夢を持てない男も異世界から来るそうですよ?   作:shoshohei

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な、なんてこった……。なんとかこの話で纏めようとしたら一万字超えかけるなんて……。
ちょっと反省ですね。

感想・批判を下さった方々、または評価をしてくださった方々には感謝をしております!
これからもこの作品を見て頂けると幸いです!



罪深き森の王者

「一刻ほどで戻ります! 皆様は箱庭ライフをご堪能くださいませ!!」

 

 そう告げて髪を緋色に染めた黒ウサギは、弾丸の如き速さで行ってしまった。

 あっという間に巧達の視界から消え去ってしまった彼女を見て、飛鳥が感心したように呟く。

 

「……箱庭のウサギは随分速く飛べるのね」

 

「ウサギは箱庭の創始者の眷属。身体能力などもそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせています。彼女ならば、きっと〝世界の果て〟に行ってしまったもう一人の方を無事連れて来てくれるでしょう」

 

 飛鳥の呟きに答えたのは、丈に見合わない古臭いロープを着こんだ緑髪の少年だった。

 巧の説得に黒ウサギが尽力している間に逆廻十六夜が『ちょっと世界の果てを見てくるぜ!』とかなんとか台詞を残して断崖絶壁を超えて行ってしまったので、怒りに震えた〝箱庭の貴族〟と呼ばれた黒ウサギは、その激怒の力で髪を緋色に変え、彼の後を追って行って以下略なのである。

 その時に巧達を預けたのが、この目の前の少年なのだ。

 

 こんな小さいガキもメンバーってか? まさかコイツにもその『ぎふとげーむ』ってのをやらさせてるんじゃねぇだろうな。

 

 先ほどの会話からしてもそうだが、巧は黒ウサギ及びそのコミュニティに猜疑心を募り始めた。

 何故だか露骨に自分たちをコミュニティとやらに入れたがるものの、しかしコミュニティの名前やら実態やら現状やらは全く触れようとしない、触れさせようとしない。胡散臭さ満点である。

 この調子なら、子供を他所から攫って無理やり働かせてます、なんて黒いところも出て来そうだと巧は想う。

 

「初めまして。コミュニティのリーダーであるジン=ラッセルです。今年で齢十一歳になったばかりの若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

「久遠飛鳥よ。そこの猫を抱えてるのが」

 

「春日部耀」

 

 何の反応も示さずに普通に挨拶を返した二人に、巧は素で驚いていた。

 まさかこんな子供がコミュニティのリーダーをやっているという事実にも驚きだが、それに対して少し反応がなさすぎではないだろうか。

 

 お前らの感性どうなってんだ。なんでそんなに反応薄いんだよ。

 

 そんな言葉が一瞬喉まで出かかったが、もはや巧としてはツッコム気にもなれなかった。ここまで自然に流されると、まるでこちらが変な感性を持っているように思えてきてしまう。

 

「それでさっきから不機嫌そうな顔をしている、そこの男は」

 

「不機嫌そうな顔で悪かったな」

 

「言われるのが嫌なら少しは楽しそうな顔でもしていたらどう?」

 

「この顔は生まれつきなんだ、余計なお世話っつうんだよ」

 

 

 最初のやり取りが後腐れがあったのか、事あるごとに突っかかってくるお嬢様の言葉に不機嫌そうに返す。

 そうしていても埒が明かないので、巧は舌打ちをした後にジンに向き直る。苛立ったままの視線を向けられた少年は、僅かに強張った。

 

「……乾巧だ」

 

「は、はい! どうぞよろしくお願いします!」

 

 ぺこりと行儀よく頭を下げる。

 その仕草が、どこか『アイツ』を連想させる礼儀正しさで、少しだけ懐かしくなった。

 軽い自己紹介を終えた後、ついに耐えきれなくなったのか飛鳥が急かす。

 

「さ、それじゃ箱庭の中へと入りましょう。まずはそうね、軽い食事でもしながら話を聞かせてくだるかしら」

 

 胸を躍らせているかのような笑顔でジンの手を取って、外門と呼ばれる門を一足先に潜って行った。

 巧は思わずまだまだガキだと思わざるを得ない。自分だって大人かどうかは怪しいくせに。

 ため息を零しながら、彼は後ろを付いていった。

 

 

 

   

 

 

   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■

 

 

 

