魔女に魅入られた幼女は天使になりたい   作:もいもいん

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神会(追加で小話1つ)

 

 

オラリオ中央にそびえる摩天楼施設『バベル』。

その30階の大広間は、男神女神問わず多くの神々で溢れかえっていた。

神会(デナトゥス)』。

原則としてLv.2以上、即ち上級冒険者を眷属に持つ神のみが参加することを許される神々の諮問(しもん)機関。

という名の、暇つぶしのパーティみたいなものである。

三ヶ月周期で行われるそれは、働くこともない穀潰(ごくつぶ)しの神々にとって、子供達に遠慮なく羽目を外せる大事な催しだった。

 

「眷属は可愛いけど、こうやって遠慮なく過ごす時間も大事だよなー」

 

「やっぱ多少は神様っぽいムーブになっちゃうよな。ちょっといい顔したくなるというか」

 

「わかるわかる、自慢の神様って思ってくれてると気分いいんだよなー」

 

「あれは病みつきになる。天界じゃ絶対味わえん」

 

神会(デナトゥス)』の開始まであと数分。

会議が始まるまで中身の無い会話で時間を潰す神々や、親しい友神と情報交換をして有意義に過ごす神まで様々なグループが出来上がる。

その中でただ1柱、誰とも会話せずに俯いた状態で席に着く秀麗な男神が、ある意味で存在感を放っていた。

肩までかかる青白い髪に、翡翠の瞳。すらりと伸びた脚が目立つ高身長。

どことなく明るい印象を与える顔のパーツとは対象的な黒のスーツが、余計に彼本来の美しさを際立たせている。

しかし、それらの魅力を帳消しにするほど彼の顔は青ざめているのに加え、周囲から話しかけられないように目を強く瞑っているのが遠くからでも見えた。

彼の名はヘーニル。

派閥等級Gの、零細から抜け出した程度のファミリアの主神である。

 

「おいおい、あいつヘーニルじゃね?」

 

「あの顔だけは良い、小心者坊っちゃんが来るなんて珍しいな。神のくせに、相変わらず自信無さそうなやつだ」

 

「あいつの眷属ってLv.2いたっけ?」

 

「あー、そういや数年前にあいつのとこの団長副団長がランクアップしてたな。どんな二つ名付けたっけ?」

 

「確か、【孤毒(こどく)】と【悪豚(おぶた)】だったかな。団長の【孤毒】の方は力にものを言わせた闇金営業をしてガネーシャのお縄になり、副団長の方は恩恵の無い一般人と言い合いになったあげくボコボコにしてたっけか」

 

「あー、それでそんな(いじ)めみたいな二つ名付いてんのね」

 

「管理能力無さすぎ、って当時の『神会(デナトゥス)』でもボッコボコに言われたな。天界でも元からあんな性格だって話なのに、完全にそれが原因で悪化した感じあるよなー」

 

「まぁあんな態度じゃ、眷属にも舐められるってもんだわ」

 

男神達の声のデカい駄弁りは嫌でも他のグループの耳にも入る。

その結果、周囲からちらちらと目線を送られ、ひそひそ(ささや)かれるヘーニル。

彼は居心地悪そうに肩を(すぼ)め、視線を円卓に固定したまま固まってしまう。

善良な神はそんなヘーニルを見てどうしたものかと眉尻を下げるが、中々言葉が見つからない。

 

陰鬱(いんうつ)とした空気が充満していく中、突如大広間の扉が派手な音を立てて開かれた。

神々の視線の先には、膝に手をついて肩を上下させる女神と、奇怪なポージングを披露している男神の姿。

 

「ぎりっぎりセーフ!はー、危なかったけど、一分前なら全然セーフやな!」

 

「俺がガネーシャだ!もう一度言おう、俺がガネーーーーシャだ!!」

 

「「うるせぇ!」」

 

入り口で立っていたのはロキとガネーシャだった。

オラリオでも最大派閥を率いる2柱は、基本的に全ての『神会(デナトゥス)』に参加している。

もう1つの最大派閥を率いる美神が気ままでサボりがちであるため、尚更欠席が許されないのだ。

そんな遅刻寸前の重要神物2柱に近付く女神が1柱。

 

