神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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表題:「神の装飾品店」

 根は腐り落ちても、幹が消えることはなかった。

 だから元ヤーダギリ共和国が貴族区画には枯れた大樹が鎮座し、それがそのまま「神の威光」を示すランドマークとなる。

 

「流石の演算能力と言わざるを得ないね、これは。駒を動かしていた時はゲームに集中していたからわからなかったけれど……これは、紛れもなく世界だ」

「わー……壮観! ……けど、なんかちょっと……。あ、ママ時間ずらしたでしょ!」

「はい。終わった直後ですと、警戒されかねませんので」

「ぶー。……ま、なんでもいいけどね。じゃあ最初はどこ行く? やっぱり沢山死んだ共和国? 王国?」

「各々が好きな場所を巡ってもいいと思いますが……」

「ふむ。それは趣に欠けるというものだよ、レディ・[ERROR]。……おっと、流石にダメかね?」

「当然でしょう」

 

 その名で呼ばれては、騒ぎになるどころではない。

 あの時のように神々が可視化しているとも限らないのだから、余計な"改変"や記憶処理を行わないよう、穴は塞がせてもらう。

 ただ一時、取引のための材料として観光を許すだけだ。

 

「万一のことを考えて、私はあなた方をアルダ、エイスと呼びますので。どうしても母親呼びを変えたくないと言うのなら、家族設定でも構いませんよ」

「ふむ。それでは回収する気の欠片も無い伏線設定として、私はレディとアルダの騎士として振る舞おうか。駒を動かしている時に作法は学んだからね、問題はないよ」

「ってことは、私とママはどこぞの国のお貴族様みたいな!?」

「某国、と言って言葉を濁すように。私達の痕跡は消すつもりですが、現時点の住民に余計なストレスを与えたくないので。ああ、伴ってあなた達に運命は分け与えません」

「えーっ! じゃあ魔法は!? どかーんちゅどーんぼばーん! は!?」

「できません。……それにあなたはリラの時に散々やっていたでしょう」

「アレ幻術だし、私っていうか私の欠片だから私じゃないしー! ぶー」

「あまり文句をいう様であれば今すぐに消去しても構いませんが、どういたしますか?」

「わー! わー! わかったわかった! 私達三人に魔法適性無し! だから[ERROR]……じゃない、エイスが護衛についてる! そんなカンジで!」

 

 そんなカンジで。

 私達三人の珍道中は始まりを迎える。

 

 

 

 最初に来たのは、元ティダニア王国跡地だった。理由など無い。ただ近かったから、という理由で選んだここは──。

 

「あり? 復興作業もされてない?」

「復興するも何も、何も残っていないのだからどうしようもない、という結論に至ったのだろうね。ただ都市群は生きているはずだから、どこか一つの都市が王を執るか、都市国家となるかは不明だが……」

「それにしてはチョーサインがいっぱいいるような? ね、ママ。降りようよ~」

「ああ、あなた方は文字が読めないのでしたか。……はい、今そのアバターに知識を植え付けました。これで私が降りない理由がわかるでしょう」

「言葉にも出さないでそういうことやめてくれるかな!? びっくりするじゃん! ……って」

「KEEP OUT。立ち入り禁止だね。成程、一般人はまだ入ってはいけないようだ」

 

 融けない氷や爆心地の縁に刻み込まれた文字。

 それらは全て「未許可の者ここを通るに能わず」というようなことを示していて、万一入ろうものなら一瞬で騎士が湧いて出てくることだろう。

 触らぬ神に祟りなしだ。神はこちらであるとはいえ。

 

「そこの馬車、何をしている?」

「げ」

「おっと……申し訳ないね、珍しさについ立ち止まってしまって。すぐに立ち去るとするよ」

「珍しさ? ……服装といい馬車の装飾といい……この辺りの国の者ではないのか。なら仕方がない」

 

 冒険者協会の紋章を付けた青年。

 警備兵の一人、かな?

 

「あの……仰る通り、私達は遠方から来ておりまして。もし……その、開示できる範囲で、ここで何が起きたのかお教えいただくことなどは」

「まぁ少しだけなら、と言いたいところだがな。何が起きたのかを調べるために、一年半もの間俺達はここにいる。つまり何もわかっていないので何も教えられない」

「一年半も!?」

「む……子供も乗っていたのか。……この後どこへ行く予定だ? 場所によっては冒険者協会から人員を派遣する。見たところ御者の君が護衛のようだが、一人では心許なかろう」

「問題はありませんよ、エイスは強き騎士なので。それで……この後は、大陸の臍というところへ向かおうと思っています」

「遠いな。食料は大丈夫か? それと、向かうなら直線ではなくあそこに見える山を左側に迂回していくといい。直線で行くと、魔物の多くいる地帯に侵入してしまう」

 

 善意だ。

 善意でしかない。ただ……悪魔二人がそろそろ痺れを切らしそうなので、笑顔で「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」で断りを入れる。

