間に合いました
AveMujicaは匂わせです、あんま出てこないです()
はぁっと吐いた息が白い。
手袋をしていても貫通してくる寒気。
おまけに着込んでも凍える寒さ。
これでどうして人間は住めると判断したんだろうか。
まぁ、それはどうでも良くて。
「…女の子の準備は時間かかるっていうから時間早めに設定したけど…間に合うかな」
「何か?」
「うぉ!?…びっくりした、いつから居た?」
「ちょうど今来たばかりですわ、ごめんなさい、待たせてしまって」
「いやぁ、俺もたまたま早く着いただけだし」
服装をパッと見て、思わず暖かそうだなぁと思った。
「…ユウさんも、だいぶあったかそうですが」
「うそ、漏れてた?いやこの格好割と冷えるんだよ」
「ですがまぁ、動けば多少マシになるでしょう、行きますわよ」
「了解。向かおうか」
祥子の言う通り、足を動かしてさえいれば少しは寒さも紛れる。
駅前を過ぎて大通りに出た時、ふと思い出したことを聞いてみる。
「そう言えば、今日の目的地は?」
「…伝え忘れていましたか?」
「…聞いた気がするけど、俺が忘れてるだけか?」
「気を遣わなくてもよろしいですわ。これから、あそこへ向かいます」
祥子が指さす方向には、遠目からでもよく見える観覧車。
「遊園地?」
「はい。生まれてこの方、友人と遊びに行く、ということを経験したことがないもので」
「…俺が友人?」
「えぇ。不満ですか?」
「…いいや?」
「ならいいのですわ」
ふわっと笑って、祥子は少し前を歩く。
「ユウさんとした約束、私は忘れていませんわよ?」
「…だから友人扱いなのかって疑問なんだけど」
「あぁ…まぁ、それは私がどう思うかですので」
「…そうですか」
これだけ彼氏彼女感出してるが、付き合ってるわけでもなければ友人と呼べる仲でもない。
この外出は彼女の秘密を知ってしまったが故の契約であり、俺に一切の自由は許されない。
「…少しは元気を出してくださいまし?このままでは私が嫌な女みたいですわ」
「…自覚はしてるんだ」
「多少は。貴方がバラさなければいい話ですわ」
「言われなくてもバラさないよ」
「ならいいですわ」
黙ってれば美人って、こういうことなんだろうな。
いやまぁ、喋ってても美人ではあるんだけど。
悪いことを考えてる顔も、まぁ別にいい顔してると思う。
「…何か不埒なことを考えましたか?」
「いや別に何も。早く行こう」
「…そうですわね。遊べる遊具がなくなってしまうかもしれません」
契約と言ったが、俺は別に脅されてるわけではない。
帰り道にたまたま見てしまった、彼女の秘密。
それを隠しておかなければ…と、数日前に近くの公園のベンチで凄まれたし、翌日の学校で脅されたような気もする。
が、その後が思いつかなかったらしく、言い淀んだ彼女に、提案する形で「行きたいところに同行しよう」と言ったのだった。
故に、祥子と結んだ契約に、俺を害するものは何一つだってない。
祥子の正体を隠さなければ、俺に何かが降り注ぐ、なんてことは微塵もないのだ。
…いや、今日の集合、祥子より先に来なければなんかあった気がするが、もう忘れた。
ともかく、なぜこの契約を受けたかと言えば。
そこまで隠したがる正体を、他人に言うことを憚られたからだ。
だから契約に乗った、互いにとってメリットデメリットが少ないのに。
後は、まぁ。
年頃の男子なら、女子と2人きりで出かけてみたい下心は、少なからずあると思ってる。
遊園地に着いて一日パスを買い、早速乗り込んだのはジェットコースター。
そこまでの起伏もなければ天地が逆になったり途中で止まったりえぐい角度で突っ込んでいくようなものでもないため、面白みは無かった。
で、今は休憩中。
「水飲む?」
「…いただきますわ」
ベンチに座り、真っ白に燃え尽きている祥子の視界に水のペットボトルをちらつかせ、祥子が掴んだのを確認してから手を離す。
