104年後からの今   作:requesting anonymity

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87.かつての教え子

「嘆きのマートル」がこんなにも静かに話すところを、ハリー・ポッターは見たことが無かった。

 マートル当人にとっては決して嬉しくなどないだろう「嘆きの」という二つ名はしかし、マートル・エリザベス・ワレンという享年14歳の少女がこの世に遺していったゴーストの在り様を、実に正確に言い表している。

 普段のマートルは、たとえ比較的穏やかな時でもどこか陰鬱とした負の感情が、それも怒りや悲しみといった攻撃的に発される類のものが沸々と蓄積され蟠っていると判る、嵐の前の静けさだと言える爆発寸前の落ち着きしかみせない、特筆して近寄りたくない雰囲気を放つゴーストなのだ。

 

「ねえスラグホーン先生。あなたもしかして覚えてらっしゃるかしら? 私のパパとママが、私のお葬式で、一体どんな顔してたかってこと」

 

 今しがた魔法薬学の教室に現れたばかりのマートルの声は、ハリーにマクゴナガルを連想させた。そのくらい静かで知性を感じさせる声だった。

 そしてハリーは「秘密の部屋の事件」に関する詳細を、ひいてはマートルの出自を思い出した。

 ハーマイオニーも、ジャスティンも、コリン・クリービーも、ペネロピー・クリアウォーターも、偶発的な事故によってではなく明確に狙われて「スリザリンの怪物」の目を――みんな幸運にも間接的にではあったが――見てしまった者たちは、マグル生まれなのだ。

 それはあの部屋が初めて開かれた1943年も同じことで、創設者サラザール・スリザリンの遺志の最も極端な部分を引き継ぐその怪物は、マグル生まれの生徒を鏖殺するべく解き放たれたのだ。

 

「私、棺に押し込められた私の死体に話しかけるパパとママを見下ろしてたわ。知ってるわよねスラグホーン先生。先生は私のお葬式に来てくれたものね」

 マートルの言葉を聞いて、ハリーの中にすでにあった知識が現在の思考と唐突に結びつき、ハリーは気づいた。嘆きのマートルはマグル生まれである。つまりマートルの両親はマグルである。

 マグルはゴーストを見ることができず、ゴーストの声を聞くこともできない。

 

「あの時、私のお葬式で、私はパパとママに話しかけたわ。死んじゃってごめんなさいって。ねえスラグホーン先生、もう何日かで11歳になるって頃の私のお家に、知らないおじさまがいきなり来たのよ。聞いたこともない学校からの入学許可証を持って。覚えてるわよねスラグホーン先生」

 

 マートルに語りかけられているホラス・スラグホーンはずっと、死の淵にあるかのように震えている。その表情はヴォルデモートが怒り狂う姿を目撃した死喰い人たちのそれとウィーズリーおばさんに叱られている時のロンのそれという、似て非なる2つの怯えを同時にハリーに連想させた。

 

「あの時、私のおうちの玄関先で、あなたが私のパパとママに言ったのよスラグホーン先生。おたくの娘さんは魔女です、って。ああ失敬そういう意味じゃないんです、って。私のパパが着てた楽な室内着をあなたが高そうなタキシードに変身させたのよスラグホーン先生。私おぼえてるのよスラグホーン先生。休暇でお家に帰った私がホグワーツでどんな勉強してるか話すのを、パパとママがどんな顔して聞いてくれてたか。自分の子供が魔法使いで、魔法の学校で魔法の勉強をしてるなんて、それが私のパパとママにとってどれだけ絵本みたいに夢のようだったか、スラグホーン先生にはちょっと実感湧かないかしら。先生は確か、すごく古い純血のお家柄なんですものね?」

 

 今はハリーこそスラグホーンに対する重大極まる用事があるはずなのに、マートルはそれを妨げる乱入者に過ぎないはずなのに、ハリーは一言たりともマートルの発言に割り込ませることができなかった。マートルの言葉がスラグホーンの精神にどのような影響を齎すのかがまるっきり判らないのに、ハリーがダンブルドアから命じられた「記憶に関する任務」に悪影響があるかもしれないのに、ハリーはマートルにもスラグホーンにも何もせず、一言も声を出さないまま、マートルが話し終えるのをただ待っている。

 

「純血のお家柄で、スリザリンの寮監だったのだから、先生は安全だったのよね?」

 

 厭味に過ぎないはずのマートルの言葉を受けたスラグホーンが、ハリーには磔の呪いでも浴びせられたかのように見えた。

 もしかしてボガートはスラグホーンの前でヴォルデモートの姿になどならないのではなかろうかと、ハリーは唐突に直感した。ヴォルデモート卿ではなく、トム・リドルの姿になるのではと。

 

「スラグ・クラブ。私は一度もお声をかけていただけなかったけれど、彼は欠かさず招待されていたって、私うわさで聞いてたのよ? そりゃあそうよねあんなに優秀な生徒いないもの」

 

 嘆きのマートルは驚くほど静かな表情で、スラグホーンの目を見つめている。

 

