A, ∠BSP = Psycho (SinΘ + CosΘ)
温かみの一欠けらもない冷え込んだ空気と白い空からの結晶に世間が一喜一憂する12月。
本時の天気は雪のち晴れ。
天の海は雲の島一つない黒一色の大海原。
海には、天に召し上げられた神話の英雄たちが、プランクトンの死骸のように浮かぶ。
東京の街中ならば、雪を綺麗とはしゃぐ者もいるこの時期。だが、ここではそんな街の騒がしさも見かけることはない。
ここは街の喧騒から遠く離れた人気のない山の中。……という訳ではなく、ゲレンデのちょっとした離れ。
ナイターを滑る観光客もちらほらといるが、すれ違う滑りの野郎達は周りのことなど気にせずに、ナイターの光が自分と雪だけを照らしていると思い込み、白い大地の下に自分の線を素早く引いていく。
僕は、ナイター制限のかかった中で登れる内の出来るだけ高い所で、今日という夜を過ごしている。
別にこの雪の坂道を公道最速伝説よろしく直滑降で滑るつもりも無ければ、滑り野郎達のドリフトで舞う冷たい雪と散らばっている水蒸気で出来上がるダイヤモンドダストを撮りたいわけでもない。
ザクザクと積もる雪を踏み慣らし、冷たい座布団を整え自分の座る場所を作って座り込む。こうしないとスキーウェアの間から雪が入る。
「...寒くない?」
「今更のことだろ。それについてきたのは俺の方だ。」
横には、イロモノバンドで着ぐるみを着てDJをしている少女がいる。
とうの昔に21時を過ぎており、滑降野郎な客しかいないはずだったのだが、何故かいる。
なんで?と思うだろうが、先にゲレンデで滑らないかと提案したのは彼女であり、それに乗ったのは自分だ。何故も是非を問うのは、二つ返事で了承をしてしまった自分になるだろう。
「ナイターまで滑ってみた感想は?」
「寒い。」
「風情もへったくれもない感想をありがと。」
「山から転げ落ちることに風情なんざあってたまるか。」
彼女は僕の感想に対し、少しむくれたように頬を膨らませる。言葉の通り僕はスキーなんぞ出来やしなかった。滑り始めに普通に頭から突っ込んで転げ落ちたりもして、そこの美咲に大笑いをされた。スノーボードなんてもっと無理な話であり、出来てスキーの二の字滑りが限界だ。
「もーちょっと何か感想あっても良くない?」
「アホ抜かせ。雪にはしゃげた年頃の俺に聞けば、もう少しマシな言葉を聞けただろうよ。」
「...なんでゲレンデについて来たの?」
「俺の気分に何故を問われてもな」
「何となく、高い所で空を見てみたかっただけだ。」
ただその一言に尽きる。アホらしいと言われればそれまでではあるが。
「それならこころにでも言えば良かったんじゃない?」
「アホ言え。ご令嬢に言ってしまえばホントに空に飛ぶだろうよ。それこそ宇宙まで行かされる。」
「あー...やるかも。」
一瞬考えるような素振りをしたが、我々の恐らく脳裏に浮かぶ人物はきっとやるであろう。彼女の前で一言空を見たいと言ってしまえば、気付けば上空3000メートルかそれより上の10000メートルから上を眺めることになる。
「俺の望みはそういう事じゃない。」
僕はそう言って、邪魔にならない程度にゲレンデの床に背中から倒れこむ。背中から雪に触れたことで、体全体で改めてその冷たさを実感させられる。
「...冷たくない? 寝そべって。」
「この時間までヒートテックを着て滑ってないと思ってたか?」
眼前には、ソラの大海原に広がる多くの星々が煌めいている。
注視して見れば冬の大三角も見れるだろう。
ベテルギウス プロキオン シリウス。
勝手なイメージではあるが、夏の大三角は世間様がとってつけた様に騒いでいた記憶があるから一般的にも名前を言える人が多いだろうが、冬の方は特に皆気にしないからか知らない人の方が多い様に感じる。
少々ボロっカスに述べたが、僕自身星には少しだけ思い入れがある。
小さな頃、降り注ぐ流星に願いを乗せた事もあるし、眺めて綺麗だな、とぼんやりと思った事だってある。
ただ、それに想いだけは乗せたことは無い。
願う事は、成し遂げられないものを神に縋るもの。
想う事は、いつか成し遂げる事を宣言すること。
言葉を並べてみた所で似たようなものに変わりは無いが、僕自身はそう区別している。
成し遂げることまで星にあげてしまったら、今いる自分はでくの坊に等しくなる、と勝手に思っているからだ。
時々、あの人は星のように遠い存在みたいで届かないなぁ。なんて言う者もいる。
ただ、僕は誰かを星に例えたことは無い。
自分が偉大な人間であるかのように星座に当てはめるような真似はしたくないし、他人の事を崇めて天に召し上げる様な事もしたくない。
ただ、僕にとってそこにあるものというだけで構わないし、星の名前と星座になっている以上の意味を持たせたくない。
ましてや、気の良い付き合いの出来る彼女は、星でもなければ太陽でも月なんかでもない。
偶々、出会って話が合って。
ほんの少し、他の人より距離が近くて。
互いに遠慮がないだけの。
少々苦労人なだけの、僕の友人だ。
「で、俺の要望だけ言ったが、ナイターのゲレンデ滑ってみての感想は聞いてなかった。」
「満足か?」
「そりゃね。こんなに長い時間滑るなんて、そうそう無いから。」
「お前さんのバンドメンバーと一緒に居てもか?」
あのご令嬢が一言二言やりたい! と言えば、恐らく出来るのだろう。