「ロキは兎も角、ガネーシャまで遅刻寸前だなんて珍しいわね?」

 

「おー、ファイたん。久しぶりやな~」

 

「またそんな変な呼び方して……」

 

ロキ達に話しかけてきた女神は鍛冶神ヘファイストス。

オラリオで最も勢力の強い鍛冶系ファミリアであり、上級鍛冶師(ハイ・スミス)の数も都市随一。

探索系最大派閥の【ロキ・ファミリア】とも関係が深く、それぞれの首脳であるガレスと椿が専属契約を結んでいることでも有名である。

 

「いんやー、うちは酒飲んでたらいつの間にか寝てもうてな~。ほんま、酒って怖いわ!」

 

「俺は民衆に己の肉体を披露していたら、いつの間にかこんな時間になっていてな!民に活力を与えるのが俺の仕事だからな!」

 

「……もういいわ、貴方達。早く席に着いてちょうだい。さっさと始めましょう」

 

ヘファイストスは右手で顔を覆いながら、諦観の混じった台詞で会の開始を促す。

定刻であるため、他の神々も続々と席に着く。

不自然にヘーニルの両隣が空いてしまったが、特に気にすることもなくロキとガネーシャが彼を挟んで着席した。

直後、ロキが勢いよく立ち上がる。

 

「ほな、『神会(デナトゥス)』始めるでー!うちが今回の進行役やから、舐めた真似したらぶっ潰すからなー」

 

「ロキは不味い」

 

「しゃーなし、大人しくしておこう」

 

「無乳なのに健気に司会進行しようとするロキに免じて黙っておくか」

 

「おい今めっちゃ聞き捨てならんこと言うたやつ誰やぁあああ!?」

 

「……はいはい、良いから早く進めなさい」

 

ヘファイストスに(なだ)められ、不承不承ながら息を整えて進行するロキ。

先ずは都市内外の情報交換を主にした定例報告会。

基本的にこれについては、ほぼ全ての神々が早く終わんねーかな、と思っているので淀みなく進行する。

粗方(あらかた)の情報を出し終え、そろそろお楽しみかな、と神々がそわそわし始めた頃。

象の仮面を被った変神――ガネーシャが、それまでより真面目な調子で口を開いた。

 

大凡(おおよそ)情報が出尽くした頃だろうが、最後に1つだけ。俺から言いたいことがある」

 

「なんや、言ってみい」

 

「あぁ。最近になって都市内の浮浪児や、孤児院の子供が行方不明になる事件が何件か発生しているらしい。何か知ってることがあったら、どんな些細なことでも俺か眷属(こども)達に是非知らせてくれ!以上だ」

 

ガネーシャは民衆の王である。

身寄りのない子供も、彼にとっては守るべき民衆の1人。

現在はダイダロス通りの見回り等、現状維持と言える活動しか行えていないが、いずれ皆が温かい生活を送れるようになってほしいと善神たるガネーシャは常に願っている。

そんな彼にとって、このような不穏な事態を見過ごせる筈もなかった。

 

「ほー、そんなことが」

 

「まーた闇派閥(イヴィルス)関連じゃねーよな……」

 

「でもとっくの昔に、もう疾風のあれでその件については終わったでしょ?」

 

「だよな……。うーむ、なんも分からん」

 

一同が首を傾げる中、ただ1人ロキだけは冷や汗をだらだら()いていた。

今この瞬間に限っては、自身の隣にいるヘーニルよりも青ざめている。

その様子に気づいたのは、またも鍛冶を司る女神だった。

 

「……ロキ?随分顔が青いけど、どうしたの?」

 

「あ、あぁ、せやな……」

 

「どうしたロキ!?お前らしくない、言いたいことがあるならはっきり言うんだゾ!」

 

ガネーシャからも急かされ、観念したようにロキはがっくり肩を落とした。

 

