瀬田薫、かわいいね。
僕の思想が壊れたのは、思春期を拗らせた十二月のある日に、君と出会ってから。その眩い輝きはあっという間に僕を魅了し、全てを狂わせてしまった。
女学園の小さな舞台に立つひとりの少女。彼女の自信に満ちたはにかみが、彼女の繊細な指先が、彼女のf分の一にゆらぐ声色が、彼女を、いや、君を形作るその全てがあっという間に僕を壊した。
君のせいでずっと何かがおかしい。君のせいで呼吸すらままならなくて、苦しくてしょうがない。まるで君が僕という生き物を作り替えてしまったような、そんな感覚がいついかなる時も僕を支配するようになって。
イカれた機械のように君の名前を呟いて、フィルム越しに君を求める。君のせいで、僕はどう足掻いても健全な青少年とは程遠い何かになってしまった。
僕にとっての春はとうに過ぎたんだ、君のせいで。ふと、僕は君の心を縛り付けてみたくなった。僕は計画性がないタイプだからかなり手探りだったけど、君に僕という存在を認知してもらえるようになった。
君と初めて言葉を酌み交わした時、この子はなんて誇り高いひとなのだろうと思った。容姿や仕草だけでなく、精神性までうつくしいなんて、君は本当にずるい人だよ。
いろんな君と出会うたびに、僕は君の虜になっていく。これが運命なんだな、って心の底から思った。君も、僕と同じだったらいいのに。そもそも、僕を拒む君は君じゃないとまでは思っているけれど、ね。
君はいついかなる時も素敵だった。晴れの日も、雨の日も、春も夏も秋も冬も変わらず君はうつくしい。君を映すフィルムが、山のように増えていく。それが、僕の生きる意味となっていた。
ある日を境に、君は僕に前よりも愛らしい表情を見せてくれるようになった。それもそのはずだ。君が僕の恋人になってくれたのだから。
まさか、君から僕に対して好きだ、なんて言ってくれるなんて思ってもいなかった。ああ、よかった。僕という人間のクソみたいな部分が君にバレなくて、よかった。君ほどではないと思うけれども、僕にも演劇の才能があるのかもしれない。
初めてその柔い肌に触れた時は、頭がどうにかなってしまいそうだった。少し指を押し込むだけで深く食い込んで、優しく押し返してくる。君がうつくしい「少女」であることを嫌でも理解させてくるような弾力の虜になった僕は、四六時中君を抱いた。
ある日は僕の自室で。ある日は校舎裏で。ある日はライブハウスのスタジオで。ある日は誰もいない公園で。あるいは、夢の中で。
僕は、その芸術作品のようなラインをなぞるように君の首筋に触れるのが好きだった。僕が首筋に触れるたび君は不思議そうに首を傾げていたけど、僕はそのごく一般的な人間よりも少しだけ温かい体温を一番強く感じられる君の首筋を何よりも愛していた。
だからかな。時折、君の首をきつく締め付けてみたいと考えてしまうことがある。君の首は、僕が少し手をかけるだけで容易く折れてしまいそうだから。
時折、宝石のような君の瞳を抉り取ってしまいたいと考えてしまうことがある。君の眼光は、眩く光って僕の瞳を焼くから。
時折、君の柔い頬を一口食べてみたいと考えてしまうことがある。君の頬は、華やかに色づいて僕の気を惑わせるから。
時折、君の華奢な下腹部を踏み潰してみたいと考えてしまうことがある。君の下腹部には、君を女たらしめる子宮が入っているのだから。
時折、君の心の弱い部分を貪り尽くしてしまいたいと考えてしまうことがある。君の心は、僕が知る誰よりも繊細で美しいから。
ああ、いっそ、今からバールとかで君を殴ってみようか。君の頭から流れる血は、きっと透き通っているはずだ。恐怖に染まる君の表情だって、きっとうつくしいのだろう。
もしくは、今から君という存在を僕が持てる語彙全てを使って否定してみようか。君がもう二度と立ち直れなくなるぐらい、完膚なきまで君という存在を貶すんだ。
そうしたら、君はどういう行動に出るんだろうか。まあ、きっと、どんな反応であれ君はうつくしくあるのだろうな。でもまあ、もし君が死んでしまったら可哀想だし、流石の僕もそこまではしない。あくまで仮定の話、だ。
僕は君の全てが欲しい。どこか遠く、誰も僕たちを知らないどこかへ君を連れ去ってしまいたい、なんて夢想を語ってしまうほどには、僕は君に焦がれている。
それこそ、足を切断された君が、華奢な両の腕でその上半身を引き摺りながら歩く姿はどんな愛玩動物よりもかわいらしいのだろうな、とふと思った。ああでも、最低限その柔らかい太ももだけは残しておきたいな。そこが、僕にとって一番好きな君のパーツだから。
最近、そんなことばかり考えてしまう。僕は、いつのまにか君という名前の不治の病にかかってしまったようだ。
カーテンの閉められた僕の部屋で、僕と君は二人きり。今宵、君は僕だけの偶像となる。この街が眠ってしまう前に、誰の手も届かないところへ君を連れ去ってしまおう、って、そう思ったんだ。
君には感謝しているんだよ。忘れたい過去を、忘れられない痛みで消し去ってくれたから。僕の中のどうしようもない些細なささくれなんかよりもっと深く抉るような傷を、君は僕に刻んでくれたから。
ただ、僕の純粋な思いは、君にとって少しだけ怖いらしい。僕を見つめる君の瞳は潤んでいる。……なんていうかさ、君の泣き顔って、なんだか気持ち悪いね。普段の君なら、そんな泣き方なんてしないと思うけど。君はね、もっと優雅に、もっと華麗に、見たもの全てを君色に染め上げるようにうつくしく泣くんだ。
そうだ。君という人間がすべき泣き顔は、そんな張り付けたような気味の悪い泣き顔とは違う。涙という名前の自己保身にまみれた水滴を浮かべ、ただ強者に媚びるためだけに顔面を濡らす弱者の泣き顔は、君には到底似合わない。それぐらい、赤子だってできることだ。そんな気持ち悪い泣き顔など、今すぐこの足で踏み躙ってやりたい。でも、それが、君の、君という少女が本来流す心の底からの泣き顔なら、それはそれでうつくしいなって、思ったよ。やっぱり君って、本当にずるい人だね。
僕らの間に、くだらないアイの言葉なんていらないんだ。瀬田薫という完成された偶像に対する愛情、瀬田薫という偶像になりきれない君に対する劣情、その他諸々をぶつけるだけ。それが僕が君に向ける揺るぎない愛だ。ここまで練り上げられた僕の思想は、全部君によって創り上げられたんだよ。
今の僕を、わかりやすく君の好きなシェイクスピアの言葉で説明してあげようか。一つの顔は神が与えてくださった。もう一つの顔は自分で造るのだ、って言葉があるよね。その言葉だけだと、なんだかわかりにくいね。
そう。今君の目の前にある僕の顔は、僕が創り上げた。でも、そんな僕を創り上げてくれたのは、間違いなく君だ。だからね。君が、僕を創り上げてくれたんだよ。
さあ。儚い聖夜に、永遠を誓おう。契約の証として君のそのほんのり温かい首筋に少しだけ跡を刻むだけのこと。それ以上でもそれ以下でもない。
ああでも、君にそんな怯えた顔をさせるつもりじゃなかったんだ。代わりと言ってはなんだけど、これからたくさん幸せにしてあげるから、許してね。何より、君にはいつだって笑っていてほしいんだ。だから、僕は君の肩を優しく抱き寄せて、こう口にする。
「薫は、世界で一番かわいいよ」