「いくら何でも初手ジェットコースターはバカだろ」
「…行けると、思ったんですわ…怖くも、なんとも…」
「グロッキーに言われても説得力ねえよ」
言いながら、言葉使いが普段に戻ってきているのを感じる。
少し気を抜くとこれだ。
「…というよりユウさん、あなた普段は結構乱暴な物言いですのね」
「…別に。いつも気を遣う必要がないだけだ」
「あら?では、少しは私に心を開いてくれた、ということですか?」
「…そうなんじゃない?」
吐き捨て、祥子用の水と一緒に買った自分の炭酸を煽る。
開栓直後の炭酸は強いが、口は固いので大丈夫。
「口が堅いって、そういうことじゃないと思いますわ」
「しれっと俺の思考トレースしないでほしいんだけど」
「今のユウさんの顔、くだらないことを思いついた、みたいな顔してましたもの」
「心開いたら辛辣だなアンタ」
なんであんま仲良くないやつの思考トレースできるか、って疑問はさておいて、飲み終えた炭酸のペットボトルをゴミ箱に投げ入れてからパーク内を練り歩く。
「で、これからどうすんの?ジェットコースター乗りに来ただけ?」
「そんなまさか…と言いたいところですが、実はノープランです」
「知ってた。あんたこういうとこ来なさそうだもんな」
「…どこを見て、そう思ったんですの?」
今の会話のどこかで地雷を踏んだらしい。
少し前を歩いてた祥子の足が止まり、にこやかに圧をかけてくる。
「縁がなさそうだなって思っただけだよ」
「…と、言うと?」
「娯楽とか知らなそうな顔してるから、なんとなくそう思っただけ。悪かったな、ヤなこと言って」
「…いえ、私こそ」
さて、気まずい。
「…とりあえず歩くぞ、止まってると邪魔だ」
「…そう、ですわね」
なんとなく危ない気がしたので、手を引いて歩くことにする。
頼むから何も言わないでほしい、そう思いながら。
ふと、今まで教室の端っこで聞いていた、どこでもいちゃつくカップルの彼氏側の惚気を思い出した。
曰く…手繋いだら実質抱いたようなもん、みたいな内容だった気がする。
絶対飛躍してるし違うだろ、と思う。というか思ってた。
――祥子の手を繋いで歩いてる、この瞬間までは。
鼓動が早い。
頭が今までにないスピードで回ってる気がするし、逆に全く回ってない気もする。
なるほど、確かに似たようなものかもしれない。
「ユウさん」
「…あっ、悪い」
手を離す。
人波から外れたここなら、もういいだろう。
「いえ、助かりましたわ。あのままでははぐれていた可能性もあったので」
「でも、許可くらいとるべきだったな、ごめん」
「助かりました、と言っているのですから、謝罪はなしですわ」
そう言われてしまえば、謝罪を重ねるのもダメだろう。
感謝の意を伝えることにして、人波から外れた道で、夕焼けによって赤く染まりつつあるパーク内を見渡す。
「なぁ、あれ乗る?」
「あれ?…あぁ、観覧車。私は構いませんが、ユウさんは?あなた、今日ジェットコースターしか乗ってないでしょう?」
「早く動くもんは疲れるんだ、閉園前に上からの景色ぐらい眺めとこうぜ。ちょうどいい景色になりそうだし」
「あっ…もう、お待ちになって!」
歩行スピードもそこそこに抑えつつ、観覧車を目指す。
「ユウさん、一番楽しそうな顔をしていますわね」
追いついた祥子にそう言われて、今自分は楽しんでるんだと自覚した。
「そう?…まぁ、そうかもね。誰かと行動してるのが楽しいんだと思うけどね」
「自分のことぐらい理解してくださいまし。まぁ…わからなくはないですが」
雑談もそこそこに、観覧車に到着。
ゴンドラの中で対面して座る。
「そこそこ暖かいな」
「そうですわね、少なくとも外よりは」
乗ろうぜと提案した手前、話の話題を作らないのはいかがなものか。
いやでも正直疲れたから、どうせならアトラクション乗りながら休みたかったのもある。