 門を抜けた巧達を迎えたのは、頭上を天幕で覆われているはずなのに、堂々と見栄えた太陽から発する陽光だった。外から見たときには中は確認できなかったのに、なぜか中側からは太陽が見えたのである。

 

 これにはさすがに驚いた。

 巧だけでなく、皆一様に不思議そうに天を見上げる。しかしなぜ天幕で覆っているのだろうか。

 

「箱庭を覆っている天幕は内側からは不可視になっているんです。その天幕は、太陽光を浴びることができない種族の為に作られたものですから」

 

 皆の疑問を肩代わりするようにジンが捕捉する。

 なんでも彼がさらに続けていった言葉によれば、この箱庭には吸血鬼が常識的に存在しているらしい。神様がいるのだから不思議ではないだろう。

 この調子だと、この世界にオルフェノクがいてもおかしくはない、などと洒落にならならないことを巧は一瞬思った。笑えなさすぎる。

 しかし仮にいたとしても、元の世界――地球でただでさえ生存率が低かったのに、こちらの世界ではさらに激減していそうだ。なにせ神様がうじゃうじゃいるらしいのだから。

 

 しかし今は考えることではあるまい。バカらしくなった思考を巧は頭を左右に振って振り払った。

 

 と、思考の海に没頭して気付かなかったのか、ジン達がなにやら六本の傷が入った旗を掲げるカフェテラスへと入っていったのを見かけて、少し慌てて店内へと入る。

 純白のテーブルと椅子に、皆が腰を落ち着けると置くから何と奇怪なことか、エプロンを付けた猫耳の少女が出てきた。もはや驚きもしない。あまりにも非日常に慣れてしまっている。

 

「いらっしゃいませー。ご注文はいかがいたしますかー?」

 

「えーと、紅茶を三つと緑茶を一つ。あと軽食にこれと――――」

 

「紅茶は一つは冷たくしてくれ。温めたのはいらない」

 

「「「え?」」」

 

「はいはーい。ティーセット三つで、その内の紅茶の一つはアイスで。少々お待ちくださいねー♪」

 

 鍵のような尻尾を揺らしながら店員が引っ込んだ。三人と一匹の視線が男に注がれる。

 

「……何だよ」

 

「……え、いえ。ただなぜそのような注文を……」

 

「別に何だっていいだろ」

 

 突き放すような態度を取る巧。

 どうやら追及されたくないようなので、ジンは申し訳なさそうに引き下がったが、その無愛想な態度はどうやらお嬢様気質の少女には気に食わなかったらしい。飛鳥は口を尖らせて巧に喰ってかかった。

 

「ちょっと、その言い方はないんじゃないの?」

 

「どう言おうが俺の勝手だろ」

 

「もう少し愛想よく会話という物ができないのかしら。貴方には相手に対する考慮というものが足りていないわ」

 

「余計な御世話だ」

 

「……ねえ、なんでそんな言い方しかできないの? そんなことでは誰とも上手くいきっこないじゃない」

 

 段々と厳しくなる少女の叱責も、関係ないとばかりに巧はそっぽを向いた。

 その態度にますます機嫌を悪くした飛鳥は更に捲くし立てようとしたのだが、注文の品が来たことで遮らてしまう。

 今まで外野で見ていたジンは、ヒートアップしそうな雰囲気に嫌な予感を感じ、その隙をチャンスと見たのか宥める様に笑みを浮かべる。

 

「ま、まぁまぁお二人とも落ち着いてください。せっかくこれから一緒にやっていくんですし、ほら、今はゆっくりと話しましょう」

 

「おい、俺は落ち着いてるぞ」

 

「別に私も特段興奮してはいないわ」

 

 鼻を鳴らしてそれぞれの品を取る二人。そのそばのジンは、乾いた笑いしかでてこなかった。

 

 もう、勝手にすればいいじゃない。どうせ元の世界でも友達がいなかったんでしょ。

 

 巧が聞いたらまたも口論に発展しそうなことを内心思いながら、飛鳥は口内に広がる紅茶の甘味で心を落ち着かせた。

 それを傍らで見ていた春日部耀は、不思議そうに巧の横顔を見つめる。

 

 この人、理解されようとしてないのかな? しかも、どこか悪ぶってるところがあるのかも。

 

 そんなことを想いながら、耀は甘い紅茶が上手いのか、どこか嬉々として口に運ぶ横巧の顔をマジマジと見つめた。

 

「……何見てんだよ」

 