「私のお葬式で、私がどんなに話しかけても、パパもママも私に気づかなかったわ。2人ともずっと私の死体に声をかけてた。すごく泣いてくれてたけれど、一度もこっちを見てくれなかった。あたりまえよね? パパもママもマグルなんだから。マグルはゴーストを見ることもゴーストの声を聞くこともできなくて、それができるって主張してるマグルは嘘をついてるか、さもなきゃマグルのフリしてる魔法使いか魔女で、もしそうなら国際魔法使い機密保持法違反だから遠からず魔法法執行部隊に逮捕されるって、魔法史の試験勉強でやったもの」

 

 マートルの話を遮るべきではないと判断して黙っているハリーとは違って、マートルに語りかけられているスラグホーンは、ただ口を開けたり閉じたりするばかりで全く声を出せていない。

 自己弁護しようとしないだけファッジよりマシだと、ハリーは思ってしまった。

 

「私が死んだのがスラグホーン先生のせいだなんて思ってないわ」

 

 マートルの言葉が本心なのか、ハリーには判らない。

 

「でも、もしかしたら先生は、ご存知なんじゃないかしら。スラグ・クラブでも別の機会でも、何か聞いてないかしら? ねえスラグホーン先生…………私、なんで死ななきゃいけなかったの?」

 

 マートルがとうとう明確に「質問」を発したことで狼狽えながら沈黙するだけではなく返答しなければいけなくなったスラグホーンは、マートルではなくハリーに視線を向けた。

 そんなに嘆きのマートルを直視するのが怖いんですかスラグホーン先生とハリーは思ってしまったが、しかしスラグホーンは実のところマートルからの問いかけに回答する覚悟を決めたからこそハリーにまず確かめておかなければいけない事柄があると思い至ったのだった。

 

「ハリー、きみは、わしに用事があるからまだここに居るのだろう。それで、きみの用事が魔法薬学に関する何かや、もっと他の日常的で些細な内容なら、きみはすでに退室しているはずだな。こちらのミス・ワレンがわしに語りかけている事柄は明らかに世間話ではないのだから、常識と礼儀を弁えているきみのような生徒なら普通は気を利かせて、あるいは単に巻き込まれたくなくて退室するだろう。しかしきみはそうしていない。つまりきみが未だこの魔法薬学の教室に居残っている理由である用事はとても重大で、なおかつこちらのミス・ワレンがわしに語りかけている内容とも関連するものなのだろう? 教室の外で待つという選択すらしないことからして、そうなる――」

 

 スラグホーンは、まずハリーにこの問いかけをしなければ、マートルの死と向き合えないのだ。

 最終的に記憶を提供してさえ貰えればよくて別に特段急いでなどいない、なんなら今日ダメでもまた今度と考えているハリーは、スラグホーンからの質問に答えることにした。

 

「父さんと母さんが死んだ日にヴォルデモートが死にかけたのに死にきらなかった理由について、やつ本人が『ゴーストにも劣るモノとなってこの世にへばりついていた』と表現していた状態に追い込まれた理由について、その程度で済んだ理由について、僕は質問をしなければいけません」

 ハリーがそう述べるとスラグホーンは一瞬だけ不愉快そうな顔をしたが、すぐに元の恐怖と動揺だけに支配された表情に戻った。

 ダンブルドアに思い至ったけれどマートルと目が合ったんだろうと、ハリーはすぐに察した。

 

「…………きみにその質問をさせているのはダンブルドアだな?」

 

 スラグホーンは、ハリーが予想した通りの問いを投げかけてきた。

 

「そうです。けれど、僕も知りたいです。知らなければいけません」

 ハリーが正直な気持ちを答えると、スラグホーンはさらに問いを投げかけてきた。

「…………きみが、ダンブルドアから受けている個人授業の、内容を訊いてもいいかね」

 既に答えが察せている質問をあえてしているのだと、スラグホーンの目が語っている。

「ヴォルデモートの生い立ちについてです。トム・マールヴォロ・リドルがどのように生まれ育ち、いかにしてヴォルデモート卿となったのか。奴の中で何が変化し、何が変わっていないのか」

 

 ハリーには、いま己の過去のもっとも後ろ暗い部分と向き合っているのであろうスラグホーンの表情が、去年あの神秘部での戦いが終わった直後に見たファッジの表情と全く同じに見えていた。

 自分は正当性や正義とは最も遠いところにいると、そう確信した哀れな老人の顔。

 

「私が死んだことに、特に理由が無いっていうなら、別にそれでもいいのよスラグホーン先生」

 マートルの声色はあくまでも静かだった。

「たまたまそこにいたのが私だったってだけなら、私それでも納得するわよ。私の死に、べつに意味なんて無いっていうのなら、それが真実なら、それでもいいのよ。知りたいだけなんだから」

 

 その時「今は畳み掛けるべき場面だ」と、ハリーの心の中にいきなり現れたオリバー・ウッドがそう叫んだ。なぜ唐突にウッドの顔と声が思い浮かんだのかはハリー自身にもよく判らなかったものの、ハリーが記憶しているオリバー・ウッドの姿というのはクィディッチの練習や試合、そして試合前のミーティングなどでの何かに憑依されているとしか思えないほど猛烈に情熱を爆発させているウッドで、つまり考えてみればハリーにとってオリバー・ウッドとは「突撃」の象徴だった。

 

