夢を持てない男も異世界から来るそうですよ?   作:shoshohei

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二話目です。いやはや、今回も低クオリティですが……。


刻まれし己が恩恵

 

暫しの静寂の後――――観念の胃を含んだ微笑と共に、唯我独尊を地で行く少年が両手を上げた。

 

「参った。やららえたよ、降参だ白夜叉」

 

 へらへらと笑う快楽主義者。その行動は、自分たちが売った喧嘩を取り下げたことに対する意地のようなものだと、巧はなんとなしに想った。

 

「ふむ。それは決闘ではなく、挑戦を受けると取ってもよいのかの?」

 

「ああ、それでいい。今回はアンタの勝ちだ。黙って試されてやるよ、魔王様」

 

 あくまで『試されてやる』と譲歩する十六夜の言葉を、白夜叉は喉の奥でくつくつと笑う。笑いを噛み殺しながら、他の者にも問いかけた。

 

「く、くく………して、残りの童達も同じか? 〝挑戦〟を選ぶか? 〝決闘〟を拒むか? 己の力量を見測るのか?」

 

「……ええ。私も、試されてあげるわ」

 

「右に同じ」

 

「そうか。なればおんしはどうじゃ?」

 

 最後に、離れた場所に立つ巧に問いかける。すっかり先ほどの熱さと痛みが吹き飛んでも、相も変わらず顰めっ面で彼は吐き捨てた

 

「冗談じゃねえ。誰がお前みたいなのと闘うかってんだ。それに試練とかいうのもやりたくないね。第一メンドクサイってんだ」

 

「これは随分な言われようじゃのう」

 

 少女、肩を竦めてくつくつと笑う。巧の態度に、気を悪くした印象は微塵も感じられない。

 しかし、紛れもない巧の本心であるのは事実だ。こんなところで必要もなく、意味もなく闘争をするのがばかげている。そんな瑣末ごとで、拾ったこの命を再び失うわけにはいかない。加えて試練などに参加するつもりも、一ミクロンも持ち合わせてはいない。

 彼の言葉を最後に、黒ウサギは安堵したように息を大きく吐き出した。

 

「も、もうお互いにもう少し相手を選んでください!! 〝階層支配者〟に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う〝階層支配者〟なんて、冗談にしても寒すぎます! それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!」

 

「何? じゃあ今は元・魔王様ってことか?」

 

「はてさて、どうだったかの?」

 

 ケラケラと笑う星霊。巧の双眸の線が細くなる。

 何千年とか、普通の人間ならば生物学上決して聞くはずのない単語が聞こえた気がした。彼女が人間ではないのは明白だが、そうなると、彼女の年齢を数字に換算すればとんでもないこととなる。

 しかし巧は、妙に納得している自分を感じていた。目の前の少女の皮を被った何かの怪物性を察すれば、外見などはどうとでもなるのかもしれない。

 

 そろそろ箱庭(こっち)の法則に毒されてきたな、などと辟易していた丁度その時、彼方にある山脈から甲高い声が響いた。

 いの一番に耀が反応を示す。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

 

「ふむ……あやつか。おんしらを試すには打って付けかもしれんの」

 

 彼女が湖畔を挟んだ向こう側にある山脈に手招きをすると、呼応するように『ソレ』は現れた。

 全長五メートルはあろうかという巨躯に、背中にはその体躯に匹敵する白き翼。異様ないでたちをしたその獣は、鷲の上半身と獅子の下半身を持っていた。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

 

 歓喜と驚愕を露わにする茶髪の少女。いつもの彼女らしからぬ様子に、巧は意外なものを見たとばかりに鼻を鳴らした。

 

 人形みてぇな面ばっかしてたが、こんな顔もするんだな。

 

「フフン、如何にも。あ奴こそ獣の王にして鳥の王。〝力〟 〝知恵〟 〝勇気〟を備えたギフトゲームを代表する獣だ。これからこ奴と共に、おんしらにギフトゲームをしてもらおうと思う」

