か、カマクラが若返ってる!?   作:9ナイン9

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53:あんなに一緒だったのに、彼と彼女の夕暮れはもう違う色。

 朝の4時に起きて、リハーサルのために東京ビッグサイトに来ている。

 雪ノ下HDのブースは他の企業より広く、見栄えと展示品の両方に金が掛かっている。そのブースの一角を鎌谷幕府が借り受ける形になっている。設備は貸し出し。ハンバーガーの儲けは全て貰える。言ってしまえば陣借りだ。

 自分の持ち場に行くと、人が5人ほど入れそうな少し大きめな木製屋台(テナント)があった。俺とセインフィールさんは仮設扉を開けてテナントスペースに入り、完備されている業務用鉄板などの調理器具とレジを確認する。

 時刻は午前8時を回っている。技術展覧会(イベント)が始まるのは10時からだから、練習時間は2時間弱ぐらいか。

 モンスターブックを出し、従魔達を呼び出す。

 

「ふあぁ~、眠いですわ~」

「あるじ様おはよ~」

「にゃ~」

「ゴブ~」

「プルプル!」

「ワウーン!」

「ギミィ……」

「シ~」

「ドラッ!」

 

 眠そうなのが五体、不服そうなのが一体、元気なのが三体。今日も幕府は平常運転ですね。

 おいエルラン、オーク運搬の功績は認めるが、それ以外でもたまには協力しろ。

 俺は空気を深く吸って吐き出してから、全員を前にして真面目に協力を呼びかけた。

 

「全員聞いてくれ。俺は今までこういうイベントごとは空気に徹する、ハブられる、サボる、ってのが大半だった。あとは、炎上案件の揉み消しぐらいだ。……まあなんだ……だから頼む、頼りないマスターに協力してほしい」

 

 従魔達に軽く頭を下げると、高校の頃に起きた印象深いイベントの数々が脳裏を駆け巡る。

 イジメ騒動が起きた千葉村(小学生を脅して鎮火)、相模が失踪した文化祭(相模を泣かして鎮火)、その相模がほんの少しだけ成長したけどグダグダになりかけた体育祭(雪ノ下が首脳部を脅して鎮火)、葉山(トップカースト)グループが崩壊しそうになった修学旅行(嘘告で鎮火)、一色が悪意によって推薦された生徒会選挙(一色をその気にさせて鎮火)、保護者会が出しゃばって来たプロム(雪ノ下母を脅して鎮火)、雪ノ下を繋ぎ留めるために起こした海浜との合同プロム(持てる伝手を全て使って鎮火)。

 ……あれ、高二のときの俺って消火活動しすぎだろ。奉仕部の活動内容に消火活動って含まれてたのん? ちょっと平塚先生! 消化活動なんて聞いてませんよ! 今からでも特別報酬(インセンティブ)下さいよー! まぁ、雪ノ下と特別な仲になれたから良いんですけどね! 結局良いのかよ。こうなったらコードネームでも頂こう。さしずめ、火消しの風、ウインドとでも名乗らせて頂こう。

 

「朝からマスターが悲しいことを言い出しましたわ! ただでさえ存在自体が悲しいのに!」

 

「あるじ様元気だして! あるじ様はちょっと性格悪いところあるけど、ハブくほどじゃないから!」

 

「そ、そうよ。たまに気持ち悪いときはあるけど、千葉県オタクだし、元気出しなさいよ」

 

 従魔達が憐れみを込めて、俺の肩をポンポン叩いてくる

 慰めるならもっと優しく慰めて欲しいんですが。聖女様ですら慰めになってねぇし。なんだよ千葉県オタクって。

 ……まぁこのふざけたノリが、我が家の日常とも言えるけど。

 

「目立ちたくないから騒がないで欲しいんだが……」

 

 僅かに視線を動かして周りを確認すると、雪ノ下HDの社員や他企業の社員から注目を集めている。耳を傾けると「あれリアル幕府だぞ」とか、「女性従魔凄く可愛い」と言った驚きを含んだ声が聞こえてくる。

 うん、分かってたよ、こうなる事は。喋る人外の女性とか珍しいもんな。なんなら動画配信までやっちゃってるし。もう配信者を引退したい!

 

「とりあえず、開始まで少し時間があるからシミュレーションするぞ」

 

 空間収納(ストレージリング)から小道具を取り出す。唐ヶ原さんに別口で頼んでおいた鎌谷幕府の家紋(シンボル)が描かれた旗。それと幕府バーガー1000円と書かれたプラカード、あと看板だ。看板には写真OK、従魔達へのお触りは本人達の許可必要、『嫌がる従魔に触れば猫パンチだぞ♡』と注意事項も丁寧に書いておいた。

 

 カマクラとサブレに旗筒の付いたハーネスを装着して旗持ちを任せる。アーサーとタマエはプラカードを持たせて客寄せを任せる。ゴブタニとセインフィールさんをキッチンに配置。ルーメリアをレジに配置。ソフィーをカマクラの頭の上に、ザリンをサブレの頭の上に。うん、可愛い。

 

「ギミィ? ギミィ!」

訳:俺いらねくね? 帰らせろ!