「……別に」

 

 酷く冷めた紅茶を機嫌良さそうに呑んでいた巧が、ジト目で睨む。少女はすぐに興味なさげに、膝の上に乗っかっている三毛猫に視線を移した。

 

「じゃあ見んな」

 

「別にいいじゃない。貴方に指図される筋合いはない」

 

「……そうかよ」

 

 チッ、と舌打ちをして紅茶を喉に入れる。

 何か膝元でニャーニャー猫が騒いでいる気がしたが、猫語など分からないので巧は無視した。なぜかその三毛猫に話しかける少女が酷く不可解だが。

 

 あー、ウザッてェ。なんでこんなところに来ちまったのかな。

 

 速くもこちらの世界でのギスギスした人間関係に嫌気が射している――自業自得なので擁護は不可能――と、そこで身の丈二メートルはあろうかというピッチピッチタキシードを着た悪人面をした男が、横合いから薄気味悪い笑みを浮かべながらいきなり現れた。

 男の取ってつけたような笑みを見た瞬間、ジンの笑顔が一転して不快そうに歪む。

 

「……ガルド」

 

「おーおー、なんだなんだ? 何時から最底辺コミュニティ〝名無しの権兵衛〟のリーダージン=ラッセルくんは、俺を呼び捨てできるほどになったんだ?」

 

「……僕らのコミュニティの名は〝ノーネーム〟です。それに今やこの近辺を荒らし回る獣となり果てたかつての守護者に、僕は敬意を払おうとは微塵も思いません、〝フォレス・ガロ〟のガルド=ガスパー」

 

 男――――ガルド=ガスパーは少々尖った犬歯が飛び出ている悪人面で、ジンの言葉を鼻で笑った。

 男の言葉からコミュニティの名前らしき単語が飛び出したことに、紅茶を呑みながら巧は僅かに反応を見せる。ピクリと指が僅かに浮き上がった。

 

「ハッ、それをお前が言えた義理かよ。過去の栄華に縋り、今や黒ウサギに奔走させている亡霊が。コミュニティの誇りである名と旗を奪われ、それで尚且つお前の我儘でコミュニティを苦しめているお前が、一体どの面下げて俺にそんな態度を――――」

 

「ハイ、ストップ」

 

 嫌悪感の上昇を肌で感じ取ったのか、飛鳥が手で制しながら割って入った。

 

「貴方達の仲が悪いというのはよくわかったわ。その上で質問したいのだけれど――――ジンくん。ガルドさんが指摘しいる私たちのコミュニティの現状……説明していただけるかしら?」

 

「……それは」

 

 言い辛そうに口籠るジン。

 巧も自身が一番知りたかったことなので、視線だけをジンへと向ける。

 その横で、ガルドが嫌らしくニヤニヤと笑っていた。それを見た巧の眉間に、僅かに皺が寄せられる。

 

「よろしかったら私がお話しましょうか? レディ」

 

 紳士ぶって来やがった、この似非紳士。

 

 巧が率直に思った言葉がそうであった。

 しかし現状、ジンが素直に話すとは思えないので一番の情報源はガルドしかないのもまた事実。巧としては相当に嫌だが、この男に聞くほかあるまい。

 もしかすれば本当にブラック企業顔負けの実態が浮かび上がってくるかもしれない。

 巧と同じ意見なのか、飛鳥は一瞬顔を顰めて、無表情の物とした後に頷いた。

 

 それを了承と受け取ったガルドは、嬉々とした表情で語りだした。

 

 

 

 

 

 

   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■

 

 

 

 ガルドが語るには、まずこの箱庭でコミュニティを設立するためには『名』と『旗印』を申告しなければならない。特に旗印はコミュニティの領土を示すために必要な物なのだとか。

 例えるならば、今いるこのカフェは〝六本傷〟というコミュニティの領土であるらしい。

 

「あら、その理屈でいくとここの近辺は貴方達のコミュニティの支配下、ということかしら?」

 

 飛鳥の言葉に満足気に頷くガルド。

 彼の胸に刺繍された同じ文様が、旗となってあちらこちらに飾られている。それを聞いた巧は、素直に感心した。

 小物臭全開の悪人面の男で、それを裏切らない性格をしているが、どうやら口先だけの奴ではないらしい。

 