「先生、ご存知でしょうか……ホークラックスのことですが?」

 

 ハリーはわざと、以前ダンブルドアとの個人授業で見た「スラグホーンの改竄済みの記憶」の中でトム・リドルがスラグホーンに投げかけていた質問を一言一句違わずスラグホーンへぶつけた。

 そして案の定ビクリと激しく反応したスラグホーンは、自分の舌を噛み切る決意を固めようとしているのではないかとハリーが心配してしまうほど憔悴しきって追い詰められた蒼い顔になった。

 しかし、それでもスラグホーンはハリーの質問に回答する。

 

「…………ホグワーツの、図書館の、禁書の棚から。本が取り除かれたことがある。禁書の棚にすら置くべきではないと――おそらくダンブルドアが――判断したためだ」

 スラグホーンの声は今際の際かと思うほど弱々しかった。

「きみが死んだ事件のあとで」スラグホーンはマートルを見つめた。「わしは禁書の棚に赴いた。その本の閲覧記録を確かめるために。しかしもう既にそこには、その本は無かった」

 

 ハリーの記憶にある「嘆きのマートル」の普段の振る舞いからすれば、スラグホーンの話に耳を傾けている今のマートルの姿は、到底考えられないほど冷静で辛抱強いものだった。

「例のその……物の。制作手順までも詳細に記されている本だ」

 どうやらスラグホーンは「ヴォルデモート」だけでなく「分霊箱(ホークラックス)」という単語も口にする決心ができないらしいと気づいて、ハリーは落胆した。

 ハリーはスラグホーンのことを、実はひどく臆病な老人なのではないかと疑い始めていた。

 

「じゃあ、何? いい年してヴォルデモート卿だなんて名乗っちゃってる恥ずかしい男の浅はかな目的のために、私がいじめに耐えた日々も独りで頑張って宿題をやった時間もパパとママに褒めてもらいたくて練習した呪文も初めてオリバンダーの店で杖を買った時の嬉しさも全部ぜんぶ無駄になったの? 私もあんなふうに優秀だったらどれだけいいかって、こっち向いて微笑んでくれたりしないかしらって――私、あのスリザリンのリドルに――ちょっと憧れてたのに?」

 

 マートルの言葉にこもっている怒りは、いつもの「嘆きのマートル」のヒステリックなそれではなかった。すぐ隣に浮かんでいるマートルの横顔からハリーが連想したのは、あろうことかベラトリックス・レストレンジだった。今のマートルの大きく見開かれた両目はアバダ・ケダブラを唱える寸前のベラトリックスの決然とした表情にあまりにもよく似ていて、マートルの怒りは一欠片もハリーになど向いていないのに、ハリーは自分の心臓が縮んだかのように錯覚した。

 

「フリットウィック先生は、私のために戦ってくれるわ」

 

 マートルが一言話すたびに、ハリーは今いる魔法薬学の教室の温度が下がっていく気がした。

 

「マクゴナガル先生だって、ダンブルドア先生だって、クリースワーシー先生だって、ビンズはどうだか判んないけど……先生方みんな、私のためにあいつと戦ってくれるわ」

 ハリーはクリースワーシー先生という名前に覚えがなかったが、それでもマートルの発言が的外れだなどとは考えなかった。フリットウィックもマクゴナガルもダンブルドアも殺された生徒の無念を少しでも晴らすために、そして同時にいま生きている生徒たちを守るために戦うことを躊躇しないと、ハリーはよく知っていた。

 スネイプとなんて比べるのも失礼だと思えるほど魔法薬学の教師として優れているとハリーに感じさせるスラグホーンに「不死鳥の騎士団への全面協力」という選択をさせずに踏みとどまらせている要因がスラグホーン自身の臆病さではないという証拠を、ハリーは求めていた。

 

 ハリーにとってスラグホーンは、比較対象がスネイプだからというのもあるだろうが、失望したくないと思える程度には、好ましい教師だった。

 

「私いまのスリザリンにお友達がいるのよスラグホーン先生」

 マートルがいきなり話題をまるっきり変えたのかと、ハリーは勘違いした。

「初めてお友達ができたのよ、私。とっても大切なお友達なのよスラグホーン先生。生きてた頃はお友達なんて1人も居なかったのに。私、あの子たちと同級生に生まれたかったわ……でもそうしたらパパとママの子としては生まれて来られなかっただろうから、やっぱりダメかしら」

 

 そこでマートルは夜の廊下の暗がりみたいに静かで感情の読み取れない目をしてハリーを見つめ、そしてまたスラグホーンへと視線を戻した。

 

「あの子たち、リクエストしたら作って読ませてくれたのよ。セオドール・ノットのすんごいやつ。すごく上手な挿絵だってたっぷりでそりゃあもう――」

 マートルは言葉を切って、またしてもハリーを見た。なんとも毒々しい笑顔を浮かべて。

「あなたのも読んだわよハリー。トレイシーったらすっごく艶のある比喩表現を選ぶんだから」

 

 なんの話かは知らないほうがいいんだろうなと直感したハリーだったが、しかし同時にセオドール・ノットとトレイシー・デイビスが最近していたやりとりがいくつか思い浮かんだことで、ハリーはマートルが今なんの話をしているのかを推察するための材料を得てしまった。

