8番出口から脱出するベルとレフィーヤ   作:37級建築士

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色々詰め込み過ぎた回



・追記


一度消してまた投稿しました。矛盾したままにはできなかったのと不足した文章を足しました。これが本当に最新話です。


※再投稿(7) 8番のりばで降車したいベルとレフィーヤ

 

 

 

 

>>五ッ原>>

 

 

 

 

……ガタン、ゴトン

 

 

 

五ッ原、次の降車駅は

 

 

 

 

九々杜(くくど)

 

 

 

 

 

 

 妊婦の女性は困った顔をしている。男に声をかけようとして、けど言葉に詰まっていているみたい。内心ではムカついているけども、抑えている様子だ。

 

 

「ごめんなさいね」

 

 

 でも、この場では引いたみたいだ。お姉さんは申し訳ないと僕らに頭を下げた。つくろった笑いで、気にしないでと、そしてその場でふらつきながらも立つことにしたみたいだ。

 

 

 

……マナーに注意して席に座りましょう

 

 

 目の前に用意された状況。

 

 もしかしなくても、やはりあれは指示だ。公共のマナーを守らせる一文なんかじゃない。

 

 正しい手段で席に座る。

 

 なら、今がチャンスだということか

 

 

 

「ベル、わかってますよね?」

 

 

 

「……うん」

 

 

……違う、そうじゃない。

 

 

 マナーを守っていないように見えるだけ、でも実は違う。

 

 勇み足に踏み込んではダメだ。

 

 今一度、周りに注意して目を向けろ。

 

 

 

 

……席は、5つ

 

 

 

 手すりに区切られた座席に座る人、今目の前で妊婦の女性がいた席に座った男と、その右に背の低い老人と、サングラスをかけたガタイの良い健康そうな男。

 

 背後の席には、初老の女性が二人。

 

 譲ってくれそうなのは、明らかに二人いる。

 

 勇気を出して声をかければ席に座れるかもしれない。もしかしたら、その声掛けで逆上していきなり襲い掛かるなんてこともあるかも

 

 座らないといけない、だから席を譲ってもらうべきだけど

 

 

「……」

 

 そうこう考えていると、杖を持ったスキンヘッドのご老人が腰を上げた。

 

 妊婦の女性に、席をどうぞと語りかける。本来譲るべき人がすぐ隣にいるのにもかかわらず、老人が席を譲った。

 

 

「……あの、すみません」

 

 

 

 意を決して声をかけた。観察し、確証を得た上で僕は告げた。

 

 

 

 

 目の前の老人に、マナーに則って注意をした。

 

 

 

「おじいさん、その杖は貴方のですか?」

 

 

 

 妊婦の女性が譲った席を奪った男ではなく、若くて壮健で優先座席を必要としそうに見えないサングラスの男でもなく、僕はたった今席を親切に譲った老人に

 

 老人の盗みを指摘した。

 

 

「——————」

 

 

 

「……あの、その杖は貴方が持つものであってますか?間違いなら、謝罪します」

 

 

 目を見て問いかける。老人は、こちらを一瞥して、何も言わず手荷物を置いた。

 

 サングラスをかけた男の手元に、カバンと、真っ白で先だけが赤い杖を置いて、去っていった。

 

 

「……レフィーヤ、やっぱりあの人」

 

「えぇ、老人ではなかった……小人、でしょうか?」

 

「どうだろ、でも人種は違うだろうね……知らない種族なのかも」

 

 

 背の低い老人、腰が悪そうにに見えたけど健康そうな動きで去っていく。腰は曲がっていない、ただこちらを一瞥して去っていった時に、何か悪態をこぼしたようにも受け取れた。

 

 スキンヘッドで、小さくて、顔立ちが人種からして異なる相手。

 

 妙な小人だ。

 

 

「……あ、あの」

 

 

「?」

 

 

「すみません、話聞いていたんですけど……えっと、助けてくれたんですね……すみません」

 

 

 サングラスをかけた男は、方角を見失った様子で、こちらがひと声することで僕らを認識した。

 

 こっちを向き、物腰正しくお礼を言ってくる。

 

 視線が無いふるまい、そして白い杖は体を支えるための道具というよりもっと別の用途を思わせる。おそらく、いやきっとこの人は目が見えない人なのだろう。

 