 

「安心しろ、お前は秘密兵器だ。出番がくるまでサボってていいぞ」

 

 秘密兵器と言うより、ただのネタ枠なんだがな。ほら、秘密兵器とか言われてエルランが照くさく『分かってんじゃん』とか言い出したぞ。ふっ、チョロイ奴で助かった。

 

「よし、タマエ。客の呼び込みはどうやるんだっけ?」

 

「はい! 可愛いくあざとく庇護欲をそそる感じで上目遣いしながら『美味しいハンバーガーいかがですか~♡』って言えば良いんだよね!」

 

 敬礼しながら明るく答えてくれた。明るいのは良いが、内容がちょっとエグイ。もー、そんなタマエちゃんも可愛い~。帰ったらモフモフしちゃう!

 

「そうだ。男女両方をメロメロにしてやれ。場合によってはサブレとカマクラも上目遣い作戦をするように」

 

 動物とプリティーケモ耳少女による上目遣いで落ちない奴はいない。もし俺が客ならハンバーガーを5個買って、帰り際にプラス5個まで買っちゃうレベル。チョロすぎだろ俺……。

 

「ルーメリア、レジの練習をちょっとやるぞ。ハンバーガーを一個、トマトを追加トッピングで」

 

 俺は試しに一万円札を取り出して、レジでスタンバイしているルーメリアに渡した。

 

「ハンバーガー1000円、トマトの追加トッピングで合計1150円になりますわ。はい、お釣りの8850円。あと、お釣りはこの募金箱にお・ね・が・い♡」

 

 可愛いらしいウィンク付きで、招き猫型の貯金箱を出してきた。

 早い。計算がスムーズに出来るは素晴らしい。だが、色々間違っている。

 

「あざとウィンクで客から金をぼったくろうとすんな。それに、お前は計算しなくていい。言われた商品をレジに打ち込んで、金を入れろ。そうすれば勝手にお釣りはでてくる」

 

「酷いですわ! 気高く美しく愛しい家族であるわたくしより機械を信用するなんて!」

 

「あのな、出来るだけマニュアル通りにやってくれ。そうすれば楽だし、ミスも減る」

 

「募金させるのは?」

 

「やめろ、と言いたい所だが、募金箱を設置するだけならいいぞ」

 

 許可を出すと、ルーメリアは紙に『500円入れるとルーちゃんのキュン☆キュン☆ウィンクをプレゼント♡』と書いて、募金箱に貼り付けだした。うわぁ……ノリで払う馬鹿がいるんだろうな……。

 

 気を取り直して、レジの練習を何回かすると、ルーメリアは完璧にマスターした。バーコードやらクレジット決済まで完璧に覚えたよ、このヴァンパイア。

 

「ん? マスター、このシャイン?割引10%って何ですの?」

 

「ああ、それは雪ノ下HDの社員が社員証を見せてきたら割引してやれ。……そうだ、ちょっと貸してくれ」

 

 レジタブレットを手にとって、新たに割引項目を追加した。

 

「妹割80%、アホの子割80%、取引様割80%、これ思いっきり原価割れですわよ……」

 

「小町と由比ヶ浜と唐ヶ原さんが来たら割引してやってくれ」

 

 なんか遊びに行くとかメッセージが来てたしな。どうしよう、小町が大志と来たら。正気を保てるかな俺。怒りの余り伝説の何かに目覚めるかもしれない。

 

 一通りオリエンテーションをやり終えると、誰かが肩をツンツンしてきたから振り向くと、細い指が頬に当たる。仮面を付けてるから感触はしないが。

 

「ひゃっはろー! 朝から真面目にやってるね、感心感心」

 

 クライアント様に目を付けられていたよだ。朝からこの人は胃にくるって。厳しいって。

 

「ふーん、ハンバーガー1個千円ねぇ。うんうん、一応クライアントとして値段設定の根拠を聞いていいかな?」

 

「えーとですね、先ず主材料であるオーク肉を得るのに大して経費は掛かってないんですよ。ぶっちゃけ500円でも儲けがでるぐらいですね」

 

 狩るのもセルフ、解体もセルフ、加工もセルフ。正直言って掛かってるのなんて俺とセインフィールさんの人経費ぐらいだ。なんなら、オークの牙や皮といった副材料のお陰で人経費はペイ出来ている。従魔達の人経費もカウントしたいが、定義上だと従魔はマスターの能力及び武器でしかないからな。

 

「それでも敢えて1000円にしてるのは、現状オーク肉が珍しい食材であるのと、今日がイベントだからですね。言ってしまえば付加価値です」

 

 ほら、ディスティニーランド内で売ってる食い物とか異常に高いだろ。あれと一緒だ。イベント施設で飲食を売る場合、多少ぼたっくても誰も気にしない。だって、誰もがそう言うもんだと認識してるから。まぁ俺ぐらいの倹約家になると、予め激安スーパーで買ったおにぎりとお茶をリュックに忍ばせてからイベント施設にいくけどな。

 

「なるほどなるほど。でも、一応命を賭けてる訳じゃん? お姉さん2000円でもいいと思うけどな~」

 

「ああ、それが全く賭けて無いんですよ。飼い猫とルーメリアからすれば、白アリ駆除程度の認識っぽくて。なんなら、解体作業の方が大変までありますね」

 

 本当に毎回蹂躙された挙句、全身粉砕骨折したオークたちがエルランによって運び込まれるシーンは、敵ながら少し同情を覚えるほどだ。

 

「オークが白アリ程度って……やっぱあなた達規格外だよ」

 

 苦笑いを浮かべた陽乃さんはエルランを視界に入れると、興味津々になった。

 

「お! 幕府のミミックだ!」

 

「ギミィ!? ギミィ!」

訳:何だコイツ!? 離せ!

