特級呪霊・黄金郷のマハト   作:Flagile

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今回は三人称視点となります。


第十一話 星漿体

 時をしばし戻し、マハトらが乗る飛行機が沖縄に着陸した頃。場所は高級ホテルに付属しているプライベートビーチ。ホテルの利用者にだけ開放されている浜という事で人気はそう多くない。

 

 そこに黒井美里奪還に成功した五条一行はいた。ここなら不審者が近付いて来てもすぐに察知し対応できるという事で彼等は沖縄の海を存分に満喫していた。

 

「フハハハハハ!! ナマコ!! ナマコ!!」

「キモッ!! キモなのじゃー!!」

 

 海岸の岩場でナマコを見つければ大はしゃぎで突き回し、ヒトデを見つければ大笑いしながら投げつける。箸が転んでも可笑しいという感じだった。

 

 そんな風に天内理子と共に波打ち際でバカみたいに笑いながら遊んでいた五条悟の動きが唐突に止まる。顔面に向かって飛んでくるヒトデの事も見えていないかのように無視し、感情が抜け落ちたような表情で浜とホテルを繋ぐ道に顔を向ける。

 

「どうしたのじゃ? まさか敵か!?」

 

 バシャリと音を立ててヒトデが海に落ちる。天内は怪訝な表情で五条を見ていたが(呪詛師)が来た可能性に思い当たると五条の後ろに駆け寄り体を縮こませる。そして五条が警戒している方向を恐る恐ると見る。

 

 その人物は特に隠れる事も憚る事もなくザクザクと砂を踏みしめビーチの中程にいた夏油と黒井の方へと近付いていく。ハイネックでノースリーブな黒のシャツを着た金髪の美女だった。

 

「君が夏油君だね? どんな女が好み(タイプ)かな?」

「……はっ?」

 

 不審な美女、九十九由基がそう宣う。呪詛師かと警戒していた夏油だが全く想定していなかったあまりにも素っ頓狂な質問に一瞬フリーズする。

 

「珍しいね。フーテンの由基さんじゃない」

瘋癲(ふうてん)とは言うね。五条君。……いつぶりかな? 君はどんな女がタイプだい?」

 

 波打ち際からいつの間にか近付いていた五条悟がヘラヘラと軽い調子で九十九由基に話しかける。どうやら五条悟と九十九由基の二人は知り合いのようだった。そして知り合いだからといって警戒を解けるような間柄でもないらしい。しっかりと背後に天内理子と黒井美里を隠すように動いている。

 

「んー、スレンダーで野性的な元気っ子かな?」

「はぁっ、適当に思い付いた女性の特徴を言ってないかい? 前は『黒髪ロングの真面目な子』だったよね?」

「そーだったかな?……で、特級術師様が何しにここへ?……任務中なんだけど邪魔?」

 

 特級術師と五条悟が口にした瞬間に夏油傑は一瞬、目を見張り体を強張らせる。その様子に気付いたのか、気付いていないのか、九十九由基は天内へと一度視線を向けた後に言う。

 

()()が楽しんでいるのを邪魔するのは本意じゃないんだけどね。その子(星漿体)には懸賞金が懸かっているだろ?」

「あん? 特級術師が少女ぶっ殺してまでたかが3000万円欲しがるほど貧乏なの? 仕事すれば?」

 

 五条悟が嘲るように言う。とはいえ本気で言っている訳ではないようだ。その事を九十九由基も分かっているのか仕方ないな、と言った表情を浮かべため息をつきながら言葉を続ける。

 

「そっちじゃないし金には困ってないよ。オンリーアライブの方だ。あの依頼から私は盤星教の一部は星漿体の殺害ではなく保護隔離を望んでいると判断した。だからここにいる」

「どういう事だ?」

 

 おちゃらけていた雰囲気を抑え、低い声で問い詰める五条。それに対して軽く手で制止しながら言葉を続ける九十九。

 

