太陽が沈み、空が暗くなった頃、勇者たちが四国に着いたという情報が、この大社の病院内を騒がせていた。
「本当に帰ってきたんだ」
朝、勇者たちが帰ってくると聞いてから、様々な思いが二喜の心を渦巻いていたが、ひとまず、全員が帰ってきたことにほっとした。
「みんな、怪我とかしてないといいけど」
勇者たちは帰ってそうそうこの病院へ来るという話を病院スタッフがしているのを聞いて、一瞬誰か怪我でもしたのかと心配したが、病院の雰囲気を考えるにそういうわけではないようだ。
おそらく、念のための身体検査かなにかのために病院へ来たのだろう。
「せっかく病院に来てるなら会いに行こうかな……いや、やめておくか」
途中で切り上げたとはいえ、四国外遠征から帰って来たばかり、疲れているだろうし、無理に今日会いに行く必要はない。
「それにしても……諏訪の生存者か」
今朝の報告にあったという諏訪の生存者。
おそらく、勇者と一緒に四国へ来たものと思われるが、創一はなんとも複雑な心境を覚えていた。
それは、その者が、諏訪唯一の生存者だからだ。
もちろん、四国の外でも生きていた者がいたというのは喜ばしい事実だ。
しかし、それがたったの一人だったというのは、手放して喜べるものではないように思える。
外の世界は、やはり絶望的だったということだから。
生き残ったその人物は、いったい何を思っているだろう。
自分だけでも助かったことへの喜びか、それとも自分以外は死んでしまったという悲しみか。
どちらにせよ、二喜が今まで感じてきた絶望など、ちっぽけに見えるほどの過酷な経験の果てに、生きて四国へたどり着いたのだ。
どうか、その者に平穏が訪れることを願うばかりだ。
「……どんな人なんだろう」
そして、できることなら、いつかその者に会ってみたいと、二喜は思うのだった。
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しばらく時間が経ち、少々慌ただしかった病院の雰囲気も夜の静寂と共にいつもの落ち着きを取り戻してきた。
もうそろそろ寝るかと二喜が考えていた頃、扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
こんな夜に誰かが来るなんて珍しいな、などと思いながらも返事をすると、扉が開き、そこにいたのはなんと勇者たち六人だった。
「よかった、まだ起きていたんだな、二喜」
「み、みんな、どうして……?」
「帰って来たことだし、二喜にも自分たちの口から報告しておきたくてな」
「二喜だってタマたちに一刻も早く会いたかっただろ?」
「もう、タマっち先輩、ちゃかさない」
「ただいま、二喜くん!」
「……まあ、顔くらい見せてあげてもいいかなって思っただけよ」
「遅くなって申し訳ありません。私が大社に報告することがあったので遅れてしまいました」
皆、口々に話し始める。
たったの三日ぶりなのに、なんだか嬉しくなって、二喜は笑みをこぼした。
「いや、時間なんていいよ、来てくれてありがとう。そしておかえり、みんな」
二喜はそう言って、大事な友人たちの無事をめいっぱい祝福した。
「それにしても、本当にみんなが怪我無く戻ってこれてよかった」
「ああ、身体検査も特に異常はなかった」
「でも確か、みんなが戻って来たのってひなたが神託を受けたからだよね。それは大丈夫なの?」
確か、四国の危機が近いうちに起こる、という類の神託だったはずだ。
「四国の危機というのがどの程度のことなのか、そして近いうちというのがいつなのか、具体的なことがわからないので、今はひとまず、気構えだけしておけば大丈夫です」
「そうか、それは安心……って言うのは変かもだけど、とにかくわかったよ」
できることが少ない以上は気にしすぎても仕方ないのかもしれない。
「それより……話しにくいことかもだけど、四国の外はどうだった……? 諏訪で生存者を見つけたんだろう」
二喜がそう切り出すと、一瞬、空気が重くなったような気がした。
「……ああ、そうだ、諏訪で一人の少年と出会ってな、一緒に四国まで来てもらった。今は大社が用意した部屋で休んでもらっている」
「名前は種島創一さんっていう人ですよ」
杏の口から、生存者の名前が告げられる。
「種島、創一……」
「そ、タマたちより年下だったぞ」
二喜はてっきり、諏訪の生き残りとは勇者か巫女かのどちらかだと思っていた。
しかし、どうも違うようだ。
「ということは、諏訪の勇者たちは……」
皆が沈黙する。
そして、若葉だけがゆっくりと首を横に振った。
「そう、か……」
二喜は思わず聞いてしまったことを後悔した。
若葉と諏訪の勇者は会ったことはないとはいえ友人。友人の死が確定的になってしまったことは、若葉にとって特に悲劇だったはず。
しかし、若葉の表情は悲嘆に暮れている人間のそれではなかった。
「だが、無駄ではなかった。諏訪に行ったことで、諏訪の生き残りと出会え、諏訪の勇者──白鳥さんからの手紙も受け取ることができた」
「ああ、白鳥さんが、残してくれていたんだ」
