秘薬のどこが好きなんだい。──僕? 『キマる』ところかな。

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→How do you like it?
 意味:お味はいかが。

参考
weblio英和辞典、研究社 新和英中辞典





答礼 How do you like it?

 

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「うわッ」

 

 ――がらがら、どん。

 事故の物音。驚いた雲羊鹿たちは、朝靄の中べぇべぇと鳴きながら飛び跳ねたり、何事かと現場を眺めたり、興味なさそうに青草を()んだり、各々の好き勝手に受けとった。

 

 事故の正体は、一匹の“二つ足の雄”が転倒したのだった。

 彼は両手に木箱を何段も、自分の身長をうんと越えるほど重ねて抱えていた。足元が見えないところを、転がっていた農具にひっかけてしまったのだ。木箱の角で体を打った本人は今、崩れた木箱の下でやりきれなそうにうめいている。

 それでも雲羊鹿はいつも通りに生活するし、急峻な山脈から日は昇って、朝靄はふんわりとたなびき、透けて見える空は青い。事故とはまったく関係なく、この土地の時間は進む。

 

 そして僕はというと、

 

「……」

 

 転がっている一つの木箱へ釘付けになっていた。なぜなら、とてつもなくいい匂いがするからだ。少しだけ蓋が開いてる木箱から飛び出した、小さな袋から。

 あの苦味が少なく舌触りは滑らか、噛みやすく口の中でほどけるやつ。

 秘薬である。

 

 あぁ、僕も『キマり』たい。

 “二つ足”によっては、薬を摂取した後、興奮したように謎のポーズをとる者もいる。あれは『キマって』いるのだと、僕は考察していた。そのステキな味を思い出して恍惚とすると、朝靄がぼんやりと薄くなっていった。

 

 そうだ、彼がひっくり返っている間に()ってやろう。屈んで小袋に触れると、しっとりとした重みに思わず僕の胸はわくわくと高鳴る。けれども、小袋を懐におさめようとした瞬間のことだ。

 なんだか妙な勘がはたいたのだ。なぜか手が動くことを拒否している。雷光虫に触れてピリッとしたとも、甲虫なんかに刺されてちくっとしたとも違う感覚だ。

 

 こんな妙な勘、長年生きてきて一度たりとも感じたことはなかったさ。僕が初めての感覚に戸惑うと、朝靄はにわかに濃くなった。誰にも聞こえないよう舌打ちをしたそのとき、農具の下で伸びていた“雄”はとつぜん動き出した。びくんと跳ねた足がフォークを蹴り、切っ先がしゅっと僕の肩をかすめる。

 

「ひょえ」僕の変身は思わずとけかけて、中途半端に鱗が浮いたり部分的に透明になったりと大わらわ。慌てて“二つ足”の形に化け直し、秘薬の小袋を拾ってやるふりをした。

 彼は「うぅむ」と唸りながら農具を押しのけ、のろのろ這い出てきた。

 

 身にまとっているのは、紫のくちばしと地獄耳を持つ黒狼鳥の(僕が住んでいる“社”の地域には住んでいないけれども、“森と丘”の地域では見ることができる)鱗や甲殻を加工したものだ。それから彼は右目が潰れていて、顔の半分くらいが黒い布で覆われている。 

 手負いの、やっぱり黒狼鳥を思い出させた。

 

 そんな身なりから考察するに、彼は“狩り人”だろう。その黒狼鳥の甲殻からは微かに、火と光と音を生み出す、いやな煙のにおいもする。なぜ狩り人の彼がこんなに大量の秘薬を運んでいるのか、僕には想像がつかなかったけれど、今はそんなことはどうでもいい。

 へたり込んだままの彼は僕を目にしたとたんに、そのしかめっ面がパッと明るくなった。

 

「ご協力かたじけない、移動疲れがひびいてしまって」

 

 なんて古めかしいものの言い方だろう。まるで、“古龍”に混じってもおかしくないくらいだ。彼はそう言いながら、体を直角に折るようにして何度も頭を下げる(この様子がまた、空腹の黒狼鳥が土をほじくるときのようだ!)。そのうちまた農具に頭をぶつけ、頭を押さえてうめいた。

