パーティーというのは憂鬱なもので、子供は家のメンツを守るための道具に成り下がる。俺も上流社会の被害者で、親のアクセサリー、家にとっての取引材料でしかない。感情を殺し、親の操り人形としてこなすだけ。
かくいう今日もクリスマスのダンスパーティーに出席するということで、タキシードに身を包んで慣れない革靴を履いている。向かう場所は若葉家ご令嬢、俺の婚約者が待つ部屋。もちろん、互いの親の取り決めでしかない。
「睦、来たよ」
彼女の部屋の前でノックして、俺が来たことを伝える。
「うん。今行く」
扉の向こうからの返答を確認し、ぶつからないように一歩下がる。
「お待たせ、トウマ」
数秒と立たず、彼女、若葉睦が部屋から出てくる。肩が大きく露出した赤い一枚布のドレスに身を包み、綺麗な髪は高めの位置でハーフアップ。これから行く会場にふさわしい格好に違いない。
「えっと……」
「なに?」
「ほらあれ……ドレス、似合ってるよって」
パートナーとしての義務として、一言目に姿を褒めてみる。自己採点をするとしても半分も行かない完成度。口下手にも程がある。
「ありが、とう。トウマも似合ってる」
「こちらこそ」
互いに褒めあった直後、流れ出す気まずい空気。話題を振ろうにも喉の半分ぐらいまで上がってきて、場の空気に押し止められる。
肺の中にある空気を全て吐き出して、少し噎せるぐらいに大きく息を吸う。脳内と場の空気をリセットして、改めてある言葉を口にした。
「睦、俺と踊って貰えませんか」
膝をつき、手を差し出す。
形式上の恋人だからこそ、外面にこだわる。伝える言葉にも、行動にも自分の意思はほとんど無い。
「はい、よろこんで」
薄い布越しに彼女の手から熱が伝わる。
「じゃあ、いこうか」
ーーーーーー
「人、多いね」
「まぁパーティーだし」
腕を組んでホールに来てみるとやはり人が多い。年が一番近くて大学生だろうか、少なくとも高校生は俺と睦以外いないのは場の雰囲気で察した。
曲が流れ、踊るペアは踊っているし、食事を楽しんでいる人もいる。正直、俺はどちらでもいい。
「睦、お腹減った?」
「……ううん、減ってない。けど喉は渇いた」
睦に聞いて、近くのスタッフに二人分のドリンクを頼んだ。時間的に乾杯の時間だし、案外ちょうどいいのかもしれない。
貰ったドリンクを持ちながら移動して、ホールの端、できるだけ人目に付かないところに落ち着いた。
「トウマは、楽しい?」
「うん。睦といられるから楽しいよ」
「……そう」
作った笑顔も楽しいなんて言葉も嘘偽り。作業に対しての感情なんて面倒以外の他にはない。笑顔も営業スマイルだし、吐く言葉に本物は1つも無い。
グラスも空になり、大人達にも見つかり始めた。面倒ごとを避けるために来たのに逆に目立ってしまっている。
「睦、改めてなんだけどさ」
「うん」
「俺と踊ってくれませんか」
先程の謳い文句を再度口にする。返答は変わらずはいの一言。俺は彼女の手を取り、ホールの中心部へと足を運んだ。
曲が始まると同時にステップから始める。前に、横に、閉じる。後ろに、横に、閉じて。睦の華奢な身体に手を回し、習った通りに身体を動かす。
「緊張、してる?」
「大丈夫だよ」
心配されているらしいが、生まれてこの方緊張という物を経験したことはない。ただ少し、この息苦しい空間に嫌気がさしてきた、ただそれだけでのこと。なのに呼吸は乱れ、心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「トウマ、私の声だけ聞いてて」
「……分かった」
言われたとおり、神経の大半を彼女の声に集中させる。飽きるほど聞いたこの声。感情の起伏があまりなく、AIにプログラムされたような声。
一曲二曲とこなしている内に身体は落ち着きを取り戻した。が、大事を取ってということで俺たちは会場をあとにすることにした。
「なんか、ごめんね」
「トウマは悪くない。謝るのは私の方」
謝られる筋合いはない。そう言って拒絶したいが、無理な話だ。
「トウマが嫌だって分かってるのに、私がいつまでもこのままでいるから」
「そんなことないよ。俺は睦といるのは楽しいし、嫌だなんて思ったことは一度もない」
「嘘つき」
二人しかいないからか、広い廊下に睦の強い一言が響き渡る。
ぼろを出したわけでもないのに、見破られる訳がない。親にだって、親戚にだってバレたことがない俺の嘘。彼女に、偽りの婚約者にバレるとは思わない。
「トウマ、私といるときはずっと嘘ついてるでしょ」
「そんなこと……」
「本当は私となんかいたくないんでしょ」
口にしちゃいけない。人形としてその言葉はふさわしくない。
頭で理解していても、身体は言うことを聞かなかった。
「はぁ……いたくないよ。つまらない」
だから人間は嫌いだ。すべきことよりもしたいことを優先してしまう道具は使い捨てられる。今の会話を親に聞かれたら最後、二度と自由はないだろう。
「うん。私もいたくない」
「だったらなんで」
「親に言われたからいたくない」
「なんだよそれ」
言っている意味が分からない。まるで親に言われなくても付き合っているみたいな言い方。親の道具としてしか存在価値がないのに、そんな自由にいられるのか。やっぱり、俺は彼女が嫌いみたいだ。
「トウマと踊るのは楽しいし、一緒にいても楽しい。だからあ、トウマにもそう思って欲しい」
「無理だよ。親に言われて一緒にいるんだから」
「だから、二人だけで踊りたい。親に言われたからじゃなくて、私がトウマと踊りたいから」
彼女が引き下がる様子は一切無く、いつのまにか手を引かれていた。
俺は抵抗することなく、彼女の部屋に連れ込まれた。何度か入ったことのある広い部屋。ひとまず落ち着いて、ということでソファーに座らされ淹れたての紅茶が入ったティーカップを渡された。
「飲んで」
「……ん」
急かされて一口。中身は少し渋めアールグレイ。砂糖も何も入っていない、俺の好きな味だった。
「落ち着いた……?」
「まぁ、多少」
「よかった」
一瞬、隣に座る彼女の表情が緩んだ気がした。普段はなにがあっても表情筋1つ動かさないその無垢な顔。だからだろうか、少しの変化でさえ目に留まってしまう。
「トウマは私といたい?親に言われたからじゃなくて、トウマがどうしたいか」
「俺は……」
「私はトウマと一緒にいたい。好きかは分からないけど、トウマと一緒に飲む紅茶、すごい美味しく感じるから」
そんなことを言われても、返事なんてすぐ出せるわけがない。好きだとか楽しいだとか、人並みの感情が俺にはない。道具として生きているのだから不必要。そう思って切り捨てて忘れてしまっていた。
「トウマが教えてくれるまで待つから、ゆっくり考えて」
「……ん。分かった」
「でも、踊るのは今すぐがいい」
スマホをスピーカーに接続して、二人だけのパーティーを始める。足取りは重くてぎこちないし、不格好そのもの。
でも今はそれでいい。彼女が望むなら、俺は彼女の人形になる。遊び相手の着せ替え人形、秘密を吐露する人形のお友達。言われるがまま、されるがままに生きていく。これが間違いだったとしても、気づく頃には今の俺とは違っていると思う。だからその時はその時の俺に任せて、今は睦の道具として生きてみよう。