 だからハリーの中に「欲望を満たすために見たいものを自力で創作する」という発想がまったく無かったことはトレイシー・デイビスとルームメイトたちにとっても、そしてハリー自身にとっても幸運だったと言えるだろう。

 

「ねえスラグホーン先生。あの子ったら地味だし人見知りするからスラグホーン先生が気に入る感じの生徒じゃあないかもしれないけれど、良い子なのよ? トレイシー・デイビスって」

 気づけばハリーが今いる魔法薬学の教室を明るく照らしていたはずの天井から吊るされたランタンの灯は全て、いつの間にか寒々しい青色に変わっていた。

 それはレイブンクローの落ち着いた青とはまるで違う、心細さを感じさせる薄暗い青色だった。

 

「トレイシーを守るために戦ってくれるのよね? スラグホーン先生。あのリドルの奴と」

「もちろん……もちろんだともミス・ワレン…………」

 

 ここまで哀れに憔悴しきっていてもこの問いかけには即答できるのかと、スラグホーンの中には確かに高潔さがあって、決して臆病者などではなくファッジなんかと一緒にするのは失礼だったと密かに考えを改めたハリーはしかし、スラグホーンがただ優秀な生徒とのコネクションを構築し維持したいだけの欲深な老教授ではないのなら一体どうしてヴォルデモートを打倒するために力を貸してくれないのか、それも情報提供という極めて簡単な要求を拒むのかが理解できなかった。

 ホグワーツにいるのだから、アルバス・ダンブルドアが居るのだから、ヴォルデモートや死喰い人たちから危害を被るリスクだって他のどこで過ごすより低いのに、なぜためらうのかと。

 

 分霊箱とは何ぞやという説明はすでにダンブルドアから受けて記憶しているハリーだったが、しかしハリーが育った家にいるのはバーノンおじさんとペチュニアおばさんとダドリーなのだ。魔法界の誰もが直感的に理解できる、常識ですらないような社会と道徳の根底にある共通認識であっても、ハリーにとっては新しい知識なのだ。

 だからハリーは魂というものが実在していることだって3年生になってから知ったし、それを分割するというのがどれほど忌み嫌われる言語道断の悪行なのかも、実感などできていないのだ。

 ただ健全ではないことは解るとか、不道徳であるように感じるとか、ダンブルドアがああ言っていたのだからつまりアズカバンにいるような連中でも忌避する種類の魔法なのだろうとか、そういう薄ぼんやりした推測だけが、ハリーの中にかろうじて構築されていた。

 

 もちろん分霊箱の詳細な制作手順なんか知らないし知りたくもないハリーはしかし、手順のどこをミスしても死ぬんだろうなとは直感していた。

(単に死ぬだけならマシなほうなのかもしれないな。魂を分割するなんて、そんなことして平気なわけがない。リスクが無いんじゃない。気づいてないか、見ないふりしてるだけだ)

 歴史の暗がりに過去何人もいたのであろう「分霊箱を制作した者たち」の足元には、それよりもずっと多い「分霊箱を制作しようとしたが失敗して死んだ者たち」の屍が積み上がっているに違いないと、誰にも気づかれないまま独りで勝手に墓穴を掘った邪悪な闇の魔法使いや魔女がいたのだろうと、ハリーは思い浮かべていた。

 

(周りの人より暴力性が高かったんじゃなくて周りの人より脳みその完成度が低かっただけの、悪の道に走ることのリスクを理解できないだけの奴だって、そういう悪党だって大勢いるはずだ)

 

 ヴォルデモートみたいなのがいない時代の闇祓いはたぶんそういう奴らの相手をしていたんだろうなあとぼんやり想像を膨らませているハリーは、スラグホーンが今どれだけ必死に言葉を選び表現を吟味し開示すべき情報と秘匿すべき情報を精査しているのかなど何も察せていなかった。まさかスラグホーンが「分霊箱を作るための呪文は口が裂けても伝えるわけにはいかない」などと、スラグホーンから見れば充分にまだ子供であるハリーだけでなく14歳で死んだマートル・ワレンのことすらも慮っているなどとは、ハリーは考えもしていない。

 

「わしがかつて、ダンブルドアにしつこく請われてやむなく提供した記憶を……明け渡したくないという意思表示だと受け取ってくれと願いながら改竄したあの記憶を、見たんだろうな、ハリー」

 これ以上ないくらいに疲れ切った声で、スラグホーンが訊いた。

「そうです。ですからここで今こうしてスラグホーン先生の話を伺っています」

 訊かずとも解りきっているだろうになどとは決して態度に出さず、ハリーは辛抱強く回答した。

 

「まず…………魂というものは。傷ひとつ無いのが普通で、そうでなくてはいかんのだ」

 

 スラグホーンの視線はマートルへと移っていたが、その言葉はハリーにも向けられていた。

「そしてね。正当防衛などではない、利己的な動機で人を殺めた者の魂には大きな傷がつく、という現象がある。ささくれ立つような、剥がれるような、ヒビが入るような、そんなイメージだ」