「実はな、その浮浪児のやつ、間違いなく1つはうちが関わっとるわ……」

 

「「は?」」

 

神々は目を丸くしてロキを凝視する。

ただロキは当然その反応は予測していたため、右にいるガネーシャが何か発言する前に先んじて唇を動かした。

 

「た・だ!うちは、これーーーーーーっぽっちも悪いことはしとらん!浮浪児を1人、うちの家族に加えただけや!」

 

「……ふむ。話を聞こう」

 

先手を打った甲斐あって、ガネーシャを含めた場にいる皆が話を聞く態勢に入る。

元々【ロキ・ファミリア】は7年前の大抗争でも主力として都市の守護に奔走した、実績のある大派閥。

そんなロキが、今更小悪党のようなことをする筈も無いと神々は直ぐに得心が行っていた。

皆が落ち着いたタイミングで、ロキは口を開く。

 

「まぁ、話って言うてもな。うちのアイズたんが、つい昨日浮浪児を1人連れ帰って来たんや。親代わりの人物も去年死別したみたいやし、見込みもあるから眷属に加えた、っちゅー感じや」

 

「なるほど、理解した!念のため名前を聞かせてもらってもいいか?本当に親がいないか此方(こちら)でも調べておこう」

 

「えぇで。アマネっちゅー超可愛い女の子や。姓に関しては本人も知らんかったから、今はフィンが付けたアルカディアを名乗ってるけどな。……真名については、大したことでもないけど、一応個人情報やし後でガネーシャには個人的に言うわ」

 

「うむ、承知した!」

 

ガネーシャが力強く頷く一方、周囲からはさざ波のようにざわめきが広がる。

 

「アルカディアとは、これまた強い名前を付けたなあ」

 

「さすが【勇者】さんですわ」

 

「やっぱブレイバーさんかっけーっすわ(笑)」

 

「おい、うちのフィンを馬鹿にしたんか?ティオネを自分らの本拠(ホーム)に送ってもえぇってことやな?」

 

「「「すみませんでした!」」」

 

「まったくもう……」

 

ロキの一睨みで一斉に平伏する男神達に呆れるヘファイストス。

男が尻に敷かれるのは、下界でも天界でも変わらぬ常である。

その後は会議に挙げるべき議題も無くなったため、神々お楽しみの2つ名命名に移り、大盛況の末『神会(デナトゥス)』は終了したのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

まだ3700文字程度ですが、次のエピソードが長めになるので、次話に回します。

従って、ここからは閑話です。

前話のアイズ達によるアマネの散歩編の補完となります。

 

《小話:メンタルヘルス・アルカディア》

 

多くの冒険者が行き交う、北西のメインストリート『冒険者通り』。

ギルド本部でアマネの冒険者登録を済ませたアイズ達4人が次にやってきたのは、白一色の石材で造られた清潔感のある建物だった。

辺りをきょろきょろと見回すアマネに、レフィーヤが解説をする。

 

「ここは【ディアンケヒト・ファミリア】ですよ、アマネちゃん。医療系ファミリアの最大手で、中堅以上の冒険者さんなら一度は必ずお世話になりますからね」

 

「アマネがここのポーションを使うのは、あと数年は先かしら。でも私達がかなり太客として通ってるから、お使いを頼まれるかもしれないし、覚えておいて損は無いわよ」

 

「はーい」

 

「……ちょっとだけ中を覗こっか。私個人のポーションも何個か買っていくから」

 

「怪我をしていたり、体調の優れない方ばかりなので、しー、ですよアマネちゃん」

 

「うん。しー、だね、しー」

 

アマネは、レフィーヤを真似て人差し指を口に当てることで了解の意を示す。

4人が扉を開くと建物内部も白が基調の清潔なデザインで、如何にも治療院といった内装である。

アイズが受付でポーションの注文をしていたところ、アマネ以外の3人にとって見知った顔が通路の角から姿を現した。

白銀の長髪に、人形のような精緻な美貌が印象的なオラリオ有数の治療師(ヒーラー)――アミッド・テアサナーレである。

 

