魔法を解いて、歩き出す。

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神話と、神曲

 

 

 

 

十二月。

 

窓を開ければ少し前を彩っていた紅葉と銀杏の錦も色褪せて、気づけば世界を取り巻く空気がいっそう澄んでいる。

玲瓏たる夜闇と部屋の暖気を隔てる硝子を覗けば、映りこんだ私の睫毛。すぐ前に結露しているのを見て、この季節を実感したのを思い出す。

 

 

冬。

 

鈴のひとつの音のような、じんわりとした寒さと、清閑。硝子に映る真白な灰のような季節。

 

 

 

氷川紗夜は、ベットに腰かけぼんやりと。

「やはり、冬は静かでいいわね。」

と呟いた。

 

いつもならばこれくらいの時間に、浅葱の髪の騒がしい妹が突撃してくる。しかし今日はたまたま夜遅くまで収録があるようで、自分の時間を十分満喫できていた。

両親は長らく帰ってきていないので、正真正銘の一人だった。

 

天涯孤独、という言葉が頭をよぎる。まあ、こちらを好いてくれている妹がいる時点でそうはならないことは確かだが、もしそうなったとしたら、やはり何か苦しいものがあるのだろうか。

それが音楽にもしかしたら活かせるか、と想像してみたが、やはりあの子が私から離れていく様があまり想像できない。

いらない戯言を振り切って、この静寂を楽しむことにした。

 

しかし、その静寂は長くは続かないようで、どたどた、と勢いよく帰宅を伝える合図が鳴り響いた。

玄関の開く音、そしてそのままの勢いでガタン!とドアが開け放たれた。

 

「ちょっと日菜、ノックはしなさい、って、ひどい顔じゃない」

「あ...えっと」

 

深刻な声がひとつ。

その声の持ち主は、目を不安と焦燥に揺らがせ、縋るような、助けを求めるような面持ちをしていた。

 

「一体何があったの?」

 

私のその問いに対する答えは、想像しうる限り最悪のものだった。

 

 

 

「おねーちゃん、彩ちゃんたちに吸血鬼のことがバレちゃった」

 

「な――」

 

 

 

そう。

目の前の少女、氷川日菜は、吸血鬼である。

 

人のものとしては長いと言い切れる犬歯、日焼け止めを塗り忘れるだけですぐに火傷となる皮膚。

そして、何よりもその吸血衝動。

吸血鬼が明確に迫害、というより生きることを認められていない現代において、その特徴は何よりも隠さなくてはいけないものだった。

 

僅かの絶句。

しかし、これから成すことはもう決まっていた。日菜ならもう少し隠し通せるかと思っていたが。

すぐに氷川紗夜は自分を取り戻して、バレてしまったのならば、と日菜に伝えた。

 

 

 

「旅に、出ましょう」

「今までの全てを捨てて、短い、逃避行へ。」

 

 

 

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

 

 

私たちは、決して仲が良いとは言えない姉妹だった。

日菜は昔から、私の真似ばかりしていた。

その度に私を時を待たずに追い越してしまい、私に向けられる言葉は日菜と比較されるものばかりだった。

私は日菜を拒絶した。私の世界から追い出した。

 

それでも、日菜は私を好きでいてくれた。

 

それが日菜と向き合うための一助となったことは、言う迄もないだろう。

 

姉妹の軋轢を乗り越えた後は、絵に描いたような仲良し姉妹になれた訳ではなかった。それでも、拒絶をすることはなくなった。

 

 

 

そんな大学1年生の、九月の終わり頃のある日、日菜が高熱を出した。

両親は別々に海外へ赴任しているため、看病をする人がいない。

私も大学を休むことにして、日菜の看病をしようか。

昔はそんなことなど考えもしなかっただろうな。日菜との関係性の変化に思いを馳せる。

 

それにしても、大学生になって初めての病欠だろうか。

いつも自分の体調のコントロールなどを完璧にしてる日菜らしくないな。

日菜はいつも自分の体調を完璧に把握していて、不備が出そうな時はとっとと早退でもして休んでいることが多いのだけれど。

日菜に卵粥を作りながらそんなことを思った。

 

私もそれでお昼を済ませてしまおうか、と思いついた。態々1人分だけ作るのも面倒だし、私だけ贅沢するのも若干日菜に申し訳ないように思うので、その思いつきに従うことにする。