 だから優先座席に座っている。

 

 正しく座っている、この男の人はマナーを守っている。

 

 

「すまないな、いや助かった……相手は、ご老人だと思ってね。間違えを指摘する勇気がなかったんだ」

 

「……いえ、老人のようですけど、そうではないですね」

 

「そうかい、なら言えばよかったが……この感じだからさ、変にしり込みしちゃうんだよ。いや、だから助かった……良かったら席を譲るよ」

 

「!」

 

 

 願ってもない好機、だけど

 

 

「ベル」

 

 

「……うん」

 

 

 互いに合意、マナーを守って席に座れ、その一文を守るなら座ることが次の車両に進む条件になっている。

 

 正解の道は見えている。だけど

 

 

……マナーの基準はわからない、でも

 

 

「……いえ、僕たちは立っています。」

 

 

「親切にしていただきありがとうございます。お気持ちだけ、いただきます。」

 

 

 毅然とふるまって、僕らはその場にとどまった。

 

 

 

「彼女と一緒に座りたいので、二席空くのを待ちます」

 

 

 

 座る席は二ついる。だから

 

 

 

「あの、お姉さん」

 

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 僕らは、たった今空いた席に彼女を座らせることにした。

 

 

 

 

「……え、え?……でも」

 

 

 

「すみません、ご厚意は受け取ります……でも、やっぱり妊娠されていて身重な貴方が立っているのはお子さんのためにもよくありません。ですから、この席にお座りください」

 

 

 

「ぁ……それは、うれしいけど」

 

 

 

「僕らは二人です、二つ空くまで待ちます」 

 

 

 

「な、なら……こ、この人に」

 

 

 視線を送る、外界を遮るように新聞紙を広げているスーツの男性。

 

 しかし、この人からは席をいただけない。

 

 

 

「大丈夫です、僕ら立って待ちます」

 

 

「……そ、そうなの、ね」

 

 

 

 吐いた言葉を引き戻すことはしない、そんな強く出た僕たちの様子にお姉さんは納得した。納得してくれた。

 

 妊婦の女性は、元居た席の隣に着席。

 

 僕らは依然立ったまま。

 

 

 

 

 

 

…………ガタン、ゴトン

 

 

 

 

 

 

 

 電車は走り続ける。

 

 外の景色が、徐々に白だけの景色に色変わりを見せていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の八番のりば、過去の八番出口、二つに共通した作り手の意図に僕らは気づた。

 

 仮に、この異変をけしかけるような者がいて、いやきっといるのだ。それが仮に神さまのような人知の及ばぬところの超越した何かだと仮定してみる。間違っても神さまたちと同じとは思いたくない。

 作り出したナニカには人間らしさなんて尺度はない。ただひたすらに悪辣、そして人のある姿を求めている悪趣味な奴、初見殺しの罠や人の精神をすり減らす悪趣味な仕掛け。そこから見える答えは、作り手の意図。

 

 あくまでも仮定でしかない。僕らは仮定して、そしてその仮定を信じて試してみるしかない。しかし、結果的に言えばその仮定はおそらく正しい。

 八番のりば、人を呼び込み逃れられない遊戯を強いる。

 そうして得られる、ナニカが求める僕らの行動と結末。

 

 ナニカはきっと、愚行を犯すことをあざ笑いたいのだ。

 

 蜜に飛びつかせあっけなく殺す様を見たい。切羽詰まって明らかに罠とわかる道に突き進ませてやりたい。

 

 愚か者であれ、冷静になる余裕を与えるな。

 

 そんな意図からナニカは罠を仕掛けてくる。

 

 

 

【マナーを守って席に座りましょう】

 

 

 

 だからこそ、ナニカは嘘はつかない。答えを提示したうえで、僕らが過ちを犯すことを求めている。求めているから、あえてマナーの程度から詳細は意図的に伏しているのだろう。

 

 ナニカが望む結末はきっとこうだ。あからさまに、優先座席を不当に座った男がいる。なら、その人から席を奪えばいい。指摘して注意して、まんまと座った僕らは車内のマナーではなく人としてコミュニケーションのマナー違反で罰を食らった。

 

 初見殺しの罠も、意図がつかめれば予測は立てられる。

 