「あ、アミッド……」

 

「あら、アイズさん。それに【ロキ・ファミリア】の皆様、いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でいらしたのですか?」

 

「私のポーションを買いに来たのもあるんだけど……一番はこの子をここに案内したかったから、かな」

 

そういってアイズはアマネの背中を軽く押し、アミッドの正面に移動させる。

一連のやり取りで目の前のお姉さんがアイズの友人であると理解したアマネは、控えめな声量の挨拶と共にお辞儀をした。

 

「初めまして。昨日【ロキ・ファミリア】に入団したアマネ・アルカディアです。まだ先の話ですが、将来お世話になることがあるかもしれないので、その時はよろしくお願いします!」

 

「あら、随分可愛らしい方ですこと。……【ディアンケヒト・ファミリア】団長のアミッド・テアサナーレと申します。貴方が立派な大人になって、冒険者活動に慣れてきた暁には是非ご贔屓にして下さいませ」

 

「はい!1~2年後にはアミッドさん達のポーションを使えるように、頑張って強くなりますね!」

 

涼し気な顔で応対していたアミッドの顔が、アマネのその一言でぴしりと固まる。

アマネの指導役であるアイズ達は、自分達3人とアミッドの間に、リヴェリアの【ウィン・フィンブルヴェトル】が吹き荒れたような錯覚に陥った。

心做(こころな)しか光が失われている友人の瞳を前にして、アイズ達の背を汗が伝う。

 

「……アイズさん、1つお尋ねしても?」

 

「……う、うん」

 

「アマネさんを、いつ頃からダンジョンへ連れて行くおつもりなのでしょうか?」

 

普段と変わらない響きの声とは裏腹に、猛禽類のような眼でアイズたちを捉えるアミッド。

答えを間違えてはいけない、指導役の3人はそう確信した。

 

「ア、アミッドさん!私達は団長から指導役には任命されましたけど、そういう具体的な育成方針についてはまだ聞かされていないんです!」

 

「そ、そうよアミッド。私の団長が考えも無しにちびっ子を連れて行く訳無いでしょう?」

 

「何か考えがあれば、お連れになるんですね」

 

「そ、そうとは言ってないけどね!?」

 

「ティオネさん……」

 

レフィーヤから残念なものを見る目を向けられるティオネ。

しかしティオネの意識は自分の失言に起因する、アミッドからの階層主を彷彿とさせる威圧感にのみ向けられていた。

圧力の発生源は、アイズへと視線を移す。

 

「アイズさんが冒険者になられたのは、何歳の頃でしたか?」

 

「……7歳です」

 

「……。」

 

「ア、アイズは例外よ!」

 

「ティオネさんも、アイズさんと僅か一歳差でLv.5ではありませんか。そもそも、【ロキ・ファミリア】は若年層の冒険者が多すぎるのです。レフィーヤさんを始め、10台前半で冒険者になったロキ様の眷属を数えれば両の指でも足りず。10台前半でも信じがたいというのに、当時のアイズさんや今のアマネさんのような幼児を死地に送るなど、治療師(ヒーラー)としては口を挟まずにはいられません」

 

極寒の声音で一息に言葉を並べるアミッドに、思わず三人はたじろいでしまう。

しかし、本来他所のファミリアへの介入はご法度。

長くオラリオで活動するアミッドがそんな常識を知らない筈も無かったが、それを無視して諫言(かんげん)してしまう程にアマネを心配している証でもある。

彼女は死んでさえいなければ(あら)ゆる怪我や呪いを癒やすことが出来るが、即死してしまった人間を蘇生することは出来ないのだ。

 

「アミッドさん、心配してくれてありがとうございます。でも、アイズちゃん達が僕の今後の方針を知らないのは本当だから、三人を責めないであげてください」

 

「……確かにそうですね。アイズさん、ティオネさん、レフィーヤさん、大変失礼しました」

 

