夢を持てない男も異世界から来るそうですよ?   作:shoshohei

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こ、これだけは言わせてください。






二ヶ月間もほったらかしにしてしまい、本当に申し訳ありませんでしたっっっっ!!!!!!!

詳しい言い訳は後書きにて!!!





Community with No name

 吹き抜ける風。舞う砂塵。朽ち果て、音を立てて表皮が剥がれる大地。

 極めつけには、色あせた建造物らしき物質の群れ。

 

 白夜叉に見送られ、いざ〝ノーネーム〟本拠へと行かんとする異邦人達の眼前には、そのような光景が彼方にまで広がっていた。

 

「これが、我々のコミュニティの現状です。魔王のギフトゲームのあった()()()()に、名も旗も奪われ、見せしめとしてこのような爪跡を残されました」

 

 へらへらとした表情を一転、硬質化させる十六夜。言葉が見つからず、ただただ唖然とする他ない巧や飛鳥、そして耀。

 それぞれの反応を見せる彼らに、極力感情を押し殺し、どこか無理を押し通した様な黒ウサギの言葉が紡がれる。

 目の前の地獄に引き込まれながら、巧は自身の耳を疑った。

 

 ――これが三年前だって? たったの三年前に引き起こされたってのか?

 

 明らかに莫大な時間経過……少なくとも、数十年と言う二桁の数字によって引き起こされたであろう眼前は、三年という一桁の単位によって発生したという。それも、何者かの故意によるもので。

 まさしくもって自然災害にしか見えぬ人智を超えたこれらを、その意志一つで引き起こすことのできる何者か。それが彼らの仇敵なのだと認識すると共に、巧は内心戦慄すら覚えた。

 

「ハッ、そいつは面白いな。こんな数百年単位で、しかも自然崩壊したようにしか思えねえ荒れ地が、たったの三年前に引き起こされたってのは。……ああ、そいつは飛びっきり面白いぜ」

 

 頬を伝う液体を拭いもせず、獣のような笑みを形作る十六夜は、その者への羨望にも似たかつてないまでの期待を抱く。

 忘我の淵から帰還した飛鳥と耀は、砂に埋もれた白地の街路や、錆に蝕まれて折れ曲った、要所要所に見られる鉄筋や針金に視線を回し、顔面を苦渋に歪めた。

 

「ベランダにあるティーセットやテーブルがそのままね。まるで、ある日突然人が消えてしまったように」

 

「……生き物の気配が全く感じられない。整備されずに放ってある人家なのに獣が全く寄って来ないなんて……」

 

 重々しく発せられたその言葉はは、今度こそ黒ウサギの表情を苦悶に染めた。彼女は目を空へと逸らしながら、

 

「……魔王とのギフトゲームは、それほどまでに未知の物だったのです。彼らは力を持つ人間が現れれば、児戯の如く気軽さでゲームに引き込み、その意志を砕き屈服させます。我々の仲間も皆コミュニティから、箱庭から……去って行きました」

 

 発せられるに連れて、声量は悉く小さくなり、終いには聞き逃す恐れすらあるほどに矮小な物となった。

 知らず、巧は眼を反らす。この箱庭に訪れて以来、彼女の気丈に振る舞う姿を多く見ていた分だけ、巧の瞳には、黒ウサギの姿は二倍にも三倍にも小さく映った。

 それを、なんというか、あまり見ていたくなかった。巧自身、何故そう思うのかは理解に苦しむのだが。

 

「魔王、か。……ハッ、いいぜいいぞいいなァオイ。期待以上の相手ってことじゃねえか…………!」

 

 笑みを凄惨なものとする十六夜。瞳を爛々と輝かせる彼を、度し難いとでも言いたげに流し眼で見た巧は、更地の大地に視線を移した。

 

 ―――けどコイツらは、こんな目に会わなくちゃいけない様なことをしたのか?

 確かに完全な善人ってわけじゃねえが、ただ単に、ゲームで勝って一番儲かってたってだけだろ?