 だから、この場で僕らがとるべきは、座らないことだ。

 

 飴につられず、マナー違反を犯さないようにただじっと待てばいい。先へ進むために積極的な行動を取り、先へ進みたい焦りや欲から判断を誤ってしまう。そして、なぜあんな選択をしたのかと後悔する。

 

 ナニカが見たいのはそんな僕らの愚かしさなんだ。

 

 

「……必要以上のことはしない。ここからは、何もしないのが正しい」

 

 

 妊婦のお姉さんに席を譲った。なら、このまま待てばいい。 

 

 席は自然に空くまで待つべき。健全な体を持つ僕ら若者には優先してもらえる理由はない。優先座席に座るなんてもってのほかだ。

 

 どんな理由があってもその権利を奪えない。譲ってもらえるのは、譲られる理由がある人だけ。

 

 だから、今目の前で席を奪った男からは席が得られるように思える。でも、でも理由なんてどうやってわかるものか?

 

 

……席に座った以上、この人にも優先される理由があるかもしれない。

 

 

……嘘かどうかを確かめる。貴方には何かしらの障害があるのですか、と聞けば

 

 

…………いや、いやいや、それこそナンセンスだ

 

 

 生じる会話は悪魔の証明になる。その上、仮に座る理由があるなら僕らは偏見から席から外そうとした結果が残る。

 

 それを黙って見過ごすわけがない。審判として、今も僕らを見ているものがいるなら嬉々として腕を振り下ろすだろう。

 

 だから、この場で僕らはこれ以上何もしない。

 

 ただ、ただ待つしかない。

 

 

「レフィー、揺れるけどごめん……しっかり捕まってて」

 

 

「えぇ、わかっています……大丈夫です」

 

 

「急に揺れるね……外も、霧で見えない」

 

 

「……座りたいですね、進むとかどうか、それを置いても」

 

 

「なら、譲ってもらう?」

 

 

 茶楽けて聞いてみる。しかし、鼻で笑って一蹴

 

 

「大丈夫です……待ちましょう、だってそれがマナーですから」

 

 

 億劫になる時間。進めないままただ電車の揺れに耐えて立ちぼうけ。しかし、それでいいはずなんだ。

 

 

 

 

……ガタン、ゴトン

 

 

 

 電車は進む、街並みの景色はどこにも見えない。濁った曇り空を思わせる薄暗い白の景色の中、激しく揺れて突き進む。

 

 マナー違反を犯した客を、たくさん乗せて進み続けている。

 

 案の定というべきか、異変は様相を変えて始める。

 

 

 

 

 

「……ベル、少し強く抱きしめてください。また、ひどいことが起こるかもしれません」

 

 

「だよね、そうならないわけがない」

 

 

 

 嫌な予感は常にある。

 

 マナーを守れ、その抽象的な一文に落とされた罠。進むために席を得ようとする、その行動が初見殺しの悪辣な仕掛けだと想定したら。そして、想定したうえで

 

 

 

 

【マナーを守って席に座りましょう】

 

 

 

 

 異変の解決方法であると同時に、これが公共のルールを順守させる一文であるなら。

 

 範囲は、この車両の中の全員に及ぶのでは。

 

 

 

 

…………ガタンゴトン

 

 

 

 

 

……キキー

 

 

 

 

 

「「!」」

 

 

 

 

 列車が止まった。

 

 外が見える。看板だけ、白い霧に囲まれた景色にポツンと乗り場がある。そんな様子

 

 

 

 

>>九々杜>>

 

 

 

 

 列車が停止した。

 

 

 ドアが開いた。

 

 

 零山から始まって八番まで続く停車駅、そこに無かった駅の名前。

 

 

 けど、そんなもろもろはどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ベルッ」

 

 

 

 

「大丈夫、僕らは大丈夫だからッ」

 

 

 

 

 異質な空気、外の霧で冷たく湿った空気が入ってくる。

 

 乗客は動じない。列車も動かない。僕らを覗いて時間が停止したような、異質な空気が肌を突き刺す。

 

 逃げるべきか、しかし動かないことを選んだ僕たちはもう足先一寸すら動いてくれない。

 

 ドアが開いた。ソレは、音を立たせて入ってくる。この異質な空気の中で、湿った霧の空気を付随して迫ってくる。

 

 