 生真面目と不器用という二つの概念を、“二つ足”の形にぎゅっと固めたらこんな感じなんじゃないか。なんともへんてこりんな雄だ。

 

 彼はふらつきながら、鈍く黒光りする一枚の板きれを僕に見せてきた。「俺の名はこういうもので、ドンドルマから薬の納品依頼で来たハンター兼薬師だ。ギルドカードを渡そう」

 

 いぶかしみながらその板切れを嗅ぐと、迅竜の匂いがする。これは迅竜の鱗から作られているのだ! 悪趣味な自己紹介に僕は辟易し、ギルドカードとやらを押し返した。

 彼は何やら名乗っていたけれど、僕は心の中で勝手に「片目」と呼ぶことにした。

 

「貴方も見たところハンターのようだが、居つきの者か?」片目は訊ねてくる。

「ええと」僕は言葉選びに少し困った。そもそも、僕は別件でこの土地を訪れていたのだ。というかハンターでもない。身なりからそう判断されたのなら誠に遺憾だ。

「居つきなんかじゃないよ」なんとなく、むすっとした感じの返事になってしまった。

「“なんか”?」片目は左だけの目を細める。若草色の瞳はまるで射貫くようで、意外と目つきが鋭かった。

 

 僕が居心地の悪さに身じろぎしたとき、たまたま懐の中でころころと転がるものがあった。そう言えばこの村に来る道中、ある一匹の獣人(メラルー)が、僕の体に引っかかっていたマタタビをこれと交換してくれって、燃えないゴミを押しつけられたのだったっけ。

 どうでもよかったからその時はよく見ていなかったけれど、取り出してみると、それは真四角の形をしていた。六つの真四角がくっついていて、それぞれの面にばらばらの点が描かれている。

 獣人曰く、“二つ足”らはこれを転がして遊ぶのだそうだ。

 

 片目は、黒狼鳥が周囲に注意を払うときみたいに首を傾げる。「なるほど。居つきでないとなると」

 考える。さっき転がっていた木箱を思い出す。木箱と、この道具――サイコロの形はとてもよく似ていた。

「僕は……」とっさに嘘をついた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「故郷へ帰る手段とルートをサイコロで決める旅をしているのさ!」

「おぉ」片目は食い気味に身を乗り出した。「なんと運任せで無意味で、面白おかしき旅だろう!」しかも、わりと真に受けている。ばかだし、すごく失礼だ。

「そ、そうとも。運任せで無意味で面白おかしき旅だとも」自分で言っていて悲しくなった。

「もしかして、出目によっては故郷から離れたり」

「そんなこともあるさ」

「名所にほんの少ししか滞在できなかったり」

「そんなことだってあるとも」

「宿に泊まれず夜を乗り物の上で過ごすとか」

「あ、うん……そうだね……」いや、僕は君たち“二つ足”みたいに、何かに乗って移動するようなことは一度だってないのだけれど。

 

 適当に相づちを打っていると、片目はいよいよ本気になって意気揚々と立ち上がった。彼がひっくり返っていた時は気づかなかったけれど、彼の背は僕より一回りくらい小さい。

 黒狼鳥の防具をかちゃかちゃ鳴らしながら背筋をぴしっと伸ばし、僕を見上げて言った。

 

「薬を拾ってくれた礼を是非させてほしい。ついでに貴殿の珍道中談も聞かせてはくれまいか」

「礼? どんな」

「とっておきだ。俺のできる最上級の」片目はやっぱり小柄ながら、むすんと胸を張る。

 

 とっさの嘘が悪い方に転じたかと思いきや、これは、もしかしたら秘薬を分けてくれるかもしれない。最上級となれば……『いにしえの』銘付きとか。僕は思わず舌なめずりをする。朝靄はいつしか完全に晴れていた。

 

 そうしている間、片目は再び箱をうず高く積み上げようとしていた。おい、さっきはそれでコケたんじゃないか。痛い目を見たならせめて学習してくれないか。

 僕は慌てて制止して、一人と一頭で箱を運搬することにした。箱の隙間から強く香る、うまそうな匂い。

 