 

 自身でも未だに深く理解していない感情を自覚しながら、乾巧は無意識的に右の拳を握る。

 顔をいつもよりもどこか険しいものにして、前に向かって歩き出した一行と共に、その一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■ 

 

 

 

 

『よろしくお願いします!!!』

 

 耳の中で暴れ回るほどの大声に、巧は耳を塞ぎたくなった。まるで拡長機で倍増したかのようだ。

 やや鬱陶しげな瞳で、眼前に立ち並ぶ幼き二十人前後の少年少女達を見る。誰も彼も皆が十歳半ばを超えていないことは見ただけで分かる。何故か耳や尻尾を生やしているが、そこへツッコんだらキリがないので敢えてスル―する。

 

 ……マジでガキばっかだったんだな。つーかそれしかいねえ。

 

 黒ウサギが臆面もなく告げたことは、紛れもない事実だったことを巧は確信する。こればっかりは嘘であってほしかったが、現実は非常にも真実だった。

 

「ハハッ、元気がいいじゃねえか」

 

「そ、そうね」

 

「…………、」

 

 元気良すぎだろ。どんだけ有り余ってんだよ。

 

 何とも言えない表情を浮かべる飛鳥や耀とは違い、快活な笑い声を上げる十六夜に内心イチャモンを付ける。別に元気な子供が嫌い、というわけでもないのだが、ただ単に今は疲れていたので、彼らの輝かしい表情がまぶしかった。

 尤も、大前提としてこの無愛想な塊の男に、子供が寄り付いた経験は無いに等しいのだが。

 

「さて、自己紹介も終わったことですし! それでは水樹を植えましょうか! 十六夜さん、ギフトカードから出してくれません?」

 

「あいよ」

 

 仕切り直すように両手を打ち鳴らす黒ウサギに、十六夜がコバルトブルーのカードから取り出した水樹を手渡した。受け取った彼女が踏みつける錆ついた道を見て、巧は双眸を細めた。流れるように視線を水路へと移す。

 長年水が通っておらず、乾いた骨格だけを残された湖ほどもある広大な面積。先ほど子供たちが掃除していたと言っていたが、それでも焼け石に水と言うべきか、砂利を取り除くことは叶わず、所々がひび割れそこへと汚らしい砂利が溜まっていた。

 

 こんだけデカイ水路を、たったこれだけの人数でやってんのか? 無理があんだろ。

 

 泥だらけの子供達を見る。モップやバケツを手に持つ彼らは、今か今かと水樹から溢れ出た水が、自身達のコミュニティの水路を満たす様を待ちわびていた。その瞳は、どこか希望にも満ちている。どう見たところで悲壮感や疲労感は感じられない。

 

「それでは行きます!」

 

 ふと、黒ウサギの声を聞いた。

 どうやら作業が終了したのか、彼女は台座に根を張らせた苗の布を解き、底に張っていた大量の水を流す。瞬く間に激流となったそれらは開け放たれた水門を潜り抜け、一直線に屋敷へと続く水路を満たした。小さな苗から放たれたとは思えない水量である。

 

「凄い! これなら生活以外にも使えるかも…………!」

 

 ジンの頬を綻ばせた呟きが耳に届く。見れば子供たちも似たような物で、全員が全員明るい表情で感情を前面へと押し出していた。水が手に入ったという事実だけで。

 それで喜んでしまえるほどに、彼らの生活は凄惨なものだったという証明にもなった。十六夜が水樹を手に入れなければ、これを見ることはできなかっただろう。更に言えば、これからは十六夜達の活躍次第で、子供たちはどのような生活を強いられるかが決まってくる。ギフトゲームに勝てば、一つ上のランクの生活ができるかもしれない。巧が手を貸せば、生活向上の可能性は尚のこと上がるかもしれない。

 

 いつの間にか、そんなことを考えている自分に気付く。巧はハッとなって首を横に振った。

 

 

「……何考えてんだ」

 

 そんなことは考えなくても良い。巧がいなくとも、十六夜達がいれば支障はないだろう。未だ箱庭世界の勝手は分からないが、少なくとも彼らが簡単に負ける姿は想像できない。巧が言うが、性格は癖がありすぎても実力は十二分にある。これよりも酷くなることはないだろう。故に、心配などないはずなのだ。

 それなのに、何故か煮え切らない。

 