 

 

 

………………————ッ

 

 

 

 

 とっさに息を閉じた。僕もレフィーも、口を閉ざして視線をそれから外せなかった。

 

 目を背けることすらできなかった。

 

 見てしまったから、恐ろしくておぞましくて、根源的な恐怖概念を象った外見の怪物。しかし、そこへ同時に神聖さを感じた。

 

 畏怖して、恐れて、だから祈ることしかできない。

 

 外にいたソレが、これから行うだろう恐ろしい蛮行、それが少しでも早く終わることを祈って僕らは石造となるしかない。

 

 

 

…………■■■■■■

 

 

 

 聞こえる、一人じゃない大勢の声だ。外にいる、好奇心が首を上にあげてしまった。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 いる、大勢の、あのスキンヘッドの男がたくさんいた。

 

 頭髪のない低身長の男たち、ソレを囲むようん並んで立ち、声を震わせて叫び始めた。

 

 

 

 

 

……■■ッ■■■■ッ!!

 

 

 

 

 呼応するように、霧の中に座しているソレもうなり声をあげている。気づけば、僕らは恐れ目を背けることをやめて食い入るように外を見ていた。

 

 僕もレフィーもソレを見ていた。図鑑や工芸品のモチーフ、見たことこそないけど知っている生き物。ガネーシャ様の面からも知っているなじみの生き物。

 

 だけど、違うのはまがまがしい人体らしき体にその顔があること。水かきのようないびつな形の耳にたくさんの人腕。象の顔をしている、真っ黒い肌の異形。

 

 モンスターというにはおぞましく、同時に神々しさもある。

 

 髪のない小さな男たちに囲まれて、ソレは悪神の偶像にも見えてしまう。だけど、まず間違いなく生きた存在だ。

 

 

 

……グチャ

 

 

 

 

「……ひッ……ぁ、ん————ッ」

 

 

 

 とっさに口を閉じた。僕らは、以前変わりなく動けない身にある。

 

 

 

 

……■■……■つがー……■■■るふ、ふ■ぐん

 

 

 

 呪文のような言葉が繰り返される。聞き取れる音は言語化も怪しい。

 

 小さな男たちの声にこたえ、ソレは猛りながら雄たけびを上げる。

 

 

 

…………グシャ、グチュ……ガシャ、ズシャッ

 

 

 

「————ッ」

 

 

 声を出せない、出したら終わる。目の前で、人間がむさぼり食らわれてつぶれる光景を見てしまった。

 

 ソレは象だ。だから、鼻は長い。けど、異様に伸びるさまはまるで蛇、いや先端の開いた花弁のような捕食器官のせいで植物のようにも見えてしまう。

 

 ソレの触手は車内の人を一人ずつ食らっている。つぶして、砕いて、血の一滴も残さないようにすすり飲んでいる。

 

 

 

 

 

………………グッシャァ、ズシャァアアッ

 

 

 

 

 

 称える声の合唱、目の前で殺され血を抜かれる人間だった断片。

 

 社内の人は依然動じないまま、妊婦のお姉さんもサングラスの人も、今まさに隣に座っていた席を奪った男が殺されて断末魔を上げているのに何も感じていない。

 

 無関心のまま、僕らだけが死を見ている。

 

 

……にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん

 

 

 声がする、外の大合唱は止まらない。きっと、清掃が終わるまで続くのだろう。

 

 気がおかしくなりそうだ。

 

 

 

「……外、出れますね」

 

 

「出ないよ、どうせろくなことがない」

 

 

 気を張った僕らは休む場所を求めた。車両の端にいた僕らの周りにはもう違反者はいない。入ってきた方のスペースへ、触手は血を求めて去っていった。

 

 近くの優先座席には妊婦のお姉さんと盲目のお兄さんしか座っていない。ほかの普通席も、まばらに人が座っているだけ。立っていた乗客は、僕らを除いてみんな殺されてしまいそうだ。

 

 車内にいる困った妊婦を助けなかった、からだろうか。マナーに注意、なんというかかなり強迫的な概念だ。

 

 本質なんて理解していない。きっと、僕らを追い詰めるための悪趣味なアイデアとして用いただけ。

 

 マナー違反というなら、こんな残虐な行為の方がずっとマナーを穢している。

 