 スラグホーンの言葉が途切れた瞬間にハリーは、スラグホーンがなぜその説明をハリーではなくマートルの目を見つめながら口にしたのかが察せてしまった。

 

「分霊箱を制作する手順には、殺人が含まれるんですね?」

「……利口な子だ、ハリー・ポッター。理解が早い……本当にミス・エバンズによく似ている」

 スラグホーンが何の話をしているのかを、マートルも理解したようだった。

「私リドルの奴に殺されたんじゃないわよスラグホーン先生。あの時も私はオリーブ・ホーンビーの奴にメガネのことでしつこくからかわれて、3階の女子トイレに籠もって泣いてたの。それで、女子トイレなのに男の子の声がしたから『出てってよ』って。言おうとしたの。そしたらね、あったの。大きな黄色い目玉がふたつ。それで、死んだの。だからリドルの奴は――あの声がリドルの奴だったなんてあの時はぜんぜん気づかなかったけれど――居ただけよ? 女子トイレに」

 

 スラグホーンの表情は、マートル・ワレンを苦しめていた同級生からのいじめに関して、少なくともマートルの生前の時点ではスラグホーンは何ひとつ気づいていなかったのだろう、という洞察をハリーに与えるものだった。

以前の「スラグ・クラブ」の食事会でロンの名前を間違えていたことからも解る通り、華やかではないと感じた生徒に対してスラグホーンは時々ひどく無関心になるのだ。

 それは間違いなくスラグホーンの欠点だったが、しかしそれでもスラグホーンはハリーにとって、魔法薬学の教師としては考えられないほど素晴らしい人材だった。

 なにしろ授業中に解らないところを質問したら丁寧に教えてくれる上に、たとえグリフィンドール生が相手であっても厭味を絶対に言わないし、そも生徒が所属している寮ごとに態度を変えたりもしないし、スラグホーン自身の出身寮であるスリザリンだけを贔屓したりもしないのだ。

 

 第一、スラグホーンはネビルをいじめないのだ。スネイプと違って。

 

 それにロンがスラグホーンに名前を間違えられた原因の半分は、魔法薬学の宿題のエッセイに眠かったのかと思わせる歪んだ字で「ロナール・ウェーザビー」と署名していたロン当人にある。

 ロンの名前を思い出せなかったスラグホーンは、しかしロンの顔と、ロンが提出した宿題がどの羊皮紙なのかは覚えていて、名前を確認するためにもう一度その宿題に目を通したのだろう。

 

「生徒の名前が思い出せなくて、その生徒の署名を確認して、そこにロナール・ウェーザビーって書いてあったら、じゃあもうその生徒の名前はロナール・ウェーザビーで間違いないでしょうよ」

 

 というハーマイオニーの見解にロンが何も反論できなかったことを、ハリーはよく覚えていた。

 

「もしかしてヴォルデモートはきみの名前知らないんじゃないか、マートル」

 ふと思い至った可能性から目を逸らせず、ハリーはそれを声に出してしまった。

 

「いいえ、ありえないわ」ハリーの予想に反して、マートルはハリーの意見を否定する。「リドルの奴が一度見聞きした物事を忘れるなんてありえない。あなたが思ってる通りリドルの奴は私になんてまったく興味なんか無かったでしょうけど、それでも私が組分け帽子を被るところもリドルは見てたんだから、私の名前が呼ばれるのを他のスリザリン生と一緒に聞いてたんだから、どれだけ関心が無くてもリドルの奴は私の名前を覚えているわよ。必要になることなんてない知識として」

 

 マートルがそう断言した直後、まるで自分に発言する権利があるかどうかを探っているような弱々しい口調で、スラグホーンはマートルの意見を支持した。

 

「わしも、そう思うね。例のあの彼は……ミスター・リドルは、ミス・ワレンきみが入学した年には3年生だったわけで、そしてミスター・リドルは優等生だった、いや、巧妙に優等生を演じていたのだから……本心としては全く興味を持てないとしても、それでも在校生全員の名前くらい、詰まること無く諳んじられただろう。もしかしたら今でも彼は全員分、覚えているかもしれない」

 スラグホーンの発言には続きがあるようだったが、マートルが割り込んだ。

「どうでもいいと思いながら覚えていて、どうでもいいまま死ぬのを見ていたのよ。リドルの奴にとって『覚える』っていうのは、能動的じゃなく受動的な機能なのよ。あいつにはたぶん、人生で何かを積極的に記憶しようと頑張った経験なんて無いはずよ。だってそんなことしなくたって何でもすぐに覚えられるんだから。私、おぼえてるわよ。あの頃リドルの奴がなんて呼ばれてたか」

 

「ホグワーツ開校以来の天才。ダンブルドアすら塗り替えると、そう期待されていた」

 

 スラグホーンのその言葉からは、溺れそうなほどの後悔が溢れていた。

 

「しかし実際にはヴォルデモートが塗り替えたのはグリンデルバルドだった」

 ハリーがそう返すと、スラグホーンはまた老けたように見えた。

「すごかったんだろうけど、グリンデルバルドなんて名前、僕はダンブルドア先生のカエルチョコレートのカードの説明文でしか知りません。どういう意図で何をしようとしたのかも知りません。ただ、ヴォルデモートさえ現れなければグリンデルバルドこそが史上最強最悪の闇の魔法使いだっただろう、って評判だけを知っています。僕が知っている唯一のグリンデルバルドの具体的な実績は、アルバス・ダンブルドアと決闘して敗北したことです」