「…………何だってんだよ、くそっ」

 

 相反する感情を抱く自分に、思わず舌打ちする。手伝ったところで何になる。死に損ないの自分に何ができる。

 そう割り切ってしまえれば簡単だったのに、それだけはどうしてもできない。何故かできない。心の底で、それを拒んでいる。

 それはどこか、人間らしくないと拒んでいる。そのことが、少しだけ()()

 

「一体何なんだよ、くそったれ」

 

 再び舌打ち。

 答えの出ない自問自答を繰り返して、乾巧は上がり始めた月を見上げた。

 

 

 

 

 ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■ 

 

 

 辺りには既に、夜の帳が下り始めていた。

 その夜には、何とも神秘的な十六夜の月が空へと昇り、薄暗い周囲を綺麗に照らしていく。

 

 そんな見事な月夜の中、乾巧は本拠周辺の道を歩いていた。

 月に照らされているとはいえ、まだまだ危険性がある夜道を危なげなく進んでいく。夜目が聞く巧にとって、薄暗さは障害にはなり得ない。

 足を運びながら、浮かべている仏頂面を更にぶすっと顰めた。

 

「…………時間考えて動けっての」

 

 誰に言うでもなく言葉を零す。巧がこうしているのも、当然ながら理由があった。

 時間にして先刻ほど、彼は住居である屋敷の個室へと向かっていた。

 黒ウサギ曰く、好きに選んで使ってくれて構わないとのことだったので、女性陣が一足先に入浴している間に惰眠を貪ろうと思ってのことだった。風呂とかそういったことは後廻しにして、取りあえずはグータラして休みたかったのだ。

 

 そう思った矢先に感じた、複数の匂い。

 子供たち以外の……端的に言ってしまえば、成人の気配。加えて全員が男。

 それはあり得ないことだった。〝ノーネーム〟は子供のみ。コミュニティにいないはずの大人が、しかもこんな廃れた本拠に侵入してくるなど、あまりに不自然である。

 

 目的は不明。だからこそ、何をされるか分かった物ではない。

 ここは〝ノーネーム〟であり、他のコミュニティからすれば敬意を払う必要性がない有象無象。つまりは『名無しなんだから、()()()()()()()()()()()()()()』という考えがないことも限らない。ガルドが良い例である。

 故に巧は泣く泣く、非常に泣く泣く、疲れた体に鞭打ってこうして夜の道に足を踏み入れているのである。

 

「……めんどくせェ」

 

 唇を尖らせて愚痴る。

 しかし、これも自身の寝床を守るため。心地のいい安眠を守るためだと内心で無理やりに言い聞かせ、真っ暗な夜道を危なげなく踏む。

 

 

 

 ――その刹那の激震。そして爆音。

 

 靴底を地面につけると同時に感じた莫大な地の揺れと、耳を劈きかねない轟音に、思わず巧はよろめいた。

 

「…………ッ!?」

 

 ふらついた体を立て直しながら、莫大な焦燥を抱く。

 明らかにただ事ではない、何か。そう、強大な力が暴発でもしなければ、このような揺れは起こり得ない。であれば、何かが起こったと考えるのが妥当だろう。それも、大きな何かが。

 自身の中で燻ぶる焦りを押さえながら、巧は件の侵入者たちの匂いを追って駆ける。

 いくらか走ったところ――黒ウサギ曰く、子供たちが寝静まる別館の前まで来たところで、乾巧はふと足をとめた。

 

 理由は単純。

 彼の眼前には、苦悶の呻きを漏らしながら大きく窪んだ地に伏すロープ姿の者たちと、それをつまらなそうに見下す逆廻十六夜の姿があったからだ。

 

「……何がどうなってやがる」

 

 非常事態と思って駆けつけて来てみればこの有様。理解が事態の展開に付いていけていない。

 十中八九、ロープ姿の集団が匂いの主たる侵入者たちなのだが、何が何をどうしてこうなったのか。何故十六夜がここにいるのか。

 もはや困惑するしかなく、目の前の光景に少しの安堵と拍子抜けた感覚を覚える巧。

 そんな彼の存在に気付いた十六夜が、意外そうな面持ちで振り返り、まるで待ち合わせの相手に呼び掛けるように話しかけてくる。

 