 

 

 

電車内のマナー違反を確認しました

 

 

これより処理が実行されます、清掃が完了されるまで車内でお待ちください

 

 

 

 

 床に浮かび上がったメッセージ、血だけを抜かれた枯れた遺体、押しのけて僕らはたった今空いた席に座った。

 

 繰り広げられるおぞましい惨殺に目を向けても何もできない。ここでは冒険者ではなく、異変へ挑む無力な探索者でしかない。

 

 待つしかない、終わるのを

 

 

「……大丈夫、もう慣れました」

 

 

「そうだね、慣れた……ね」

 

 

 

 僕もレフィーも明らかな虚勢の言葉をつぶやく。

 

 抱き合ったまま、外の怪物により行われる清掃を待つしかない。

 

 死にゆく人の声と狂った信者の叫び声、どっちも聞いて頭が正常になるわけない。吸い取っても消しきれない血の匂いの中で呼吸すると肺がおかしくなりそうだ。

 

 

 

ちゃうぐなー・ふぉーんが全てを綺麗に処分します。マナーを守って席に座りましょう

 

 

汚れた電車はちょー・ちょー人達がお片付けます。貴方たち二人は空いた席で心行くまでお休みください

 

 

 

 勝手に言ってろ、そう頭で僕らは愚痴を吐いた。奇妙な人間と奇妙な化け物が平然といる世界、混とんとしているこの列車はやっぱり異常だ。仮初の世界だ。悪夢でしかない

 

 早く帰ろう。次へ進もう

 

 

 

 

……にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐんッ

 

 

 

 

 すごく、うるさいッ

 

 

 

 

 

 

 

 

……にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐんッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが終わった。列車は走り出し、車内は座った人がまばらに存在するだけ。もう何も異変はない。

 

 電車の外は平常の景色、何も映らない真っ暗な中を早く突き進んでいるだけ。

 

 

 

 

「……行きますか」

 

 

「そうだね、行こうか」

 

 

 

 ちゃうぐな、何て名前の怪物が車内の人間のほとんどを食い散らかして終わるまで、そして大量のチョー・チョー人達が枯れた肉片を片し終わるまで、時間はかなり経過した。

 

 終わってからも僕らはすぐに動けなかった。

 

 嫌な空気をいっぱいに吸ったから。精神は不安定で、落ち着くまで僕らは互いに密着したまま

 

 冷や汗で湿った服が完全に乾く程度には時間が経過した。

 

 

 

>>五ッ原>>

 

 

 

 次の車両、六下。もう扉は開くだろう。

 

 車内は、残った数人と優先席に座る二人。

 

 そのまま通過して次への扉を開けようとした。半ばまで開いた扉、足を踏み入れようとしたその瞬間。

 

 

 

 

「あの、待って!」

 

 

 

「?」

 

 

 

 声をかけられた。

 

 妊婦のお姉さんは、僕らを呼び止めた。あの中で一切反応を示さなかったからか、もうこの人はやっぱり舞台装置のような、そんな無機質な存在だとばかり思っていた。

 

 けど、今見ている姿には生きた温度を感じる。

 

 

「お礼、言い忘れてたから……席、譲ってくれてありがとうね」

 

 

「————」

 

 

 

 人肌の感謝が震えを鎮めてくれる。

 

 年上の、母性のある印象が落ち着きをくれる。

 

 

 

「あ、あの……貴方は」

 

 

「?」

 

 

「……もしかして、いえ……なんでもないです」

 

 

 レフィーが質問しようとして、けど言葉が口から出ず中にしまい込んだ。

 

 期待してはいけない。きっと、この人も仮初の存在なのだろう。異常を認識していない、普通の人らしいふるまいこそしているけどやっぱり舞台装置のようだ。この世界の一部でしかない。

 

 今も列車の座っているおじさんと同じ。

 

 きっと仮初の存在でしかない。役割を与えられていて、それに応じて頷くだけ。

 

 夢の中の住人でしかない。

 

 でも、それでもまともな反応が返ってくる。

 

 後ろ髪をひかれてしまう。

 

 

 

「すみません、そろそろ僕らはいきます」

 

 

 

「赤ちゃん、元気に生まれることを願ってます」

 

 

 