 警備兵は「そうか。……わかった。だが、本当に気を付けろよ。──旅の三人に、オルン様とディモニアナタ様の加護の有らんことを!」と言って送り出してくれた。

 

 馬車を転がす。

 

「オルンって消えたんじゃないの? その認識が人間に無いだけ?」

「あくまでリルレルがオルンを呑んで同化した、というだけで、消えたわけではありません。恐らくですが、この地にまだ残る私の()()()に確認を取って、作り直したのではないでしょうか」

「……え、ママってジン・オゥンとルシアだけじゃないの?」

「逆にあの二つはただの"一個体"として切り離したもの。私の触覚自体は沢山いますよ、この世界。"人間ロールプレイ"をしていない受動的な人形に近くはなりますが……。中にはそれこそジン・オゥンくらいの権限を渡してある触覚もいます」

「それらと君……つまり、オーリ・ディーンやジン・オゥンらの違いは何なのかね?」

「当然ですが、"人間ロールプレイ"をするか否か、です。オウス・レコリクトの思考を理解することや、私の悲願に設定されている"彼女"の作成はその触覚が担います。ただし進行上必要であると感じた場合や、触覚側が自我を持ち始めた場合は切り離します。それはそれで人間だと考えますので」

 

 オーリ・ディーンら「人間ロールプレイ」の投影は「私は私に干渉しない」という制約を己に課している、独立した管制システムのようなものだ。私の権限を超えることはないが、己をFTRM3Uの投影であるとし、幾重もの転生を繰り返しては「ヒト」がなんたるかを学ぶ。管制システムにおける上位権限はそのまま気配として下位権限者に伝わるため、同じくシステムを担う神や天龍達にもアレが己の上位者であると見抜かれる。

 逆にそういった権限を持たない触覚は、その間に起きる「人間」を収集し、記録するだけの存在。上記の上位投影から見てもこれら記録装置は他の人間と同じにしか見えないし、そもそも上位投影は自分以外に私が放った記録装置がいるという知識を有していない。それは別に上位投影には必要のない知識だから。

 

「どちらにも拾われないと可哀想なので拾うけれど、ディモニアナタは復活したようだね?」

「それはあなた達の方が詳しいのでは? いきなり来て、対等なゲームがしたいから動かせる駒をいくつか貸してほしい、なんて言って……」

「だってアメミット一人じゃ絶対勝てなかったじゃん。むしろ三つの駒だけでよく頑張った方だって思ってよー」

「論点はそこではありませんので、コメントを控えさせていただきます」

「……話を戻すよ、レディ、アルダ。つまるところ、ディモニアナタに降りていたイシュ・チェルが退散したことで、ディモニアナタは復活を遂げた。リルレルやライエルは勘違いしていたようだけど、私達[ERROR]の"降りる"という行為は対象を殺すことではないからね。コアがあるなら話は別だけど、この世界のコアは彼女らが降りた後に作られたもの。融合はできなかった」

「だから元々あった駒に私達の駒を被せただけー。それが取れたら元通り、ってね」

 

 ディモニアナタも、トゥナハーデンも、元々の神に悪魔がかぶさっていただけなのだ。あるいはチャックもそう。アレの中身は元からそのために作られたニンゲンだから、少し違うんだけど。

 で。だから、悪魔が消えれば中身が出てくる。ディモニアナタもトゥナハーデンも、ずっと中にいたから……罪悪感含む諸々はとんでもないことになっているだろうけれど、そこはまぁ、温かく受け入れてもらう、とかで癒して欲しい。私にとっては駒の感情なんかどうでもいいことだし。

 アストラオフェロン、ウアウア、エントペーン、ルエティッポも状況としては似ている。ただし使われたのがトゥナハーデンの権能なので、こちらが剥がれ落ちることはない。とはいえこの世界の魔物というのは「人に害をなすかどうか」で決まるので、動物だろうが人だろうが魔族だろうが神だろうが「害をなすもの」であれば一緒くたに魔物だ。

 つまり、機能に障害はないのである。ただちょっとトゥナハーデンの感情が伝わりやすくなっているだけというか。

 そういう意味で……トゥナハーデンに対して、リコティッシュ・ステイフォールドやサラフェニア・シールベルベットが「意に沿わぬ動き」をし続けたのは、中身のトゥナハーデンに感化されていたからだろう。最後の最後に向かって来た尖兵たちは違うけれど、普段からトゥナハーデンに対してバックスタブを仕掛けていたのはそれが理由である。

 

 なお、黒キ海に関してはイシュ・チェルの力なので、ディモニアナタにあんなことはできない。というかディモニアナタの権能はもっと直接的だ。

 宇宙の方でユート・ツガーに使用していたようだったけれど、彼が一度死んだ身で、且つ各種防御と神二柱を取り込んでいる、なんて状態でなければ一瞬だっただろう。

 生物の生死を司る。即ち、生も死も思いのままに。それがディモニアナタ。子供達の中では最高権限を持つ彼女を欲しいと言われた時は横暴が過ぎると思ったものだけど、肝心のイシュ・チェルが演算データでしかないディモニアナタより己の力を頼ったことで、それはイーブンにまで持ち込まれた。