「さて、ここからがレディ及びジェントルメン達の問題です。貴方がたが入ろうとしているコミュニティは、数年前まではこの東区画最大手のコミュニティでした。リーダーも、今のような頼りない者とは違ってそれはそれは尊敬に値する人物でした」

 

 ガルドが先代を持ち上げ、如何にジンが矮小かを示すように嫌味を込める。

 自身への酷評にも侮辱にも似た言葉の暴力を、ジンは俯き、ただロープを握りしめることだけしかできなかった。

 ガルドは嗜虐心に満ちた双眸でジンを見やると、話題に戻る。

 

「しかしそんな彼らも過去の栄華。その栄光は一瞬にして散りました。そう、彼らは目を付けられた、そして滅ぼされちまったんですよ。この箱庭に置いて〝天災〟と称される奴ら――――魔王にね」

 

「魔王? なんだそりゃ。漫画かなんかじゃあるまいし」

 

 ここにきて、巧が初めて声を上げた。よほど疑問に思ったからの行動だった。

 飛鳥と耀も同じように思ったのか、僅かに同調するように頷く。

 

「魔王と言っても、貴方がたが想像するような物ではありませんよ。奴らは〝主催者権限(ホストマスター)〟と呼ばれる特権階級を使う修羅神仏で、本来両者の合意で成り立つはずのギフトゲームを強制的に行わさせる天災。奴らは暴風雨のように目に付いた物全てを薙ぎ払い、容赦なく破壊の雨を撒き散らす」

 

 だからこそ、この箱庭において天災と称される。それが〝魔王〟である。意志のある災害と言ってもいいだろう。

 

 ようはヤクザとやってること変わんねぇじゃねぇか。ソイツらよっぽど暇なんだな。

 

 魔王を知る者が聞けば誰しもが耳を疑うであろう感想を抱く巧。彼には魔王の凄まじさは、実際に目撃しなければ実感できないのだ。自身が死んだと確信できたのが、彼の姿が変幻した所を目撃したように。

 巧の中では、魔王とは即ちヤクザ及びオルフェノクとやってることや思考回路は変わらない奴らと言う結論で納得された。すなわちはた迷惑な奴らである。

 しかし数多の修羅神仏が集う世界に置いて天災などと称されるとは、それほど恐ろしい存在なのだろうと、巧は己で自己解釈した。

 

「大体わかったわ」

 

 飛鳥が得心がいったように、手に持っていたカップを置いた。

 つまるところ、ジン達は自分たちのコミュニティには旗もなく、名もないほぼコミュニティとして機能していると言っていいのかどうかすら分からない状態であることを必死に隠していたわけだ。

 名も旗もなければどこのコミュニティにも信用されない。そんなコミュニティには誰も入りたがらない。だから隠していたのだろう。

 さすがに隠し通せるとは思っていないだろうが、少なくとも巧達が入るまでは隠したかったのであろう。

 

 その話を聞いた乾巧は、拍子抜けした。

 てっきり子供に鞭打って働かせている利益を得ている下衆なコミュニティかと思っていたが、どうやら彼らは働き手が少なすぎて子供しかいません、なんてこともあるかもしれない。

 ハッキリ言って隠しごとをしていたのかどうかは巧にとってはどうでもいい。

 裏切られるのは、慣れていることだ。

 

 それよりも、この嫌らしい笑みを浮かべる目の前の似非紳士の方が次の巧の不信感を掻きたてた。

 それを代弁するように飛鳥が問う。

 

「それで? 懇切丁寧に説明してくれたガルドさんは、どんな腹積もりで声を掛けてくださったのかしら」

 

 飛鳥が少々棘のある言い方でガルドに鋭い視線を向ける。彼女は根本的にガルドのことを毛嫌いしているようだ。

 しかしガルドはおどけた様に肩を竦めて、

 

「腹積もりだなんて滅相もありません。私はただ、貴方達を黒ウサギ共々我らのコミュニティにお迎えしたいと思っていただけですよ」

 

「何を――――!」

 

「黙れジン=ラッセル。俺はこちらの方々に聞いてんだ」

 

 ジンが思わず立ち上がる。

 しかしガルドが一睨みしただけで、彼の気勢は削がれてしまった。怒気の孕んだ表情から一転、貼りつけたような営業スマイルでガルドは応じる。

 

「それで、どうですか皆さん。返事は今でなくとも結構です。外界から召喚された貴方達には三十日ほどの自由が約束されている。よくご検討なさって――――」

 

 