 

「へぇー、ミミックって意外と軽いんだね」

 

 エルランは陽乃さんの手によって抱えらてしまった。

 

「ギミィ……ギミッ! ギミ!」

訳:これが……人間のおっぱい! マスターに無い包容力!

 

 母性の象徴によって、アホなミミックが即オチしたよ。

 おい馬鹿、なに堪能してんだよ。あと俺に変な包容力を求めんな。大胸筋で包容すんぞ。

 

「わぁ、蛇ちゃんとドラちゃんもいる!」

 

「ギ、ギミィ……」

訳:あ、おっぱい……

 

 エルランが人気者だったのも束の間。陽乃さんの興味は速攻でアーサーとザリンの方に向いた。アーサーとザリンのが普通に可愛いよな。

 

「シャ~」

「ドラ~」

 

 二匹とも撫でられて気持ち良さそうだ。

 

「ドラゴンと蛇って触り心地が似てて可愛い~。えーと、蛇ちゃんがザリンちゃんで……ねえ義経氏、ドラちゃんは何て言うの?」

 

「アーサーです。愛称はアーちゃんですね」

 

「アレでしょ、ペンドラゴンだからアーサー王から取った的な?」

 

「そうっすね。ドラゴンって誇り高いイメージがあったんで。あと、撫でるのは良いんですけど、顎下の逆鱗は敏感だから触れないように」

 

「へえー、そうなんだ。よろしくねアーちゃん、ザリンちゃん♪」

 

 従魔達とキャッキャッしてる陽乃さんに、途中から写メを求められたので撮影会を開始することなった。

  

「わたくしと写真を撮れることを光栄に思いなさい、ハルノ」

 

 ルーメリアと写真を撮る番になったと思ったら、我らがクライアント様に傲岸不遜の発言をしだしたよ、このヴァンパイア。

 お願いだから生意気な態度やめて! 俺の方にとばっちりが来る可能性が高いから!

 

「ルーちゃんにあげようと思った高級スイーツ、タマエちゃんにあげちゃおっかな~」

 

「……ひゃっほー、ハルノには特大ファンサービスをしますわ!」

 

 うん、千葉の魔王は異世界魔王の扱いに長けているようだな。

 

「キャッ! ……お姉さん久しぶりに胸キュンしちゃったよ♪」

 

 魔王が魔王をお姫様抱っこしだしたよ。なにこの悪魔合体(ファンサービス)。威力がハンパじゃないです。

 

「ハルノ……」

 

「ルーちゃん……」

 

 あの? はるのん? なんでルーメリアと見つめ合って頬が赤く染まってるのん? 女ヴァンパイア相手に満更でもない感じなのん?

 

「とまぁ、このように悪意ある上位種のヴァンパイアと見つめ合わない方がいいですわよ。魅了されて血を吸われ尽くされますわ」

 

「え、わたし魅了されてたの!? こわっ!」

 

 分かりやすい説明だったが、陽乃さん相手に実演(ユリユリ)すんなよ。棘だらけの花が俺には見えたね。とりあえずルーメリアのおふざけが行き過ぎる前にさっさと終わらそう。

 

「はいチーズ。次はカマクラな」

 

 強引に悪魔合体を解除させて、俺はカマクラ呼び寄せる。

 

「にゃ~」

 

「カマ……じゃなくて、頼朝さんモフモフで気持ちいい~」

 

 サラッと陽乃さんの肩に腕を回すカマクラ。なにこのプレイボーイならぬプレイキャット。小町はどこでペットの育て方を間違えたんだ……。

 一周回ってカマクラの図々しいさに感動しながら撮影してると、良からぬ視線を9時の方向から感じた。

 

「ッ!」

 

 そっちに視線を移すと、一瞬息が止まった。

 雪ノ下雪乃──彼女がいた。

 その瞳はカマクラを真っ直ぐと一途に捕捉している。

 別に雪ノ下の存在を失念していた訳じゃない。なんなら開発部部長として来ることは想定していた。ただ、失念していたのは、あいつの猫好きフリスキーな点だ。目の前にビックサイズの猫がいれば当然興味を示す。なんなら、どうカマクラをモフモフするか考えている顔をしている。カマクラだと気付かれる前にどうにかしなければ!