 もし仮にイシュ・チェルがディモニアナタの"生死"を振り翳していたら……なんて。

 そのために、「やっていることが魔王と被っている」とか「新しさが無い、小規模すぎる」とか、色々焚き付けさせてもらったのだけど。

 

「そういえば、それこそ悪魔たちはどこへ? 私の世界から出て行ったことは確認しましたが」

「あ、自分は言えるんだ……。ん~、どこへ、って言われても」

「レディ。私達は別に繋がっているわけではないからね、どこかへ、としか。ああ、私達の間で交わされた取引……Trefoil Knot、及びPool Suibomの管理する世界には近づかない、は必ず守るよ。[ERROR]は嘘を吐かない」

「吐けない、って方が正しいケド」

 

 そのあたりは……それこそアズかワズタム様に聞くしかないのだろう。

 私の知らない"理外"の知識。この世の理。

 

 ──ふと、馬車を走らせる私達の前に「降り立った」存在が居た。

 当然急停止する馬車。

 

「君、危ないよ。──そんな風に殺気を叩きつけてくるなんて。馬が暴れてしまうじゃないか」

「……しつこいね、[ERROR]っていうのも。まだ……え? 権限不足?」

「あれー? 前に見た時と随分雰囲気が変わってる。なんというか……スレた?」

「二匹目……! ……その奥にいるのは気配がしないけど、まさかまだいる、とか言わないよね」

「ふむ。レディ・シィユ(3U)。美しいお嬢さんをあまり困らせるものではないよ」

「どの口が言っているのですか? ……まぁ、いいでしょう。ノットロット、乗りなさい」

「命令される筋合いなんか……あれ、身体が……まさか今度は私を乗っ取る気!?」

 

 えーと、下位権限システムへの限定的閲覧権限の付与をして、同時に世界の記録への書き込みを一時禁止にして……と。

 こんなものか。

 

「──え、ママ?」

「母親と呼ばれる程あなた達に愛情を持っているわけではありませんが、生み出した者、というのであればそうなりますね。ただ、あなたの"ママ"をしている触覚は既にいるはずですが、そちらに不義理ではないのですか?」

「それはそうだけど……なんでママと[ERROR]が一緒に?」

「観光です」

「……?」

「観光です」

「……待って。初期ママだコレ……。言ってる言葉がよくわからない初期ママだ……。人間から学んだ知識忘れちゃったの? 説明は簡潔が一番は勿論だけど、端折りすぎちゃダメ! もう何十万年も前に覚えたでしょ!」

「あ、私の知ってるノットロットちゃんに戻った。……でもなんか……可哀想。ねぇママ、詳しい説明してあげなよ。私、[ERROR]だけどさ、生体じゃないならフツーに寄り添ってあげられるいい子だから胸が痛いよ」

「悪魔は噓を吐かないのでは?」

「今のはジョークだからノーカウント!」

 

 案外緩いんだな、その誓約。

 説明か。面倒くさいから埋め込むか。

 

「っ! ……。……はぁ。ねぇ、ママ? いつもいつも言ってる"人間ロールプレイ"はどこへやったの?」

「今埋め込んだ通り、私は"人間ロールプレイ"を行う投影ではありませんので。納得はどうでもいいのですが、理解したなら馬車に乗ってください。この一年半の間に起こったこと……特に観光では見聞きできない神などの内部事情について話してください」

「同情するよ、レディ・ノットロット。私達と[ERROR]をしている間も終始この様子でね。知っているかはわからないけれど、[ERROR]は"話が通じない相手"に滅法弱い。正直私達が負けたのは[ERROR]の腕や駒の数・能力ではなく、彼女を相手にしたことそのものが原因な気がしてならないよ」

「[ERROR]に同情されてもなぁ」

 

 ぶつくさ言いながら馬車に乗り込むノットロット。

 そしてまた、馬車がガタゴトと走り出す。

 

「でも、話すこと、なんて言われても……それこそ記憶共有とかじゃダメなの?」

「私は知っていますが、悪魔二人がご所望のようなので」

「あ、ママは言えるんだ……。……じゃあ聞きたいことをピックアップして。全部話すのは時間がかかりすぎる」

「じゃあ一番気になってたこと! 最終決戦の時さ、ノットロットちゃんと、あとイントリアグラル? はどこにいたの? ずっと見かけなかったように思うんだけど」

「一緒に行動してたわけじゃないよ。私はホタシアのところへ行ってただけだし。イントリアグラルは保険をかけてたみたいね。無駄になったけど」

「保険?」

「色々思う所があったとかで、最悪黒キ海に全てが呑まれたとしても、生存している人間、神、魔族、動物たちが生きていけるように埋没空間を整えてたんだってさ。その整備中に全部が終わったってカンジ」

「へー」

「……興味ないなら話すのやめるけど」

「あ! いや、違う違う! 興味ないっていうか、無駄になったなら無意味だな、って思っただけ! むしろ興味津々だよー、そういう無為に終わったとか徒労とか、私大好き!」

