天文部の活動記録には、ふたご座のことばっかりがたくさんたくさん書いてあった。
位置を一晩丁寧に起こしたものもあれば、神話を要約していたり、感想を加えていたりもする。ほとんどは『るんっ♪』とかオノマトペになってて詳しいことはよくわからないけど……ふたご座が好きだったのかな。
そんな中のひとつが目に留まった。
ちょうど一年くらい前の日付に記された名称──『ふたご座流星群』。
12月5日頃から12月20日頃にかけて出現する年間三大流星群のひとつ。
今年の極大は、明日の夜明け前。
下校時刻まで部室の番をして、チャイムと同時に駆け出した。
天気は一晩中晴れで、バンドの練習も予定はない。生徒会長に活動記録を提出するときに尋ねてみたら、前例もあるからって天体観測の許可をもらえた。
真夜中だしいいのかな、と思ったけど……なんだか、嬉しそうにしてて。前生徒会長──『ヒナ先輩』の後輩だからって言ってたな。先輩の後を私が継いで喜んでくれるなら、そうしたい。
運動部みたいなものだから、ってジャージで来ていいって許可ももらえた。それから防寒具と、レジャーシートと敷く毛布、掛ける毛布、ホッカイロもたくさん持たせてくれて。お陰で温かく過ごせそうだけど……寝ちゃったらどうしよう。死んじゃう、かな。
「死にたく、ないなぁ……」
屋上で寝そべりながら、どきどきする心臓が止まりっこないのを確かめて。
吐いた息の白く霞んでいく向こう側で星が流れ出すのを、私は、ひとりで眺めている。
……流れる星を、振り絞る最後の輝きなんだって思ってた。
大気圏に降り注ぐ欠片たち。飛び込んで、瞬いて、誰かの記憶の片隅に焼き付いた一条だけを残して消える。日が昇れば太陽に、沈めば町の華やぎにかき消される儚い光。どこかへたどり着けるのかもわからない
その根源はなんだろうって、考えたことはなかった。
流星群は母天体から生まれる。宇宙の彼方、果ての雲から泳いできた彗星の吹き散らすチリや、旅を終えた小惑星の放つ揮発物質、ときには太陽の近くをかすめて飛ぶサングレーザーが砕けたりなんかして、それらが大気圏内に飛び込んでくる。
ふたご座流星群の母天体は小惑星フェアトン……らしい。活動的小惑星として分類される、彗星と小惑星の中間のような扱いなんだって、天文学のニュースで知った。
木星と火星の狭間で漂うばかりの誰でもない小惑星群から、彗星になろうと独り飛び出した星。太陽に身を焼かれながら
迷って迷ってどこへも行けなくても、もがいた軌跡は誰かが知っている。
極大。溢れんばかりの星屑を深呼吸で吸い込んだ。膨らむ肺がヒリヒリ寒さを訴える。
張り裂けそうな胸を押さえて、私は電話を掛けた。
「……ぁ、もしもし……?」
「……こんな時間に、なに?」
起きてた。
よかった。
「……そよちゃん。空、見てる……?」
彗星の残骸を胸に抱き締めながら聞き逃さないように耳を澄ませた。
パケット変換された溜め息と、車の通る音。
「……ほんと、なんでわかるの」
「え、ぁ……合ってる?」
「ふたご座流星群でしょ。見てるよ。意外と明るいんだね、流星群って」
「今がちょうど極大で……流れてくる星の数も多いし時間帯的にも街の明るさが落ちてくるから」
「それで、どうして電話?」
どうして、って言われると困る。衝動的なものだったから。
「……そよちゃん。流星群が彗星だったって、知ってた?」
「ダストテイルからこぼれたチリ、なんだっけ。理科で習った気もするけど」
「……あの、えっと……」
鼓動がうるさくて、指先が痛むくらい冷たい。スマホを持つ手をもう片方で包んで温める。
向こう側からはまた車の通る音がひとつ、ふたつ。
それから、そよちゃんの小さな、呼吸だけ。
「……私たちも、彗星だったから。そよちゃんも見てるかなって……」
「……燈ちゃん、いま歌詞書いてたりするわけ?」
「ぇ……ち、ちがう、けど……学校。天体観測してる」
しばらく沈黙が立ち尽くして、また満ち引きする溜め息がそれを横たえた。ちょっと間をおいて椅子の軋む音も。
……外に、あのバルコニーにいるのかな。
同じ
そよちゃんは独り言みたいに呟く。
「……アステロイドベルトには今更もう帰れなくて。みんなから逸れた楕円軌道で、ぐるぐる回るだけなのにね」
「でも、消えてない」
覚えてる。
初めてのライブで浴びたライトの雨を。爆ぜるような歓声に押されて戻った舞台袖を。
私を湿った土の外へ連れ出して、虫から人にしてくれたさきちゃんの涙を。
覚えてる。
客席に見た姿に掛けた言葉を。背中にピアノのない音楽を受けて叫んだ歌を。
唇を噛んで走り去るさきちゃんの、遠ざかる長い髪を。届かなかった温かさを。
覚えてる。
「消えない。彗星だったことも。砕けたことも。違う
輝きが命なら。
誰かの胸に宿った燈火の尽きる日が終わりなら。
忘れられない限り、ずっと。
「どんな流星群になっても、彗星だったことは変わらない」
私たちはクライシックだった。
これから先、どんな名前で呼ばれたとしても。
傷が癒えても、膿んでも。
「……燈ちゃん。それ、歌詞にはしないでね」
「……しない。忘れないだけ」
「そうだね。……忘れられないね、一生」
光って、光って、消えて消えて。
夜が藍色になっていく。
けど、流星群はまだ、まだ、まだ──