そうか、諏訪の勇者は若葉に思いを託すことができたのか。そして、そのことは若葉自身にとっても前向きに働いているらしい。
「それに、白鳥さんだけじゃない。巫女の藤森さんをはじめとした諏訪の住民たち全員が、それぞれみんな自分たちが生きた証を残してくれた。自分の名前や、思いを手紙に書いてな」
「諏訪の住民全員が? それは凄い数になったんじゃない?」
諏訪の住民が当時何人いたのか詳しい数は知らないが、相当な数いたはずだ。
紙に書いたものとはいえ、決して四国まで持ってくるのは楽ではあるまい。
「ああ、箱が何箱も積み重なって、凄い数だったぞ。もっとも、持ってきたのは創一君だが」
「諏訪の少年が? でも、その少年を運んだのが若葉たちだろ?」
「それが違うんですよ、二喜さん。若葉ちゃんたちに運んでもらったのは私だけです」
「え、いやそれはおかしいだろう。だって、君たちと一緒に四国に来たんだろ? まさか、勇者と同じ速度で走って来たとでも……」
そんなことはあり得ないと、二喜は冗談めかして言う。
しかし、予想していなかった答えが、千景の口から放たれた。
「そのまさかよ……」
「は?」
一瞬ぽかんとした二喜だったが、正気を取り戻すと他の勇者の顔を見る。
皆、千景の言うことを肯定するように頷いている。
どうやら、珍しく千景が冗談を言ったというわけではないようだ。
「どういう……こと?」
「んーと、何かね? 創一くんは私たちと同じような力を持っているみたい」
疑問符の抜けない二喜に、友奈がそう言った。
「彼がバーテックスと戦っているところを、私たちもこの目で見ました」
杏が自分の目を指さしながら、友奈の言葉を補足する。
「なんだそれ、いったい、どうして……」
「なんか、諏訪の土地神が存在を預けてくれたとかなんとか言っていたな、タマの覚え違いかもしれないけど」
「球子さんの言っていた通りだったと思います。具体的な方法は知りませんが、とにかく、彼はバーテックスと戦うだけの力を持っていました」
「……皮肉なことに、その力を手に入れたのは諏訪が滅んだ後だったらしいけどね……」
「神が、存在を……? いったい、どんな人なら、そんなことが……」
「土地神の力のことは詳しく知らないが、彼自身の話をするなら……どこか、二喜に似ているように感じた」
「え……?」
突然若葉が、よくわからないことを言いだした。
自分に似ている。いったいどういう意味だろうか。
「あ、それタマも思った。見た目じゃなくて中身だけどな」
「僕に……?」
「つっても、ちょっとだけだぞ?」
周りを見れば、他にも頷いている者たちがいる。
似ている……と言われてもよくわからないが、興味は沸いた。
「会って、みたいな……」
二喜は改めてそう思う。
「いつか、ここに連れてくるさ。向こうにも二喜を紹介すると伝えてあるしな」
「え、そうなの? そっか……」
種島創一。
諏訪の生き残りというだけでなく、勇者のような力を得るに至り、そして、勇者たちから見てどこか自分に似ているというその少年に会える時が、今から楽しみだった。
その後、勇者たちと二喜はしばらく諏訪や創一についての話を続けた。
「さあ、もう夜も遅いしこの辺にしておきましょうか」
「そうだな、二喜、こんな時間にすまなかったな」
「気にしないで。みんなも、改めてお疲れ様。今日はゆっくり休んでね」
「おう、二喜もな」
「失礼します。二喜さん」
「じゃあね、二喜くん」
「……それじゃ、おやすみ」
各々言葉をかけて二喜の病室から去って行った。
全員が離れたのを確認すると、二喜はほっと息をついた。
「はあ、改めて、怪我がないようでよかったな……」
皆、どこにも怪我はないように見えた。
少なくとも、傷だらけになって帰ってくる、というようなことにはならなかったようで何よりだ。
しかし、全く問題なさそうかといえばそうでもなかった。
「……みんな、諏訪以外の話はしようとしなかったな」
諏訪よりも遠くの場所は、予定変更により行っていないわけだから当然としても、諏訪へたどり着く過程では、いくつかの都市を通り、探索していたはずだ。
なのに、彼女たちは諏訪以外の街のことは全く話題にも出そうとしていなかった。
「何か、辛いことがあったのかな……」
諏訪でようやく生存者を一名発見したということは、それ以外の都市では全く生存者がいなかったということだ。
だとすると、勇者たちが何を見てしまったのか、想像するだけでも胸が痛くなる。
「こっちから話題に出すことだけはしないようにしておこう……」
できることなら、何か力になってあげたいが、場合によってはこちらから触れてしまったがために嫌な思いをさせてしまうこともあり得る。
せめて、向こうからその件を相談してきたら、話を聞いてあげようと思う二喜だった。
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翌日、この日は特に予定もなく、二喜はゆったりと過ごしていた。
そんな昼ごろ、意外な来客が来た。
「今、いいかしら……」