 軽い気持ちで踏み込んだことだけれど、なかなか複雑なことになってきた。すぐに秘薬を手に入れられないもどかしさと、この状況を俯瞰してちょっと面白がっている気持ち。

 腹の中で感情がぐるぐる渦巻いて、僕はこっそり牙をかちかちさせた。

 

 だって、仲間のなかでこんな経験できるのは僕だけなのだからね。霧や変化の能力を持っている僕だからこそだ。

 目の前でぴこぴこと揺れる片目のアホ毛を見ながら、僕はもう一度、こっそりと舌なめずりをした。

 

 

 

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「これで龍歴院のハンター殿の健康も保たれるというものだ、本当に本当にかたじけない……!」

 

 席に着くなり、片目は涙ぐまん勢いで僕に全力の感謝をした。何度も頭を下げたり(例の黒狼鳥的おじぎだ)、手を握ってきたり(意外と力が強かった)、さすがにハグ(青熊獣の得意な攻撃方法だけれど、なぜこいつが)は断った。

 

 片目が大量の秘薬を運んでいた理由は、ここ龍歴院――狩り人の拠点のひとつだそうな――へ運び込んで納める業務だったということだ。自分で摂取しちゃえばいいのに、一見無意味な、と思えるけれど、その代わりとして報酬が手に入るらしい。働きバチがハチミツを集めてロイヤルハニーをもらうような感じ、と考えれば納得がいった。

 

 これで大量の秘薬の謎が解けた――ってそんなことより秘薬だ! 片目に強く手を握られながら、僕は心の中で全力で叫んだ。秘薬の入った箱が渡されてしまったのだ。ここで僕が本気でひと暴れすれば奪い返すことはヤブサカでないけれど、それは色々と面倒すぎる。

 

 しかも最上級の礼というのは、器一杯の乳酪と肉、植物(“二つ足”らの言葉で“野菜”という)だった。今、僕たちは集会所と呼ばれる庭の席について、山のような食物を前にしているところだ。

 

「経費で『お食事券』を頂戴しているから、一人で食っても二人で食っても無料なのだよ。ささ、熱いうちに頂いてしまおう」

「熱いうちに……」食物を熱するなんて僕には無意味だ。熱いものを食うなんて、火山に住んで石を食う竜たちくらいだろう。僕は器のなかでとろとろと流れるあたたかな乳酪を見て、再びがっくりとした。

 

 彼ら“二つ足”の食への関心は食いしん坊の牙猪に勝るとも劣らない。本当に色々な種類のものを食べるし、変な習性として食物を様々なカタチに加工して摂取するというものがある。異常な種類のカタチに、だ。

 それらはもちろん手間と時間がかかるわけだけれど、なぜ“二つ足”らは食事に面倒な手順を踏むかというと、彼らの腸管が驚くほどヘナチョコだからだと僕は考察している。

 彼らは食物を加工しないと腹を壊す。加工することの利益うんぬんというより、加工しないことの不利益が大きすぎるのだ。というか、僕ががんばってもこれくらいまでしか考察できない。それくらい、加工はやっぱり面倒だと僕は思う。

 

 けれど、そんな無駄とも見える徒労で秘薬が生まれるのだから、彼らは有能なのか無能なのかよくわからない生き物だ。

 

 僕の思考などみじんも知らない片目は、食物に手を伸ばす前に(さかずき)を「一杯いかがかな」と、こちらへちょいとやった。

 

「それはなんだい」「酒だ」「酒かあ」

 

 サイコロをくれた獣人が、僕のあげたマタタビをかじって酔っぱらっていた姿を思い出した。

「遠慮しておくよ」なぜなら、秘薬を頂戴するのに思考が狂ってはいけないからだ。それにそもそも、酒の何がうまいのかわからない。僕はそんなわけのわからない汁よりも、秘薬でキマりたいのだ。

 

 僕が断ると、彼は「旅の途中だものな」と勝手に納得し、僕の杯をハチミツ入りの乳でいっぱいにした。幼心に戻れるような甘い匂い。

 そして、自分の杯を軽く掲げてみせた。

 