「よぉ、乾。こんなところで会うなんて奇遇だな」

 

「……俺は全然奇遇じゃないけどな」

 

「連れないねえ。こんなに良い月が出てるってんだから、少しは愛想を振りまいてもいいんじゃねえの?」

 

 楽しそうにケラケラと笑う十六夜に、巧は心底鬱陶しそうな表情を浮かべた。

 

 ……なんでまた、こんなメンドクセェ奴と。

 

 正直な話、巧は十六夜のことが嫌いだった。

 いつも浮かべる軽薄な笑み。時に飛鳥でさえも可愛く見える過剰な自信。特に巧は、本心を掴ませない様な飄々としたあの態度が気に入らなかった。そういう奴は、総じてあまり良い奴ではないと思っている。無論、これは巧の偏見であるが。

 

 ―――俺には分かるんだよ。お前みたいな奴はな、腹の底で何考えてるか分かんねえんだ!

 

 何時だか、巧が元の世界に居た時に『アイツ』に向かって言い放った言葉を思い出す。

 あの時はカッとなっていたこともあったし、完全に口から出まかせだったのだが、今はなんとなく的を得ていたと過去の自分を褒めてやりたい。こういう奴ほど、腹の内に何かデカイ物を抱えていることが多いものだ。

 特に、常軌を逸した異能を持っているのなら尚更。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 爆音を聞きつけてか、ジンが慌てた様子で別館から駆けだしてきた。

 問いかけられた十六夜は依然として楽しそうな笑みを絶やさず、背後で痛みで蹲る影を親指で指差しながら

 

「侵入者みたいだぜ。大方〝フォレス・ガロ〟からの物騒なお使いじゃねえのか? なぁ?」

 

「……俺が知るかよ」

 

 ぶっきらぼうに返しながらも、巧は内心でこの状況の顛末を理解し、納得する。

 つまるところ、この集団は昼間のガルドの手先で、人質を取られている手前逆らえず、彼がいつものようにゲームに勝つための人質を調達するためにここへ忍びこんだところ、十六夜にまんまと見つかってああなった、というわけだろう。あの地震もその影響とみえる。

 神様を素手で倒したというのだから、そんなことまで出来るのかもしれない。いや、きっと容易い事なのだ。

 

「な、なんという出鱈目な力……! 蛇神を倒したというのは本当のようだな……!」

 

「おうよ、これならば明日のガルドとのゲームも必ずや……!」

 

 不意に、闇の中から声が飛んできた。

 解せない単語に皆が振り返れば、先ほどまでただ呻くだけだった人影の内の数人が、ふらふらと立ちあがる。

 覚束ない足取りでこちらへと歩み始めた彼らは、一定の距離まで近づいたかと思えば、そのロープを取って姿を晒した。その容姿に、思わず巧は眼を丸くする。

 

「耳と……爪?」

 

「何だお前ら。随分とファンシーな見た目してんだな」

 

「我々は人をベースに様々な〝獣〟のギフトを持つ者たち。しかし格が低いために、このような半端な変幻しかできないのだ」

 

 何ともまあファンタジーな話だと巧は半ば呆れた。これでは、オルフェノクがそこらじゅうを姿を晒して歩いていても、誰も何も騒ぎ立てない、なんてこともあり得るかもしれない。本気でそう思えてしまう。

 

「――で? アンタらはどうしてここに来たんだ? 子供たちでも攫いに来たのか? 一応理由だけは聞いてやるからさ。ほれ、話してみろよ」

 

 笑いながらも、十六夜の瞳には鋭利な光が見え隠れしていた。

 事と次第によってはただではおかないと、その体から吹き出る見えぬ何かが語っている。

 途端に沈鬱そうに黙り込んだ彼らは、戸惑うように身内同士で目配せを繰り返し、やがて意を決したような顔つきを浮かべた。

 

「恥を忍んで頼む! どうか魔王の傘下たる〝フォレス・ガロ〟を、完膚なきまでに叩き潰して頂けないだろうか!?」

 

「嫌だ」

 

 間髪いれずに返答。驚愕を通り越して清々しささえ覚える十六夜の潔さに、その場の誰もが言葉を失った。

 