 

 咄嗟にモンスターブックを呼び寄せた俺は、カマクラの絵を押して帰還させた。

 雪ノ下はと言うと、涙目になって思いっきり肩を落としてトボトボ自分の持ち場へと戻ってしまった。

 えー、そんな落ち込みますか。どんだけ猫好きなんだよ。まぁいつかはカマクラを好きなだけモフらせてあげるから。とりあえず相棒には、イベントが始まるまで本の中で待機してて貰おう。

 

♢ ♢ ♢

 

「店長~、幕府バーガー5個、内一つはレタス抜きですわ!」

 

 雪ノ下HDのブースにきた企業人達が次々と幕府バーガーを買っていく。客から聞こえてくるのは『美味い』と言う声。自身の奥から聞こえてくる心の声は『帰りたい』だ。

 

「……う、うっす……うぅ……もう働きたくないよぉ……」

 

 余裕がないので簡潔に応答し、泣き言を零しながら肉のパティを焼き続ける。隣に目を向けると、ゴブタニも虚ろな目になりながら高速で肉を焼いてた。更にその隣では、セインフィールさんは涼しい顔で、ハンバーガーを完成させ続けていた。

 俺は一体いつからハンバーガー屋の店長になったんだ。おっかしいなー、探索者になったはずなのに配信で金を稼いでるし、オマケにハンバーガーで商売してるんですけどー。もう自分の職業が何なのか分からなくなってきたよ。

 そもそも、こんなの想定外だ。考えてた以上の混雑(カオス)になるなんて。要因はいくつかあるが、やはり雪ノ下HDの看板がデカイのが一番だと思う。あとは、雪ノ下HDが食品衛生を担保しているのが安心に繋がっているのであろう。それでありがたいことに、現在は長蛇の列になっており10分待ちだ。

 ……それでも俺はこの状況を耐えてみせる。青き清浄なる世界(スローライフ)のために!

 

「美味しい美味しい幕府バーガーいかがですか~♡」

「にゃるんっ☆」

「わうんっ☆」

 

 狐、猫、犬によるアニマルプリティーな呼び込みジェットストリームアタックが行き交う人々に炸裂していた。

 流石カマクラさん。俺と親父より家庭内カーストが高いだけはある。あそこまで人間に擦り寄るテクニックを心得ているとは。サブレも似たようなもんだろ。きっと由比ヶ浜家でもお父さんよりカーストが高いのであろう。可哀想なガハパパ、涙を禁じ得ないですわ!

 

「ゴブタニ、少しの間任せるぞ」

 

「ゴブ~」

 

 ゴブタニの適当な返事を聞きつつ、俺はキッチンから飛び出してタマエ達の方へと向かった。

 

「タマエ。悪いが、もう呼び込みは充分だ。きつねさんになって並んでる女性客と触れ合ってくれ。サブレとカマクラも客にゴマ擦ってくれ」

 

 長蛇の列のせいで並んでる奴らの顔が少し不満気なのだ。レジは一つだけだから客をさばくのにも限界がある。だからこそ、アニマルセラピー作戦を発動させて貰おう。

 

「了解! 狐変化!」

 

 三本の尾を持つ狐になったタマエは列へと向かった。

 

「こいモンスターブック」

 

 三体の絵をタップして顕現させる。

 

「ソフィー、アーサー、ザリン、出番だぞ。タマエ達と一緒に並んでる客を楽しませてくれ」

 

 ここまできたら総力戦だ。見せてやるよ幕府の労働(ちから)を!

 

「プルプル!」

「シャー!」

「ドラッ!」

 

 指示を飛ばすと、全員元気よく列の方へと向かった。俺もキッチンに戻り、肉を焼き続ける。合間合間に列の方を確認すると、従魔達はしっかりと役割を果たしていた。客と握手したり、写メを撮らせたり、スカイアクションを見せたりで。まぁ、スカイアクションをやってるのは翼の付いてるアーサーだけだが。カマクラに至っては、女性客の腰に手を回して仲良く写メ撮ってるし。……なんて羨ましい奴なんだ!

 

「あらあらぁ、1万円も寄付してくださるなんて、なんともまぁ高潔な精神を持った殿方ですのねぇ。……そんな素晴らしい殿方には超特別なプレゼントをお送りいたしますわぁ♡ チュッ♡」

 

 なぜかルーメリアが猫撫で声をだしながら寄付した客に投げキッスをしている。一万も入れるとかどんだけバカな客なんだよ。

 

「おっふ……ルーちゃんの投げキッス……もう死んでもいいや……!」

 

 いやいや、そんなんで死ぬ覚悟を完了すんな。そのあざとヴァンパイア、あんたのことカモってるだけだから。普段のぐうたらしてる私生活を見せてやりたい。きっと一気に覚悟が冷めるぞ。

 

 ルーメリアによる華麗なる接客もあって、一切のクレームを出さずにどうにか持ちこたえた。

 

「よし、ピークは過ぎた。二人ずつハンバーガーを食いながら40分休憩してくれ」

 

 賄いのハンバーガーと魔石をスタッフテーブルにドサッと置いて、先ずルーメリアとタマエから休憩に行かせた。

 このまま休憩を回して、俺は最後でいいだろう。計画をたてながら、俺はルーメリアと代わってお会計に回る。

 

「……ハァ」

 

 ルーメリアと代わった途端に、来た客に溜息を吐かれた。おい、そこは思ってても態度に出すなよ。接客するのが仮面野郎で何が悪い。新鮮でいいじゃねぇか。サブレの餌にすんぞ。

 

「あ、あの、ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「幕府バーガー一つ、ダブルパティで」

 

