バカシンジが買い直してきたフロアチェアは、一人暮らしのアパートには不釣り合いな大きさだった。
「だって、ほら。今までのは背もたれが小さくて、背中がちょっと痛かったから」
目を合わせないシンジを、私は今日もそれに座らせる。
色々と条件がある。
お尻は深めに、背中は背もたれに隙間なくピッタリとだ。両足は心持ち広めに開いて、右手にストロー付きのトロピカルジュース、左手にビッグサイズのポテトチップスを持たせたら準備完了。シンジの前に腰を下ろし、背中を預けてから、首だけ回してうなじに小さく息を吹きかけてやる。
「見えにくいよ、アスカ」
言いながら、シンジが私の後頭部に必要以上に顔を近づけていることを、私は知っている。
ゲームをするにしろ、映画を観るにしろ、こんなに快適な環境はない。
寒さに身を寄せ合わない季節には、胸の谷間が見える部屋着を着るようになった。時折モゾモゾと両手足を私に擦りつけるシンジは酷く滑稽で、私はあいつから見えないようにほくそ笑みながら、ドリンクとお菓子を存分に堪能する。
映画のエンドロールにあわせて、シンジの両手から空になったコップとスナックバックをテーブルによけてやる。
「まだ……だめ?」
子犬にはご主人様からの躾が必要だ。最近、ようやくシンジは「待て」ができるようになった。
今度のフロアチェアは、背もたれを倒しても充分に広く、二人で寝転ぶことができる大きさだった。シンジはわざわざそれを選んで買ってきたのだ。まったく。
返事を待たずに、シンジは私の腰に両手を添えると、シャツの裾野から中に指先を滑らせた。
「ん……」
シンジの右手だけが冷たい。それも、シンジの両手が数回円を描くだけで温まってしまった。
シンジの浅い呼吸が耳元を裏からくすぐる。ご褒美が欲しいらしい。
「しょうがないわね……」
振り返った私の顔が、シンジの視界から沈み込んだ。
「あ……あ、ぁー……」
何度か視界を往復しただけで、シンジはだらしなく表情を崩した。
丁寧に、時間をかけて育てる。
我慢できなくなったシンジが、私のシャツに手をかけた。
「ん……ふ……」
目線を合わせて舌を絡めた後、私は両手をシンジの肩に添えて跨った。
座椅子を抜けて、フローリングの床がキシキシと喘いだ。
「アスカ……」
シンジが私を抱き寄せ、髪を後ろからやさしくまさぐる。射し込まれたシンジの舌先を、私はソフトに噛んだ。
すぐ調子に乗って。
やはりもっとおしおきが必要なようだ。
背もたれとシンジを、私は同時に押し倒した。
猟犬のように息を荒げたシンジは、私を激しく抱き寄せた——。
「……そんでまぁ、座椅子の後はキッチンでぇ、ご飯食べたらお風呂で一回と、もっかい座椅子で一回ね。あ、こん時はシンジが上からね。それから、基本ベッドでは二回くらいかなぁ」
へべれけに酔っ払ったアスカは、そう呟くとテーブルに突っ伏して「むひょひょひょ」と妙な笑い声を上げた。
「ろ、六回も……」
向かいの席で、ミサトは思わず「ひょえー」のポーズをした。その隣では、赤ら顔のヒカリが目を細めながらおちょぼ口で熱燗をあおっている。
教え子たちが就職活動に勤しんでいると聞き、大学から実家に帰省しているタイミングで声をかけたのはミサトの方からだった。特に親しかった生徒たちを交えた小規模の同窓会というわけだ。お酒を飲める年齢も超えて、シンジの一人暮らしのアパートで半同棲状態というアスカをからかい半分でつついてみたら、薮から大蛇が飛び出してしまったのである。
あな恐ろしや伏魔殿。
「え? うそ。あのシンちゃんが、ろ、六回も……」
「アスカ?」
居酒屋の雑踏の向こうからシンジが顔を出し、ミサトはビクゥッと体を震えさせた。
「あぁ……すいません、ミサトさん。アスカにつきあわせてしまって」
シンジは酔い潰れたアスカの肩に手を回して抱き起こした。
「ほら。そろそろ帰るよ、アスカ」
「だめ……もう一回だけ。実家やだ。シンジの手料理じゃなきゃやだ」
はいはいとたしなめながら、シンジがミサトと酩酊しているヒカリに会釈をした。
こんなに爽やかな笑顔を見せながら、六回もか。毎週末に六回もしているのか……。
そんなにしたら、朝が来てしまうではないか。
「今度は僕たちの方から声かけますね」
遠のくシンジとアスカを見送りながら、ヒカリはぼぉっとした表情でさらにお猪口をあおる。
「お盛んなのね」
「うちも五回くらいはしてますよ……」
「えぇッ!?」と、ミサトはヒカリを振り返った。
「うちは、週に、五回ですけど……」
ぽわぽわした表情で狐目になっている。ヒカリもまた完全に酔っ払っていた。
「ヒカリ。わしらも帰るで」
トウジが手際よくヒカリを回収し、場末の席にミサトだけがポツンと取り残された。
「加持君! 私たちも今夜は久しぶりにホテルで……」
振り返ったミサトが額に血管を浮かび上がらせる。
ミサトの目線の先のテーブルでは、加持リョウジがなでるようにリツコの頬へ指先を這わしていた。
「どう、リッちゃん? 久しぶりなんだし、これから二次会でも……」
「あら、嬉しいお誘いだわ。でもダメよ、こわーいお姉さんがこっちを見てるから」
「え……?」
更けゆく夜の居酒屋に、鼻息荒いミサトの右ストレートが宙を舞った。