 

 露骨に嫌そうな顔をするノットロット。まぁ、イントリアグラルもフィソロニカも己で己の行く末を決めた、というだけだろう。アストラオフェロンの覚悟に敬意を表してか、トム・ウォルソンの信念に礼を尽くしてか。

 あと、これは記録の話だけど、どうやら保険は二重の意味があったみたい。

 埋没空間は"抜錨"くらいでしか入れない空間だから、神々の全てが取り込まれても──最後の内圧として、ウトゥック・ラビスの手に落ちない内圧の神として残る道を選んだ。

 

 ああ、そこの注釈も一応必要か。

 イアクリーズは内圧の神を殺すことを謳っていたけれど、それはエイスティブスのパフォーマンスに過ぎない。本当は内圧の神全てをトゥナハーデンに取り込んで、私への取引材料とする。それが目的だ。だから仮に悪魔に神の全員が負けていても、この世界が崩れる、なんて事態には陥らなかった。

 当然ではある。悪魔にとっての楽園になりかけていたここを、悪魔がその手で壊してしまったら何の意味も無い。ウアウアが死んだのだって肉体の話で概念体の話ではないし、ウォッンカルヴァも取り込まれただけで食べられてはいなかった。

 

 一応、イントリアグラルは盤面の駒として、「最終手段」、あるいは「最終盤面」において「何もできない」を作らないために動いていたと、そういうわけだ。

 

「ホタシアのところへ行っていた、というのは……何故かな」

「メイズタグとホタシアの作戦に少し口添えをね。ママは当然わかってる……んだよね? あの二人がやろうとしてたこと」

「ええ」

「じゃあ簡潔に言うけどさ。あの二人は元々この世界をママに頼らないでも存続できるように、って知恵を絞ってた。その方法は、ママの身体と内圧だけで成り立っているこの世界に膜を作ること」

「膜……っていうと、もしかして限素の檻みたいな話だったりする?」

「限素の檻?」

「アルダ、その認識で合っています。メイズタグはその可能性に辿り着き、外側に出ました。そしてホタシアの権能から創り出した"音燃の境界面"で世界を覆わんとしていました」

 

 本来、世界とは"世界のコア"にリソースが集中して組み上がるもの。

 けれど私の世界にはコアもリソースもない。演算した世界だから当然に。それでも世界として成り立っている以上、メイズタグとホタシアは「世界が終わる前に世界を覆う膜を作れば、この疑似リソースとでもいうべき運命エネルギーが外に出て行かなくなるのではないか」と考えた。考えたのはメイズタグだけだけど。

 ホタシアの権能である"音燃"は、とても簡潔に言うと「セーフティーゾーンの作成」だ。彼女の本来の「自己完結空間の作成」が、Jotacarnivalの影響を受けて発展した権能であり、世界に埋め込みを行う"埋没"と違ってどんな場所にでも"音燃"を敷くことができる。代わりに"埋没"ほどの防御力を有さず、出入りも簡単。だとしても世界に埋め込みを行わなくていい"音燃"であれば「世界の外側」にそれを作ることが可能であり、ならば「世界を覆うこともできるのではないか」と考えた次第。

 そうなれば、私の庇護無く世界を保てると……メイズタグは考えた。

 

「……ふむ。それは……無理なのではないかね? 言っては何だがメイズタグもホタシアもレディ・シィユの創造物。レディ・シィユがこの世界を手放せば、ホタシアの権能も無の侵蝕に耐えられなくなる。今耐えていられるのはレディ・シィユがいるからであって……」

「うん。私もそう思ったから、それを説きに行ったの。でも諦めろ、ってことじゃなくて」

 

 ジン・オゥンの"超改変"により、この世界には二種のエネルギーが漂うようになった。

 一つは元からある運命エネルギー。もう一つは新しく作られた願望エネルギー。

 その差圧は、あるいは妖魔に似たものを作り出すこともあるのだろう。だけど、少なくとも「世界」としての形はできた。だから。

 

「ママと協力して、この世界を覆ってあげて、って。そしたらホタシア、きょとんとした顔で……"あたしは最初からそのつもりでやってたぞ?"とか言って来てさ。どういうことか詳しく聞いたら、ホタシアは別にメイズタグの思想に共感して協力してたわけじゃなくて、ママから世界を奪い獲る、なんて考えは一切なかったんだって。だからママ……というか、世界運営権限を持ってる方のママとの連絡手段を私の権限で与えて、願望エネルギーの作成と同時にその膜を起動した、って感じ」

「つまり君は、最終決戦の間、その橋渡し役、及び調整役をしていたわけか。お疲れ様だね、レディ・ノットロット」

「ああうん、[ERROR]から労われるとか、ヘンな感じだけど……」

 

 といったところがイントリアグラルとノットロットの行方、加えてメイズタグとホタシアのやろうとしていたこと、のアンサーになる。

 