「はい、ダブルパティのバーガーを一つですね。お会計1500円になります」

 

 淡々とお会計をこなす俺。本当なら愛想笑いも必要かもしれないが、俺は謎に満ちた仮面キャラで通っているから、そんなのは一切必要ない。そもそも覆面野郎が接客をやるのが間違ってるんですけどね。

 

 げっ、30万以上も売上げてんのかよ。

 注文が落ち着いてから試しにタブレットで現状の売上を確認してみたら、想像以上の売上であった。

 販売主の俺が言うのもなんだが、化物の肉だぞ。現代人の価値観からすればゲテモノの類だ。

 売上に驚いてると、知った声が聞こえてきた。 

「やあ、調子はどうだい?」

 

「あ?」

 

 顔を上げると、キラキラなお星様のエフェクトが出てきそうなイケメンスマイルを浮かべる葉山がいた。

 

「えーと、葉山……部長。……お陰様ですこぶる景気は良いですね」 

 

 もー、こういうとき知り合いがくるとちょっと気まずいんですよー。

 

「それは良かったよ。ところで、注文いいかな?」

 

「どうぞ」

 

「幕府バーガー八つ。内一つはピクルス三倍の追加トッピングを頼むよ」

 

 八つも……優しいこいつのことだ。きっと部下への差し入れに違いない。

 つっーか、ピクルス三倍ってなんだよ。元々ピクルスが二つ入ってるから六つになるのか。絶対そんなに必要ないぞ。まあどうでもいいけど。

 

「八つの内一つはピクルスが三倍ですね。はい注文承りました。合計1640円ですね」

 

 最後に取引様割80%をタップして値段を伝えると、葉山は首を傾げた。

 

「ん? 安すぎる気が……?」

 

 本来なら10%割引で充分だが、葉山には試食会のときに世話になったからな。

 

「気にすんな。そ、その……試食会のときはありがとうな……」

 

「……あっ、あのときか。全然気にしなくていいのに」

 

「そういう訳にもいかないんだよ。タマエの悲しむ顔を見ずに済んだのは、その……本当に感謝してる」

 

「はは、君は昔と変わらず優しいんだな」

 

 見当違いなことを言いながら、金銭を置く葉山。それを受け取り、俺はキッチンにオーダーを通した。

 本当に優しいのはお前だよ。

 

「ソフィーちゃーん、プルプルで可愛いでちゅねぇ~」

 

「プルプル~♪」

 

 レジに戻ったらスライム以上にフニャ顔になった葉山が、ソフィーをフニャフニャしていた。

 ……あの、隼人きゅーん? そのフニャ顔と台詞はイケメンじゃないですわよ。

 ドン引きしながら粘体生物と人間の触れ合いを眺めていると、セインフィールさんが商品を運んできた。

 

「はい、幕府バーガー八つ。ピクルス三倍のにはシールを貼っておいたわ。……えぇ」

 

 セインフィールさんは葉山の方へと向くと、表情を引きつらせた。

 だよね。イケメンの変顔って、ブスの変顔以上にインパクトあるよね。

 

「まあ、タマエ先輩の尻尾をモフモフしてるときのマスター義経に比べたらまだマシね」

 

「え、俺そんなヤバイ顔してんの? 噓だよね?」

 

「ヤバイ、なんてレベルじゃないわよ。もうあれは犯罪者の顔ね」

 

「ううぅ、次からは自重します……」

 

 仕方ないじゃん。だってタマエの尻尾モフモフで気持ちいいし。もうアレは人間をダメにする魔性の尻尾だよ。

 

「あと、目もヤバイと思う」

 

「ちょお前、それ生まれつきだから」

 

 真実と言う名のナイフを俺の心に突き刺したセインフィールさんは、満足そうにキッチンに戻っていた。

 とりあえずエルフ聖女の人事査定に、マイナス点を入れとこ。少しは社会の理不尽さを教えてやらないとな。ククッ。

 

「葉山部長。幕府バーガー八つ出来ましたよ」

 

「ん? ……あ、もう出来たのか。ありがとう」

 

 まるで何もなかったかのようにハンバーガーの入った袋を受け取り、イケメンスマイルを浮かべてきた。

 お前、なんでもスマイルで誤魔化せると思うなよ?

 

「明日もくるよ」

 

「別にいいけど、明日の営業時間は15時までだからよろしく」

 

「分かった覚えとくよ。……ソフィーちゃん、明日も絶対に来るからね。約束するよ」

 

「プルプル♪」

訳:お買い上げありがとうね♪

 

「俺も……寂しいよぉ」

 

 まるで遠距離恋愛してる彼女との別れを惜しんでるように聞こえるのは気のせいか……。何が面白いって、会話が全くかみ合っていないのがマジで面白い。てかこいつ、本当はハンバーガーじゃなくてソフィー目的で来てるだろ。

 葉山はソフィーに手を振りながら行ってしまった。いや葉山、100m先からでも手を振り続けるとかソフィーのこと好き過ぎだろ……。本当はあいつ、俺が知らないだけで凄く愉快な奴なのかもしれないな。

 