「対症療法のために星漿体を生贄にする事が気に食わないって事さ」

「わ、妾は天元様との同化を望んでおる! それでもか!?」

 

 五条の後ろから身を乗り出し、天内が声を振り絞って主張する。それに九十九由基は優しく微笑みかけた後、ゆっくり首を振りながら言う。

 

「天内君、悪いけど君の意思は関係ないんだ。私が気に食わなくて止めたいんだよ。そしてそんなヤツが他にもいる。それだけで十分なんだ」

「じゃが妾が同化しなかったら天元様は、社会はどうなるのじゃ!?」

 

 天内が五条の横に立ち、叫ぶ。天内の手は僅かに震えていた。だが視線はまっすぐに九十九に向かっていた。それを受けてなお泰然と揺るがず九十九由基は答える。

 

「暴走するかも知れない。そうなったら呪術界だけじゃなくて社会もひっくり返るだろうね」

「それなら! 「だが、ひっくり返るといっても悪い方向に行くとは限らない」」

「天元様の結界がなくなれば一般人や術者に多大な犠牲が出る可能性がある。それでも良い方向に行くと?」

 

 問題点を夏油が指摘する。九十九由基から出たのは天元の暴走による現呪術界の転覆という呪詛師集団「Q」と同じ主張だった。一般家庭出身の術師である夏油にとって社会がひっくり返るのは許容できる事ではなかった。

 

「そこだ。日本の呪霊は強く数が多いから天元の結界に頼っている。……だが順番が違うとしたら?」

「何を言っている……?」

「天元の結界があるから呪霊が強く数が多いのでは?って話さ。君達だって疑問に思った事があるんじゃないかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()ってね」

 

 九十九由基が語ったのは前提から覆るような衝撃的な話だった。それが正しいとすれば同化を阻止する方が弱者を守る事になるからだ。

 

「つまりあなたは天元様の結界のせいで呪霊が生まれていると言いたい訳か」

「そうだ」 

「そんな!それなら理子様はいったい何のために……!」

 

 今まで黙って見ていた黒井美里が悲痛に叫ぶ。押し殺していた心が涙として溢れ、崩れ落ちる。その様子に黒井の事を呼びながら天内が駆け寄る。それを痛ましそうに見る九十九由基。

 

「天元様の結界が呪霊発生の原因だとしよう。だが既に発生している呪霊はどうなる?」

「同じ問題に私も行き着いた。だから、それを回避するために私は呪霊の生まれない方法を研究している。もっともまだ成果は出ていないんだけどね」

 

 夏油が険しい表情で冷静に疑問点を確かめる。九十九は問題がある事を素直に認め、肩をすくめる。

 

「なら……」

「最初はスルーしようかと思っていたんだ。だが星漿体の生存を望んでいる人がいたんだよ。それに同化しなかったからといって即座に進化するとも限らない。進化したとしても人類の敵になるかも不明だ。分の悪い賭けじゃない」

 

 そこで一度言葉を切り、ついでのように「天元が人類の敵になったらその時は私が責任を持って祓ってやる」と拳を胸の前で打ち付けながら九十九由基は付け加える。

 

「ゴチャゴチャめんどくせーな。大事なのは天内がどうしたいかだろ」

「理子ちゃんがどんな選択をしようと未来は私達が保障する、か。そうだったな、悟」

「俺達は最強だからな」

 

 五条悟が流れを断ち切って言い放つ。その言葉に悩みが吹っ切れたように穏やかな表情で応じる夏油傑。

 

「わ、妾は……妾は、私は……」

 

 天内は五条、夏油、九十九と視線を彷徨わせ、そして最後に黒井を見る。不安げな表情の黒井と見つめ合う。そして黒井から視線を外し俯いたまま言う。

 

「……妾はやはり同化すべきなのだと思うのじゃ」

「理子様!?」

 

 天内理子が出した結論は同化だった。その言葉を受けて五条と夏油が改めて九十九の前に立ち塞がる。

 