冷凍ごはん一人分を追加で投入し、卵を一つ足してかき混ぜ、刻んでラップに包んであった葱を投入して、仕上げとして軽く塩胡椒を振る。

自分の分を鍋に残したまま、日菜の分を取り分けて、日菜の部屋にノックして入る。

 

日菜は私に気づくと、朱の差した顔をこちらに向けて、熱の籠った声をこちらに向ける。

 

「おねーちゃん…」

「お昼のお粥よ。食べられる?身体を起こせる?」

 

そう聞くと急に目を輝かせて、しめたという顔をして。

 

「食べれない!元気ないからおねーちゃん食べさせてー!あーん!」

「なんでよ、もうすっかり元気じゃない…まったく」

 

空元気のようにも見えない。先程まで典型的な病人のようであったのに。どうしてこう回復が早いのか。

 

「ほら、身体だけは起こしなさい。喉に詰まるわよ。」

 

そうやってスプーンを差し出そうとした時、日菜の犬歯がなぜか鋭くなっていることに気づいた。これも、日菜が意外な熱を出した病気の症状だろうか。

思案する。犬歯が伸びる、か。知っている中でそんな症状の出る病気は―

 

「あーん!!」

 

とりあえず、考え事はこの雛鳥を沈めてからにしようか。

やっぱり元気じゃないの。

 

 

 

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

それほど好きでは無いはずの卵粥を、私の手からきちんと完食した日菜はもうすっかり元気になっていた。

私の分がまだキッチンにあると知り、今度はあたしがあーんする!とバカなことを言って立ち上がった日菜をベッドに押し込めて、リビングで私も卵粥を食べる。

 

うん。味が薄いわね。まあお粥だし。

胡麻昆布でも入れて食べようか。海苔の佃煮を切らしているのが少し悲しい。

 

少し物足りなさを感じながら食べ終え、洗い物まで済ませてから、食事中に来ていた通知を確認する。

今井さんからの、日菜について心配するものだった。毎度この人はどこからそんな情報を仕入れているのか。今井さんには未だ伝えていなかった筈なのに。

 

そんな苦笑混じりに、お粥をちゃんと一人前食べられるくらい元気ですよ、と送りそのままスマートフォンを閉じず、SNSを流し見する。

 

普段はそんなことはしないのだけど。

何かに導かれるようにスクロールをしていった。

音楽のクオリティを上げるために必要な情報のインプットだと、なぜか怠惰にSNSを見てしまっている自分を正当化している。

 

するすると飛ばしていく中で、普段なら気にも留めないひとつの動画がまるで印でも付いているかのように目に入ってしまった。

タイトルとしては『吸血鬼の処刑方法』といったもので。

 

吸血鬼と言うと、今のところ唯一存在が確認できている、知能のある人型の生き物だ。吸血をすることで生き長らえる。血を見ると我慢できない。そのような特徴がある。

 

そんな動画の、正しく内容はというと、

30半ばほどの青年がとても強い光を当てられて一瞬で火傷をして、真っ黒になった全身が映る。

その、体毛も皮膚も役割を失った肉体、そのちょうど心臓に当たる部分に金属でできた杭のようなものを突き立てる動画だった。

 

SNSに偶に投稿される、規約違反的な内容を見てしまったらしい。

吐き気が込み上げてくる。直ぐに携帯を閉じて、トイレに駆け込んだ。

なぜか、あの動画に映っていた青年が日菜に見えてしまった。

日菜が焼かれ、貫かれる様を想像してしまった。

 

吸血鬼、という言葉が胸に焼き付いていた。

吸血鬼になるならば、このように処刑されてしまうのだろうか。

日本では残虐な刑罰は禁止されている。人間に対しては。

吸血鬼に対してはどうだろうか。

 

欧州の黒い歴史のひとつに、魔女狩りというものがある。

もしかしたら、魔女というのは人間の血液を求める吸血鬼を指していたのかもしれない。

魔女の処刑、焚刑になった理由が絞首などで処刑できないからだとしたら。

 

この時点で私は、日菜の不調の真実と、これから襲い来る魔女狩り、それの終点を悟っていた。

 

 

 

その次の日。

「日焼け止めを塗り忘れた首、火傷になっちゃった。」

 