「旅の武運に乾杯!」

 

 僕は面食らってしまった。彼が何をしたのかを理解するのには時間がかかった。それは、挨拶だった。

 仲間同士の鎌鼬竜が、へらへらと自慢の鎌を見せびらかしあうほど調子に乗った感じでも、縄張りが隣りあう怨虎竜がにらみ合いながら槍を構えるような、剣呑とした感じでもない。

 遊びがあって、なのにさりげなくて、それでいてたくさんの意味を含んでいる。しかも、僕のまったく知らないような意味を。

 間違いなく“僕ら”にはない、そのささやかな仕草が、僕と彼との間にある絶対的な壁を浮き彫りにした。

 

 僕は、その僕にとって無意味な言葉を復唱する。「……旅の武運に乾杯」

 これでは鳥の鳴き声をまねて遊ぶ飛竜の子と同じだ。けれど、片目は目を細めて喜んでくれた。最初に会ったときの鋭い目つきは、今はすごく柔らかくなっていた。

 

 彼は杯を、僕の杯にこつんとやって一気にあおる。「くふー」と満足そうに息を吐き、僕に食物をすすめておきながら、自分は食物に向かって丁寧に両手を合わせた。「いただきます」と言った。

 あ、こいつ、また無意味なことをしてる。僕がじっと観察している間に、彼はようやく食物にありつきだした。

 

 乳酪じたいはとあるきっかけで口にしたことがある。嫌いじゃない味だった。器に並々と溢れんばかりの乳酪に、僕は匙を突っ込む。掬おうとして、片目に止められた。

 

「そうしたい気持ちも十二分にわかるが、チーズフォンデュはな、こうやって食うのだ」彼は串に刺した腸詰め(これもまた意味の分からない加工だ)肉を器にくぐらせる。乳酪をべっとりまとわせて、思いきりかぶりつき、「美味なり美味なり」とうまそうに咀嚼する。僕も同じようにやって、かじってみたら、これがちょっとイケる。

 互いに黙々と嚥下したところで、片目は「さっそくだが」と好奇心を宿した視線をこちらに向けた。

 

「酒の肴に、貴方の旅の話を聞かせてほしい。居つきのハンターの話も興味深いが、旅の者も喋る機会が滅多になくてな」

「あ、えぇー……」僕はまた言葉に詰まった。秘薬がないのなら、この際べつの薬だってかまわない。ここまで付き合っておいて手ぶらで帰るのは、僕のプライドに障るのだった。『キマる』ためなら嘘をついても何でもやってやろうと、この時の僕は思っていた。

「ここに来る前は何処に」片目は酒を傾けながら、語尾を上げる。

 

「ええと、サイコロの出目的に」僕は守護区域のことを思い出した。「ここから見て太陽が昇る方角にある地域の、社?」

「ほぅ!」片目はパチンと指を鳴らした。「大社跡か! となると、要所はカムラの里だろうか」

「うん? そうかも。そうかな」確かに守護区域の近くには“二つ足”らが固まって住んでいる。そこから来たと思われたのか。「お金と時間がなくてね、有名なところにはあんまり寄ってないんだ」僕は適当に嘘をついた。

 

「そうかそうか。俺の弟も以前、そちらの方へ出張に行ったことがあってな。いやはや、不思議な縁もあるものだ」

 

 片目は、植物の実を伸ばして焼いたもの(パンというらしい)をかじりながら感心した。彼の言いたいことを例えるなら、生息域の広い轟竜が同じ地域で鉢合わせするようなものなのだろうか。

 それが縁というかはさておきだけど、「理解できないような巡り合わせというのが存在するってことは、共感するよ」僕は相槌にそう付け加えた。

 

「実は、俺の出張も超低予算かつ時間制限つきでな。金と時間がないというのも、すごく共感する」うんざり顔になった片目は、数えるようにして指を一つずつ折る。

「このあと日が沈むまでに手続きを終えてドンドルマまで陸路で戻らねばならん。この村の観光などできやせんし、三夜連続車中泊は流石にこたえる」

 