「どうせあれだろ? お前らも人質取られて仕方なくーってクチだろ? 聞かれる前に言っとくが、その人質達はもうこの世にいねえから。はい、この話題はこれにて終了」

 

「――十六夜さんっ!!」

 

 咎める様にジンが声を張り上げる。

 しかし、十六夜は憮然としたまま少しも詫びた様子を見せず、つまらなそうに言葉を返した。

 

「何だ、気を使えってか? だがな御チビ様、どうせ明日には分かっちまうことだし、それにそういうのが要らないも分かってる筈だぜ? なんてったって、コイツらだって立派な加害者なんだから。正義の味方を気取るつもりはねえが、さすがにテメェの私怨に付き合うほどお人好しじゃねえよ」

 

「だからって……そんな言い方をしなくても!」

 

 ジンと十六夜の口論を片手間ほどに聞きながら、巧は十六夜の言葉の意味を反芻する。

 十六夜の言うことは、きっと正しいのだろう。人質を盾にされたとしても、そこから先の人質を攫ってきたのは他ならぬ彼らだ。彼らは自身の人質を救うためという大仰な大義名分の下に、ガルドに殺しの材料を提供していたということになる。

 

 身内が人質に取られていたからといって、それを理由に他人を殺してもいいのか? それが許されるのか?

 結局のところは、これに尽きる。この(ことわり)を、凄く不安定だけれども大事な理を、十六夜は言いたいのかもしれない。

 とどのつまりは因果応報である。人殺しの肩棒を担いできた彼らが、今更誰かに自分の復讐を肩代わりしてほしいなどとは、虫が良すぎると言うことなのだろう。

 

 ――それでも、俺よりかはずっとマシだ。十分釈明の余地があるってもんだな。

 

「そ、それでは」

 

 侵入者の一人が、縋るような瞳で巧へと声を掛ける。

 服の裾からはみ出た大きな手が、傍から見ても分かるほどに震えていた。

 

「本当に……本当に、人質は…………!」

 

 どうか、嘘だと言ってくれ。

 双眸が訴えかけるものは、巧には言わずとも分かった。

 だからこそ迷う。このまま教えてもいいのか。教えることが許されるのか。

 されど事実は揺るぎないもの。時間は戻らない。死に損うことすらできなかった彼らの人質は、もうどこにもいない。

 故に巧は下唇を噛み、重い上顎を上げて舌を回し、事実を述べる。

 

「……ああ。人質は、とっくに死んでる」

 

 侵入者たちの表情が、劇的に変化した。

 皆顔から血の気が引き、真っ青になって項垂れる。

 後に泣きだす者。悲しみが一周廻って笑いだす者。ただ項垂れる者。そして後悔する者。様々な絶望の形があった。

 その様を見ていた巧の拳が、無意識的に握られる。

 どう見たところで彼らの自業自得。非情な言い方をすれば、安っぽい悲劇である。

 それでも、何も思わないなどとすることは、どうしても巧にはできない。

 

「――お前ら、〝フォレス・ガロ〟が……ガルドが憎いか?」

 

 重圧感漂うその空気を、十六夜の声が引き裂く。

 ふと視線を回せば、彼は三日月の様に口を裂いて笑っていた。

 その笑みに、とてつもない不信感を抱く巧。

 

 ……何考えてやがる。

 

「な、何を……」

 

「ガルドが憎いか? 叩き潰されて欲しいか? 木っ端微塵に粉砕し尽くされるよう願うか? どうなんだ?」

 

 YESかNOか。それだけしか訊いていない。そう思わせるだけの凄みを以て問う。

 侵入者達は、ざらついた地面を見ながら、着いた手に力を込めて返答。

 

「……当たり前だ。あの魔王がいなければ、魔王さえいなければッ!! 俺達の人質は……!」

 

「だが、お前達には抗う力はない。そうだろう?」

 

 そうだ。

 消え入るような声で、言葉が返される。下唇を噛んで、己の中の激情を押さえる侵入者たち。

 