と日菜は言っていて、ああやはり、私の妹は何時の間にか吸血鬼という理解の外の存在になってしまったのだな、という確信が大きな焦燥感と共に私の心を支配した。

日菜は間違いなく、自分に巻き起こっている事態を理解している。そんなこと言ってしまえば、自分が殺されてしまうかもしれないのに。

まさか、私を傷つける前に、罪されることを望んでいるのか。

 

青筋が立つ。

姉を、舐めるな。

 

「おねーちゃん、あたし、もう迷惑はかけられないから、隠れようと思う。」

「待ちなさい」

 

吸血鬼は合意だろうが合意じゃなかろうが、人間から吸血をした時点で犯罪であり、禁忌であり、特別刑罰の対象となる。

人間が吸血鬼に、自分から望んで吸血されるのも禁忌である。

だから、なんだというのだ。

 

 

 

私は手の指に針をさして、日菜を大罪人にした。

 

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

駆け落ちでもないのだから、旅に出るためには準備をきちんとしなければいけない。

とりあえず、私と日菜のあるだけのお金を持って行く。

通帳に入っている分は、まだ引き出しておかなくても、旅の先々で引き出せばいいでしょう。

日菜に聞いたところ、吸血鬼のことを知ってるのは丸山さんと、もしかしたら大和さんも気づいているかも、程度だから通報もされないだろうし、口座の凍結等はされないだろうとの判断だ。

 

「おねーちゃん、ギターどうする?」

「いらないんじゃないかしら。路上でお金を稼ぐ必要があるわけでもないし。」

「アコギの一本くらい持っていった方がいいんじゃないかな〜。おねーちゃん急に弾きたくならない?手が震えてこない?」

「私をなんだと思っているのよ。私はギターに色々と捧げてきたのは確かだけれど、そんな中毒症状のようになったことはないわ。あなたが持って行きたいというなら、かしらね。」

「うーん、おねーちゃんが要らないならあたしもいーかなー。」

「それよりも、服は足りるかしら。」

「確かに!東京を出る前に服の補填しておく?」

「いえ、それも必要ないんじゃないかしら。自分で言ったことだけれど、荷物にそれほど空きがあるわけではないから、所々の服飾店で、洗濯した服の寄付をしながら、購入するべきかと思っているの。」

「そっか、それならじゃああとなに準備する?ボドゲ入れたら終わりかなぁ?」

「そうね、あなたが特に思いつかないのならそれでいいんじゃないかしら」

 

「おねーちゃん、ボドゲ入れたら荷物の空きが全然なくなっちゃった」

「ちょっと待ちなさい、何を入れたの?服の分がないとは言っても余裕はさっきまで十分あったじゃない。精々トランプまでだと思っていたのだけど」

「トランプに~、ウノに~、将棋に、人狼!」

「絶対に二人では遊べないでしょうそれは。というより将棋だと角落ちでも私が勝てないのだから張り合いがないんじゃないかしら。」

「おねーちゃんと向かい合って対局できるだけでたのしーもん!」

「そう?私が負け続けるのが不服だから持っていくなと言っているのだけど」

「う、申し訳ありませんでしたおねーちゃん様、仕舞っておきます…。」

 

 

 

荷物の支度を終えた丁度ごろ、Roseliaの面々に事情と、もともとこうなれば逃げ出すということを決めていたことを伝えるため、メッセージを打ち込んだ。余りにも早く今井さんから連絡があった。

 

『紗夜、今電話しても大丈夫?』

『問題ないですよ。』

 

十八時ごろだっただろうか。恐る恐るといった口調で今井さんは話し始めた。

 

『紗夜、あのメッセージの内容って、本当?』

『ええ、本当です。日菜は少し前から、吸血鬼になっていました。』

『前から、なんか隠してるなとは思っていたからさ、それは信じるけど。なんで、相談してくれなかったの。』

『それは…考えました。Roseliaの皆、パスパレの方々にも相談するべきかな、とは考え付きましたが…』

『ならなんで、』

『相談、できなかったんです。どう相談すれば良かったんですか。私と、私の妹が犯罪者になりましたとは言えなかった。』

『あなたたちに、共犯者になって欲しいと言えるような勇気が私にはなかった。』

『紗夜…』

『あなたたちに、悉くを飲み込んだ上で煉獄に落ちて欲しいと言えるような。そんな青い魔法があるとしたら、或いは。』

 