 

 自慢げに鼻を鳴らすと、少女は先ほどと同じ紋が入ったカードを懐から取り出す。

 同時に、巧達の手元に虚空から輝く羊皮紙が現れた。彼らはそれの刻まれた文面に目を通す。

 

 

『ギフトゲーム〝鷲獅子の手綱〟

 

 ・プレイヤー一覧

  ・逆廻十六夜

  ・久遠飛鳥

  ・春日部耀

 

 ・クリア条件

  グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う

 

 ・クリア条件

  〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる

 

 ・敗北条件

  降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します

                               〝サウザンドアイズ〟印』

 

 

「私がやる」

 

 誰かが申し上げる前に、耀が真っ先に名乗りを上げた。彼女は見るからに少し興奮気味で、目は玩具を見つけた子供のようにきらきらと輝いている。

 

『ニャ、ニャア?』

 

「大丈夫、問題ない」

 

「ふむ、自信はあるようだが……失敗すれば大怪我ではすまんぞ?」

 

「大丈夫、問題ない」

 

 何が問題ないのか、何故猫と話しているのか。ついでになんでこんな危ないことをしたいのか。

 その他諸々の疑問を抱きながら、巧は小さく嘆息する。

 

「……何?」

 

「何って、何がだよ」

 

「どうしてため息なんかついたの?」

 

 どうやら聞こえていて、それがお気に召さないらしい。普段は感情の起伏が伺えない瞳に、若干の鋭さが宿る。

 心底馬鹿らしく感じた巧は、しっしと小さく手首を払った。

 

「いや、別に。行けよ。さっさとあの訳わからん生物とお話してこいって」

 

「……もういい」

 

 私、不機嫌ですと示すが如く、風船を連想せる膨らみを頬に二つ造りだした耀は、三毛猫を黒ウサギへと預けると、ズカズカと大股でグリフォンの元へと歩んでいった。

 彼女らの会話を視聴していた他の者達は、またかこの男かと表情で物語りながら、巧へと語りかける。

 

「貴方って、本当に口が悪いわね。もっと『頑張れ』とか『無茶するなよ』とか、そういった思いやりというものが持てないのかしら。分かる? 思いやりよ」

 

「そうですよ巧さん。そんなことではコミュニケーションがうまくとれませんよ?」

 

「うるせえな。お前らにとやかく言われる筋合いはねえ」

 

 不変な無愛想の塊に、女子二人がやれやれと首を横に振るう。その傍で、さぞ面白いとばかりに十六夜が微笑する。それを見て、更に巧は口を尖らせた。

 突如、ひと際強い風が横顔を撫でた。顔を腕で覆いながらその方角を向けば、耀を背に乗せたグリフォンが地を蹴り、空を駆っていた。それ即ち、春日部耀のギフトゲームが、開幕の狼煙を上げたことに他ならなかった。

 

 

    ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■ 

 

 

 自身達の知らぬ間に進んだ状況に少々慌てながら、湖畔の方角へと飛翔した耀達の姿を注視する飛鳥達。

 その中で、皆の輪から外れて行動する者が一人。

 

「――――おい」

 

「む?」

 

 巧は一人、白夜叉の傍へと歩み寄る。彼女は酷薄な笑みを浮かべて首を傾げた。

 

「アンタに訊きたいことがある」

 

「何かね?」

 

 凄まじく優れた聴覚でその声を拾った黒ウサギは、ピンと耳を立てて振り返り、訝しげに首を傾げると、そっと彼らへと歩みを進めた。

 巧は、楽しそうな白髪の少女を、酷く無感動な眼で見つめる。

 

 ここで聴くことは早計過ぎると危惧する自分もいたが、皆、眼前の少女の異常さに圧倒されて、または魅了されて重大なことに気付いていない。少女の持つ、重大な可能性に。致し方のないことと言えば、確かにその通りなのだが。