「……ガルドは、第六六六外門に本拠を構える魔王の傘下。奴は第三桁の魔王から力を与えられているが故に、我々とは文字通りに格が違う。仮に勝てたとしても、万が一に魔王に目を付けられればただでは済まん」

 

「――その問題を打破するコミュニティがあるとしたら?」

 

 再度十六夜に視線が集中する。

 それでもやはり少年は笑っていた。

 楽しそうに、嬉しそうに。

 

「どういう、意味だ?」

 

「なんだ、分からないのか? なら分かりやすく言ってやる」

 

 十六夜は、隣に茫然と立つジンの肩を抱き寄せながら、

 

「ここに居るジン坊ちゃんが、魔王を倒すコミュニティを作ると言っているんだ」

 

「なっ!?」

 

「ハァッ!?」

 

 当然ながら、十六夜の奇行に皆があまりの驚愕で思考を麻痺させた。

 巧に至っては、如何にも素っ頓狂な声を上げてしまう始末。

 

 ――何イカれたこと抜かしてやがんだ!? 本当に頭の中がお釈迦になってんじゃねえのか!?

 

 彼の心情はこれらに尽きる。十六夜の発言があまりにも酔狂に過ぎた。

 何せ、彼の言葉を直訳すると『このジン坊ちゃんが、箱庭全ての魔王を打倒するためのコミュニティを作ります』ということになってしまうではないか。冗談ではない。 

 

「魔王を倒すコミュニティ? そ、それは一体…………」

 

「そのままの意味だ。俺達は魔王のコミュニティ、その傘下を含め全てのコミュニティを魔王の脅威から守る。そして守られるコミュニティは口を揃えてこう言ってくれ。〝押し売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの元に問い合わせください〟」

 

「――おいっ!」

 

 まるで演説でも語るかのように饒舌に話す十六夜の口を、巧は彼の胸倉を乱雑に掴みあげることでようやく留める。このままでは、この男は延々と訳のわからない嘘八百までも口にしてしまうかもしれない。

 

「た、巧さん!?」

 

 外野が唖然とする中、唯一我に返ったジンだけが慌てて仲裁に入った。しかし頭に血が上っている巧は袖にもせず、ギリギリと音を上げるほどに胸倉を掴みあげる手に力を込めながら、力強い眼力を以てして睥睨する。

 

「テメェ……ふざけんなよ! それじゃあ昼間と言ってることがちがうじゃ―――」

 

 激情に任せて奔っていた叫びは、奇妙なところで途切れてしまった。

 後少しで、額と額がぶつかり合うところまで接近した金髪の少年は、まるで悪戯を考えついた様な子供の様な笑顔を浮かべていた。そして驚くほど静かな動きで、己の唇に人差し指を添える。

 あまりにもその行動が穏やかだったので、思わず戸惑いを感じて一瞬動きを止めた巧に、十六夜は畳み掛けるが如く小さく、それでいてこれまでにないほどの真摯な声で囁く。

 

「……落ち着けよ。別に約束を破ろうってわけじゃねえ。これでも俺なりの考えがあるんだ」

 

「……考えだ?」

 

 反射的に声量を合わせる巧。一応訊くだけ訊いてみようという態度が感じられたのか、十六夜は更に笑みを深くして頷いた。

 

「ああ。お前との約束も破らず、それでいて〝ノーネーム〟の目標にも近付けて、更にお前の目的への近道にも成るとびっきりに素敵な考えがな。……後で説明してやるから、此処は黙っといてくれや」

 

「…………、」

 

 一瞬。

 訝しげな目線を十六夜に向ける。そのとびっきりに素敵な考えとやらを信じても良いのか、少しだけ戸惑う。

 認めたくはないが、十六夜は凄まじく頭が回る。そういった策略事が得意だということは、これまでの行動からその片鱗を感じさせた。

 

 ……気にいらねえが、賭けるしかねえか。

 

 どのみち他の手段は知りようもない。神仏が溢れかえるこの箱庭で、この〝ノーネーム〟以外でやっていく他帰る手段はないに等しい。

 幾許かの逡巡の後、巧は十六夜の胸倉を掴みあげていた手を離した。

 皺くちゃになった学生服を軽く整えながら、十六夜は一つ咳払いをして、今も呆気に取られている向き直る。

 

「――そういうわけだ。お前達、もう魔王の恐怖に怯える必要はないぞ。止まない雨はない。去ることのない嵐なんてないんだ。虐げられる弱者のために、このジン=ラッセルが立ちあがったんだからな!」

 

「う」

 

 嘘でしょう!? 

