※あくまでコッペリア`もどき`なので!
深い森の奥。ビーストマンの集落にほど近いそこを、武装した集団が走っていた。一見革の軽鎧を身に着けた狩人のようであったが、彼らの装備からは薄い魔力が感じられる。そして先頭を走るリーダーと思しき男の顔には、大きな傷が刻まれていた。
「隊長、
「状況を」
「青薔薇は集落に留まりました。監視の継続を試みたものの妨害を受け、撤退しました」
「……」
「隊長?」
「いや、問題ない。本国に戻るぞ」
【
「ここに陣を敷く。三時間ほど体を休ませた後、出発する」
その言葉に疲れを多分に含んだ部下の返事が返ってきた。無論あからさまに声に出した者はいないが、ニグンにはそれが感じ取れた。
それぞれが思い思いの場所に腰を下ろして栄養食をかじったり装備を確認したりする中、一人の隊員がニグンに近づいてきた。
「隊長」
「どうした」
「その、傷を治されないのでしょうか」
未だに熱を持ち続ける頬の傷は、深刻そうに見えているらしい。しかしニグンは年若い隊員の問いには答えずこちらの様子を伺っている部下たちに向けて、その背中を押した。
無言の否定に気が付いたのか恐る恐る離れていった隊員が、他の部下たちに囲まれている。ニグンはそこから目を逸らして、再沸しようとした怒りを飲み込んだ。
「……青薔薇め」
それでも怒りはふつふつと湧きあがってくる。任務の邪魔をし、あろうことか亜人どもを庇った冒険者の女ども。ざっくりと切り裂かれた頬が、無様に負けた自分をを責め立てているようだった。
「隊長!」
そんなところに、野伏の技能を修めた部下が駆け寄ってくる。彼には周辺の探索を命じていた筈だが、一人では対処できないものがあったのか。
「どうした」
「それが――」
焦った様子の無い部下の報告を受けていたニグンは、その内容に目を見開いた。
「あそこです」
「……あれか」
神の遺物を見つけた。部下はこう言った。
それを確認するために、ニグンはその場所を包囲するように部隊を展開した。何名かにビーストマンの集落の方向を見張らせ、ニグン自らがそこに近づく。
「この魔力……」
そこにあったのは、一人の黒髪の少女の形をしたナニカだった。大木に背を預けるように座り込んだ
身に着けているもの全てから膨大な魔力を放っており、なぜ今まで気づかれなかったのか不思議に思うほどだった。
「私が行く」
「お待ちを。罠かもしれません」
「だからだ。お前たちはまだ魔力が回復していないだろう」
そう言って引き下がらせたが、それが出来の悪い言い訳であることはニグンが一番良く分かっていた。ただ自分は、この鬱屈とした気分を紛らわせたいだけだった。
近づいて行くにつれて、少女が纏うのがただの服ではないことが分かった。金属的な反射を抑えた細かな板金が動きを阻害しない程度に張り付けられている。そしてニグンはさらに歩を進めた。衣服の皺すら見分けられる場所まで近づく。
「ッ、」
指先がほんの少し動いたような気がして、ピタリと足を止めた。後ろ手に回した手で合図を送ると、背後で部下たちが動くのが分かった。茂みに隠れる部下たちの射線が通るように位置を調整しながらまた距離を詰めようとすると、前髪の間から睫毛が震えるのが見えた。
一歩、さらに一歩。そして触れるかどうかという場所で膝を折り――薄青の瞳と目が合った。
「な、」
髪に隠れた薄青の目が無感情にこちらを見つめている。否、見つめているというよりも、開かれた目がこちらを向いているというのが正しいようだ。ニグンはいつかに出会っためくらの老人を思い出した。何の感情も宿らない黎明の瞳はその時に見たものと同じだった。
「――、すか」
「……何?」
なにか言葉を発したようだが、聞き取れない。すわ詠唱かと緊張が満ちたが、何かが起こる様子もない。ニグンは部下たちに下手に動くなと合図を送り、少女に向き直った。
「すまない、もう一度言ってくれ」
