シュタルクの負傷はすぐに回復し、三人は本格的な冬が来る前に帝国領へ向かう。

 その道中でフリーレンが話をしていた。

 

「前にヒンメル達と旅をしてた時にもテイターに会った事があるって話をしたけどさ。その時あいつ肉体の持ち主が名前を付けてた物を処分せず保管してたんだよね。全然違う名前を名乗ってたのに」

 

「それも殺される余地を残していたって事ですか?」

 

 彼女の後ろを着いて行くフェルンが尋ねると、彼女は瞳を揺らし少し首を振る。

 

「無意識ではどうであれ、テイター自身はそう思ってなかったんだと今では思うよ」

 

「では何故……?」

 

 不思議そうに首を傾げるフェルンを横目に、フリーレンは昼の空を眺めて言った。

 

「きっと元々テイターは魔族じゃなかったんだろうね。だけど魔族として過ごす時間を経て、人でも無くなってしまった。あれはきっとその最後の一線だったんだ。自分を人間だと信じるための」

 

 言葉に表しがたい不思議な気分を抱いたシュタルクは、手に取りやすい疑問を口にする事で何かを形にしようとした。

 

「……一体何があったら人間が魔族になるんだ?」

 

「生まれ変わったんだって」

 

 フリーレンが彼の口にした言葉を伝えた。それを魔法を手にして人生が変わった瞬間だと解釈したシュタルクは何気なく、笑ったり怒ったりする事もなく呟いた。

 

「じゃあもう一回生まれ変わったら、今度は人間になってたりするのかな」

 

 フリーレンは言った。

 

「……いや、テイターは確かに死んだよ。もう転生する事は無い。生きてきた時間が無かった事にはならないってだけだ」

 

 

 勇者ヒンメルの死から三十一年後。

 北部高原、キーノ峠。

 

 冬の寒さを運ぶ冷たい風に撫でられて、彼女達の旅はまだ続く。

 

 

 

 

 










 あとがきです。

 また最終話まで書き切ってから投稿しました。前回の小説よりは少し長かったです。

 タイトルにもなっている魔法の名前に関しては私も考えてる時若干ややこしいなと思っていたのですが、実はどういう言い回しにしても結構説明的な文にしないと誰が何になるのか複数解釈出来る文章になってしまって収まりが悪かったので、いっそその部分を曖昧な状態にして引きにするかと思い、語呂も色々試して現在の名前になりました。日本語って難しいですね。

 今回は原作の読感みたいなものが欲しくて、語る事と語らない事の振り分けに気を遣いながら書いていました。専門用語ではハイコンテクストなどと言うらしいですが、原作の『思いは言葉にしないと伝わらない』というメッセージとは裏腹に、暈かしたまま伝える手法は天才的な技術だと思います。ただこういう私が直接にしないとした部分は作者が沢山語るよりは皆さんに読んで頂くだけの方が格好が付くと思いますので、あまり触れない事にします。

 今回の話を書く上で悩んだのは(うまく出来たかはまた別の話ですが)原作キャラクター達の格を落とさないようにする事でした。
 特にヒンメル達が主人公の処遇を決める場面は、村人の話し合いに参加するのか否かや、内心何を思うのかというのをとても悩みました。私の中のフリーレンは魔族と名乗った彼を絶対に見逃してくれなかったのですが、人の心は玉虫色、イエスとノウだけがきっと答えではないでしょうしここは十人十色の解釈がある事でしょう。
 後は南の勇者から主人公を逃がす方法も、原作でツァルト君が出てこなかったらどうしていたか分かりません。南の勇者から逃げ切れるイメージは持てませんね。
 プロットを決めながら原作の描写バランスは本当に神がかってると再認識させられました。
 逆に主人公のテイターは格の低さを意識したキャラクターでした。神がかった事は何もしない、普通と呼べる中でギリギリ魔族と人間の中間の性格を持つような原作外には普通に居る人物像というデザインですが、全く主人公に向かなくて凄く難しかったです。最初に考えた時はキャラの魅力のためにもっとサイコパスでしたが、色々あって今の感じに落ち着きました。

 それから序盤でグラオザームと初めて会った場面ですが、あそこに主人公が居なければグラオザームが落ちて南の勇者決戦が崩れていたかも、強力な勇者がもう一グループ居たかも、という事にして、それをシュラハトの干渉の動機にしていました。後は『そもそも本編の歴史がやっと辿り着いたギリギリの最善なので、これがズレないようにテイターの行動の起点を調整した』みたいな感じも含んでいます。
 ただこれを構想した時はまだ原作がグラオザームの対処を見せてくれていなくて、原作でグラオザームの魔法の弱点を見てから冒険者達のスペックを決めようと思いました。
 そしてグラオザームが『過去に一度も魔法を破られたことは無い』と明言し、特に弱点とかも無くヒンメルもまともな方法で勝ってくれなかったので、説得力がふわふわした感じになってしまいました。
 あいつらおかしいって。
 あとそもそもシュラハトの真意が何処に効いているのかが原作でもまだよく分かっていないので、むしろ南の勇者より動かしにくかったです。

 さて、前回に引き続き二度目の二次創作小説でした。特に前回と違い、今回は小説を書く気で小説を書きましたので、そう言う意味ではこれもまた初体験と言えるかもしれません。
 不評がいっぱい届いたら怖いなあとドキドキしていましたが、感想頂けたりするとやはり嬉しかったです。このドキドキは書いてる時や投稿された後ではなく予約投稿してる時間に来るのが人間って不思議だなあと思いながらも、ちょっと病み付きです。
 本当はこんなに早く二作目を投稿するつもりも無かったのですが、感想やここすき(これはハーメルンならではですね)が高いモチベーションとなった形と思います。
 次何を書くかは何も決まっておりませんが、今回も読んでくれた皆さんには相変わらず特大の感謝を抱いておりますので、ふと何か思いつけばまた投稿したいと思います。

 ご精読ありがとうございました。
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