前日譚的なもの→https://syosetu.org/novel/334479/
「あぁ、まってくれ朝潮。少し話があるんだ。」
「はい。なんでしょうか司令官?」
時刻は19:00。いつも通り執務を終え、自室に戻ろうとしたとき、司令官に声を掛けられる。話、とはなんだろうか?少しだけ期待を胸に宿し、司令官の言葉を待つ。
「明日から、秘書官は満潮に務めてもらう。朝潮は、明日と明後日に休暇を入れた。その後は、遠征部隊に入ってもらう。」
司令官の言葉によって、頭を殴られたかのような衝撃が襲う。なぜ?なぜ?なぜ?疑問が止めどなく溢れてくる。何か失礼なことをしただろうか?至らぬ点があっただろうか?離れたくない・・・
「あ、朝潮に何か問題がありましたか!?もしそうならすぐに改善します!なのでどうか・・・」
「違う違う。朝潮はよく頑張ってくれてたよ。ただ、朝潮はもう十分な練度になったから交代ってだけだ。朝潮の事だから、俺に何か迷惑を掛けたかもって思ったんだろ?そんなことは一切ないから、安心して。」
朝潮の言葉を遮って、司令官が言う。迷惑を掛けてないか心配。それもある。しかし、それ以上に考えていることは、ただ好きな人と離れるのが嫌だ、ということ。秘書艦を続けるためにどうすべきか、満潮を秘書艦にするのを止めさせるのは不自然だ。ならば、朝潮が秘書艦であり続けなければならない理由を考えるべきか・・・?いや、いい理由が思いつかない。ならばいっそ想いを告げてみるか・・・?いや、この想いを受け入れてもらえなかったときが怖い。そうなれば、きっと今まで築いてきた物、すべてを失ってしまうから。なら、いったいどうすればいい・・・?
「・・・潮、朝潮?」
「はっ、はい!」
「どうかした?具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です!」
「そうか・・・あんまり無理するなよ。それじゃ、秘書艦の件はそれでいいか?」
「了解、しました・・・。」
トボトボと誰もいない廊下を歩く。明日の休暇は何をして過ごそうか、などとは考えておらず、ただ絶望感が胸を埋め尽くしている。これまで司令官と過ごしていた素晴らしい日常が無くなる。それはとても耐えがたい。何としてでも秘書艦を続けたい。しかし、その為の策も思いつかない。いったいどうすればいいのかと考えていると、いつの間にか自室のドアの目の前に着いていた。ドアを開け、中に入る。これからのことを自室で考えたいが、風呂に入らない訳にもいかない。全くもって行く気が出ないが、準備を済ませて全艦共用の浴場に向かう。大好きな妹である満潮にも、今は会いたくないと考えながら。
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幸いにも浴場、更衣室、廊下などで満潮に会うことは無く、何事も無く自室に戻ってこれた。使い慣れた部屋と、この部屋には誰もいないという安心感から安堵したのも束の間、妹に会わなくてよかったなどと考えている自分に、嫌悪感を覚える。よく考えれば、先程の朝潮はあまりにも身勝手では無かっただろうか?自らの恋慕の為に、司令官の決定を覆す方法を探し、本来ならば先任として仕事内容を伝えるべき相手であり、妹である満潮を避けたいと願った。このようではいけない。意識を変えなければ。
そうだ、明日は午前中だけ秘書艦の仕事をしよう。満潮と共に。この時間はまだ司令官は入浴していないはずだ。今から司令官の自室に行き、意見具申しよう。
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結果から言えば、朝潮が午前中に執務を手伝った意味はほぼ無いに等しかった。満潮はしっかりと仕事をこなし、間違った箇所も一度指摘さえすれば、間違えることは無かった。さすが朝潮型であり、朝潮の妹だと思ったが、姉としてはもっと姉らしいところを見せたかったとも思う。さて、これからどう過ごそうかと思案しつつ食堂に向かう。食堂でチキン南蛮を食べながら、誰か友達と出かけようかと思ったが、今日が休暇の友達は居なかった気がする。明日は時雨さんや響さんが休みだったから、そのメンバーで出かけよう。今日は図書室で過ごそうと考えた。
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夜、19時くらいに満潮が自室に訪ねてきた。
「姉さん、今日は執務を手伝ってくれてありがと。」
わざわざ午前中の事の感謝を言いに来たのだ。律儀な妹だと感心する。
「いいのよ満潮。それより、司令官に迷惑は掛けなかった?」
「私が司令官に迷惑を掛ける?そんなわけないじゃない。迷惑を掛けられたくらいだわ。」
・・・は?なんだその物言いは。司令官から秘書艦に命じられておきながら、司令官から迷惑を掛けられただと?この女は司令官を愚弄している。司令官を愚弄する奴を許すわけにはいかない。排除しなければ
・・・!?今、朝潮は何を・・・?