少女はその言葉に逡巡を見せたが、今度ははっきりと口にした。
「治癒を、御所望ですか?」
◆◆◆
ユグドラシル。
かつてDMMORPGの代名詞として名を馳せた、もはや伝説と言っても差支えの無い超大作。
しかしこの世に存在するものにはいつか終わりが来るもので、ユグドラシルもその例に漏れずサービス終了と相なった。
「今日で最後かぁ」
かち、と首筋にプラグを挿してうつぶせでベッドに寝転がる。本当は仰向けでプレイしたかったのだが、10年近くやっている内に慣れてしまった。
全身から力が抜ける感覚と共にローディングが完了し、一瞬のタイムラグの後に白黒の部屋へ放り出された。それからしばらく待つと世界に色が着き始め、ものの数分でフルカラーになった。
「うん。綺麗だ」
美麗グラフィック、という訳ではない。視覚障害者向けの補助システムのことだ。
今となってはありふれたものではあるが、昔は視覚に障害があっても不自由なく遊べるということで、画期的システムだと散々取り上げられていた。元々日常生活でお世話になっていた補助システムを転用している、というのが始めるきっかけだった。
「君もだぞ、コッペリア」
備えつけられた鏡に映る、私の分身たるゲームキャラクター。わざわざデータを掘り出して作った外観は、100年以上前の娯楽小説の登場人物のものだ。アニメーションにもなったようだが、そっちは見つからなかった。残念。
「よーし」
大きな鞄を持って外に出る。コテージの中で最後の時を待つのも良いが、どうせなら自然の景色を見て回りたい。現実ではほとんど失われてしまったそれらは、開発に自然愛好家がいたとしか思えないほどに力の入った描写になっている。
アイテムボックスに入りきらなかったものをたっぷり詰めた――店売りよりも大容量の課金アイテムである――旅行鞄を片手にコテージを振り返る。
「……行ってきます」
さぁ、旅立ちの時だ。
湖畔を歩いていると、遠くから爆発音が連続して聞こえて来た。どこかで城攻めでもやっているのだろうか。歩いている内にすっかり暗くなっていた。コンソールを見ると、サービス終了まであと1時間に迫っていた。周囲は静まり返っていて、他のプレイヤーがいる様子もない。
適当な木を切り倒して切り株を作り、鞄を脇に置いて座り込む。空を見上げれば、数えるのもばからしくなるような量の星が輝いていた。
「終わり、ねぇ」
ゲームを始めよう、と言ってもまともに他人と交流したことのない身で楽しめるのかと不安に思っていた。だから辻ヒーラーを自称して攻略パーティーに紛れ込み、色んな人と話した。
大規模なレイドに参加した時は死ぬほど忙しかったが、報酬を片手に馬鹿騒ぎをしたのは今でも思い出せる。ゲームに接続したまま眠ったせいで翌朝頭が割れるように痛んだのも、まぁ、笑える思い出だ。
「そうだ、あの人」
ある時たまたま出会ってしばらく一緒に出歩いていたスケルトンの男性はまだやっているだろうか。あの頃は異形種狩りが流行ったせいでゲームに入ることすら嫌になっていたようだが、いい仲間を見つけられたなら良いのだけれど。
「……時間か」
星空が移り変わるさまを眺めていたら、もう一時間経っていたようだ。
「うわ、」
とんでもなく大きな影が頭上を通り過ぎて行った。召喚モンスターにしては大きすぎるし、何よりエフェクトに覚えがある。
「ワールドエネミーじゃん……」
あのクソ運営は、この期に及んでお祭り感を出そうとでもしているのだろうか。案の定魔法やら狙撃やらの攻撃が加えられて、静かに終わらせることもできやしない。しんみりとした気分もどこかに吹き飛んでしまった。
まぁ、らしいっちゃらしい気もする。静かに終わるなんてユグドラシルには似合わない。このドンパチも花火みたいでいいじゃないか。
「……終わらなければいいのに」
ぽつりと、その言葉が口から零れ落ちた。
終わらなければいいのに。いつまでも続けばいいのに。そんなことを考えても、終わるものは終わるし消えるものは消える。ユグドラシルもそうしたものの一つに過ぎない。