アマネ当人の言葉を聞き、指導役3人へ腰を折るアミッド。

説教中のリヴェリアを思わせるような圧力から解放されたことで、アイズ達も漸く胸に(つか)えていた息を吐き出した。

 

「アミッドさんの言うことは凄い(もっと)もだと思うんですけど……それでも、僕には大きな夢があって、その為には立ち止まってる時間は無いんです。だから仮にアミッドさんに……フィンに止められたとしても、僕は直ぐにダンジョンに挑戦します!」

 

「……貴方のような子供が、それほどまでに何を望むのですか?」

 

「世界を幸せに。伸ばしてくれた手全てを握り返してあげられるように。だから先ずは、力が全ての今の世界で、絶対の安全を保証できるくらいに強くなりたいんです」

 

アマネの覚悟を聞いたアミッドは、目を丸くした。

暫くの間、4人を包む時の流れが止まる。

やがてアミッドは瞑目し、観念を乗せて吐息した。

 

「そこまで仰るなら、部外者の私から申し上げることはもうありません。ですが、ダンジョンとは本当に危険で、死に最も近い場所です。……それでも、生きて私の元に辿り着くことさえできれば、必ず命を繋いでみせます。そのことは、ゆめゆめお忘れなきよう」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「アイズさんも、お買い物中にお邪魔して申し訳ありませんでした。それでは、私はこれで――」

 

アミッドが腰を折ってそこまで言いかけた時、アミッドがやってきた通路から【ディアンケヒト・ファミリア】の女性団員が顔を出した。

肩を上下させ、急いでここまで来たのが誰からも見て取れる。

 

「アミッドさん、患者様のサイモンさんが、突如泣き出してしまって……」

 

「分かりました。すぐ向かいます」

 

アミッドは丈の短い制服を(ひるがえ)し、通路の奥へと消える。

アイズ達が去りゆく友人の背中を眼で追っていると、小さな影もその背中の後に続いて消えてしまった。

 

「って、ええ!?ちょ、ちょっとアマネ!?」

 

「アマネちゃーん!?」

 

「……3人で行っても迷惑になるし、私が連れ戻しに行くよ」

 

ティオネとレフィーヤが器用に小声で叫ぶ中、アイズが迅速に幼女の回収にかかる。

【ステイタス】にものを言わせれば、数秒もかからずに追いつく距離。

しかし、ここは屋内――それも治療院であり、走ることは許されない。

アイズはなるべく大股で、許される限りの速度で歩いたが、結局アイズが追いついた頃には2人とも病室に入ってしまっていた。

アマネが後から入室したためか、僅かな隙間が病室の扉には開いている。

アイズはその隙間から中を覗くと、部屋にはベッド脇から様子を伺うアミッドとアマネの他に、天井を見上げて涙する老人が目に入った。

恐らく彼がサイモンであろう、と当たりをつける。

 

「サイモンさん、何処か具合でも悪いのでしょうか?可能な限りの対処を施すので、何なりとお申し付け下さい」

 

「……いえいえ。貴方がたの治療のお陰で、私の身体は大変良くなりました。ですが、いくら私が元気になったとて、先に逝ってしまった妻は帰ってこない。そんなことを考えていたら、つい……。申し訳有りません、私の様子を見に来てくれた治療師さんを慌てさせてしまって……。彼女には悪いことをしてしまいました。後で、お詫びを伝えておいてください」

 

「……(かしこ)まりました」

 

何かを言いたいが言葉が出ない、そんなやりきれない思いをアミッドは呑み込む。

彼女は万能な治療師ではあるが、その治療の対象は怪我・呪い・毒など所謂肉体面に限る。

それもそのはず。【ステイタス】というものは、本来神々が人類の脅威たる怪物(モンスター)に対処する為に与えたもの。

それ故、回復魔法というものは、常に死の危険性が付き纏う冒険者を回復・解毒・解呪で支援するのが王道の使用法となる。

精神の話を持ち出されてしまっては、都市最高治療師のアミッドといえども門外漢であった。

 

「ねぇ、おじいちゃん。生きなきゃダメだよ」

 

「「「え?」」」

 