「どうしたの姉さん?」
満潮の声に少し冷静さを取り戻し、対応する。
「満潮、いくら何でもそれは司令官に失礼です。撤回しなさい。」
「分かったわよ・・・。私が間違ってたわ・・・。」
仕方なく、というような対応をする満潮に、再び強い怒りを覚えそうになるが、理性で抑え込む。
「朝潮はもう寝ます。満潮もあまり遅くならなように寝なさい。」
「・・・分かったわ。おやすみ。」
満潮が自室に戻って行く。しかし、さっきのはまるで自分では無いかのような感覚だった。しかし、あの時感じた怒りの感覚はしっかりとある。そして今も満潮に対する怒りが胸の中で渦巻いている。あぁ、だめだ良くない。よく分からないがとても良くない。今日は風呂に入らずに寝よう。
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「大丈夫かい、朝潮?」
「朝潮はあんまり風邪をひくイメージが無いから心配だ。」
朝、起床しても胸の中にある嫌な感覚から、今日遊ぶのは無理と判断し、時雨さんと響さんには事前に風邪で遊べないから、朝潮のことは気にせず二人で遊んでほしいと連絡した。しかし、こうしてわざわざ見舞いに来てくれた。良い友達を持ったと我ながら思う。
「あんまり大丈夫では無いですが・・・多分、寝れば治ると思います。時雨さん響さん、わざわざ来てくれてありがとうございます。」
「感謝されることはしてないよ、だって僕たちは友達じゃないか。」
「時雨の言うとおりだね、私たちは友達として当然のことをしただけだよ。」
「それじゃあ、お大事にね。」
「お大事に。」
「ありがとうございます。」
二人に嘘をついた事に若干の罪悪感を覚えつつ、ベッドに戻る。すると、20分も経たないうちにドアをノックされ、朝潮の胸を弾ませる聞き慣れた声が聞こえてくる。
「朝潮、入ってもいいか?」
ドアをガチャリと開け、司令官を招き入れる。片思いをしている人を自室に招き入れるという状況に、否が応でも胸が高鳴ってしまう。
「朝潮、大丈夫か・・・って、大丈夫じゃないよな。今日はゆっくり休むんだぞ。それと、今日時雨と響と遊ぶ予定だったんだろ?時雨と響は明日も休暇だから、朝潮も明日休暇にすることも出来るけど、どうする?」
「いえ、大丈夫です。朝潮だけそんなに多くの休暇を頂くわけにはいきません。」
「そうか、無理せずにな。」
そう告げると、司令官は執務室に戻って行った。早々に帰って行ってしまった司令官に少し悲しさを覚えたが、仕方がない。司令官には執務があるのだ。それにしても嬉しかった。司令官の優しさからか、胸に残っていた嫌な感覚も無くなった。気分が良くなったせいか、ベッドがとても魅力的に見える。身体を横にすると、簡単に意識が夢の中に吸い込まれていった・・・。
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遠征の結果報告書を持ち、執務室前に立っている。本来、遠征の結果報告書は艦隊旗艦の軽巡洋艦、朝潮のいる艦隊で言えば神通さんが司令官に渡すものだが、無理を言ってやらせてもらっている。頼む過程で、朝潮の恋慕を知られることになり
「応援していますよ」
と、にこやかに言われてしまった。さて、いつまでも執務室前で止まっていないで、報告書を渡そう。執務室のドアをノックすると
「どうぞ」
と、司令官の思わず聴き入ってしまいそうな、逞しい声が聞こえてくる。しかし、聴き入ってしまってはいけない。落ち着いて声を出す。
「朝潮、入ります!」
一呼吸置き、ドアを開け一礼。
「失礼します!遠征の結果報告書を持って参りました!」
そう言って、司令官に報告書を手渡す。このときに、少しだけ司令官と手が触れるようにしているのは秘密だ。
「あぁ、ありがとう。・・・うん、うん。よし、よく頑張ってくれた。みんなにもそう伝えといてくれ。」
「はい!了解しました。」
こうして司令官は間宮券を渡してくれる。だが、ここでは帰らない。朝潮は、おねだりを覚えたのだ。
「よし、朝潮よく頑張った。」
そう言って、司令官は朝潮の頭を撫でる。頭を撫でられると、フワフワして、表情もトロンとしてしまう。あぁ、司令官の前でだらしない顔をしてしまっている。しかし、それを見ているのは司令官だけ。今、満潮は紅茶を淹れに給湯室にいる。見られる心配は無い。わしゃわしゃと頭を撫でられていたが、しばらくして司令官の手が離れる。少しばかり寂しさを覚えるが、致し方ない。報告書も提出したし、退室しよう。そう思い、振り向こうとすると
「朝潮、少し相談したいことがあるんだが・・・今日の20時に部屋に行ってもいいか?」
「相談したいこと・・・?」
声を掛けられた。司令官が相談したいこととはなんだろうか?見当がつかない。
「了解しました!それでは、20時にお待ちしています!」
普段、司令官は誰かに相談をする、ということをしない印象がある。その司令官の相談相手に選ばれたのなら、当然喜びを覚える。その喜びが、少し声に交じってしまった気がする。
「ありがとう。よろしくね。」
そうして、朝潮は司令官の自室を退室した。相談、という事ではあったが、司令官が自室に訪ねてくるシチュエーションに喜びを感じざるを得ない。自然と、まるで身体が軽くなったかのように、足取りが軽くなった。
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コンコンコン、とノックの音が響く、司令官が来たのだろう。ガチャリ、とドアを開け司令官を招き入れる。自室に司令官が居る、という状態に、際限なく心臓が鼓動する。以前、司令官が来たときは平気だったのに。
「司令官、どうぞ。」
司令官に、椅子に座るように勧める。
「いや、いいよ俺は。」
そう言って司令官は床に座る。それならば、朝潮も床に座らねばなるまい。
「司令官、相談というのは?」
単刀直入に聞く。
「その・・・満潮についてなんだが・・・。」
満潮、なにか問題を起こしたのだろうか?