00:00:39
終わる。
私の半生が、消えていく。
00:00:25
ログアウトしたら溜まっているレポートを片付けないと。
00:00:18
明日でも良いかなぁ。今日は、もう。
00:00:07
涙が一筋。
00:00:02
「……ありがとう」
00:00:01
さようなら。
00:00:00
臭いがした。
大学の栽培室に入らせてもらった時に感じたものよりも、何倍も濃密なにおい。
「ぇ」
思わず目を見開き、それでも何も映らない視界に焦りを覚える。補助システムにバグでも起きたのか、視界が戻る気配がない。こんな時は動かないのが鉄則だ。しばらくすれば、母が様子を見に来るだろう。サ終だからって無理にログインしたから、こんなことになって怒ってるだろうな。
「……」
どこからか甲高い鳴き声が聞こえてきて、私のへたくそな現実逃避は終わりを迎えた。
もしもバグだというのなら、このにおいは、頬に当たる風は、そこかしこに感じる生き物の気配はどう説明すればいい。
『ユグドラシルⅡには嗅覚と触角を導入したよ!』
そんなアナウンスが響くことは無かった。当たり前だ。目が見えなくたって分かる。これは現実だ。どうしようもなく、現実だった。
「なんで、」
そう呟く声すらも、いつもと違って聞こえた。ついにおかしくなってしまったのだろうか。
震える手を喉元に伸ばし、何かに当たった。
「は」
首元まで布がある服なんて着た覚えがない。というかそもそも持っていなかった筈だ。意味が分からないことが連続で襲ってきて、もう何が何だか。
首に当てていた手をそろそろと下ろしてみると、胸のあたりで硬い感触に行き当たった。それは胸元をがっちりと覆っていて、お腹のあたりまで続いている。
「…………」
少し、嫌な予感がしてきた。さっきまでも不安感はあったけど、
思い切って立ち上がってみると裾の大きなスカートが広がって、足の間に空気が滑り込んだ。その拍子に足元に倒れて来たものは、あの旅行鞄であるらしかった。恐る恐る目元に手を持ってきてみると、案の定鼻の少し上くらいで髪に触れた。
「コッペリア……?」
どうやら私は、というか私の姿はコッペリアのものになっているらしい。
だからと言って、何が解決するという訳でもないのだけれど。相変わらず周りが見えるようにはならないし、そもそもここが
まさかの異世界なんて。
「
なのにこれがその認識を惑わせる。
物は試しとやってみたら、魔法が使えてしまったのだ。血がにじんでいた口の端に熱が宿り、痛みが消えた。アイテムボックスも問題なく開けた。盾も両方持てたけど、鞄の分片手は空けている。
「これからどうしよう」
「いや、」
待とう。目が見えない状態で大荷物を抱えたまま歩きたくない。
……分かっている。これは恐ろしく可能性の低い選択だ。でも、良く分からないまま出歩くのは怖かった。帰れる見込みも無いんだから、誰にも見つからないまま朽ちていく方が、
「おかあさん……」
会いたいよ。
死にたくない。
あしおとがする。
あれから、どれくらいたったんだろう。
「――、――」
こえ。ひとの、声?
「――が、行く」
男の人の声だ。他にも何人かいる。誰か、歩いてくる。
……なんて言おう。言葉は、さっき聞き取れたから通じると思いたい。こんにちは?こんばんは?いい天気、なのかな。
(っ、近い)
思ったよりも近づいてきたから、びっくりしてそっちを見てしまった。どうしよう。
そうだ、ここは
(ち、治癒を御所望で――、か」
「……何?」
声が出ない!も、もういっかい、
「すまない、もう一度言ってくれ」
優しい。と、冷静になったら分かったけど怪我してるなこの人。この台詞を選んだのは正解だったのでは?ありがとうコッペリア。
「治癒を、御所望ですか?」
プロフィール
コッペリア
◇種族 異形種
◇
◇種族レベル
◇職業レベル