 三夜連続車中泊、というのがどれだけしんどいものかは知らないけれど(だって僕なら住みかの社までひとっ飛びだからね)確かによく見ると彼は目の下に隈があったし、体全体から疲れが滲み出ているようだ。子育て真っ盛り中の飛竜の女王と同じ顔をしている。あんまり寝られていないんだろうか。

 

「ところで、少し変な話をするのだが」不意に片目は声を潜めた。

「先ほど、荷物を落としたあたりからモンスターの気配を感じるのだ。場所を変えてもなお着いてくる。しかも非常に近くに、だ」

「――!!」

 

 まずい! 正体がバレたか。僕はいまさら、彼が本当に狩り人だということを再認識した。冷静になってみれば、疲れてはいるけれど鋭い眼光や顔つき、何度も得物を握り続けてきたであろう硬い皮膚の手、なによりその引き締まった肉体の雰囲気から、彼がそれなりの前線をくぐり抜けてきたことがわかる。

 どうする、どうする。僕は思わず目線をきょろきょろと泳がせてしまう。目に見えないくらいの靄が立ち込める。焦ったときの僕の悪い癖だ。

 

「この気配――」片目の声がとつぜん低くなった。左側だけの若草色の瞳に、疑惑の念がゆるりと渦を巻く。僕は唾を飲み込む。

 その時、からんころんと雲羊鹿の首にくっついている金具の音がした。

 

「あぁ、ムーファがいっぱいいるからか」片目は拳を手のひらにぽんと打った。

 本当にこいつがばかで助かった。

 

「ご無沙汰してます! こんなところでお会いするなんて」

 

 金具の音とともに、丸い石ころがころころと転がるように可愛らしい声が僕に向けられた。

 黒髪黒瞳で、ただの““二つ足””の村娘。僕の正体に気づいていないけれど、僕にとっては訳あってかなり縁の深い(先ほどの轟竜の例のように!)人物だ。

 雲羊鹿飼いをやっている彼女は、空の籠を持って一匹の子どもの雲羊鹿を引き連れている。これが首に金具をつけてからんころんとやっていた。

 

 僕に怯えて娘の後ろに隠れている子ども雲羊鹿をよそに、僕はしらばっくれた返事をした。「久しぶり。仕事に精が出るねぇ」

「はいっ。集会所の厨房に、ちょうどチーズの納品をしたところです! お連れのハンターさんの召し上がってるチーズフォンデュも、実はうちで作っているチーズが使われているんですよ」娘はこの地域で咲く『星見の花』のような、素朴で可憐な笑顔を浮かべる。「よく美味しいって言っていただけるので、手間暇がかかるチーズ作りもやりがいがあるんです!」

 乳酪にくぐらせたパンをぽくぽく食べながら、片目はあっけらかんと言う。「こんな僻地に建つ龍歴院も、雇用を生み出しているということか」

 

 おい、僻地ってこの()に失礼だろ。僕は密かに牙をむいてフシャーとやったけれど、娘は「田舎なのは本当のことです」と顔を赤らめていた。

「失敬」娘の赤面を見て、片目はようやく過ちに気づいたようだ。「俺も貴女と同じく龍歴院に依頼されている身でな、支給品秘薬の納品に来ているハンター兼薬師だ」

 

「そんなお仕事をされているハンターさんもいるんですね。龍歴院って本当にいろんなところからハンターさんが来ますから、身分や考え方もたくさんあるのは当たり前のことです」娘は片目に提示されたギルドカードを見てうなずいた。そしてまた、笑顔になった。

「ようこそ、ベルナ村へ! ゆっくりしていってください」

 

 あ、また挨拶だ。僕は他人事のようにそんなことを思いながら、腸詰め肉をかじった。知り合いの娘という変数に矛盾しないよう、どんな風に嘘をついて対処しようかということで頭がいっぱいだった。

 娘は僕たち二人をハンターだと見なしたようで(僕はまったく違うのだけれど)、気を遣うように話題を振った。

 

「ハンターさんは薬師も兼業しているとのことでしたけど、この方は薬……ええと、特に秘薬について研究されているんです」

「なんと同志か!」片目は聞くなり、表情が明るくなる。「そんなことならば初めから言ってくれればよかったのに。薬学談義ができる御仁だったとは」

 