「大の大人が恥ずかしい話ではあるんだが、俺さ、満潮が苦手なんだ。」
「具体的にはどういったところが苦手ですか?朝潮が改善を指導します。
」
「あぁ・・・その・・・なんだ・・・。こう、結構ずばずば物を言うタイプだろ?満潮って。だから、結構きついことを言われるんだ。でも、それも個性だからどうしようかなって思って。」
・・・満潮、またあの女が司令官を愚弄したのか。やはりあのとき排除すべきだった。司令官に精神的苦痛を与えてしまった。
「司令官、申し訳ありません。朝潮がよく言って聞かせます。」
「いや、でも満潮は・・・。」
「いえ、個性だからと言っていつまでも甘い態度でいるわけにもいきません。朝潮がしっかり指導します。」
「・・・そうか。そこまで言うなら頼む。」
「はい。お任せください。」
そうして司令官は朝潮の自室から出て行った。さて、あの女には一度警告をしよう。そこで更生すれば、妹のよしみで許してやろう。もししなければ・・・
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「満潮、出てきなさい。」
「どうしたの、姉さん?」
「満潮、貴方の司令官に対する態度はあまりにも失礼です。いますぐ執務室に行って、司令官に土下座で謝罪しなさい。」
「はぁ!?なんで私がそんなことしないといけないのよ?第一、司令官が・・・」
パンッ!
赤くなった頬を抑えている。まさかぶたれると思わなかったのだろう。驚愕の顔をこちらに向けている。だが、当然の行為だ。こいつには反省の意思も更生の余地も無い。つまり、必然的に選ばれる選択は‘‘排除”だけだ。自室に戻り、方法を練ろう。
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さて、排除する方法は何がいいか。出撃した際に、たまたま敵の攻撃が当たり、沈んだと見せかける事も可能だ。しかし、それでは部下の艦娘を失ったという汚名が司令官についてしまう。それを避けるためには、演習を使うのがいいだろう。演習用弾を実弾にすり替えて艤装に装弾し、朝潮があの女を撃つ。これで司令官には無駄な汚名を着せることにはならないと確信する。机の引き出しに仕舞っていた演習予定表を見ると、二日後にあの女と朝潮があたるようだ。これなら都合がいい。決行はその時だ。
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演習の日。トイレに行く旨を旗艦の川内さんに伝え、工廠の弾薬庫に忍び込み、自分の持つ10cm連装高角砲に実弾を詰めて戻る。
相手艦隊も抜錨したようだ。演習が始まり、その機会は予想よりも早くやって来た。あの女は今、こちらを向いていない。当たることを確信し、引き金を引く。炸裂音。風を切り、飛ぶ砲弾。瞬間、演習用弾では出ない爆発音が鳴り、皆が動きを止める。聞き慣れた、しかし今鳴るはずの無い音に、皆呆然としているようだ。司令官を愚弄する女を排除できた喜びが胸を埋めるが、表情に出してはいけない。あくまで呆然としているかのような演技をする。呆然としていた皆が、慌ただしく動き始めた。
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「はい。演習用弾のつもりで撃ったら実弾が入っていて・・・」
「分かった。下がっていいぞ。」
おそらく、何らかの手違いで演習用弾に実弾が混入していたのだろう。朝潮も、辛そうだった。この鎮守府にいる朝潮型は朝潮と満潮だけだ、ひどくショックを受けているだろう。俺自身も辛いが、朝潮のメンタルケアの方が重要だ、俺に何か出来ることがあればいいのだが。
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司令官を愚弄したあの女が居なくなってから、司令官や皆から良く話しかけられるようになった。最初はなぜかなのか分からなかったが、皆から気を使われているのだと気づいた。それからは、気を使わなくてもいいと、丁寧に伝えるようにした。しかし、司令官はそれでも朝潮の事を気にかけてくれる。その度に、司令官の優しさにクラっと来てしまう。ここまで優しくしていただけるのなら、それに甘えるのも良いだろう。ここは一つ、おねだりをしてみよう。
「司令官、もしよろしければ朝潮と一緒にお出かけしませんか?」
端的に言えば、デートのお誘い。きっと司令官は受けてくれるだろう。
「あぁいいよ。どこか行きたい所とかあるか?」
「はい!朝潮はここに・・・」
「そうか。ならこことかも・・・」
あぁ、幸せだ。司令官と一緒に過ごせて。きっとこれから、もっと多くの幸福を司令官は与えてくれるんだろうな。凄く、楽しみだ。