 

 ――だったら、自分で動くしかねえだろ。

 

 協力してくれるのであれば、それもいい。だが彼らと巧では、最終的に見ているところが違う。彼は彼の目標を最優先するだけだ。それで理解されなくとも、それでも構わない。

 息を大きく吐く。極限まで冷めた冷気が、それを白く視覚化させる。意図的に己を落ち付かせた巧は、背後で忍び寄る黒ウサギを察知することもせず、ただ己の目的を言葉にする。

 

 

 

「なあ、お前は世界と世界を行き来する方法ってのは知ってるのか?」

 

 一瞬。

 彼女の脚が、確かに静止した。

 黒ウサギは、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような、そんな衝動に襲われた。瞳孔さえも大きく開眼させ、男の後ろ姿を凝視する。息も、僅かに止まっていたせいで、少しだけ乱れていた。

 巧の背後に見える、彼女の姿を見た白夜叉は、その変化に不可解だとばかりに顰めながら返答。

 

「なぜ、そのようなことを聞く?」

 

「アンタが、それを知ってそうだったからな。ここまで連れてこれたんだ。だったら別の世界へ飛ばすくらいわけないだろ」

 

「まあ、これは世界を移動させたというか、少し違うのだがな……しかし、なぜそれを知りたいのだ? 別の世界にでも行きたいのか? ここへ来た際に、もう全てを捨てる覚悟はできていたはずだが?」

 

「知るかよ。俺は、手紙を開いて読んでたら勝手に呼び出されたんだ。来たくもないのにな。あっちでやることがあったってのに。全く、他人様の事情を考えて欲しいな」

 

 ふむ、と唸る白夜叉。

 確かに、彼女はこの箱庭世界と、外宇宙たる別世界とを繋げる方法はいくつも知っている。彼女自身がそれを行うことも可能である。()()彼女にはできないのだが。

 しかし、それを安易に教えてしまっていいのか。理由も知らぬ輩に教えてしまっていいのか。

 困惑の色を乗せて、白夜叉は黒ウサギに視線を送る。気付くと黒ウサギは、戸惑うように目を伏せて、二つの耳を萎れさせる。豊満な胸の前で右手を握ると、暫しの間をおいて俊巡。静かに頷いた。

 

 教えてあげてください。私達は彼を、組織的に支援するつもりです。

 

 双眸が物語る意志こそが本心だと確信を得た彼女は、僅かながらに白い眉毛を上下させると、肺の中の酸素を大量に空気へと排出した。

 

「まあ、本当なら教える義理があるわけでもないのだがの。ここは黒ウサギの顔に免じて、教えてやらんこともないぞ」

 

「本当か!?」

 

 巧の顔が、急激に希望の色に染まっていく。

 いきなりの変化に彼女はたじろいだ。無論、黒ウサギも。

 今の今までいつもつまらなそうだったこの男の顔面に、まさかここまでの光明が射すことになろうとは。白夜叉は戸惑いの色を浮かべながら、咳払いをして話を続行する。

 

「う、うむ。ここから特定の世界へと送りだすとなると、随分とまあ大がかりな術式になりそうだがの。まずその世界を見つけなければいかんからな。――――そうだな。〝奴〟の力を借りずに一人でやるとすれば、最低でも五年はかかるが、それでもよいかな?」

 

 淡々と告げられた年数。

 それは、白夜叉にとっては当たり前で、箱庭にとっても当たり前で、常識になっていることで。

 巧にとってはそれは、非常識にも常識外にも等しい桁の数字だった。巧は、死刑判決を告げられたような気分を覚える。視界に映る全ての景色が遠のいていくような、自らが遠ざかるような、そんなあり得ない感覚さえ知覚する。

 間を置かずして、ふつふつと言い知れない熱を持った感情が湧き起こった。

 

「――ふざけんなッ!!! そんなに待てるかッ!!」

 