それだけで、言葉は尽きてしまった。彼女は、魔法という私の言葉の意味を悟ったのでしょうね。

息を止めながら、謝罪だけを残して通話を切った。

 

 

 

そうして私たちは毎日の反復作業のように罪悪を重ねる。

日菜を私の部屋に呼び出して、見せつけるように針を指に刺す。

この皮膚を切り裂く痛みと、何か大事なものが染み出して行く錯覚にも、慣れてしまった。

 

「おねーちゃん…」

 

譫言(うわごと)のように呟いた日菜、見開いた眼が赤に染まり、ゆっくりとその口が開かれると、牙と形容されるほど鋭い歯が露出していく。

私から滲む血液だけに価値があるとでも誤想しているような、その眼差し。どんどんと荒くなっていく息遣い。

この行為自体の禁忌性からか、妹にこのような表情を強いているからか。背徳感が脊髄を通っていくのがわかる。

理性を崩壊させるように、指をその艶のある唇へと押し付ける。

 

 

 

 

 ▽ ▽ ▽ 

 

 

 

 

旅の一番最初の行き先については、事前に相談をしてあった。

東京を出たら、箱根へ行って温泉に入ろう。

箱根は温泉がいい。以前、西日本でライブをした帰りに足湯だけ入って、虜になってしまった。

他にも、富士山を臨むにもってこいである芦ノ湖(あしのこ)だったり、大涌谷(おおわくだに)の黒卵などが有名だろうか。関東近郊での観光であれば外せないだろう。

箱根温泉に入るにあたり、日菜の牙のことが他人に知られないように、個室に温泉のある宿を先に予約しておいた。

 

箱根ほど有名な温泉地となると、年の瀬に差し掛かるこの時期だから、観光客は多いだろうな。だが一週間後の大晦日などと比べてしまえばまだ幾分かいいだろうな。

人混みは大変だろうが、それに紛れるという意味ではありかもしれない。

吸血鬼と大っぴらにされているわけでないので通報されるようなことは無いが、万一にでも私たちの関係者が探しに来ていたら困る。

 

「おねーちゃんは大風呂に入らなくていいの?見られちゃいけないのはあたしだけなのに。」

「そういう訳にもいかないのよ。私一人で入ってもしょうがないじゃない。」

「ふふーん、おねーちゃんもあたしとお風呂入りたいんだー」

「どうしてそうなるの、まだ何も言ってないでしょう。まったくあなたは…」

 

「ほら、おねーちゃん、雲の切れ目から月が見えたよ!早く入って!月見酒でもしようよ!」

「まだ未成年じゃない、何を言っているのよ。そもそも日菜、入浴しながらの飲酒は血圧の急激な低下を引き起こして、脳貧血などの症状を引き起こすから危険よ」

「いいじゃん、吸血鬼なんだし。それにお酒なんてあと三か月で飲めるんだよ」

「三か月後、ね…でも、」

「うん。お酒、飲んでみたかったなぁ…」

 

私が止めなければ、どうにかしてお酒を調達できたのだろうか。

もう既に、私も日菜も手遅れな犯罪者なのだから、妹の一度きりのの未成年飲酒くらい見逃してあげれられればいいのに。私はどこまで行っても頭は固いままなのだな、と自己否定に近いものが私の頭を駆け巡る。

それでも、日菜がこれ以上罪を重ねてしまうのが怖い。

人間社会の罪ではない、もっと原初からの罪。

 

日菜と私は、地獄へ行くだろう。

ダンテによると、自ら命を絶った者の行き着く先は、茨の生えた真っ黒な灌木(かんぼく)である。

自らを傷つけた罰として、その体を怪鳥に貪られながら永劫償わなければいけない。

だとしても。

極刑が決まっているからこそ、これ以上の重犯は避けなければいけないと思った。

 

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

 

 

箱根の温泉で一頻り温まったあとは、名古屋に少しの間滞在することにした。

名古屋もまた、小学生でも当たり前に知っているような都市である。

金の(しゃちほこ)が天守閣に輝く名古屋城に、熱田神宮などもある。観光名所には事欠かないだろう。

名古屋の特徴といえば、食事文化の豊かさも挙げられる。

ドリンクを頼むと様々なメニューが付いてくるモーニングの文化だったり、味噌カツに味噌煮込みうどんにひつまぶしなど。

両手の指では足りない程ほど多くの食文化を包含しているそれは、私たちの目には魅力的に映った。

 