「――嫌だね」

 

 間髪いれず、拒絶。その意志の持ち主は、見紛うことなく乾巧だった。

 思わず固まる空気。今の今まで特に口出しもしなかった巧が口火を切るとは思わなかったのだろう。皆が動きを静止させていた

 巧はそれだけ言うと、残り少ないカップに口を付けた。彼は答える気はなかった。興味は既に、目先の紅茶に映っている。

 あまりに一方的な回答に、茫然自失のガルド。一拍を置いて我に帰ると、取り繕ったように咳払い。次いで問う。

 

「し、失礼ですが理由をお聞きしても?」

 

 巧はカップを置いた。

 

「アンタの面が気に食わないから。俺が小学校の時に、勝手に黒板係にした奴と同じだ」

 

 空気、再び硬直する。

 唖然とする周囲の者たち。ガルドはその断られた屈辱からか、口の端を痙攣させている。まさか、そのような至極くだらない理由が拒絶の根源だとは、夢にも思わなかった。

 飛鳥も唖然とする中の一人だったが、何を想ったのかクスリと笑って口火を切る。

 

「そうね、そこの男に同調するようで大変不本意なのだけれど」

 

「おい、不本意なら言うなよ」

 

「私もジンくんのコミュニティで間に合ってるわ。私久遠飛鳥は、裕福な家も、約束された将来も、大凡他人から見たら……こんな言い方はしたくないのだけれど、『幸せ』と思える物全てを捨ててここへ来たの。たかが一地域を支配している組織の末端として迎え入れてやる、だなんて慇懃無礼な誘いで満足するはずがないの。少なくとも、私はね。春日部さんはどうかしら?」

 

 言いきると、飛鳥は今まで押し黙っていた耀へと視線を向けた。

 

「……別に。私はここに友達を作りに来ただけだから、どこでもいい」

 

「あら、なら私が友達一号に立候補してもいいかしら?」

 

 無言。僅かな逡巡。その間に正装の少女の姿をマジマジと見つめた耀は、小さく笑って頷いた。

 

「……うん。飛鳥は私が知ってる女の子達とはちょっと違うから、平気」

 

「そう、良かった。貴方も友達になる?」

 

 飛鳥は小さく、少し気恥ずかしそうに笑った後に巧へと声を掛けた。

 彼はぶっきらぼうに、

 

「お前みたいな奴と友達になんて死んでもごめんだね」

 

「あらそう。別に良いわ、そんなに一人でいたいのならね。それにこっちから願い下げだわ」

 

「絶対巧って、前の世界で友達いなかったよね」

 

「それはあり得そうね。大方、小さい頃なんていつも一人ぼっちだったのでしょう。……可哀相に」

 

「ぼっちだったんだ。……かわいそう」

 

「人を憐れみの目でみてんじゃねェ!! あとぼっち言うなッ!!」

 

 さっきの話はどこへやら、リーダー達そっちのけで盛り上がる三人。

 全く相手にされなくなっていたガルドは、そろそろ怒りの許容量が越えそうなのか、両腕を震わせながら割って入った。

 

「お、お言葉ですが」

 

黙りなさい(・・・・・)

 

 少しでも反論をしようとしていた口が、少女の一言によって勢いよく閉ざされた。

 皆が驚きで硬直する中、少女の異様に透き通った様な声だけが響く。

 

「貴方にはまだ聞きたいことがあるの。そこに座って(・・・・・)私の質問に答えなさい(・・・・・・・・・・)

 

 少女の言葉に力が宿る。

 彼の本質的なところから見て、齢二十歳にも満たない少女の言葉に大人しく従うとは思えない。現にガルドの表情は、驚愕と屈辱で塗りつぶされている。それでも言うとおりに従って、ガルドはそのままイスに腰掛けた。

 巧は両の目を大きく開きながら、ゆっくりと少女へと視線を移す。これが黒ウサギも言っていた〝ギフト〟という力なのだろうか。

 

「まず一つ目ね。貴方はこの地域を『両者合意』の上で支配したと言っていたけれど、私はギフトゲームは〝主催者(ホスト)〟と挑戦者がそれぞれチップを掛けて行うものだと聞いていたわ。ジンくん、それでコミュニティそのものを賭けるゲームなんてあるのかしら?」

 

「か、かなりのレアケースですが、稀に…………」

 