 堪えかねたように巧の罵声が飛ぶ。後何年、こうして息を吸えるか分かった物ではない彼に、五年と言う月日はあまりにも長すぎた。それほど悠長にしてはいられない。何せ、元の世界へ戻ってはいお終い、というわけでもないのだから。

 苛立ちを表出させる巧。見かねた黒ウサギが慌てて彼に駆け寄った。

 

「お、落ち着いてください巧さん! 白夜叉様は何も、それだけしか方法がないとは言っておりませんっ!」

 

「じゃあ他にどんなのがあるってんだよ!? 時間もかけない、それで元の世界へ帰れる方法がッ!! 一体どこにッ!!」

 

 感情の赴くままに、巧は怒声をばら撒く。

 その刹那。

 

 

「――――〝クイーン・ハロウィン〟」

 

 

 異様なほどに冷徹な声が、巧の鼓膜を叩く。思わず怒声を発することを止めてしまうほどの。

 それが眼前の少女のものだと認識すると、巧は不満を混ぜた怪訝な眼で白夜叉を睨んだ。

 

「何だよ、それは」

 

「星の運行を司る星霊。太陽と黄金の魔王。クイーン。……まあその他諸々の色々な異名があるが、箱庭第三桁に属するほどの実力者にして私の仇敵、最強の召喚者だ。この箱庭の中の魔王において、奴だけがクイーンを名乗れるほどにな」

 

 二つの眉の谷間が、更に深さを増した。先ほどから『クイーン』だの『星の運行』だのと単語を並べられているが、箱庭のことに関して無知にも等しい巧には、何のことかさっぱりだった。

 理解が及ばないことを察しさせる表情の巧。その隣で、黒ウサギはヒステリックな声を上げる。

 

「……彼女に頼めと。そう仰るんですか、白夜叉様!?」

 

「仕方あるまい? 今私は仏門から神格を与えられて、力を落しておるからできんしな。しかも、私は境界を操っているわけではない。ならば奴の手を借りなければならんだろう。〝クイーン・ハロウィン〟ならば造作もなくそ奴を送れるじゃろうて」

 

「で、ですが――――」

 

「おい、勝手に話を進めんな。こっちにも分かるように説明してくれ」

 

 不躾な声音で割って入る。全くもって、乾巧は話しについていけていなかった。

 黒ウサギはすいません……、と頭を下げると、講釈を始める。

 

「えっとですね、つまり巧さんが元の世界へ戻ることができ、尚且つ日を跨がないほど迅速で単純な方法なら確かにあります。数少ないながらも存在するなかで、その一つを握るのが」

 

「それがその〝くいーん・なんたら〟って奴か」

 

「〝クイーン・ハロウィン〟です。彼女は修羅神仏が跋扈するこの箱庭において〝三大問題児〟と称されるほどのお方です」

 

「分かり辛いのであれば…………そうだな、さっきのおんしの言葉を借りて『今の私よりも数倍出鱈目な以前の私と同じくらいまともじゃない、見たまんまの化け物』とでも認識しておいてくれ」

 

「……それで、その化け物が一体どうしたってんだ。ソイツが帰る方法を知ってるんじゃないのか?」

 

 ようやく話が飲み込めてきたからか、巧の声から棘が少しだけ抜けていた。顔は不機嫌を貫いているが。

 そのことを読み取った黒髪の兎は、少しだけ落ち着いた声音で、

 

「ええ、まあ。彼女ならば、人間一人特定の外界へ戻すことぐらい造作もないと思います。彼女は最強の召喚者ですから。ですが……」

 

 問題はそこなんですけども。

 

 黒ウサギは苦虫を噛み潰した様に言葉を詰まらした。不審に思った巧は再度問うた。

 

「なんだよ」

 

「……その、彼女であるならば問題はないと思うのですが、問題はどう彼女に頼みこむかです。まず彼女の本拠がある三桁に行くことから困難ですし、仮に行けたとしても、彼女が巧さんの頼みに応じてくれるかどうか……」