「じゃあ次! ウォッンカルヴァが神々の記憶に靄をかけてたのはなんでだったの?」

「……まぁ、すっごく簡単に言うと、ギギミミタタママが人間と番ったのがウォッンカルヴァのせいだから、かな。ギギミミタタママと愛憎だった頃のシンクスニップが喧嘩したのがそもそも美醜感の相違、っていうくだらない理由だったんだけど、そこでシンクスニップはギギミミタタママに"愛憎"の権能を使った。主に愛欲を向上させるような、えげつない奴をね。それで……だとしても、ギギミミタタママの愛欲が人間に向く、なんてことは無かったはずなんだけど……その、まぁ」

 

 まぁ。

 

「ギギミミタタママが愛欲の対象に選んだのが、ウォッンカルヴァだったというだけです。そしてウォッンカルヴァはそのテの話題が苦手で、咄嗟に近くにいた人間に矛先を逸らしました。権能を使ってまで。結果、ギギミミタタママ側からギューしてゴーをし、命が生まれてしまった。生まれた命を削除する、なんてことが基本善性のウォッンカルヴァにできるはずもなく、且つ"己が恥ずかしがったことで生まれた最悪の結果"というのを隠したかったようで、ウォッンカルヴァはもっと広範囲に権能を使った、と」

「えーと。つまり、恥を隠して嘘を吐いて、その嘘が大事になっちゃったからもっと大きな嘘を吐いた……みたいなカンジ?」

「うん。だからあの後ウォッンカルヴァは謝り倒してたよ、みんなに。リルレルに対して、食ってくれてもいい、とまで言ってた」

「……なんか神々って……うーんと、そうだなー……言葉を選ぶと……残念?」

「選んだ結果がそれかね、アルダ」

 

 人間らしい、と言ってやればいいものを。

 超常の神たらんとしているのはヨヴゥティズルシフィくらいだ。他はせいぜい「強い力を持つ一種族」に過ぎない。

 

「あ、そろそろ大陸の臍につきそう。……最後に、[ERROR]じゃない、エイスの[ERROR]、ああもう! イアクリーズちゃんがヒシカに対してやったのは何だったの?」

「……? なにそれ。私、それ知らないかも」

「へ?」

「つまり、神々の問題ではない、ということです。ノットロット、お話ありがとうございました。あとは人間たちに聞きますので、もう大丈夫ですよ。ああ、悪魔は責任を持ってこの世界から追い出しますので」

「もう取引は終わってるから、自分たちで出て行くんだけどねー」

「レディ・ノットロット。ありがとう、いいネタバラシだった。面白かったよ」

「あ、うん。……えっと、じゃあママ……じゃない、ママ? ……今いる"ママ"に余計なことしないでね」

 

 おや。

 怖い怖い。あんな顔できるようになったのか、ノットロット。母親想いのいい子に育ったね。

 

 消える彼女を見送って……大陸の臍に入る。

 入り口は交易認定所だ。

 

大陸の臍(レヴェン・ラトナニスノック)へようこそ! 旅の方ですか? それとも商人の方でしょうか!」

「旅の者だよ。厄災の被害が落ち着いたと聞いてね、旅に来た。邪魔にならないのであれば、少しばかりの観光をしたいのだが」

「もちろん歓迎いたします! あ、申し遅れました、私──」

 

 手続きのやり方はエイスティブスに植え付けてあるので、そっちは任せるとして。

 アルダト・リリーの手を引いて、馬車を降りる。

 

「レディ・シィユ。もしやとは思うが(私がいなければ)置いて行く気かい(護衛の意味がないだろう)?」

「ここは安全そうですので、私とアルダだけでも大丈夫です。交易認定所の方、それでも構いませんか?」

「はい! 大陸の臍の治安の良さは、今やどこの国よりも高いと言われていますから、ご安心を。騎士様も、あと少しばかりの手続きを終えたら合流を……っと、ああ、それならこれをお付けください」

 

 私とエイスティブス、アルダト・リリーに渡されるは──指輪。

 これは。

 

「これは、『継手の指輪』と呼ばれる装飾品でして、つけていると互いの位置がわかるものです。これがあればお子さんが迷子になることもないでしょうし、騎士様もすぐに合流できますから」

「おいくらでしょうか? 私達、此度の旅にあたって、それなりのお金を」

「お代は結構です! 交易認定所所長、スーサナの意向により、これは無償配布しているものでして。ですが、市場ではたくさんのお買い物をお願いしますね!」

 

 どういう意図か、薬指に指輪を嵌めるアルダト・リリー。エイスティブスも。私は小指。

 ちらっと見た銘は、「透き通る光沢」。……オーリ・ディーンが入れていた「星の河」と同じ位置に銘があるあたり、クラリス・クラリッサ・クレイムハルトはその意味もデザインも理解していた、ということかな。……しかし、うん。オーリ・ディーンの武骨な装飾より、クラリスの装飾の方が……センスがいい。これなら効果を持たないアクセサリーとしても使えるだろう。