「そうよね。箱庭の外界から来た私でもそんなことは分かるわ。だからこそ〝主催者権限〟を持つ魔王は恐れられている。でも不思議よね? なぜその特権を持っていない貴方が、貴方の言う両者合意(・・・・)のはずのゲームで、コミュニティを賭けたゲームを続けられたのかしら。――――教えてくださる(・・・・・・・)?」

 

 ガルドの歯が、逆らおうとカチカチと鳴る。

 しかし意思に反して、体が勝手に動く。恐らく彼女のギフトは、相手を従わせるギフトなのだろう。

 彼の鋭い牙に塞がれた口が、開く。

 

「……きょ、強制させる方法は簡単だ。一番簡単なのは女子供をさらうこと。それでも応じない連中は周辺のコミュニティを従わせてからゲームをせざるを得ない状況に追い詰めていく」

 

「そう、中々堅実ね。それで? そんな風に吸収した部下たちは貴方達に従ってくれるのかしら? 内部崩壊を起こすのがオチではなくて?」

 

「各コミュニティから数人づつ、女子供を人質を取ってある」

 

 皆の顔が一変して苦々しげに歪まれた。巧も同じくである。

 予想はしてはいたが、どうやらもっとどす黒いのはジン達のコミュニティではなく、ガルド達のコミュニティであるようだ。

 

 これでは、なんらオルフェノク達とやり方が変わらない。

 人間を襲うオルフェノク達は巧などのオルフェノクや人間を駆逐するために、ただ闘わず、人間として静かに暮らしていきたいだけのオルフェノク達を脅迫して刺客として送り込む手段を用いることもざらである。

 

 今の幸せな生活を、家族にお前の正体を明かさないでおいてやる。家族を傷つけないでやる。だから自分たちに協力しろ。そうすれば、自分が化け物だと愛する人に知られないで済むぞ。家族を守ることができるぞ

 

 その類の甘言で誑かして、突如として親切だった人が襲いかかってくることだってあった。ガルドは、今まさしく同じ類の行動を起こしている。それと同等のことをしている。

 皆の中で人一倍嫌悪感を剥き出しにしている飛鳥が、感情を抑えた声音で問う。

 

「その人質に取った人達はどうしたの?」

 

「もう殺した」

 

 

 コイツ、今なんていった?

 『もう殺した』って言ったのか? じゃあ、もうその人たちは。

 

 巧は、怒りを感じるでも悲しみを感じるでもなく、とてつもない喪失感と脱帽感を感じていた。言い知れぬ悪寒が場を支配し、その者たちの口を塞ぐ。

 しかしガルドだけが、命ざれるままに言葉を紡ぐ。

 

「初めて連れてきたガキどもは、泣き声が鬱陶しくて殺した。その次の次も我慢しようとしたが、やっぱり言え恋しさに泣き喚くから頭にきてやっぱり殺した。しかし身内のコミュニティにばれれば組織に亀裂が入る。だから死体は証拠が残らない様に腹心の部下に食わせて――――」

 

 

 

()()

 

 音が反響するほどに、大男の口が勢いよく閉じる。

 つまり今この時で働かせているかもしれない誰かたちは、この世にいもしない自分の家族の為に働かせているということになるのだろうか。

 出来レースも甚だしすぎる。それでは彼らが耐え忍ぶ意味も何もない。理由すらない。それは、それではあまりにも救われなさすぎる。

 

 しかし巧は、心の奥底からふつふつと湧き起こる物をガルドへと向けて吐き出すことなどしない。

 

 その資格がないからだ。

 家族の為に己が手を汚しても、オルフェノクでさえも、『人間』を守るという大義名分の為に灰へと帰したのだから。今の彼には、もしかしたら嫌悪感すら抱く資格すらないのかも知れない。

 少し巧は、『アイツ』の気持ちが分かった気がする。

 

 人間は――――生き物は醜悪である。

 本能に従うまでもなく、快楽に素直で、欲望に忠実だ。驚くほどに。

 誰かを貶めることも、他者の命を奪うことも、それ以上の地獄を他人に味わせることだってお茶の子さいさいである。

 

 それこそが、生き物の、人間の『闇』。良い例が今目の前にいるガルドだろう。

 だからこそ、『アイツ』――――人を守ろうとしたオルフェノクである木場勇治は。

 人間のそんな醜い一面に絶望したのかもしれない。

 