 

「奴はなかなかに横暴で我儘だからのう。その分法などを整えたりもするが、人間一人の、それも〝名無し〟の人間がいきなり『元の世界へ返してくれ』と言われたところで、鼻で笑われて袖にされるだけじゃろう。頼みを聞かせる唯一の方法がギフトゲームだが、おんしがあ奴に勝てるとは思えんしのう」

 

 巧は、なんとなく理解した。彼女らの言わんとしていることを。

 つまりは、その魔王はとてつもなく強力で強大で、目の前の少女と同等の存在である。だから、一見すれば何の力も持たない人間が、その魔王の元へと行けたとしても、言うことを聞かせるどころかむざむざ命を散らせるようなものだ。そういうことを言いたいだろう。

 実際巧もその通りだと思うし、多分彼女たちの言っていることは正しい。謂わば蟻が天災に挑むようなものである。相対したところで、一呼吸することすらままならずソレは終わる。

 

 その上で。

 

 

()()()()。つまりはソイツをどうにかして、頼みを訊いて貰えばいいんだな」

 

 発せられた、一言。

 二人の少女が、勢いよく振り返る。理解不能という文字が、顔面に幻視できてしまうほどの驚愕が、彼女たちの顔に張り付いていた。

 

「たっ、巧さんっ、話を聞いてました!?」

 

「ああ。ちゃんとな。来て良かったぜ。帰り方が分かっただけでも、今日は収穫だな」

 

「そっ、それはそうかもしれませんけど……ってそうじゃなくてっ! クイーンに本当に挑むおつもりで!? あの魔王に! 命を落とすだけじゃすみませんよ!?」

 

「かもな」

 

「なっ――――」

 

 さらりと出た言葉に、黒ウサギは絶句した。揺れる瞳が巧の顔を捉える。彼も彼女を見ていた。

 瞳の中に彼女を映しながら、黒ウサギがここまで必死になる理由を、巧は理解していた。

 

 コイツはお人好しだ。本当、嫌になるくらいにお人好し。

 

 『世界中の人間を幸せにしたい』と大真面目に言ってのけた、洗濯屋を営む知人と同じように、きっと人が苦しむと分かっていながら、それを手をこまねいて見ているということができない人種なのだろう。そういう奴だから、こんなに慌てて自分を止めようとしてくれている。理屈抜きで、想うがままに。

 けれど今回ばかりは、彼女の言うとおりに動くわけにはいかない。こればっかりは、自分が自分の脚で、踏破しなくてはいけないことだ。諦めてはいけないことだ。諦めたくないことだ。

 

 例え勝機が万に一つでも。

 億に一つでも。

 兆でも。

 京でも。

 無数の彼方から、一つの物体を見つけ出すに等しくても。

 それでも、止まることは許されない。許されてほしくはない。許されて良い訳がないのだ。帰還を渇望することを、夢を築く歩みを、止めてはいけないのだ。

 それでは『アイツ』が死んだ意味がなくなってしまう。だから。

 

 

 

「…………一つだけ、聞いても良いかな?」

 

 今まで静観していた白髪の少女から、問いが投げかけられる。

 目線を絶句するウサ耳の少女から外し、巧は振り向いた。

 

「おんしはどうしてそこまでして、命を賭けてまで元の世界へ戻りたいのだ?」

 

 純粋な声だった。

 打算も何も感じない、本当に疑問に思ったと感じる声だった。恐らく、理由を聞いているのではないと、巧にはなんとなくわかった。

 その意志が分かっても、巧は面倒くさそうに表情を歪める。

 

「……それって、真面目に答えなくちゃいけないのか?」

 

 無論だ。その意志を示すために、白夜叉は大きく頷く。

 巧は鼻から息を吐くと、丁度山脈を回り終わってこちらへと向かってくるグリフォンを見つめながら、こう答えた。

 

「もし、俺が五年後まで生きていて、それでこの世界に残っていたら」

 