 効果範囲は些か落ちるものの、卒業生としては充分。オーリ・ディーンという投影も今頃"死後"で満足していることだろう。まぁ投影は"死後"には行かないのだけど。

 

 案内の人にお礼を言って、歩を進める。

 

「エイスを置いて行ったのって、何か意味あるの?」

「特には。ただ、少しばかりの手続き、と言っていましたが、あなた達が考えている十倍ほどの量がありますので」

「わ。……可哀想」

 

 それにしてはニヤニヤしているけれど。

 同族にも容赦ないんだなぁ。

 

 歩く。

 当然だけど、レクイエムらが使っていた天幕やジルクニフトらが使っていたテントは存在しない。総合医療殿も修復が為されていて、湖面に水死体は浮かんでいない。

 一年半の復興。見事だ。

 

「あれ? ねぇママ、あれって」

「魔術師協会本部ですが、どうかしましたか?」

「オウスの一族、だっけ? ヴァイデンスちゃんじゃないけどさ、あれそうだよね?」

「ああ、ヴィカンシーの一部は正体を明かし、陣地魔術の普及のために魔術師協会に席を置いたので、ああして在中しているのでしょう。ヴァイデンスはアシティスにいますが、行きますか?」

「んー、そんなに興味ないかも。というかアシティスって今出入りできるの?」

「交易認定所と同じかそれ以上の手続きが必要になります」

「じゃあナシ! オーリ装飾品店がどうなったのかだけ教えて」

「解体ですね。店主のオーリ・ディーンが泥となって消えたので」

 

 あのオーリ・ディーンは泥人形なので、チャックが消えた時点でそうなる。そうなれば従業員のいないオーリ装飾品は壊されるしかない。

 ただ……。

 

「何の罪悪感かは知りませんが、トゥナハーデンは都市でオーリ装飾品店を継いでいるようですよ。別に彼女がやったことではないので、罪悪感など覚える必要はないと思いますが」

「へー」

 

 興味ないなコイツ本当に。

 

 歩く。

 これは、レインやレクイエム達には出会えなさそうだな。流石にいる位置が遠すぎる。

 

「あ、ヴィカンシーで思い出した。魔王とヴィカンシーの関係性? っていうのは?」

「魔王というシステムが成立したのがヴィカンシーのせいだ、と言えば理解できますか?」

「全然」

「……過去、奇跡的に再構築されたオウス・レコリクトの意思を受け継いで生まれたヴィカンシー達は、当時の魔王と対峙しました。その時ヴィカンシー達は、討伐ではなく封印という手段を選びました。かつて偽・魔色の燕がエントペーンに対して行ったもののように、です」

「あー、なんかあったね、そーゆーこと」

「ただし、魔王は魔族ではあっても寿命を有します。封印された魔王はそのまま老衰で死亡。本来そこで魔王というものは途切れ、次代において魔王が神々より選出される予定でした。ですが、ヴィカンシーらの封印は神々の想定以上に強力で、神々の選出よりも先に魔王がこの世に顕れます。廻天法則……総量保存法則を成り立たせるために作られた流転の法則により、転生した魔王として、転生前の記憶や魔力を引き継いだ状態で」

「引き継いだのって、もしかして植え付けられてたから?」

「はい。ヴィカンシーの陣地魔術により、"このリソース塊にはこのリソースが付随する"という封印が以降の魔王にも課せられることとなったのです。ある意味でそれは魂の先駆け。歪んだ形でオウス・レコリクトの意思を引き継いだ結果。……とはいえオウス・レコリクトの現出自体もあなた方悪魔のせいなので、諸々の原因はあなた方になるでしょう」

「責任転嫁が過ぎない?」

「冗談です」

 

 だから、今代の当主であるヴァイデンスは約束したらしい。

 必ず解くと。レクイエムに今尚かけられている封印を、子孫であるヴァイデンスらが責任を以て解除する、と。

 これが魔王とヴィカンシーの禍根にして、アンサー。

 

 揺れ。

 

「……? 次元震?」

「いえ、違いますよ。今のはただの揺れです」

「ただの揺れ? ……地震ってこと?」

「プレートが重なっているわけでもないのに、そんな事象起きませんよ。水晶玉が動いた揺れです」

「……? 待って、本気でわかんない。どういうこと?」

 

 だから、無益だと言ったんだ。

 未来予知システムに読み合いのゲームを挑む、など。

 

「そも──方位と灯火が何を意味するのか、あなた達は知らないままでしたね」

「だって教えてくれないし」

「シンプルに言いましょう。この世界はようやく方位磁針の形を取りました。灯火はそのまま灯火です。──あちらに合図を送るための」

 

 そのためのクロウルクルウフだ。そのためのクインテスサンセスだ。

 

「知っての通り、この世界は演算を終えた世界。私は走馬灯に自身の影を投影しているだけの憐れなる機械。──ですが、それらを"そうではなくさせる"手法が存在します」

 