 しかしそれもあくまでも、人間の一側面に過ぎないのではないか。

 現に目の前のガルドを糾弾する、見ず知らずの誰かの為に怒って、そして憎める久遠飛鳥がいる。それはとてもとても、素晴らしいことなのだろう。

 

 人間は、必ず分かり合おうとする『心』がある。思いやる優しさがある。悪を許せない『魂』がある。

 だからこそ、人間はそんな『光』を失わなかったからこそ、今も生き続けているのだろう。

 人類の『光』の典型的な側面を顕わしたであろう少女は、つまらなそうに声を上げた。 

 

 

「なるほど、素晴らしいわ。さすがは人外魔境の箱庭の世界、外道の格も修羅神仏級といったところでしょうか。……ねぇ、ジンくん。今の証言で箱庭の法が彼を裁くことはできるかしら?」

 

 今の今まで放心していたジンは、飛鳥に質問されることでやっとこさ我に返り、真剣に返答する。

 

「……む、難しいです。勿論彼の行いは違法ですが……箱庭の外へ逃がしてしまえば、それまでです」

 

 全てを捨てて、無様に生き長らえる。またそれも裁きと言えるだろう。

 

「そう」

 

 少々苛立ったように指をパチン、と鳴らす。それによってガルドは、縛り付けられたかのような感覚から脱却した。

 次いで、激情に任せ叫ぶ。

 

「……こ、この小娘がァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 テーブルを叩き割り、ガルドの姿が豹変していく。

 タキシードを破るほどに筋肉が膨張し、みるみる内に体が縞模様に変わって行く。

 

 ガルドのギフトは、人狼に近い性質を持つ混在種、ワータイガーだった。

 姿を変幻したガルドは、唾液を吹き飛ばしながら叫ぶ。

 

「テメェ……どういうつもりか知らねえが、俺の上にいるのが誰かわかってんのか! 箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ! 分かってんのか、あぁ!?」

 

 体を大きく見せながら吼える虎。

 しかし少女には届かず、飛鳥にはその姿はとても滑稽に見えた。

 

「あら、誰かを使って脅迫? 貴方はさしづめ、虎の威を借る狐ならぬ、魔王の威を借る虎といったところかしら。ふふっ、ずいぶんと面白いわね」

 

 可笑しそうにクスクスと笑う少女。

 ガルドが爆発するには、十分過ぎる理由だった。

 

 

「この(アマ)ァ……八つ裂きにしてやるぁぁああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 雄たけびを上げ、その凶爪を少女の首を撥ねんと振るう。巧は反射的に席を立ちあがった。そして飛鳥とガルドの線上に立とうと駆ける。

 しかしそこで迷う、迷ってしまう。

 

 ここで、オルフェノクの姿を晒してしまっていいのか、と。

 

 一瞬、ほんの一瞬立ち止まった。その一瞬で、太腕から突き出された爪は秒足らずで少女へと迫る。

 しかし、その爪が少女の首を撥ねることはなかった。

 

 

「喧嘩はダメ」

 

 そんな無機質な声が響く。

 それと同時に、どこから湧いて出たのかいつの間にか短髪の少女が割り込み、ガルドの太腕を掴み、どういうことかその巨躯を地面へと組み伏せた。

 

 

「ガッ…………!!」

 

 

 痛みと驚愕の声が上がる。

 どうしてこんな小娘どもに自分が手玉に取られているのか、そう瞳が語っていた。

 目の前でスプラッタな光景が広がらなかったことに、巧は内心ホッとした。

 

 飛鳥は楽しそうに笑う、(わら)う。

 

「さて、ガルドさん。もはや貴方には破滅以外の道は残されてはいないわ」

 

 でも、と少女は一度区切る。

 

「私は貴方のコミュニティが瓦解するのを待つ程度では満足できる聖人君子ではないの。腐れ外道はボロ雑巾のような惨めな末路を辿ることをお勧めするわ。――――そこで皆に提案なのだけれど」

 

 

 飛鳥は全員の視線を集めた。

 そして彼女は、身の毛も弥立つほどの妖艶な笑みを浮かべて告げる。

 

 

 

 

「――――私達とギフトゲームをしましょう。貴方の〝フォレス・ガロ〟存続と〝ノーネーム〟の誇りと存続を賭けて、ね」

 

 

 

 

 ……勝手に決めんじゃねぇよ。

 めんどくさがりな巧は、実直にそう思った。

 




短く纏める方法を勉強しなくては……!!
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