3人の反応が被る。

アイズとアミッドはまさかアマネがこの状況で口を開くとは思わず、度肝を抜かれ。

患者サイモンは天井を見上げていた故にアマネを視界に捉えておらず、アミッドの他にいたもう一人が幼児であったことへ驚愕を示した。

三者の反応を一身に受けるアマネは、それでも臆することなく言葉を続ける。

 

「おじいちゃん、その言い方だと死んでもいい、って言ってるように聞こえるよ」

 

「……そうかもしれないね。でも、老い先短いこの命、早々に天珠を全うして妻に会いに行きたい。どうしても、こうして生き長らえていると、そういう思いが胸に去来してしまう。妻が産み、2人で大事に育てた息子も、今は都市外で立派に働いている。……もう、下界でやるべきことを終えてしまったんだよ、私は」

 

その老人サイモンの言葉が、アイズの胸を叩く。

彼女は幼い頃に心を氷獄で閉ざし、怪物の掃討を誓った。

モンスターへの憎悪の炎を燃やし続けることで、親を失った悲しみもダンジョンでの苦痛も乗り越えて、ただ強くなるために生き続けることが出来た。

では、若しその大願を果たしたら。

アイズには何が残るのだろうか。

ふとそう自答した時、彼女の頭に()ぎったのは――

 

「でも、それでおじいちゃんが死を選んじゃったら、今度は息子さんに辛い思いをさせちゃうよ」

 

――【ロキ・ファミリア】の仲間たちだった。

 

自身を愛したいと言ってくれたリヴェリア。

常に背後から心配と親愛の視線を送り続けてくれたロキやフィン、ガレス。

親友と慕ってくれるティオナやティオネ達。

そして、アイズに憧れを抱くアマネやレフィーヤといった後輩達。

怪物に対する憎しみだけじゃない。

血は繋がらずとも、確かに家族である彼等の存在こそが、アイズの生きるもう1つの理由になりつつあることを静かに自覚した。

 

「……息子と次会えるのが何時(いつ)になるか、分からないんだ。とても大変な仕事でね。偶々(たまたま)妻の死に立ち会うことは出来たが、それ以降息子も、次会うときには私が死んでいるかもしれないことを覚悟しているだろう」

 

「うーん、流石長生きしてるおじいちゃん。やっぱり口では勝てないね~」

 

口ではそう言いつつも、アマネの声色も表情も明るい。

一体どうするつもりなのかとアイズやアミッドが見つめる中、アマネはベッドに更に近づき、老人サイモンの手を取った。

天井を見つめていた彼の視線が移動し、アマネの黒い瞳の中に己の姿を映す。

夜空を思わせる黒い瞳が、少しずつ自分と死神とを引き離していくような錯覚にサイモンは陥った。

世界でも希少な、他者の精神に関与する奇跡を持つ幼女は、人生の大先輩を相手に満開の笑顔を咲かせた。

 

「だけど残念!僕が悲しむから、やっぱりダメなのでした~」

 

「え?」

 

「だってこんなにお話したら、もう他人事じゃないもんー。これで死ぬって言われたら、普通に泣いちゃうよ?」

 

「可憐な見た目の割に、随分強引だねお嬢さん……」

 

「それに、僕だけじゃないよ。折角治した患者さんに死なれちゃったら、【ディアンケヒト・ファミリア】の人だって絶対悲しむよ。ねー、アミッドさん?」

 

「そ、そうですね」

 

「でしょー?だから、残念だけど、おじいちゃんはまだ死ねませーん!」

 

なんとも言えない表情を浮かべるアミッドとサイモン。

そんな2人の視線に(さら)されて尚、アマネの笑顔は崩れなかった。

空いた手でサイモンの目尻から伝う涙を拭い、先程の元気な声とは一変して穏やかな調子で語りかける。

 

「ねぇ、おじいちゃんって、オラリオにいるってことは、冒険者は嫌いではないよね?」

 

「あ、あぁ……そうだね。野蛮な一面もあるが、常に挑戦し続け、若々しく在る彼等を尊敬しているよ」

 