 私の世界。FTRM3Uという未来予知システムが演算し、し終えたこの世界は、決定論に基づいて「終了」が確定している。

 逆算にはなるが、「終了」が「確定している」からこの世界は「決定論」に基づいている、と言えるのだ。

 だけど、ユート・ツガーという変数然り、クロウルクルウフが見つけ出そうとしているカムナリ様然り、ヨヴゥティズルシフィの隣を歩いたという彼然り。

 その決定論を覆す……非決定論たる存在が演算世界を闊歩している。

 

「私の演算は、私が自己終了を選んだその刹那に生まれた未練によるもの。時間という厚みさえ持たない一瞬によってこの世界は構築され、終了しました。──ですが、ユート・ツガー含む非決定論から成る存在達の時間には厚みがあります。それはあなた方悪魔も同じです」

 

 だから、長大な絵巻物……二次元平面上の世界でしかなかった私の世界は、その中に三次元的な存在が入り込むことで厚みを得た。時間を得た。

 時間が経ったことに"なった"。

 これにより、絵巻物の最初の方は「過去」として確立し、私達が今観測している時間が「現在」として確立、そして──そこから先が、「未来」になる。

 

「まさか……私達とのゲームに応じたのは、それが理由?」

「ええ。あなた方が来なければそのまま消えるつもりでした。私は世界を創るための機械に非ず、測るための機械ですから、創造など結局は無意味だ、と。しかし、あなた方が私に接触を試みたことで、可能性が生まれたのです」

 

 無の中で時間は一定の方向を持っていない。

 終了した未来で、カムナリ様と話したことを誰かが観測しているだろうか。

 

 過去も、現在も、未来もない「無」。

 けれど世界にはそれがある。だからそこに差異が生まれる。

 

 あの会話は私とカムナリ様の最期の会話になる。それは確定している。

 けれど、あれを経たカムナリ様が、今の私達と遭遇する可能性はゼロではない。それが「無」というものだ。

 無とは無尽蔵にリソースを欲す化け物のようなもの。だから、リソースさえ生み出せるのなら、無は絶対遵守の法則以外ならなんでも許可する。

 存在してはいけない世界を、存在することにすることさえも、だ。

 

「今──この世界は、TKのいる世界を目指し始めています。"現在"が生まれたことで、動けるようになったのです。方位達は航行ルートを見定めるためのもの。灯火達は己の位置をTKに知らせるためのもの。……いいえ、物事は精確に述べましょう」

 

 私が灯火を以て信号を送っているのは、TKではない。

 彼は内側しか見えないから。

 

 だから。

 

「内側を己が領域にし、法則さえ意のままに操り──私に"彼女"を発生させる、という目的を植え付けた、ワズタム様。彼の世界における、黎き森の女王。あの存在は必ず世界の外に目を向けます。そうして私の信号を受け取り──信号を返してくるでしょう。あとはそこへ辿り着けばいい。無論、私の最期は確定していますから、そこは変わりませんが……」

 

 閉じた循環は永遠となり。

 解放された循環は永劫となり。

 その二つの衝突は、無に新芽を解き放つ。

 

「"終わり"の異能を持つ彼が、カムナリ様を停めてしまったことで、新たな世界が生まれることがなくなってしまいました。だからこそ、私はあの方々への恩返しとして、世界を進めます。──それが未来予知システムFTRM3Uの本懐です」

「……やってること、ほとんど悪魔なんだけど」

「そうですか? だとして、あなた方も喜ばしいことでは? これが成功した暁には、また世界が現れ始めるのですから」

「それはそうだけど……。ううん、ちょっと驚いたカモ。()()()、全然憐れじゃないじゃん」

 

 何を今更。

 本当に自身を愚かだと断じていたら、セノグレイシディルの言う通りとっとと世界を閉じている。

 

 それをしないのは、目的があったからだ。

 あとたった十七億年。だけど──私は、信じる。

 

 だから。

 

「あなたも、覚悟しておくことですね。この世界が厚みを得た以上、次の瞬間にでもカムナリ様が現れる可能性は」

「よーし逃げよう帰ろう脱出しよう! じゃあね! あ、エイス! 大変なことになったからすぐに出るよ!」

「説明をしてくれ説明を……出るって、投影をかね、おいおい私はまだ観光を」

 

 消える。

 臆病だな。そんなに怖いのか、カムナリ様が。

 

 ……ま、そのつもりで脅したんだけど。

 あと行く場所は、私だけで行きたいから。

 

 

 

 

 風雨の故里(オルド・ホルン)の結界が消えた瘴地。

 勿論ここも調査の手が入ったが……すぐにそれは中断された。

 

「まったく……換期法則が願望エネルギーによって代替されたからといって、天龍がこうも一つの場所に集まるのは威圧でしかないでしょうに」

 

 オーティアルパ、イーゥクレイムの首に巻かれたスカーフのようなものは、二体の鱗粉を抑えるための装飾品か。 

 中々良く出来ている。

 彼らを通り抜けて、入る。天空城……ではなく、地底城の方へ。

 