「そうか。その決意に敬意を。だが、すまない。君の意思を無視して攫わせてもらうよ」

「やらせるかよ。傑、天内を頼んだ」

「こちらは任せろ。悟こそ手伝いが必要なんじゃないか?」

「大丈夫さ。俺って最強だから」

 

 九十九由基が話し合いの時間が終わった事を宣言する。夏油が天内と黒井を連れ、距離を取る。そして五条と九十九は悠然と相対する。

 

「殺しはしないから安心して掛かって来なさい。反転術式は使えるのかな?」

「……使えねぇ。ちょうど良いハンデだろ?」

「ふふっ、じゃあ大怪我しない程度に抑えるとしよう。あっ、もちろんそっちは別に全力で良いよ? 腕の一本二本なら治せるからね」

「こんのババァ……!」

 

 五条悟と九十九由基、特級同士の戦いが始まる。とはいえお互いに全力ではない。術式の破壊力が高すぎるのだ。その上で相手を殺さない範囲という枷を自身に科している。言うなればルールの決まった試合のような物だった。

 

「術式順転『蒼』」

 

 初手は五条悟だった。無下限呪術の順転『蒼』を威力をセーブし放つ。これにより九十九由基は五条へと引き寄せられる事になる。九十九はこの力に逆らう事なく自ら跳び、その勢いも乗せ五条へと殴り掛かる。

 

 五条は半歩ズレる事でその打撃を避ける。それと同時にカウンターとして右ジャブを腹に向かって放つ。九十九はそれに即座に反応し、空中で身を捩り、左手で五条の右腕を()()とそこを軸に蹴りを放つ。

 

「おっ? おおっ!」

 

 そんな間抜けな声を残して五条悟が蹴り飛ばされる。

 

「おっどろいた。こんなにあっさりと無下限を突破されるとはね」

 

 側頭部を蹴り飛ばされた五条悟だがほとんどダメージはないらしく、埃をパタパタと払い、蹴られた部分を不思議そうに手で触りながら言う。

 

「無下限はアキレスと亀なんだろう? だったら簡単だ。アキレスがどれだけ頑張ってもダメなら亀の方にも動いて貰えばいい」

「万有引力……! そう使うか」

「御名答。私の術式『星の怒り(ボンバイエ)』は仮想の質量の付与だ。さぁ続きだ。それとも諦めるのかな?」

 

 九十九由基が無下限を突破した方法を開示する。無下限呪術はアキレスと亀。アキレスが亀が追い亀のいた地点まで進んだ時、亀もまた少しだけ進んでいる。これを繰り返す事でアキレスは永遠に亀に追いつけないというパラドクスだ。そしてこれは()()()()()()()()()()()()()追いつけないのだ。逆に言えば亀が動かなければ追いつける。もっと言えばこちらに向かって戻ってきてくれるのならさらに簡単だ。九十九由基は『星の怒り(ボンバイエ)』によって五条悟を引き寄せ、自らぶつかりに来させる事で攻撃を当てたのだ。

 

「諦める? まさか! 楽しくなってきたところじゃないか!! それに無下限を突破するのに術式の出力のほとんど全てを使っているんだろ? それじゃあ俺は倒せないぜ?」

「手加減し過ぎただけさ。術式頼りで骨が脆くなっていたら大変だからね」

 

 お互いに煽り合いながら、テンションを上げていく。五条悟も九十九由基も今までにない強者との戦いに高揚しながら思考を回していく。自分の強みをどうすれば押し付けられるか検討する五条悟に対し、現代最強といえど未熟な五条悟の隙を突こうと画策する九十九由基。そして戦機が高まり破裂しようか、という瞬間だった。

 

 ピロリロリロリン♪ ピロリロリロリン♪ 

 

 五条の上着から着信音が鳴り響く。そして暫し嫌な沈黙が流れた後、気の抜けた顔で九十九由基が言う。

 

「……あ、出て良いよ。待っとくから」




いつも評価やアクセス、感想、誤字の指摘ありがとうございます。ようやく第一部の終わりが見えてきました。

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