「朝に名古屋に入ってモーニングを食べてから観光のつもりだったけれど。」

「もうすっきりお昼だね、モーニングは明日にして、今日はもうお昼ごはんにしよ!」

「そうね。食べるお店の目途はついているのかしら?」

「んーん。でも、名駅前だしひつまぶしとか、観光客向けのお店なら二人分くらい席あるんじゃない?」

「この時間になって空いているお店となると、あまり当たりでないお店を引きそうで怖いわね。観光客向けではなくて地域のお店みたいなところがあればいいのだけど。」

「味噌煮込みうどんはホテルで頼めるから除外するとして、そうなるとやっぱり麺になるかな、といってたらあそこに!きしめんののぼり立ってるしいーんじゃない?」

「話を聞いているの?のぼりが立つということは観光客向けでしょう?」

「いーじゃんいーじゃん!お腹すいてるしあそこで良いでしょおねーちゃん!きしめん食べたい!」

「ちょ、腕を引っ張らないの!わかったから!」

 

結局、入ったお店で日菜頼んだ料理はあんかけパスタだった。

この子はなんなんだろうか。

 

 

 

初日は先に挙げたような観光名所めぐりに費やして、ホテルに戻ってくればもう二十時であった。

旅に出るにあたってギターを手放したので、毎晩の雲隠れした練習時間の分、日菜によって遊びの場に引っ張られる時間が増えた。

それは卓球であったり、ホテル内に併設されているゲームセンターの筐体であったり、ボードゲームであったり。

 

神経衰弱。お互いに記憶を違えることなどしないので、運だけのゲームと化した。

ババ抜き。二人でする遊びではない。

ウノ。日菜の手札の色をどうにかして推測して、合っていたときは勝てた。

スピード。反射神経では日菜に及ばなかった。

インディアンポーカー。二人でやって何が楽しいのか。

ワードウルフ。そもそも二人の遊びとして成立していない。話がすれ違うだけだ。

 

結局、最初の五日ほどでできる遊びを尽くしてしまい、日菜がトランプタワーを作るのを眺めつつ、駄弁るだけになってしまった。

 

 

 

次の日、ホテル近くの喫茶店のモーニングにて昨日の雪辱を果たした私たちは、大須商店街と、栄の方にあるショッピング街で一週間ほどの分の衣服を調達してから、年越しと共に京都に到着できるよう、名古屋を離れた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

京都の観光は春の桜や葵祭、夏の祇園祭に、秋の紅葉と時代祭だけではない。

雪が降れば何よりも美しいし、霜の降りる古都の中に「京の底冷え」と言われる所以、その歴史を感じられる。

それに加えて、観光客が疎になるこの時期にのみ特別公開をしている文化財なんてものもある。

なにより、初詣として神社仏閣を参詣できる。冬の京都こそ行くべきなのだ。

 

なんて旅行好きの歴史の教師が言っていたのを思い出す。

当時はなんでもないこととして聞いていたが、こうして実際に来ることになるとは。

歴史畑の人間が行くべき寺社など列挙していたのだから、どこかにメモでもしておくべきだったかと意味のないことを考える。

 

残念ながら今週中に雪化粧の街並みが見られることは無さそうだが、雨に降られるような悲しいことにもならなさそうだ。

平安神宮や伏見稲荷となると身動きが取れなくなるほど混みあっていそうなので、穴場になりそうな神社を探してあった。

私たちの予想通り、元日を避けたこともあってか宇治上神社はそれほど混雑していない。

京都よりも奈良の方を多めに回れるように準備しているので、京都に滞在できるのは今日いっぱいと明日のお昼までだ。

 

「お昼、どこで食べようかしら。予定されている宿泊費とかを差し引くとあまり資金に余裕は無くなってきた訳だけど」

「じゃあさ、せっかくの京都だし湯豆腐食べよ!」

「湯豆腐、確かに京都のものは有名ね。冬らしくていいんじゃないかしら」

「関西だとやっぱり湯豆腐とかでもだしって関東と違うのかな?」

「あなたは何回も西日本に来てるでしょう?今更なんじゃないの?」

「いやーでも、西日本の中でも京都はちょっと違うのかなって。実際、今朝食べただし巻きは大阪で食べただしの感じとちょっと違ったし!」

「昆布なんかは京都から大阪に伝わった歴史もあることだし、どこかで差異が生まれるのかしら。」

 