 

 ハリーとマートルに見つめられたまま、スラグホーンは霧の彼方に目を凝らしているかのような、何十年もの過去に想いを馳せているかのような、細くて遠い表情になった。

 その顔は、少しだけダンブルドアに似ていた。

 

「あの1945年の決闘を見ていない者と直に見た者との間には、如何ともし難い認識の差が生まれた。あの場には名だたる天才や偉人がいたのに、誰も彼もがアルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドの前ではマグルも同然だった。ダンブルドアの支持者も、グリンデルバルドの支持者も、ただ居合わせてしまっただけの人々も、みな等しく観客だった。恐れ慄き逃げ回る無力な大衆だった。空を仰ぎ目を輝かせる無垢な子供だった……それほどに、あの決闘は美しかった」

 

 そう呟いたスラグホーンは次の瞬間、忘れていたかのように話題を戻した。

 スラグホーンは再びマートルへと視線を向けて、教え子を諭す教師の声色で言葉をかける。

 

「きみが命を落とした原因はスリザリンの怪物だが、しかしそれを齎したのはミスター・リドルだ。ミスター・リドルがスリザリンの怪物に……命じて、そうさせた。つまりこれは、単に杖を用いて魔法を行使し相手の命を奪うのと、あるいは刃物を心臓に突き立てるのと、何も変わらない行為だ。いいかねミス・ワレン。きみの死という事象について、スリザリンの怪物は犯人ではなく凶器なのだ。きみの命を奪ったのは議論の余地なくミスター・リドルの故意だ、ミス・ワレン」

 スラグホーンは10秒ほど沈黙してから、また話し始めた。

「わしがリドルに言ったんだ。口が裂けても説明したくないと。禁書の棚でも探したらどうかね、と。禁書の棚にはあの本が、オウル・ブロックの著書たる『深い闇の秘術』があったというのに。わしがあの時、わしはあの本の存在が、すっかり頭から抜け落ちていたと言ったら、きみは信じてくれるかねハリー・ポッター……ゴデロットの『最も邪悪なる魔術』にある『ホークラックス。魔法の中で最も邪悪なる発明なり。我らはそれを語りもせず、説きもせぬ』という序文でも読んで、それで諦めてくれればと願ったのだ…………」

 

 スラグホーンの声色は憐れみを誘うものだったが、しかしハリーには気になる点があった。

 

「スラグホーン先生がそう提案した時点で、とうにヴォルデモートは禁書の棚を隅々まで漁った後で、その『深い闇の魔術』とかって本は既に見つけ出して読み終えてたんじゃないですか?」

 ハリーからすればスラグホーンは利用されただけであるように思えたが、スラグホーン当人としては、どうしても自分を被害者だとは考えられない様子だった。

「そうかもしれんが、そうではないかもしれん。どちらにせよ、わしはあのミスター・リドルが、闇の魔術の中でも最も邪悪な、アズカバンに終生収監されるべき者たちですら避けるような悪辣極まる、道を外れた知られざる魔法を学べるよう、懇切丁寧に与えて、教え導いてしまったのだ」

 

 スラグホーンが自分よりも遥かに人生経験豊富だなんて解りきってたことだろうと心の中で己を叱ったハリーは、記憶を提供してもらうためにどう説得するべきなのか、そのためには何を参考にしたらいいのかと思い悩んだ挙句に想像をいくら膨らませたって限界があると理解して、推測や洞察といった手段をスッパリやめて、自分が見聞きした事物の中から、実例を探し始めた。

 そして少々の時間をかけて、ハリーはひとつの名前に思い至った。

 

「スラグホーン先生。僕が2年生の時のこと、あの秘密の部屋の事件について、どこまでご存知ですか。ヴォルデモートに操られてあの部屋を開いた生徒を、スラグホーン先生は責めますか」

 

 ハリーはスラグホーンが考え込むと予想していたが、その予想は外れた。

「その生徒は、故意にそうしたのかね。自ら望んで走狗となったのかね」

 すぐさま問い返してきたスラグホーンの声は疲れ切っているかのように弱々しかった。

「いいえ、先生。ヴォルデモートに陥れられました。意識を乗っ取られていました」

「では責められない。死喰い人と名乗っている者たちのように自発的に従っているのではないのなら、服従の呪文やそれに類する術で操られていたのなら罪は無い。しかし、わしはそうではない」

 

 ハリーがいま例に出しているのが誰の話なのか、スラグホーンは訊かなかった。

 そしてスラグホーンの表情から、ハリーが次に思い浮かべたのはシリウスだった。過去に深い後悔があるらしいスラグホーンの今の表情がハリーには、シリウスが父さんの話をしてくれる時たまに浮かべる表情に、とてもよく似ているように思えたのだ。

 

「スラグホーン先生、シリウス・ブラックはどんな生徒でしたか」

 