 高校の頃の葉山を思い浮かべていると、見知った人間がこっちに接近してるのが目に入った。彼我の距離は約30m。

 あ、あれは……奉仕部の初代部長(ゆきのん)じゃないですか! やはり元奉仕部員と元奉仕部員は惹かれ合うというのか。

 

 さっきと同じようにモンスターブックにカマクラを戻すと、彼女は歩みを止めて、表情を曇らせた。

 うぅ、胸が痛い。何が楽しくて、自分の彼女を曇らせなきゃいけないんだ。次ベットの上でロマンティクスする機会があればめっちゃ優しくしよう。……っておい、何で向かって来るんだよ! お願い帰って! 何時間でもバストアップに付き合うから!(希望)

 

 カマクラを引っ込めて尚、進撃してくる雪ノ下を目前に、俺は慌ててキッチンにいるセインフィールさんの元へと指令を下しに行った。

 

「なぁセインフィールさん、お会計代わってくれないか? マジ頼む」

 

「急にどうしたのよ……」

 

「なんつっーか、非常事態でアレがアレでアレなんだよ」

 

「はぁ?」

 

 聖女様は『コイツ意味不明過ぎてキモッ』みたいな表情を浮かべだした。

 その顔やめて! 意味不明なのは自分でも自覚あるから! なんならハンバーガー屋やってる時点で超意味不明だから。聖女と魔王にハンバーガー屋の店員をやらせるとか、まさに異世界人の無駄遣い。

 焦った俺はセインフィールさんにコソコソ話をするべく、耳元に近づいて話し始めた。

 

「実は──」

 

「あぁうんっ……もー! 耳敏感なの! セクハラ!」

 

「──わ、わざとじゃないんだ、ごめん!」

 

 こてこてのラブコメやってる場合じゃないんですよー! でも控えめに言って聖女様の喘ぎ声はめっちゃ興奮しました。股間に刺激をありがとうございます!

 

「あのー、注文したいんですけど」

 

 聞こえてきたのは雪ノ下の声だった。

 ヤバイヤバイ! 幕府存亡の危機です! 

 ……てか、今のセクハラ騒動聞かれてないよね? 聞かれてたら最悪だ。また消化活動をしなきゃいけなくなるじゃん。とにかく今は、この状況をどうにかしなければ。

 

「しょ、少々お待ちくださ~い」

 

 俺はなるべく声を低く出して、雪ノ下を待たせることにして、セインフィールさんの方に向き直る。

 

「ほら、これなら内緒話できるわよ」

 

 セインフィールさんは近くにあった紙コップの底に穴を空けて、それで耳をガードしだした。

 とりあえずエルフの弱点が耳なのは理解したよ。エルフのサンプル数が少ないから正確なことは分からんが。

 

「実はあの客、彼女なんだ。でも俺が対応したらバレる可能性が非常に高い。だから頼む」

 

「ふぅ~ん、へぇ~」

 

 おい、なんだそのニヤけ面は。月に一回くるNHKの集金と同じぐらいムカつくぞ。まぁ土下座されても絶対に払ってやんねぇけどな。

 

「2万円の欲しいヘッドフォンがあるんだよね~」

 

 配信業でもやってない限り、高級ヘッドフォンって確かに自分の金で買うのは躊躇う商品だよな……。

 

「……分かった、誕生日に買ってあげるから。あんたの誕生日知らんけど」

 

 履歴書に書いてあった気がするが、忘れた。

 

「12月25日よ。よろしくね♪」

 

 セインフィールさんは俺の肩を軽く叩いて、雪ノ下の対応をしに行った。

 クリスマス生まれかよ。聖なる日に生まれてるとか流石は異世界の聖女様。

 

「ご注文承りました。社員割引でお会計1080円になります。お時間の方を5分ほど頂きますね」

 

 バレないように後ろから眺めてると、何の問題もなく注文を受け取ったようだ

 

「幕府バーガー一つ。ピクルス二倍レタス二倍で」

 

 セインフィールさんから注文を通されて、俺とゴブタニで作る。ゴブタニが肉を焼いて、俺がパンに乗っけて完成。

 あいつもピクルスが好きなんだな。初めて知ったよ。

 

 出来上がった商品をセインフィールさんへと運ぶと、そのまま雪ノ下に渡した。帰っていく雪ノ下の背中を眺めながら俺は心の中でガッツポーズをとった。

 フッ、昔の俺とは違うのだよ、昔の俺とは!

 

「マジ助かった。上司として鼻が高いぞ」

 

「……ねぇ、疑問なんだけど、何で自分の仕事のこととか言わないの?」

 

「ばっかお前、言える訳ないだろ。自分の彼氏が配信でハーレムちっくになってんだぞ」

 

「誰かしらに刺される未来が見えてきたわ……」

 

「頼むからそんな未来見ないでくれ……」

 

「それと、彼女さんから伝言よ。応援してます、だって」

 

「はぁ? ……意味が分かんねえ」

 

 何であいつが応援なんかするんだ? 意外と雪ノ下がリスナーだったりするのか?