 マズい。危惧したとおり、ますます立場が危うくなってしまった。僕はしどろもどろになって話を合わせる。

 

「あぁ、そ、そうなんだよ……薬の話をできる人は少ないからねえ、僕からその話題を振るのはやめておいているのさ」

「わかる、わかるぞ」片目は黒狼鳥のついばみのように、ぶんぶんと大きく頷く。「そもそも学術的な話ができるハンターというのが少ない。学術に触れずとも狩りの世界で生きていけるが、知識を備えておくと見える景色も異なってくるものだ。人によって違う感覚があるからこそ、己と同じ視点を持つ者は大切にしたい」

 

 いや同じ視点もなにも、そもそも僕と君は種族が違うのだけれどねえ。僕は納得したふりをして、心の中で舌を出した。

すっかり置いてけぼりにされている娘は、会話の内容に小難しそうな顔をして首を傾げている。

 対して片目は一人で興奮し、杯を高く掲げてみせた。

 

「さあさあ本腰入れて薬学談義と洒落込もうか!! 貴殿は何が専門だ! 生理学か? 毒か? それとも麻酔か? 変わり種で火薬や刃薬というのもいいな!! (ちなみ)みに俺はハンターであるゆえ目につきやすい現場で実践できる基礎的な治療の分野をだな!!」

 

 本腰入れてって君、時間なかったんじゃないのかい。僕の心配をよそに片目は、卓上に何本も薬瓶を並べ始めた。毒々しいカラフルな液体が入っていて、「試作品」と大きく書かれている。めちゃくちゃ怪しい。そして魅力的。

 かわいそうな娘はすっかり圧倒され、端っこで籠を抱きかかえている。片目は「ちょっと落ち着いて」となだめる僕も視界に入っていないようだった。喋る相手を無視してどうするんだい。

 

「高レアな薬はハンター同士で譲渡することができないと定められているが商品未満の試作品は自分で使用することは認可されていても取引については制度がないのだ。これはグレーゾーンの取引ゆえ内密に頼むぞ!!」

 

 酔いが『キマって』きたのか声量もどんどん大きくなって、彼はもともとよく通る声なこともあり、徐々に集会所の視線を集め始めているのを感じた。こうなっては僕の正体も危うい。

「試作品かぁ、見せてほしいなぁ」グレーゾーンに足を踏み入れるしかなかった。警戒されないよう細心の注意を払って、僕はいつも歩くときのようにゆっくりと、席を立つ。

 

「あぁっと失礼ちょっと手が滑ったぁ!」

 

 そして、ハチミツ乳の杯を思いきり払いのけて片目に浴びせかけた。その隙に試作品を全てひったくって懐におさめる。その拍子に懐から何かが転げ出た気がしたけど、かまっていられず僕は地面を蹴ってその場から走り出した。

 走りながら(僕は走るときに、まるで盾蟹のような股になるのだ)お腹の下あたりに力を込めて集中すると、すっと僕の体は透明になって、靄が濃くなる。片目が席を立ったけれど、混乱しているのか追ってくる様子はない。

 僕は靄を切り裂きながら、ときどき肩越しに後ろを振り返って、全力で疾走した。

 

 

 

 靄が晴れるころ、片目は拳を手のひらにぽんと打った。「あぁ、知り合いの貴女を会話に混ぜられなかったから、彼は気まずくなったというわけかな」

「き、気まずいかはともかく」娘は困ったように眉を下げる。「あの方、いつの間にかあらわれて、いつの間にか消えちゃうんです。いつものことです」

「そうか。変わった御仁だな。まぁ、薬師なんて変人しかおらんからな」片目は直角に腰を折って頭を下げた。毛先の揃った黒髪が揺れる。「貴女に気配りできず、申し訳ない。周りを見ずに会話をするのは俺の悪い癖だ」

 

「ええと、じゃあ、少しだけいいですか」娘は目線を一度だけ、遠慮がちに端の方にやった。それから片目を見据える。片目の、娘に意見を促す沈黙を、彼女の黒曜石のように凛とした黒瞳が押し返す。「さっきのお話のことです。見える景色とか、同じ目線のこととか。わたしなりに考えてみました」