「千景……? あ、ああ今日はずっと暇だよ。そっちは、大社から呼ばれてたりはしないのか?」
「いえ、特にそういうことは、ないわ……乃木さんと上里さんは例の生存者と話し合いがあるとかで大社に呼ばれてるみたいだけど……」
千景は二喜のいるベッドの傍まで来る。
立たせておくのもなんなので、二喜は千景を椅子に座らせた。
「それで、今日はまたどうしたんだ?」
「別に……何もないけど……」
すぐに嘘だとわかった。千景の表情はどこか深刻げだったから。
それに、千景は用がないのに来るタイプじゃない。
「千景、ゆっくりでいいからね」
千景が何か話すことがあってきたことはわかっている、と言外に伝えた二喜は、多くは聞かず、ただ千景の話す準備が整うのを待った。
「……」
千景は何かを言おうとしてはやめてを何度か繰り返し、ついに口を開いた。
「諏訪の生存者……彼が四国へ来て、大社の人たちは……人類復興の希望だって、そうはしゃいでる……」
はしゃいでいる、というのは言いすぎな気もするが、二喜も病院にいる大社関係者の空気がやや湧き上がり気味なのは感じる。
「でも、実際に外を見てきた私は、とてもそんな風には思えない……っ」
それから、千景は外で見てきたものを二喜に語った。
見るも無惨に破壊された建物、白骨化した人々の死体の山、全体がバーテックスの繁殖場とされてしまった街。
千景から語られたことは、どれも想像することすらおぞましくなるような絶望の様子だった。
「他のみんなも同じものを見たはずなのに……どうしてあんなちょっとした希望に目を向けていられるの? 巫女の上里さんですら、弱音の一つもないみたい……私が、私だけが、弱い……それが気になって、訓練にも集中できない……っ」
千景は拳を固く握りしめ、悔しさを滲ませている。
「そんな、ことがあったのか……」
四国の外の世界、生存者が一人しか見つかっていない時点で凄惨な状況であることはわかっていたが、実際に目の当たりにした彼女たちにとっては、言葉以上に辛い光景だったに違いない。
「どうして、私だけこんなに弱いの……っ」
自分だけ置いて行かれてしまうような焦りを感じているように、千景は震える。
「……千景だけなもんか」
「え?」
「当たり前だよ、そんなものを見て、弱気になっちゃうくらい、それが弱さだなんていうなら、強い人なんていない。だから、自分だけが弱いだなんて、そんな風に悩む必要ないよ」
「で、でも……他のみんなは……」
「隠してるだけだよ、絶対。だって、昨日、千景だけじゃなく、誰も諏訪以外の街の話はしなかったじゃないか。きっと、みんなも思い出したくないんだ。弱気な自分を隠したくて、話さなかったんだ」
「そんなこと……だって、みんなそんな弱気なそぶりは、してなかったじゃない」
「それは千景だってそうだろ、今日こうして話してくれるまで、千景がそんな辛い思いをしていたなんて僕は気が付けなかった」
「あ……」
「みんな、きっと無理してるんだ……僕としては、こうして話してくれた方が嬉しいんだけどな……」
「……」
千景が、少し考えこむようにしている、もしかしたら、皆の態度を振り返って、二喜の言うことがあっているか考えているのかもしれない。
「……そう、ね。みんな、平気なわけではないわよね、そりゃ」
納得したのか、千景は立ち上がった。
「ありがとう、本当は、あなたに話すべきじゃないって思っていたのだけど、話してよかったと思うわ」
「それはよかった。少しは役に立てたかな」
「ええ、私だけが置いてけぼりにされてるわけじゃないと思うと、少しは楽になった。……これで、訓練に集中できるわ」
「訓練? それで気がまぎれるなら止めはしないけど……休んだ方がいいんじゃない?」
心が弱っているときは、休暇も必要だと思うのだが……。
「そうはいかないわ……勇者は、戦って勝つからこそ、価値がある……戦えない勇者に、価値なんてないんだから」
「……」
千景はそう言って病室を出ようとする。
戦って勝つのが勇者の価値……確かに、勇者に求められている役割とはバーテックスとの戦いに勝つことだろう。
しかし、二喜は勇者たち自身に、自分の価値をそんな風には思ってほしくなかった。
「千景」
「?」
「僕は、バーテックスとの戦いなんかなくったって、君たちに出会えてよかったって、そう思ってるからな」
二喜は千景を呼び止めて、そう伝えた。
「……あなたの言ってること、たまによくわからないわ……」
千景はボソッと呟いて、今度こそ病室から出て行った。
「伝わらなかったかな……」
出会えてよかった。紛れもなく二喜の本心なのだが、いまいち伝わりきっていない気がする。
千景には、特に伝わって欲しかったのだが……。
「ん……? なんで、今、千景には特にって……?」
別に、他の者にだって伝わって欲しい気持ちだろうに。
「……?」
千景が去って行った扉を見つめたまま、二喜は自分でもわからない思いに首をかしげていた。
読んでいただきありがとうございます。
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