 ……いや、ないな。お世辞にも俺達の配信には、品があるとは言えないし。そもそも雪ノ下がダンジョン配信なんて、日本においては超マイナーなグロジャンルを見るとは思えない。海外に比べて日本人はグロ耐性低いしな。

 きっと応援ってのは、取引先として社交辞令みたいなもんだろ。

 

「あの、注文をお願いしたいんですけれど」

 

 レジに戻ってボーっと考えていると、客に声を掛けられた。

 

「あ、はい……っ!?」

 

 俺は一体いつから一人の客が、ハンバーガーを一回しか頼まないと錯覚していたんだ……。

 なんと、声を掛けてきた客は我らが元奉仕部部長であった。ホワイトレースのビジネススカートに、上は雪ノ下HDのロゴが胸元に刺繡されているジャケットを綺麗に着こなしている。いかにもキャリアウーマンと言った出で立ちだ。

 こうなれば腹を括るしかない。全力でバレないように務める、それだけだ。

 

「ちゅ、ちゅちゅ注文どうずぅ」

 

 ちょっと待て動揺しすぎだろ俺。いつも通りクールに行け俺。我が心、明鏡止水。

 

「……? ……幕府バーガーを一つ。ピクルスとトマトを二倍でお願いします。それと……これ社員証です」

 

 俺がきょどり過ぎたせいで雪ノ下は、一瞬首を傾げたが、体に良さそうなメニューを注文してきた。

 なんともまぁ健康志向のカスタマイズだな。そんな君にはハンバーガーなんてオススメしないけどね。でも、もう一回注文しちゃうぐらいにはオークバーガにハマったゆきのんは可愛いと思いますよ。

 

「ピクルスとトマトを二倍ですね。では、社員割引をさせて頂いてお会計1080円になります。五分ほどお待ち下さい」

 

 雪ノ下から金銭を受け取り、俺はキッチンにオーダーを通した。今のところ他に客もいないし、俺はそのまま幕府バーガーが出来上がるまでキッチンに引っ込む。些細な仕草で身バレする可能性があるからな。

 

「ねぇマスター義経……バレたら廃業?」

 

 ドギマギしていると、セインフィールさんが不安そうな表情で話しかけてきた。

 

「……いや、従魔達を養う必要がある以上絶対に無い」

 

 何だかんだセインフィールさんって、俺のこと心配してくれてたんだな。人事査定はプラスにしとこ。

 

「良かったー。こっちだと私、学歴ないから就職活動が面倒なのよね」

 

 ……俺の心配じゃなくて私情かよ。これはマイナス査定ですね

 

「あんた異世界(あっち)だと教会だっけか、高学歴なんだろ? 勉強できる自信があんなら高卒認定を受けたらどうだ?」

 

「……その情報詳しく」

 

「詳しくも何も、確か9教科ぐらいの試験を受けて合格すれば高卒扱いになるぞ。……まあ俺に聞くよりググった方がいいかもな」

 

「へえー、いいこと聞いたわ。……はい、ハンバーガー」

 

 セインフィールさんはハンバーガーを作り終わり、俺はそれを受け取って丁寧に紙に包んだ。

 

「お待たせいたしました。こちらトマトとピクルス二倍の幕府バーガーになります」

 

「ええ、どうも……」

 

 雪ノ下は商品を受け取ると、何故か俺は見つめている。……え? これバレてないよね?

 

「あの、何かありましたか……?」

 

「……いえ、なにも。気のせいでした」

 

 それだけ言うと、雪ノ下そのまま行ってしまった。

 セーフ! マジ耐えたわー。良かった良かった。当分はもう雪ノ下HDの仕事は受けないようにしよう。本当に寿命縮んだぞ。

 

「ギミィ!」

 

「ん? どうした?」

 

 勝利をかみしめてると、裏でずっとサボってたエルランが口で俺のズボンを引っ張ってきた。

 

「ギミィ、ギミィ?」

訳:おいマスター、秘密兵器の出番はいつだ?

 

 あ、普通にコイツのこと忘れてたわ。

 

♢ ♢ ♢

 

 時刻が17時を回り、技術展覧会一日目が終わろうとしてる。俺達も店を閉めて、仕事を終えるところだ。なので今は、締めのミーティングをしている。

 

「全員、一日目お疲れ様。まず結果報告からする。売上は40万以上で、予想よりプラス22%になった。大量のピザと大きめなホテルを予約してあるから、着くまでは本の中で休んでてくれ」

 

「「「!!」」」

 

 ピザと言った瞬間、従魔達が沸いた。仕事してたときより目が輝いてるのは気のせいだろうか……。予めセインフィールさんにピザの受け取りに行かせて良かったよ。これでホテルに着いたら、速攻でピザが食える。

 

「そういえばマスター、寄付はいくらになったんですの?」

 

「ああ、12万だ。ピザ代はそこから出す」

 

「皆、ピザが食えるのは、この絶世の美を持つわたくしのお陰ですわよ。感謝して下さいまし」

 

 従魔達が一斉に拍手とか雄叫びを、ドヤってるルーメリアに飛ばす。

 流石は投げキッスとウィンクだけで12万も稼いだ魔王だ。面構えが違う。

 

「それとマスター。これ見て欲しいですわ」

 