 

「同じ目線を、感覚を持つことはできないかもしれません。でも、抱いた感情は共有できます。嬉しいこと、悲しいこと、誰かに伝えたい想い。感覚は自分のためだけの閉じられたものですが、感情はひろがりを持つものだと、わたしは思うのです」

 

 娘は籠をにぎりしめる。編まれた蔓草がぎゅっと音を立てる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「だから、ハンターと、そうじゃない普通の人。狩りで負った傷の痛みをわたしが代わりに受けることはできなくても、狩猟を経て感じた想いは、わたしも分かち合えたらいいなって」

 

「ふうむ」片目は唸ると腕を組み、ややあってから口を開いた。「まったくその通りだ。貴女は聡くて、(つよ)いのだな」

 ほんのりと戸惑う娘に真面目な顔を崩さずも、片目は穏やかなまなざしになる。「邪推かと思うのだが、貴方にはハンターに大切な人をお持ちなのかと思ってな」

 そして、片目はクリティカルヒットの追い打ちをかけた。「例えば想い人とか――」

「あはっあはははははそそそそそそんなわけないですよやだなぁハンターさんったら!! あっチーズフォンデュ温めますか!? 温め直してきますねっぜひ温め直させてください!!」

 

 両手を顔の前で痙攣させるように振って否定を示すと、娘は乳酪の器をひっつかみ、翔虫もかくやの速度で一目散に厨房へと駆けていく。ちぎれた若草が飛び散った。

 

「……あとは、家族とか」取り残された片目は、所在ない台詞の締めを宙へ放った。

 

 高原の空は、ばからしいほどにやっぱり青い。事故とはまったく関係なく、この土地の時間は進む。

 卓上には放置されている小さなサイコロ。子ども雲羊鹿が、べぇ、と一言鳴いて、ハチミツ乳の匂いがする片目の手をしゃぶり始めた。

 

 その手首に結えられている地味な腕飾りが、『盗み無効』という効果のお守りだということを――僕が知ることはない。

 

 

 ■━■━■━■━■━■

 

 

 

「――以上が、出先で起こった不思議なできごとだ」

 

 ころりと卓上を転がるサイコロから、若草色の瞳が視線を上げた。片目ことハンター兼薬師の彼は、名前をメヅキという。今はホームであるドンドルマのボロ事務所で、のんびりと依頼の報告をしているところだった。

 

「とにかく、俺一人でも支給品秘薬の納品依頼は完遂できたさ。安心してほしい」

「そら龍歴院の子から連絡もらっとるがな。それより騙されやすいアンタがスリなんかに遭わへんくてよかった。師匠から借りたお守り、効いたんとちゃう」

 

 得意げなメヅキの向かいでは、髭面をしわくちゃにした中年の男が、酒のボトルを弄んでいる。ドンドルマハンターズギルドの騎士(ギルドナイト)、愛称オズことオズワルド・ベイリーだ。

 今は仕事終わりのオフモード。方言が強いこと以外は、この洛中で暮らすジジイとまったく変わらない。 

 

「お守りのお陰かもしれんが、俺がじゅうぶん注意していたからな。あの旅人がいてくれたから、秘薬を盗まれることがなかったのかもしれん」

「人付き合いが苦手なアンタに騙す以外の理由でひっつくなんて、相当なもの好きか阿保か」オズはボトルをきゅぽっと開けた。「あとは人外しかおらへんわ」

「何者であっても関係ない。助けてくれたから当然の礼をしたまでだ」

「なぁんや。対人スキルが改善したんやのうて、ただの奢り癖があるだけかいな。程々にしとかんとパアッと金飛ぶで」

「金を撒いて人が寄るなら、それはそれでかまわん。ただ俺が集めるとしたら人ではなく、本を所望する」

 

 額に手を当てて呆れるオズとは離れた席で、もう一人の青年が唸りながらモンスター図鑑を漁っていた。分厚い資料の山から、癖毛をぴこぴこと揺らして姿をあらわす。

 