既にわかりきった答えだったが、どうにか自分の心に折り合いを付けるために意地悪な言葉になってしまった。
「...ないね。まだ、だけど。」
「だろうな。」
阿呆臭い現実だ。
どうせ彼女の脳裏に残る記憶には、後に起こるであろうバンドメンバーとの日常で塗り潰されるのだろう。
だが、それでいい。
結局、どう起ころうとそれは彼女の出来事だ。
何を思い、何を大切にしようと僕には関係の無い事だ。
そんな事は知っている。
だから、その言葉を聞いた時に燻ったこの嫉妬は、子供の癇癪と一緒だ。
「なにさ、嫉妬でもした?」
隣の少女はそんな薄気味の悪い僕の心を見え透いているかのようにからかってくる。
本当に、察しがいい人だ。
「これ以上のイベントを毎日のように体験しているお前を労いたくなってきた。」
「なんか馬鹿にされている気がしてきた」
「今のどこにそう感じることができるんだ?」
僕は話をそらすように誤魔化しを入れる。これくらいが丁度いい。
互いにぶん殴ったら、音が出て笑える程度のこの距離で。自分にそう言い聞かせて、溢れそうになった意地汚い火をそっと心の奥にしまいこんだ。
「滑るのはもう疲れちゃったし、もう戻っちゃおっか。」
「...そうだな。流石にここまで居ると、冷える。」
「こういう時は中で味噌汁が1番なんだよね。」
「これが今をときめくJKの台詞かよ。」
「馬鹿にした?」
「しましたとも、待てやオイストックで腹をつつくな。」
「正当防衛でーす。」
「暴言での正当防衛なんざ賛否別れるだろうが。」
僕の制止も聞かずにつんつこと彼女は腹をストックでつついてくる。
急にされると結構ビビるんだからねこれ。
「で、戻る前になにかしたい事は?」
美咲はストックで僕のわき腹を刺すことに飽きたのか、再び雪の斜面に寝転がる。
「せっかくだから、アンタの見たいって言う星でも見つけるかな?」
「具体的に見たい星はないんだが。」
「え、それなのについてきたの?」
「悪いか? ……まてその変人を見る目をやめろ。」
「変人に変わりないと思うけど。」
ぐぅのねも出ないド正論を美咲に吐かれたところで、再びソラを見つめなおす。
やはり、雲のないソラをどれだけ見たところで、明日は寒くなるな、なんて思う程度。風情の一つも思い浮かぶことはない。寂しい心だ。
「じゃ、分かりやすい大三角でも探す?」
「そう簡単に見つかるかよ。」
同じように寝転がった美咲が白い息を吐きながら、こちらを見て提案してくる。
何度も述べるように、雲のない空で星を見ることは簡単だ。
だが、特定の星々を見つけるのは話が変わってくる。
「何の目印も無しに見つけられるか?」
「ざーんねん、星座の早見は出来ちゃうんだよね。」
「なんでそうピンポイントで出来るんだよ。」
見つけるのは難しいといった矢先にこれだ。恐らく、彼女は言うことも無いだろうがこれも彼女を振り回しているご令嬢のおかげなのだろう。
横にいる彼女にすれば、僕は何の変哲もない友人の一人にすぎない。だが、彼女はとっくの昔に笑顔のために飛び続ける宇宙船の乗組員。
僕の気味の悪い想いなど、彼女たちの星天航路の邪魔でしかならない。彼女の五線譜をなぞる様な周回軌道に僕などが乗ってしまえば、全てが台無しになってしまう。
せいぜい僕にできるのは、14光年先の惑星から静かに見守る程度。
人類よりも先にソラの旅へと飛び立った、ベルカとストレルカの見た同じ黒の空間の中で自らの鼓動を抑えながら、観測し続ける。
それが、僕の彼女に出来る役割なのだと。
「どっちの方がずるなのさ。」
「はい?」
適当に星を繋げて大三角だと呆けてやり過ごそうと考えていた矢先、突然の言葉に僕は思わず素っ頓狂な声で返す。
「あたしさ、付き合いの長いヤツの思うことに気づかない程、鈍感じゃないの。」
その言葉と瞳は、突如曲がった鉄砲玉のように突如として僕の事を真っ直ぐに打ち抜いてくる。
頬を真っ赤に染めながら、こちらを睨むように見つめてくるソレは、俺が心の底で望みながらも拒み続けた顔。
彼女は俺が進んでほしかった航路から、ズレた。
「……いつから?」
寒いはずなのに反比例するように体温が上がっていく。
自分の中で湧き上がっていた卑しい炎とは別の、もっと温かな炎。
「なんのことかさっぱり。」
さらり、と何事もなかったかのように美咲は流そうとするが、逸らせるはずがない。
「あ、見つけた。」
「嘘だろ?」
ほら、と美咲が指を指し、指の遥か先にある星を三つ、線で点を繋ぐようになぞる。なぞられた星々は、確かに嘘偽りない冬の大三角。
「ねぇ、これってさ、どっちの負け?」
いつかの夏のようにその答えを待つ笑みを浮かべた君は、また俺を狂わせる。
ああ嫌だ嫌だ。
答えなんてとっくに分かり切っているはずなのに、そっけなく聞いてくる。
訂正しよう。例え彼女の星天航路の邪魔であろうと、自分の想いだけは無意味にできない。
この先の航路は運命が嘘をつくように、行き先不明、前人未到のスイングバイ。
構うものか。
この想いは、この出会いは、この瞬間は。
星にだって、ソラにだって捧げなかった、俺だけが持つ唯一性なのだから。
だから、俺は隣のこの子が欲している言葉を温かいカイロ代わりに吐くことにした。
「俺の負けだ。」
星の繋いだ三角形は、綺麗な解を導いた。
読めた文ではありませんでしたが、目に留めていただき感謝いたします。