「……えぇ、そうね、元気に生まれて欲しいわ。ありがとうね、親切なお二人さん」

 

 

 

 妊婦のお姉さんは朗らかに笑った。

 

 そして、どこか寂し気に僕とレフィーに視線を送った。

 

 

 

「……気を付けて、ね」

 

 

 

 

 告げたのは、心配からくる言葉

 

 けど、そこには僕らの境遇を理解した上で送った言葉か

 

 どちらにも受け取れる。

 

 

 

「主よ、この二人に良き旅を」

 

 

 

「?」

 

 

 

 お姉さんは、首にかけていたペンダントらしきものを出して、僕に言葉を送った。その形には見覚えがある。

 

 教会、神が地上に降りてからも存在する。地上に降りる以前から人は神に祈りをささげていたし、それは今も変わらない。

 

 祈るための手にする道具。その十字架は、僕らの知っている神への祈祷の道具と見ていいだろう。

 

 

「……この子たちに、幸あらんことを」

 

 

「あ、あの」

 

 

 知らぬ作法、そらんじた言葉の意味はあまりわからない。でも、僕らを温かく包み込んでくれたことは理解できた。

 

 手に渡されたそれは、銀でできていたからだろう。

 

 手の温もりが入っている。

 

 

 

「あ、あの……良いのですか、そのこれ……銀ですよね、宝石も入ってます」

 

 

「いいのよ、席を譲ってくれたお礼……って、いうのは少し無理があるわね」

 

 

「……もしかして、貴方」

 

 

 仮初である、そう思い続けていた。

 

 でも、どうしてそう決めつけた。今目の前にいる人は、そしてその人の抱く感情は生きた人が持つ本物だ。

 

 レフィーも触れて察した。僕らは温もりを知った。

 

 仮初かもしれないのに、熱が生々しくて仕方ない。

 

 

 

「……ベル、受け取りましょう」

 

 

「で、でも」

 

 

「お姉さん、ありがとうございます……私たち、先に進みます」

 

 

 

 レフィーが手を引く。

 

 僕は遅れて頭を下げた。そしてもう一度上げて、顔を見たらもうそのまま動かない。

 

 無関心に、席に座って手に板を持っている。

 

 役割を演じるだけ、まるで舞台の上の役者のように、異質で歪に無関心を貫く。

 

 

 

「あ、あの……お姉さん」

 

 

「……ベル、やっぱりここの人たちは仮初です。生きているのは私たちだけ、この狂った遊戯に挑む私たちだけなんです」

 

 

「……そ、そうだね」

 

 

 

 強く手を握った。

 

 レフィーの言わんとすることは理解している。

 

 執着するな、と

 

 見誤るな、と

 

 

 立ち止まっちゃいけない、まだ僕らは遊戯の最中だ。

 

 感傷的に浸ってはいけない。もしかして、この人は、と同情をかけたらどうなる?異常の中で、あの人が何も反応を示さなかったのは紛れもない事実だ。

 

 この異常の中で、役割を演じている人の形をした舞台装置でしかない。

 

 現実から目を背けてはいけない。

 

 進まないと、僕らはまだ旅の途中だ。

 

 

 

 

……君に幸あれ

 

 

 

 

 受け取った十字架を手に、僕らはドアを開けた。閉じた瞬間

 

 

 

「……はぁ、ああああぁッ……あ、はぁ、はあぁッ」

 

 

「!」

 

 

 レフィーが、激しく呼吸を乱した

 

 

 

 

>>五ッ原>六下>>

 

 

 

 

 連結部分の狭い部屋、レフィーは息を整えるたらギっとこちらを睨む。

 

 

「ベル、危機感無いですね……気づいているものだと私思ってました」

 

 

「え」

 

 

 レフィーが指さす。

 

 妊娠したお腹のあたり、もうこちらには一切関心を示さない、そんなお姉さんに何かおかしいところでもあったのかと

 

 

 

「わかりませんか?」

 

「……なにも」

 

「あの人、妊娠してません」

 

「…………え?」

 

 

 今、何と言ったのか

 

 

「妊婦にしては不自然な体型ですよ、あれ……たぶん、お腹に詰め物してます」

 

 

「……どうして、わかるの」

 

 

「簡単です、あの人のお腹不自然なんです……ラインの出るワンピースを着てるのに、お腹以外にも膨らんでる感じでした。やせ型なのに、どこか不自然です」

 