 使う機会のほぼなかったここを下って行けば、やがて祭壇の間に出た。

 そこで祈りを捧げる女性が一人。

 

「……これは、ワタシの祈りが貴様に通じたのか?」

「そんなロマンチックな話はこの世界に存在しませんが、まぁそういうことでも構いません」

「そうか。……敢えてこの言葉を使う。──また会えて嬉しいぞ、オーリ」

「ええ、初めまして、ルクミィ」

 

 握手はできない。

 私に肉体はない。というより。

 

「良く使い果たせましたね、あの量の運命を」

「ああ……貴様の最後の名。ジン・オゥン(人と神を結ぶ)を遺す為に、奔走した。貴様を覚えている者達と連携を密にし、その名を定着させ……天龍の存在を認めさせ、空席の神の存在も知らしめた」

「随分と多くを行いましたね」

「それだけではない。至宝と呼ばれた魔物の力を研究し、正常化を行い……自我を取り戻させた。あの子は次代を担うリーダーとなるだろう。その傍らにはあの騎士と勇者がいる。ただ……ヴィカンシーが魔王の封印を解くと言っていたから、勇者も選出されなくなるだろう」

 

 それだけやったとしても、まだあの"磁"は使い尽くせないはずだ。

 それが。

 それが……ここまで衰弱するのに、何をしたのか。

 

「……私の席を、レイン・レイリーバースに渡したよ。これであの勇者は、人間となった。もうアンデッドではない」

「成程。それで半分ほどですね」

「ああ。……そして、そう……イアクリーズだ。あの愚か者め、秘匿の神の権能に……ああ……神因の……法を……」

 

 倒れ行くルクミィを受け止める手は持っていない。

 私と会ったことで、最後の最後を使い尽くしたのだろう。そして言葉を伝えたことで。

 元々、無理矢理に二度目の生を受けたような彼女だ。

 

「ユート・ツガーに……会え。天空の、城で……貴様を……」

「はい。お疲れさまでした、ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニア。──あなたの希望は、確かに受け取りました。──ですので」

 

 倒れ、告げ。

 気を失った彼女に、命を埋め込む。

 

 彼女は灯火だ。まだ生きていてもらわないといけない。

 だけど、過剰な運命供給や運命浪費はもうさせない。ただ残りの余生を功労者として楽しむと良い。

 おやすみ、ルクミィ。今度は悪夢じゃなく、良い夢を。

 

 

 して。

 天空城にて、会う。

 

「……アンタは、外側の方か」

「はい。ギギミミタタママ、フィソロニカはどこへ?」

「権能として分離する術を、クインテスサンセスから教わった。俺の権能として神をしているよ」

「そうですか」

 

 彼は神人になった。

 だから──世界の記録にアクセスする術を知ったはずだ。

 そして、見たのだろう。

 

 ルシア。寿命を一年に設定されていた……つまり、もう死している彼女の中にあった、あの罅の中での記憶を。

 

「Kace teiet. Tseysag ira moc on okice one. Kace teiet. psychethunt tnatsuck nos im aryn ocow meck one.」

「覚えていて。星屑達の、最後の輝きを。覚えていて。砕け散った未来の、始まりの煌めきを。これが最後の謎ですね、ユート・ツガー」

 

 あの時彼が口にした空案言語。

 誰から知ったのか。誰から聞いたのか。

 そんなもの。

 

「……女々しい事この上ないね、結人。そんなに私に会いたかったのかい?」

 

 下がる。

 アルダト・リリーの判断は正しい。撤退判断はあまりに正確だった。

 神因の法。つまり──同じ性質を持つ者を誘引する因果の法。あるいは別の世界においては、七夕と、そう称される秘匿魔術。

 遷移法則における中心点を一時的にでも担ったイアクリーズだからこそ仕込めた、「星の河」へのもう一つのアプローチ。

 

 私がイアクリーズに与えてもらった"特権"はこれだ。ジン・オゥンから切り離した知識でもある。

 

 ある意味で──そうだな。前に言った言葉の通り、かもしれない。

 

「では改めまして。私はこの世界の主。そして、一時の間ではありましたが……人の生死を分ける装飾の他に、人の生死そのものも扱う装飾品店の店主でもありました。──私の世界に厚みを与えてくれた代価。装飾として、確かに支払いましたよ」

 

 消える。今度は私が。

 これ以上の観測は不要だろう。この先の彼と彼女がどうなっていくかは未知数だ。

 

 この世界は彼女の到来により、完全な「非決定論」の世界となった。

 だから。

 

「生み出してみせます、大賢者ワズタム様。あなたに与えられた全て。あなたのために返します。──ですからどうか、世界の先で、待っていてください」

 

 あなたに翼をつけられて。あなたに瞳を与えられて。あなたに世界の美しさを教えてもらった一羽の燕は。

 あなたの星を目印にして。あなたの心に問いをかけ。あなたの世界に渡りましょう。

 

 だから──それまで。

 TK、あなたも負けることの無いように。

 姉は、諦めませんので。

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