色々が混ざった息を吐き出すと、苦情が飛んでくる。
「…あまり人の前でため息はよろしくありませんわよ?」
「あー…悪い、なんか色々起こり過ぎてさ」
クラスでだれともつるまず、ただ一人存在する彼女。
授業が終わればすぐに教室を出て、音楽室でピアノを弾いているのを一度だけ見たことがある。
そんな彼女の秘密を知ってしまって、契約という形で、今は二人でゴンドラに揺られている。
「…人生、何が起こるか分かんねえな」
「…本当に、そうですわね」
言葉の重みが違う、そう思った。
先の「遊園地に来たことがない」という発言然り、以前学校の正門にいた月ノ森の学生然り、何か事情があるのだろうとは察したが、別に追及することでもないかなと、頭の隅に放っておいた。
けれど、ここには2人きり。
「なぁ、なんであの日、ライブハウスから出てきたんだ?」
「…言わなければならないこと…ですわね。貴方には話してもいいでしょう。つまらない話になるとは思いますが」
「別にいいよ、観覧車は長いんだ」
祥子の家のこと、親のこと。
かつて所属していたバンドがあったこと、今はもう、絶対に戻れないこと。
それと、新しいバンドのこと。
「…そ、っか。なんか、大変なんだな」
「同情は必要ありませんわ。私が選んだ道ですので」
「んー…なんか、困ったら言えよ」
「…は?」
「いや、なんかさ。自分語りで申し訳ないんだけど、昔の俺に似てるっていうか、なんか、目離したら死にそうな。なんか、そんな感じしてさ。…いないのか?周りに話せる人間とか」
「言えば他人を巻き込んでしまいます。特に、今のバンドのメンバーには」
じゃあなんで俺には言ったんだ、という疑問は、信頼の証だと捉えて、言わないでおく。
「…死ぬなよ」
「何ですか、藪から棒に。言われなくても、そのつもりですわ」
「ならいいよ。知り合いに死なれるのは来るものがあるから、言ってみただけ」
「…そうですか」
気付けば、観覧車も終わりだ。
行く前に言ってたような夕陽を見るみたいなことはできなかった。
彼女の手を引きながらゴンドラから降りる。
少し歩いて自販機近くのベンチ、特に何も買わずに座る。
「結局景色は見ませんでしたが、よろしかったのですか?」
「いいよ、秘密にしたがってた理由もわかったし、これでますますバラせなくなったってことで」
「…それはつまり、理由がくだらなければバラしたと?」
「違うよ…いや今の言い方だとそうなっちゃうのか…違くて。ほら、契約の話。俺にデメリットないじゃん?」
「ユウさんが私に付き合うということで…あっ、そうでした」
「だからこれからの契約。俺の身の上話、あれ秘密にしといてね」
柄にもなく、唇に指をあてて「しー、な?」と言ってみる。
「…子供じゃあるまいし、話しませんわ」
「ならOK、お互いの秘密を共有して、これを契約にしよう。どっちかが破ったら、破った方の秘密の暴露、これで良い?」
「構いませんわ。…それにしても、律儀ですわね。デメリットがない契約なら、結び得でしょうに」
「ばらしたら困るのそっちだろ?友人としては、友人が困ってる姿は見たくないんだ」
「…そう、ですか」
ふと携帯を見れば、そろそろ遊園地の閉園時間。
…バッテリーの残り%数が、今日のデートの点数みたいなのをどっかで見た気がする。
「89…か」
「なにか?」
「いや別に。閉じ込められる前に帰ろうぜ、祥子」
俺が名前を呼ぶと、祥子は固まった。
「…名前、何で知ってるんですの?」
「偽名なの?」
「いえ、そういう訳では」
「クラスのやつの名前ぐらいは覚えるよ。1年一緒になるんだし。帰ろうぜ、祥子」
「…距離が近いので、せめて豊川から始めてくれませんか?」
綺麗な人を下の名前で呼んで、何が悪いっていうんだ。
秘密を抱えて生きる彼女と秘密を共有したい、そんなお話しです
実際彼女はたぶん話してくれないと思いますが、それはそれということで。