 何故かルーメリアが上機嫌に、スリーブに入った大量の遊戯王カードを自慢してきた。俺はそれを手に取り、パラパラめくる。

 ヤバ……攻守が右下にデカく書いてある初期の左向きブルーアイズが5枚もあるんですけど……。しかも傷無し。これプレミアム付くだろ。

 

「お前、このお宝どうした」

 

「多くのファンが貢いでくれましたわ! この世界の殿方はチョロ……優しいですわよねっ☆」

 

 なんも言い直せてないから。チョロイのは同感だが、資産を貢ぐとか普通にアホだろ。

 

「ブルーアイズが欲しいなら2枚あげますわよ?」

 

「……いや、これはお前の財産だ。大事にしとけ」

 

 名残惜しくカードをルーメリアに返す。

 ぶっちゃけ男心としては欲しいが、これはもう娯楽カードってより資産的側面のが強い。もし俺に何かあったときのために、大事にしておいて欲しい。

 

「それとマスター、わたくしはちょっと用事があるので先にホテルに行って下さいまし。あとラインにホテルの住所よろしくですわ」

 

「お前用事って……行っちゃったよ」

 

 霧化したと思ったら、綺麗に蒸発したよ。……もういいや、あいつが問題を起こさないことを祈ろう。

 

「じゃあお前達、本の中で休んでてくれ」

 

 俺は全従魔をモンスターブックに収納した。辺りを見渡すと、雪ノ下HDの社員がブースの中心に集まって、陽乃さんの締めの挨拶を有難く聞いている。俺が呼ばれてないってことは、社外の人間は聞く必要が無いってことだよな……。

 

 よし、絡まれるかもしれないから今の内に帰ろう。

 ひゃっほー! ピザとキンキンに冷えたビールが俺を待ってるぜ!

 

 浮かれ気分で、シレっと雪ノ下HDのブースから抜ける。他企業のブースを突っ切って、東展示棟の表口から外へと出た。太陽は沈みかけており、夕暮れ時となっていた。デッキ階段を降りてちょっとした広場から人気のない通りに入ると、後ろから声が聞こえてきた。

 

「待って!」

 

 なんか騒がしいな。まあ俺じゃないだろ。

 

「あなたよ、源義経さん」

 

 ……俺のことだったよ。

 

「……」

 

 振り向くと、雪ノ下雪乃が夕日をバックに濡羽色の髪を靡かせながら、こっちを訝しげに見つめていた。

 カツンカツン、とゆっくり少しずつ迫ってくる。

 ダメだ。逃げれない。逃げたとしても、どの道明日追求されるのが目に見えてる。

 やがて、彼我の距離が1mぐらいの所で止まってくれた。

 

「まず、従妹(いとこ)を救っていただき、本当にありがとうございました」

 

 懇切丁寧なお辞儀であった。

 なんだ、感謝したかっただけか。マジ焦ったぞ。

 

「……あ、ああ、あの子の従妹ということは雪ノ下副社長の妹さんですか。……お気になさらずに。ダンジョンで困ったときは、お互い様ですからね……HAHAHA」

 

 低い声で渇き笑いしながら誤魔化してると、雪ノ下が100人中120人が振り向く笑顔を向けてきた。

 寒気がするのは気のせいだろうか……。

 

「そう言って貰えると嬉しいわ……比企谷くん」

 

「いえいえ全ぜ…………へ?」

 

 噓だろ。聞き間違いだよな。これってまさか──

 

「どうしたの? 今更になって下手な変装を恥じているのかしら。ハーレム従魔士のひ・き・が・や・く・ん」

 

 ──バレてるううぅぅぅぅぅぅううっ!

 それでも、守りたい秘密(セカイ)があるんだ!

 

「ひ、ヒキ何だって? すまないがお嬢さん。誰かと勘違いしてないか? ここだけの話、俺の本名はズゴック・ジャスティスと言うんだ」

 

 まさにズゴックの中に隠れているインフィニットジャスティスの気分だよ。いくら何でもズゴックの中にジャスティスが収まるのは無理あるだろ。

 

「この期に及んでまだシラを切る気なのね……さっき雪ノ下HD経理部の取引履歴を調べたら面白いモノを見つけたわ。鎌谷幕府に依頼した弊社開発のエネルギー食品のレビュー案件、振込み先の名義が比企谷八幡だったわ。ズゴック谷くん」

 

「違う……その…………」

 

 誤魔化すための言葉を上手く言えずに口を噤む俺に、雪ノ下は涙が今にもこぼれ落ちそうな表情を向けてくる。

 何でこうなる。お前にそんな顔をさせるために俺は探索者をやっている訳じゃないんだ。

 

「お願いよ……もう下手な噓も芝居もやめて。何で本当のことを言ってくれないの? それとも私に対して後ろめたいことでもしているの? 答えて!」

 

 そして、俺の迷える手は自身の顔に手を伸ばし──

 

「……っく……雪ノ下……ごめん」

 

「っ! 比企谷くん……」

 

 ──仮面(ウソ)を剝ぎ取った。

鮮明に見えるようになった雪ノ下の先にある夕暮れは、曇が差しかかっている。

果たして俺と彼女が見えてる夕暮れは、同じ色なのだろうか……。

 




あんなに一緒だったのに~、夕暮れはもう違う色~♪

本当にいい曲ですよね!笑
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
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