 ――――その時に答えてやるよ。

 

 言い終えられるのと、少女に課された試練が乗り越えられたのは、ほぼ同時だった。

 ゴール地点の到着と一緒に、グリフォンの背から滑り落ちた春日部耀が風を纏って浮上し、そのまま十六夜達の元へと降下していくという常識外の現象に見向きもせず、白髪の魔王はただ解答を反芻しながら、笑みを浮かべた。

 

 実を言うと、白夜叉の力だけでも彼を送り帰すことは可能である。現在の力であってもだ。

 だが神格を得て力を抑制しているのは事実だし、一人の〝階層支配者〟として、理由も分からない輩を、仏門に無許可で送り帰すわけにもいかないという理由もあった。黒ウサギには悪いが、最初はそう言うつもりであった。

 

 ()()()()()()()()

 

 目の前の男が、自身の命を賭けてまで帰ろうと言う気概を見せたことで、少しだけ太陽と白夜の星霊は、乾巧に興味を抱いた。なればこそ、白夜叉はもう少しだけ巧を観察することにした。

 その時になって、巧が帰るに相応しい男であるかどうかを知るために。

 

 ――――面白い。ならばその時まで、しっかりと生き延びてもらわねばな。

 

 

 

    ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■ 

 

 

 納得していない黒ウサギを適当にあしらい、半ば無理やりに話を終わらせた巧達は、飛鳥達の元へと戻る。

 そこには丁度試練を終えた耀と、彼女と会話する十六夜の姿があった。

 

「やっぱりな、お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 

 薄い笑みを浮かべる十六夜。近寄った三毛猫を抱き上げた耀は、少し不貞腐れたように瞳に影を落とした。

 

「違う。これは友達になった証。でも、いつから分かってたの?」

 

「ただの推測だ。黒ウサギと会ったときに『風上に立たれたらわかる』って言ってただろ? そんな芸当は人間にはできない、だから春日部のギフトは他種の生物とコミュニケーションがとれるわけじゃなく、他種のギフトをなんらかの形で手に入れるものなんじゃないかと推測したわけだ。まぁ、あの速度に耐えられる生物は地球上にはいないからな。……それだけじゃなさそうだけどな」

 

 意味深な語尾を後ろに付ける。同時に、パチパチと乾いた音が響いた。

 柏手を叩いた白夜叉は、さぞ良い物が見れたと顔で語りながら笑う。

 

「いやはや、大したものだ。このゲームはおんしの勝ちだの………ところで、そのギフトは先天的なものか?」

 

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげ」

 

「木彫り?」

 

 頷くと耀は、首から下げたペンダント状の木彫り細工を取り出して、皆に見せた。

 少しだけ興味だけが湧いた巧も、遠巻きから見てみたものの、そこに書かれた幾学の模様を見ても何から何まで分からずじまいだったので、興味が失せた。

 

「ふむ……詳しいことは分からんが、これは円形の樹形樹だの。生物の進化の過程などを表しておる。これのおかげでそこの娘は異種族と言葉を交わし、友になった種からギフトを貰えるということか。しかしこれ以上詳しいことを知りたいのであれば、上層の鑑定士に頼むしかないな」

 

「え? 今日は鑑定をお願いしに来たのですけど?」

 

 ゲッ、と苦々しい声が漏れた。

 時を同じくして、巧の肩が僅かに震える。最初に懸念していたことが今まさに、起きようとしていた。

 

「よ、よりにもよって鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだか……」

 

 どうしたものかと頭を捻る白髪の少女。暫く唸ると、突発的に妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

 

「……ふむ、そうだの。なんにせよ〝主催者〟として、星霊の端くれとして、試練をクリアしたおんしらには〝恩恵(ギフト)〟を与えねばならん。これはコミュニティ復興の前祝いとして受け取ってくれ」

 