それまでとは全く異なるベクトルの話に、3人は発言の真意を図りかねる。

しかし、「それがどうした」と疑問を挟む前に、アマネはその小さな口を開いた。

 

「だったら、僕を見ていてよ」

 

「え?」

 

「息子さんはもう外にいるから暫く会えないんでしょ?なら、それまでは僕を見ていてよ」

 

「私が、君を?」

 

「そうそう、きっと楽しいよ!僕の夢は壮大なの。世界最強になることが通過点に過ぎないくらい、とびきり大きい夢なんだよ!」

 

「うん。それよりも私は君みたいな小さな子が冒険者になることが心配なんだが……」

 

サイモンの言葉に大きく頷くアミッド。

しかし、そんな2人の様子にアマネは笑みを深めた。

 

「だったら、尚更生きていないと。目を離したら僕が先にころっと死んじゃうかもよ?」

 

挑発するように投げかけた言葉に、サイモンは目を白黒させてしまう。

暫くそのまま固まっていたが、少しずつ肩を震わせ、遂には耐えかねたように笑声を響かせた。

 

「はははっ、まだ若い君が死んでしまっては寝覚めが悪いな。……まったく、先程口では勝てないと言ったのは嘘だったのかな?してやられてしまったよ」

 

「本気で言い負かそうとされちゃったら、絶対勝てないよ。諦めるしかなかったと思う。でも、負けたって思うなら、何かがおじいちゃんの琴線に触れたんじゃないかな」

 

「まったく、何というか本当に、とんでもない子供だね君は。……ふぅ。仕方がない、わかった。余生は君の成長を見届けることにしよう。死ぬのは、いつでも出来るのだからね」

 

サイモンは観念したように息を吐き、上体を起こす。

未だに自身の手を握るアマネの頭を、空いた手で優しく撫でた。

アマネは頭に手を置かれた瞬間こそきょとんとしていたが、次第に気持ちよさそうに目を細める。

そんなアマネの表情にサイモンは穏やかな微笑みを浮かべると、動かしていた手を止めた。

 

「そんな大きな夢を持った少女の時間をこれ以上私に使わせる訳にはいかないね。……君の保護者も待っているみたいだし」

 

「ほえ?」

 

サイモンはそう言って隙間から覗くアイズを一瞥(いちべつ)する。

いくら第一級冒険者の気配遮断が優れているとは言え、姿が見えていれば流石に一般人といえども気づくのは難しくない。

いたずらがバレた子供のような表情を浮かべながら、扉の奥からアイズは会釈をした。

サイモンも会釈を返し、再びアマネに視線を戻す。

近くにいると心を穏やかにしてくれる不思議な幼女へ、静かに問いかけた。

 

「最後に、君の名前を聞かせてくれないかい?私はサイモン、サイモン・ムーランだ」

 

「僕はアマネ。アマネ・アルカディア。――いずれ世界を幸せにすることを誓った、駆け出し冒険者だよ」

 

サイモンの心に巣食っていた闇を、粉砕するような会心の笑み。

死ぬまで彼は、その笑顔を忘れることはないだろう。

そして死神がこれ以降、サイモンにその鎌を振り下ろすことも無い。

どんな神にだって負けることのない、【神の美(イオフィエル)】がこれからも彼を守り続けるのだから。

 

 

 

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ダンジョンに炎柱がいるのは間違っているだろうか(作者:kursk)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

アストレア・レコードは、リューの成長のために必要とはいえ、あまりにも救いがない。とはいえ、最強オリ主を入れるのは何かが違う。正義の刀といえば、誰かほかにいないだろうか。そういえば、鬼滅の刃も正義が巡るという点では同じではないだろうか――。▼そんな思いつきでクロスさせてみました。▼※【要注意】ここに出てくる杏寿郎とアストレアは作者の妄想です。色々と解釈違いもあ…


総合評価:3259/評価:8.88/連載:20話/更新日時:2026年03月23日(月) 23:30 小説情報


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