「そのハンターの防具ね、『紫色で鱗のような皮、服のようなデザイン』って特徴からはこんなモンスターが該当するんだけど」

 

 二人に伝えたいのか自分に言い聞かせているのか、ぼやきながら近寄ってくるのはメヅキの双子の弟、シヅキだ。以前にカムラの里へ出張に行ったというのが彼である。

 元・素材屋でモンスター素材への造詣が深い彼は、数冊のすり切れたモンスター図鑑をまとめて開きながら、次々とモンスターの候補を挙げていく。

 

「ロアルドロス亜種、チャナガブル、あとはぎりぎりでジャギィもヒットして……ゲリョス亜種は防具のデザインがちょっとゴツすぎるかな」

 普段よりも生き生きと喋るシヅキに、オズは「さすがやねぇ」とのんきに笑って、二つのグラスに酒を注ぐ。対してメヅキは渋い顔をした。

「うーむ、どれも異なるな」

「じゃあコレかな? ちょっと信じがたいけど」

 

 モンスター図鑑をたどるシヅキの指が、巻末近くの一項で止まる。兄の片目が見開かれた。「おぉ、これだ」

 

「「――《霞龍》オオナズチ」」

 

「ってことは、君が出会った流浪のハンターはオオナズチ……つまり古龍を狩れるほどの実力があった」シヅキは注がれたグラスを口元まで持ってきて、止める。「しかも防具を作れるくらい、何頭も」

「ちょい待ちや。ギルドに登録しとるハンターなら、それくらいエラい実力持っとる奴の居所は把握済みや。ウチの覚えとる限り、その中で、ベルナ村で飯を食っとった奴はおらへんよ」

 

 オフモードと言いつつオズは、「時間外営業案件かいな」とギルドナイトの顔つきになっている。へらへらしている割に根っからのベテラン騎士なので、ハンターズギルドが絡んだ話題になるといつもそうだ。

 

「メヅちゃん。そんなハンター、ほんまに存在したんか?」

 

 低い声でオズに問われ、うぐ、とメヅキは喉を詰まらせたような声を洩らした。「は、はぐれハンターかもしれんぞ」

「はぐれハンターが、のこのことギルドに行くかなぁ〜」かつて自身もはぐれハンターだったシヅキが、酒を傾けながら悪戯っぽく笑った。無論、メヅキも同じくである。

「俺が無理やり飯に誘ってしまったのか」

「君に接客なんて無理なんだよ、一生薬作っとけ」

 

 露骨にしょんぼりとしたメヅキを、弟は「くははは」と雑に笑い飛ばした。グラスを一気にあおって「くふー」と息をつくと、くるりと椅子の上を回転してオズの方へ向いた。

 

「それから、こいつは対人が苦手なんじゃなくて、むしろ嫌いじゃない方で、ただただ下手くそなだけなんですよ。一方的に喋ったり、相手の様子をうかがわなかったり」

「はぁ〜!?」メヅキは音を立てて椅子から立ち上がった。すっかり酔いが『キマって』いる。「お前こそ、ここぞというタイミングで照れたの嫌な気持ちにさせたくないのと黙ってこれまで商機を逃したことが何度あったか知らんが薬師は命を背負うゆえズバッと言わねばならん機会が多くてだな!!」

「君の速射、狩猟のときこそ輝くんだけどねぇ~」

「やかましいわ!! だいたいお前も、先日の卵納品で変なハンターに絡まれていただろうが!」

 

 オズは頭上で胸ぐらを掴みあう兄弟を見やることもせず、けだるそうに酒瓶に口をつけた。

 

 

 

 さて、このハンター兼薬師の青年が出会った人物は、試作品をかすめたあと一体どうなったのか。

 それはまた別の話。

 





あとがき
【挿絵表示】


許可を下さった作者様には感謝を。
読了ありがとうございました。本編『黄金芋酒で乾杯を』も引き続きご賞味ください。

参考
モンスターハンター大辞典wiki【https://wikiwiki.jp/nenaiko/
MHXX装備画像一覧 ミヅハ/トヨタマシリーズ【https://mh-equipments.net/mhxx/mizuha_cham/

モンスターハンターXX Switch ver.



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