私にはあまりわからなかったが、日菜はやっぱりちょっと違うよ、京都のだしの方がふすーっとしてて、なんかるんとする!と何やらしたり顔をしていた。どのような感覚を表している擬音なのかが全く分からない。こういうところに遭遇すると、やはり不思議な子だなと思い、ため息が出てしまう。

本当に違いが判っているのだろうか。

 

 

 

京都の山中にあるホテルへとチェックインを済ませ、日菜待望の星空観察会をしようと駐車場へと足を運んだ。

 

「あまりに予想のつくことだったけれど、防寒具なしでの観覧が想像できないくらいに寒いわね。」

「ここに来る前に、ありったけ懐炉を仕入れて置いてよかったね~、あたしは必要ないけど。」

「吸血鬼は寒さをあまり感じない、だったかしら。」

「そうだよ、今くらいなら半袖スカートでダンスしても寒くないぐらいね!」

「今の時期にそのようなこと、よほどの雪国出身か吸血鬼くらいね。バレるわよ」

「しないよーそんなこと。冬のダイヤモンドを背景にっていうのはるんってするけど!」

「やっぱり、星は好き?」

「もちろん!それにね、」

 

日菜が腰を下ろしたのを見て、私も腰を落とす。

満天を眺める。静かに、日菜が口を開く。

 

「おねーちゃん、知ってる?人って、死んだらお星さまになるんだよ。」

「急にどうしたの。いえ、まぁ知っているつもりだけれど。子供に生命の概念を与えるための神話のことよね?」

「神話じゃないよ。現実。」

「…聞かせてくれるかしら」

「うん。昔からね、あたしは空に浮かぶお星さまと話せたんだ。寂しいときとかに話し相手になってもらったり。」

「それは、私にも話したことなかったわよね?」

「うん、何だか知らないけど忘れちゃうんだ。また次の時に全部思い出すけど。」

「紙に書いたとしても消えちゃってたし、そういうものじゃない?」

「それでね、一週間前くらいから、お星さまがあたしを呼ぶ声が夜に聞こえるようになったんだ。」

「あたしに、天に昇ってお星さまになって~って。」

「どうやって昇るの?」

「わかんない。それは話していなかった。でも、その頃からあたしに希死念慮が生まれた、ってのが答えだと思うけどね。」

「にわかに信じがたいことではあるけれど。それで、どうして今は話せるの?」

「呼び声が聞こえるようになってから、あたしはそうだったんだなーって分かったの。」

 

私には、目の前にいる氷川日菜が、まるで星かのように白く光っているのが見えた。

なるほど、お天道様に愛された彼女は、重ねた罪など振り払って、天へ昇っていくのだろう。

 

私は日菜とは違う。

私は地獄で一人、天涯孤独となるのだ。

 

「おねーちゃんは、あたしの言うこと信じてくれる?」

「あなたは、今ので分かったわ。あなたは、間違いなく星になるのでしょうね。私は、そうはなれないけれど。」

「うん。聞かせて、おねーちゃんのことも。」

「私は、地獄に落とされると思っているわ。煉獄では留まらないでしょうね」

「『神曲』?」

「ええ。」

「自殺は第七圏谷だったっけ。原文じゃないけど読んだことあるよ?」

「私も原文なんか読んだことないわよ。」

「うん。それで?」

「地獄に落とされる。そう思った理由も、日菜と似てるわね。私は、吸血をされる度に自身の罪科が、いっそう重量を増しているように感じるの。」

「それが重くなればなるほど、地獄の中の重力に従って、底に近い方に沈んでいくの。」

「なら、少しでも軽くするために、このまま生き続けるとか、大仏様にお祈りに行くとかは?」

「いいわ。どうせ地獄に落ちるのは決まっているもの。腹をくくっているの」

「すごいなぁ、おねーちゃんは。あたしならやっぱり悪あがきしたいって思っちゃうかも。」

「それが普通じゃないかしら。」

「でもでも、おねーちゃん話してるときすごい白くキラキラしてたよ!」

「結構暗い話じゃなかったかしら?」

「でも、あーあ。おねーちゃんと一緒のところに行きたかったなぁー。」

「言ってもしょうがないでしょう?」

「まーね。」

 