「今すぐにでも魔法薬学の教師になれる。それだけの能力を、彼は6年生になった時すでに有していた。ミスター・ポッターともども有していた……2人とも、魔法薬学の知識と技術というだけの意味ではない、もっと広範な適正が、良い教師が持つべき要素の全てがあった……ハリー、きみの父親とミスター・シリウス・ブラックは、大親友などというありふれた言葉では言い表しきれないほどに、どうしようもなく一体不可分だった。愛とは色恋や血の繋がりからしか生まれないものでは決してないのだと、友との絆もまた愛なのだと、わしはあの2人からそれを教わった」

 

 当たったと、ハリーは思った。父さんシリウスありがとうと、この線で攻めればスラグホーンは陥落すると、ハリーはそう直感して、慎重に話題を選び始めていた。

 

「父さんと母さんの話を、シリウスから聞きました。ホグワーツを卒業してすぐ結婚して、2年後に僕が生まれて、その翌年に父と母は殺されたんです。卒業してから3年で。21歳で、2人とも」

 

 その言葉によって意図通りにスラグホーンが打ちのめされているのをハリーが確認しているすぐ横では、ゴーストのマートル・ワレンが「嘘。若ぁ……そんな…………21歳で……」と、スラグホーンと同じかそれ以上にショックを受けていた。

 自分だって14歳で殺されたろうに、ハリーが話したジェームズ・ポッターとリリー・ポッターの身に降りかかった悲劇に動揺しているマートルの姿は、ハリーがそれまで見たこともないほどに、あまりにも普通の4年生の女子生徒だった。

 

「そんなのってないわよ……あなた1歳だったのよねハリー……? そんなのってないわ……」

 

 こんな普通の女子がなんで殺されなきゃいけなかったんだと、ハリーは嘆きのマートルというゴーストのことを4年前から知っているのに、この時初めてマートル・ワレンの死を悼んだ。

 

「あってはならんことだ。なのに、起きてしまった」

 スラグホーンのその声で、ハリーは自分が今なにを目的としてここに居るのかを思い出した。

 

「シリウスは僕の父と母が死んだのを、自分のせいだと考えています。ピーター・ペティグリューを秘密の守り人にしようと、そう僕の父と母に提案したのがシリウスだったからです。シリウスがペティグリューを説得し、ペティグリューはゴネましたが説得されました。けれど実際にはペティグリューは、シリウスが『秘密の守り人』に関する提案を持ちかけるよりも1年以上も前から既に不死鳥の騎士団を、ひいては僕の父と母のこともシリウスのこともルーピン先生のことも他の皆のことも裏切っていました。ペティグリューはとっくに死喰い人でした。このことをシリウスは未だに後悔し続けています。『自分の愚かな選択のせいでジェームズとリリーが死んでしまった』と」

 

 ハリーの言葉にスラグホーンが示した反応は劇的で、そしてハリーの狙い通りだった。

 

「違う!」シリウスがそこに居るかのようにスラグホーンは大きな声を出した。「それはシリウス・ブラックの罪ではない。決してそうではない……陥れられたという事実は、陥れられた者の罪にはならない。陥れた者の罪なのだ。シリウス・ブラックは被害者であって加害者ではない。ミスター・ポッターも、ミス・エバンズも、きっとそう言うだろう」

 ハリーはスラグホーンの言葉が心に響いたふりをした。もちろん嬉しい言葉だったしハリーとて同じ意見だったが、しかしハリーの心に今あるのは感動ではなく冷静な目的意識だった。

 

「ええ。だからこそ今シリウスは不死鳥の騎士団の一員としてヴォルデモートに立ち向かっています。犯してもいない罪を償うためではなく、犠牲になるべきではなかった命のために」

 スラグホーンの身体が僅かに震えているのを、ハリーは話し続けながら見て取った。

「ヴォルデモートと分霊箱のことを、推測できる人は居ます。それこそダンブルドアとか、ダンブルドアの学生時代の先輩だったらしい例のあの先生とか。でもスラグホーン先生。あの2人にできるのは、どこまでいっても『推測』止まりなんです。スラグホーン先生がお持ちの『それ』が無いと僕らは勝てないんです。推測の上に推測を重ねた歪んでグラグラ揺れてる積み木みたいな行動方針の上に立って、それがどれだけ不安定なのかも判らないまま戦うしかなくなってしまうんです。ヴォルデモートと分霊箱についての明確な『証拠』を提出することは、あのおかしな先生にも、ダンブルドアにもできないんです。それを持っているのはスラグホーン先生おひとりだけなんです」

 

 言うべきことは全て言ったと、ハリーはそう判断した。説得に使えそうな材料は思いつく限り使ってしまったからこれでダメなら例のあの先生を連れてきてスラグホーンの脳をジュルジュルと搾ってもらうしかない、とか考え始めたハリーの見ている前でスラグホーンは実に10分近くも沈黙し続けた。その間ハリーは何も言葉を発さなかったし、マートルもそれは同じだった。

 

「…………ダンブルドアのところに行こう。ついてきてくれるかね、2人とも」

 

 ついにそう言ったスラグホーンの声色は故人を弔っている最中かのように沈痛そのもので、自分はいま任務を達成したのだと察しているのにハリーはこれっぽっちも嬉しくなかった。

 