 白夜叉がニ回ほど柏手を打つ。刹那、巧達の眼前に光り輝くカードが顕現する。

 そこにはそれぞれの名と、『何か』の名を示す名称が刻まれていた。

 

 コバルトブルーのカードに逆廻十六夜

 〝正体不明(コード・アンノウン)

 

 ワインレッドのカードに久遠飛鳥

 〝威光(いこう)

 

 パールエメラルドのカードに春日部耀

 〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟〝ノーフォーマー〟

 

 モイストシルバーのカードに乾巧

 〝死せる餓狼の使徒(ウルフオルフェノク)

 

 

 

 ふざけてんのか!? この変なカードは!

 

 反射的に叫びそう衝動を寸での所で飲み込み、双眸を開眼することで抑制する。動きが制限されたのは、それほどの衝撃だったということだろう。

 まさか人の知られたくない正体を、これでもかというほどデカデカと明かしてくれるとは。相当ご親切なカードらしい。

 内心憤怒に染まる巧の気持ちも素知らぬ黒ウサギは、現れたカードを見て興奮の色で表情を染めた。

 

「ギフトカード!」

 

「お中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

「ち、違います! このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ! 耀さんの〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟だって収容可能で、それも好きな時に取り出せる超素敵なギフトなんです!」

 

「正式名称を〝ラプラスの紙片〟と言っての、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった〝恩恵(ギフト)〟の名。鑑定はできずともそれを見れば大体のギフトの正体がわかるというもの」

 

 何が全知だと、巧は内心で吐き捨てた。他人様の隠し事まで知って何が楽しいのか。思わず、カードを持つ手に力が入る。

 

「へえ? じゃあ俺のはレアケースなわけだ」

 

「何?」

 

 十六夜の不可解な言葉を聞いて、彼の手元を覗き込む白夜叉を、理不尽と分かりながらも巧は睨まずにはいられなかった。こんな余計な物を寄こしてくれたのだから。

 しかし文句を言っても、更に不利益を被るのはこちら側なので、巧はどうしようもなくため息をつく。

 

「ちなみに巧さんは、どんなギフトをお持ちなんですか?」

 

「――――ッ!!?」

 

 その時、どこから湧いて出たのか、ひょこりと至近距離に顔を出した黒ウサギに、一瞬とはいえ巧は心臓が止まったのではないかというほどの驚愕を覚えた。

 冗談抜きに一度呼吸を完全に停止して、ほぼ反射的に彼女から後ずさる。同時に、ギフトネームを見られたのではないかという疑念が胸中で渦を巻いた。バクバクとうるさいほどになる心臓音を聞きながら、巧は隠せぬ動揺を声に乗せる。

 

「……いッ、いきなり人の真横に顔出してんじゃねえよッ」

 

「むっ、なんですかそれ。人をお化けみたいに。別にいいじゃないですか。それよりも、巧さんのギフトはどんなのです?」

 

 少しばかり頬を膨張させて、文句を垂れる黒ウサギ。彼女から眼を反らしながら、巧はさり気ない動作でカードをポケットにしまった。

 

「誰がお前なんかに見せるかよ」

 

「えー、別にいいじゃないですか。減る物ではありませんし。私気になりますっ」

 

「嫌だね」

 

 そう言わずに見せてくださいよーっ。

 閲覧を求める黒ウサギをあしらって、巧は耳に小指を突っ込みながら距離を取った。

 

「さて、そろそろお開きにしようかの」

 

 巧と黒ウサギの耳に、白夜叉の言葉が滑り込む。程なくして、ニ回ほど柏手を叩く音が周囲に反響した。

 刹那、視界は秒を跨がずして暗転し、巧達の体は数分前に見た和室へと回帰する。

 

 

  




今回、たっくんは正体を隠しましたが、彼は安易に自分の正体を話したがりません。
今回もその一例で、彼が正体を現す時は、多分それはやむを得ない時です。
なので今回正体を開かれると思ってた読者さん、マジですいませんでしたああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
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