 

 レフィーは語る。

 

 どうして妊娠についての知識が豊富なのか、疑問に浮かぶけどもとにかく語った。

 

 不自然であると、お腹の大きさに対して重さが少ないと。

 

 

 

「……嘘、だったの」

 

 

「えぇ、羊水と赤子を含めたらかなりの重さになるはずなのに、あの人そこまで身重じゃなかったですよね。以前から何度か病院で妊婦の人と接したので、私にはわかります」

 

 

「なんで、妊婦の人と」

 

 

「それは別にいいじゃないですか、ちょっと健康診断です。作るために、って……私のことは良いんです。とにかく、あの人は嘘をついてました。妊婦のふりをして、席に座っていた」

 

 

「……そう、なんだ」

 

 

「あ、今それだけって思いましたね」

 

 

「……うッ」

 

 

 

「はぁ……それ、よく見てください。ベルが持ってる、それを」

 

 

 

「え、これのこと?」

 

 

 

 手渡された十字架のペンダント。手に持って、何がおかしいのかと見てみる。

 

 どこにも、異変なんて

 

 

 

 

……シャコン

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 押した、何かを押した。そのせいか、十字架の縦の棒の底から、何かが飛び出た。

 

 

 

 

 

「……こ、ここ、これって」

 

 

 

 

 

「隠しナイフです……良かったですね、自衛の武器が手に入って♡」

 

 

 

 明るく笑ってレフィーは言ってくる。しかし、持つ手がぶるぶる震えてこっちは素直に喜んでいられない。

 

 いや、いやいや、でもあんなに人のよさそうなお姉さんが

 

 

 

「どうでしょうね、もしあの人をないがしろにしたら……私たち、どうなってましたかね?」

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 考えたくない。

 

 あの列車の中で僕らはマナーに注意しないといけなかった。結果的に超然とした怪物がマナー違反を処理したけど、もしあのお姉さんがこれを使ってきたとしたら。

 

 列車の中で、妊婦のふりをした刃物を隠し持っていたお姉さん。あの人の意に触れるようなことをしていたとしたら

 

 

 

 

「……ッ……レフィ、これどうしよう」

 

 

 

 

 祈りを込めてくれた。旅路の幸を願ってくれた、そんなお守りのような十字架、けど今となっては呪いの装備にしか思えない。

 

 

 

「捨てないでください、何かに使えるかもしれません」

 

 

「…………は、はい」

 

 

 

 泰然として、レフィーは僕の手を握った。

 

 十字架のナイフをしまって、ポケットに

 

 

 

「今更ですよ、狂った人間の一人や二人……結果的に私たちは助かったから、それでいいんです」

 

 

 

「……うん」

 

 

 

「切符もあります、次をクリアすれば残りは一つ……かなり順調だから、今一度ここで気を引き締めましょう」

 

 

 

 

>>六下>>

 

 

 

 

「ベル、行きましょう」

 

 

「!」 

 

 

 手を引いて、レフィーは僕を先導する。

 

 扉が開いた。

 

 

 

 

……ガタン、ゴトン

 

 

 

 列車は遠く走り続ける。窓の外は真っ暗闇、車内には

 

 

 

 

「誰も、いない」

 

 

 

「ベル、走ってッ」

 

 

 

 いない、何もない。けど、異変はすぐに表れた。

 

 

 

 

 

………………ザザァアア

 

 

 

 

 

「走って、ベル!」

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 錆びたにおい、赤く濁った水が床のいたるところから溢れかえる。

 

 走り出した僕らは列車の中腹、なのにもう膝まで上がった。

 

 

 

 

「早く、早く早くッ!!」

 

 

 

 重くなる足取り、手を伸ばした次の列車へのドア

 

 レフィーの手が取ってに触れる。

 

 

 しかし

 

 

 

 

 

……ガタ、ガタガタッ!!

 

 

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 

 扉は開かなかった。

 

 

 

 

 

 

 




今回の成果、仕込みナイフ


ニャル様の仕掛けにも慣れてきましたベルとレフィーヤ、次なる異変にも無事乗り越えられることをお祈り。


次回の投稿はしばらく空きます。気長にお待ちいただけると感謝
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