 ジンが言うよりも速く、十六夜は仮にも首領である彼の口を乱暴に塞ぐ。

 まるで演説の様な彼の語りを聞いた侵入者たちは、瞳に僅かな光明を指して恐る恐る問うた。

 

「そ、それは本当なのか……? 冗談とかじゃ」

 

「こんな状況で冗談なんか誰が言うか。さあ、速く仲間達の元へ帰れ! そして伝えろ! ジン=ラッセル(救世主)が現れたと! 勇気ある少年が打倒魔王を掲げて立ちあがったと! 存分に言いふらせ!」

 

 次から次へと、白々しいことを……。

 

 正義の味方を気取るつもりはないと言ったのは、一体どこの誰だったか。策のためとはいえ、一瞬で掌を返した十六夜の迫真の演技に巧はもはや呆れるしかない。

 ともあれ、少年の言葉で再起するまでに復活した侵入者たちは、皆が希望に満ち満ちた表情を浮かべて勢いよく立ちあがる。

 

「わ、分かった! 明日のゲームは頑張ってくれ、ジン坊ちゃん!」

 

「…………っ! …………っ!!」

 

 ジタバタと十六夜の腕でもがくジンが瞳で必死に訴える。だが悲しいかな、侵入者たちは興奮状態で誰ひとり気付いてはいない。

 先ほどの沈鬱そうな雰囲気はどこへやら、彼らは嬉々とした面持ちでその場を足早に去って行った。

 ようやく拘束を解かれるも時すでに遅く、茫然自失となりながら膝を追って侵入者達を見送ることしかできないジン少年の姿に、乾巧はほんの少し、欠片ほどの同情を感じるのだった。

 

 

 




……本当に申し訳ないという言葉しか出て来ません。いや、マジでごめんなさいです。

本当は申し開きをする資格もないというのは重々承知なのですが、敢えて言い訳をさせて頂くのであれば少しモチベーションの維持に失敗したというのと、もう一つの方で書いている小説の方でトラぶってショックを受けてスランプってたのと、現実がガチな方で忙しかったからです……いえ、マジで言い訳になってないですね。本当に土下座でしか言い表せないです。

さて、今回もどーんとシリアスな感じですね。まあ555自体がどーんと重いドシリアスな作品なのと、扱っている題材である『命』と『闘うという罪』であるので、自然とクロスしている作品が重くなってしまうのは必然と良いようがないのかもしれませんが。
ちょくちょくスランプの間にも書きすすめていた今回の話だったので、ちょっと今までの話の文体と違ってないか少し心配しています…………たたたたたたたた、たっくん、ぶぶぶぶぶぶ文体が(震え声)

正直、今回の話で『子供たちのところ、子供たちとも大した絡みもねえし、別に削ってもよかったんじゃね?』とか思う方も大勢いるかと思われます。実際、私も途中でそう思ったりもしました。
ですが、これも実は後の布石となったりするので、そこはご了承頂けると幸いです。まあ所詮物書きもどきの私が立てたフラグなので、大抵の読者様が分かってしまわれると思うのですが(汗)
まあともあれ、これも一種のフラグなわけというわけで開き直ったわけですよ!(おい

さて、こんな感じで大丈夫なの? と心配されそうなshoshoheiですが、相変わらず不定期なもののどうにか更新していきたいと思います! 具体的にはガルドととの闘いまでもうちょい速く更新したい! だってたっくんの見せ場が一巻だとあそことルイルイとのゲームしかないんだもん! だって仮面ライダーだから必然的にバトルが見せ場になっちゃうんだもん!(知るか

そんな感じで更新していきます!
ですが期待しないで大丈夫です! 所詮は私ですから! 不定期ですから!
それでは、ここいらで筆を置かせていただきます。御拝読下さった方々、誠にありがとうございました!


……タイトルへのツッコミはなしで(ボソッ

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