 一方、ダンブルドア先生はいま禁じられた森の奥にいますと証言したハリーが何の因果が自ら進んでアラゴグのコロニーへとスラグホーンを案内している頃。

 ずいぶん久しぶりにグリモールド・プレイス12番地を訪れていた2人、不死鳥の騎士団の活動を助けるものや自分に役立つ何かが無いかと漁りに来たシリウス・ブラックと、金目の物を漁りに来たマンダンガス・フレッチャーは、いったいどれだけ永いあいだ放置されていたのか判らない物置部屋などを遠慮なく荒らして各々の戦利品を2階の適当な空き部屋に持ち寄り「シャレにならない呪いの品とかではない」と確認するべくひとつひとつに簡単な秘密暴きの呪文を唱えてみていた。

 

 高く売れそうな物ばかり見繕ってきたので、マンダンガスは当然、どれにも決して素手では触れないように徹底していた。

 

「――うげ、こりゃダメだ!」

 

 直接触らないために使用していたハンカチがみるみる溶け始めていることに気づいて、マンダンガスはそのハンカチで挟んで持ってきた首飾りを慌てて床に投げ捨てた。

「それはたぶん母上様のコレクションかな……ボージン&バークスなら買ってくれそうだが?」

 自室の壁から剥がしてきたらしいマグルのお嬢さんの肌も露わなポスターを、シリウスはいそいそと丸めて梱包していく。

「うーわ、悪かった悪かったって……勘弁してくれよ……元あった場所に戻しゃいいのか?」

 どんどん床を焦がしていくその銀とオパールのネックレスを、マンダンガスはとりあえず杖で操って空中に浮遊させて隔離した。

 

「これはどうだシリウス。思い出の品とかだってんなら元んとこに戻しとくぜ」

 

 マンダンガスがそう言って示したのは、大きなロケットペンダントのネックレスだった。

 そのロケットはなんとも古そうで、表面に小さな緑色の宝石がいくつも埋め込まれて「S」という一文字を形作っていた。

 

「わからない。見たことがない」シリウスの言葉には戸惑いがありありと浮かんでいる。「父や母の持ち物ではないし弟が持っているところも見た記憶がない。Sってなんだ? セルウィンか? だとすれば、どんな経緯でうちに来たにせよ…………セルウィン家に返還するべきか?」

 しかしセルウィンの奴は死喰い人だしなあと逡巡しながら、シリウスはさっきのよりさらに過激な、ほとんど紐みたいな水着を身につけたお嬢さんのポスターを大切そうに梱包していく。

 

「シャックルボルトのSだったら話がはえーのにな」

「言えてるなマンダンガス。今度会ったらキングズリーに訊いてみるか――」

 

 よく判らない古い品というだけの根拠で店に持ち込むよりも来歴を証明できた方が高く買い取ってもらえそうだから、とりあえずこういう品を見つけたということだけ覚えておいて今日のところはどこか忘れない場所に片付けておこうと、シリウスとマンダンガスはそう結論付けた。

 

「あ。そのカトラリーは持ってっていいぞマンダンガス。……クリーチャーに気づかれるなよ」

 

 一族代々の品なんかむしろ手放したいくらいに思っているシリウスと、高く売れそうな品がほしいコソ泥マンダンガスとで、なんと利害は一致しているのだった。

 

 この日シリウスとマンダンガスは終始2階や3階で作業をしていてそのロケットを1階リビングには持って行かなかったために、リビングの壁にかかったフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画もシリウス・ブラック2世とフィニアス・ブラックの学生時代の姿の肖像画もそのロケットを目にすることはなく、従ってオミニス・ゴーントの父が身につけていたゴーント家先祖代々の品がなぜ今このグリモールド・プレイス12番地にあるのかと疑問が呈されることも、なかった。

 

「見てくれマンダンガス。巨乳だ」

 

 いったい何枚そんなポスターを持っているのか、マンダンガスは訊く気にもならなかった。

 

 




 
【オリーブ・ホーンビー】Olive Hornby
 マートルの死の間接的な原因になったいじめっ子。彼女にいじめられていたマートルはその日もメガネのことでからかわれて、いつものように3階の女子トイレに籠もって泣いていたが、そこには秘密の部屋への入口が隠されていた。
 数時間誰もマートルの姿を見ていないと気づいたディペット校長は最後に目撃されたマートルとトラブルを起こしていたオリーブ・ホーンビーに捜索を命じ、オリーブ・ホーンビーはマートルがいつも3階の女子トイレで泣いていると知っていたのでからかいの言葉を口にしつつ捜索に赴き、そしてマートルの死体が発見された。
 オリーブ・ホーンビーは恐慌状態に陥り、それをゴーストのマートルは喜んで見ていた。
 以降もオリーブ・ホーンビーはマートルの死を一生忘れられなかった。なにしろ嘆きのマートルはオリーブ・ホーンビーにその後もずっと取り憑いて、事あるごとに思い出させたから。

 マグル生まれの入学に際して入学許可証を送るだけでなく教師が直接訪問するのは公式設定。
 マートルにホグワーツの入学許可証を持っていったのがスラグホーンだというのは私の妄想。
 ただ、マートルがマグル生まれである以上、当時の先生たちの誰かがワレン家を訪れたはず。

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