 

 

その後は、冬の夜空を日菜の解説を聞きながら星を眺めていると、いつの間にか夕食が近くなっていた。

 

 

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

京都の観光を終え、奈良へ渡った。

私も日菜も詳しくはなかったので、宿だけ決めて予約を取って、観光する場所はおすすめを聞いたりしてあまり知られていないようなところを回っている。

しかしながら、ひとつふたつ有名どころも回っておこうと決まり、向かったのは東大寺。

他に長谷寺や法隆寺なども候補であったが、日菜の「なんかあんまりるんっとしないね」という意見により東大寺に決定した。

旅雑誌にて薦められていたので、南大門と大仏殿だけでなくて、その奥の戒壇堂まで見にきたところだ。

 

「予想のつくことではあるけれど、胸を打たれるものではないわね。歴史好きならば良さが分かるのでしょうね。」

「そもそも作られた時点で大衆向けのものではないしねー、廬舎那仏(るしゃなぶつ)とかと違ってね」

「そのようなことを言ったということは、大仏様は奈良や平安時代に一般公開をされてたのかしら?」

「いやー知らないし、多分ないんじゃないかなー?でもね、造立の背景がそもそも民衆と国家の為だから大衆向けかなーって。」

「成程ね。でもその理論で言うと戒壇は人民を救うための僧侶を認めるもの、それは民衆の為ではないの?」

「むー、確かに一理あるかも…」

 

どうやら、私の勝ちらしい。

こういった小さな討論をするのも、今日か明日で最後になるのだろうか。

どこかセンチメンタルになってしまった。

 

 

 

その後も予定通り、三日間奈良を観光し続けた私たち。

 

「何かやり残したことはあるかしら。」

「うーん、特に思いつかないかなぁ。」

「そ、なら問題ないわね。」

 

 

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

それから。

 

奈良から離れて、私たちはその近くの県の山の中、誰一人として近寄らない廃墟の中で、腰を下ろしている。

このまま、私も日菜も、餓死をするのだ。

 

 

 

この場を支配している、心地よい冬の静寂を切り裂くように。

日菜が言葉をこぼした。

 

「ね、おねーちゃん。」

「なに、日菜。」

「あたし、実はお星さまになるってお誘い、断ってたんだ。」

「え?」

「空のお星さまにね、あたしが死んじゃったあと、お星さまになれるならおねーちゃんと一緒がいいって伝えたの。」

「私?天に愛されるようなものを持ってはいないでしょう。」

「そう、やっぱり難しいって言われちゃってー。それだからね、」

 

僅かな空白。

 

「おねーちゃんに、一緒に地獄に連れてってもらうから、ごめんなさい、って言っちゃった」

 

「あなたは…」

「あたしは、これがよかったの、おねーちゃん。」

「地獄よ?きっと途方もない時間、星が生まれて死んでしまうよりも長い時間苦しむことになるのよ。」

「なら、もし一緒にお星さまになれてたときよりもずっといれるね。おねーちゃんがいるなら、苦しくなんてないよ」

「あなたが、星になっていれば何かこの世界に奇跡を起こしたかもしれないのよ?」

「そんな奇跡なんて、いらないよ。こんな呪わしい世界には。」

「日菜、…!」

 

日菜の眼には、雫が溜まっていた。

 

「ほら、泣かないの。怒ったりしないから。少しびっくりしただけよ。それに、」

 

それに。

 

「私も、日菜と一緒のところにいたいと思っていたのよ」

 

私の小さな声をなんなく聴きとった日菜はぱぁっと擬音を伴いながら、ひっくり返したかのように笑顔になった。

日菜が、さらに少し近づいてきた。

鼻息が首筋に当たる。少しくすぐったい。

 

「ねぇ、近くないかしら。」

「えぇー、これくらい姉妹なら普通じゃない?」

「何度目よ、それ。」

 

いつも通りの会話。

ポケットの中には余った千円札と、罪の香りが入っている。

手に、歪な愛を握る。

 

 

 

目は合わせる必要ない。

ただ、ふたりがそこにいる。

それだけで十分だった。

 

 

 

「それじゃあ、おねーちゃん。」

「ええ。」

「「また、地獄でね。」」

 

 

 

 

 

 

 

 


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