もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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※現状の最新話は 種島創一の章 ⅩⅤ:願い です。


二十四話:去る者は託す

「でさー、若葉がレクリエーションをやろうって言い出してさー」

 

「へー若葉が、意外だな、何をやったの?」

 

「模擬戦をやりました。訓練にもなるしちょうどいいって。こういうところは若葉さんらしいですよね」

 

 諏訪から来た種島創一という少年と初めて会った日から、一週間が経ったある日。

 この日は、球子と杏が遊びに来て、ここ数日の出来事を話してくれた。

 

「模擬戦……確かに若葉らしいね。誰が勝ったの? やっぱり若葉?」

 

「それが、あんずなんだよ」

 

「え、そうなの? ちょっと意外だ。でも、おめでとう」

 

「えへへ、ありがとうございます、二喜さん」

 

「ま、正面から勝ったわけじゃなかったけどな。まったく、あんずもズル賢くなったもんだ、タマはちょっと悲しいぞ」

 

「作戦勝ちって言ってよ、タマっち先輩」

 

「何かあったの?」

 

 詳しく聞いてみると、観戦していたひなたを杏が買収して、若葉に杏はもう負けたと誤認させることで、油断させたところを矢で撃ち抜いたのだそうだ。

 

 確かに、ちょっとずるい作戦といえる。

 

「ま、まあひなたは審判でもなんでもなかったんだろ? 杏の得意分野である頭を使ったいい作戦じゃないか」

 

「でも、タマのことまでついでに仕留められたぞ、協力してたのに」

 

「も〜、それはゴメンって、私もどうせなら優勝したかったんだもん。それに、千景さんにあれを渡すいいチャンスだったし」

 

「っ!」

 

 その人物の名前が出て来たとき、二喜の心臓がドキンと跳ね上がった。

 

「……? どうかしたんですか、二喜さん」

 

「え、いや……今、千景がなんとかって……?」

 

「ああ、模擬戦の勝者はみんなにひとつ命令できることになってまして、それで千景さんにはみんなで作った卒業証書を渡したんです」

 

「卒業証書?」

 

「はい、千景さんは三月で中学三年生はもう終わりでしたから。引き続き同じ学校に通うとはいえ、こういうこともちゃんとやっておこうと思いまして」

 

 それに、と杏は付け加える。

 

「千景さんは、普通に渡しても素直に受け取ってくれなさそうですから」

 

「そう、かもね……それで、千景はどうだった?」

 

「受け取ってくださいました。たぶん、喜んでくれていたと思います」

 

「そうか……それはよかった。…………」

 

 そう呟いた二喜を、球子が不思議そうな顔で見る。

 

「なんか、今日の二喜、千景のことをやけに気にするな、何かあったのか?」

 

「ええ? いや、そんなことないよ……はは、球子は何を言ってるんだ、まったく……」

 

 二喜のその反応を見て、今度は杏が何かに思い当たった。

 

「……二喜さん、もしかして……」

 

「いやいや、だって、さっき千景の名前がちらっと出ただけで反応したじゃんか」

 

「いやだから、偶然だよ、偶然」

 

 球子と二喜がなおも話している。

 そんな中、杏は一人、ぽつりと呟いた。

 

「気付かれたんですね、自分のお気持ちに」

 

 その小さな独り言は、誰の耳にも届くことなくそのまま空気の中へと消えた。

 ただ、それをこぼした杏の表情は、興味津々といった楽し気な表情であるのと同時に、どこか、ほんの少しだけ哀しさの混ざったような、そんな、複雑なものだった。

 

「どうしたの、杏」

 

「ううん、なんでもありません」

 

 自分を見つめる杏の視線に二喜が気付き、声をかけた時には、杏の表情はいつも通りの笑顔に戻っていた。

 

「タマっち先輩、二喜さんも困ってるみたいだし、その話はここまでにしよ?」

 

「ちぇ、なんかあると思うんだけどな~」

 

「あ、そういえば、二喜さん知ってました? 丸亀城って今、桜がすごく綺麗に咲いてるんですよ」

 

「桜? ああ、今もう四月だもんね」

 

「ええ、ですから今度、大社の巫女の人たちとかも呼んで、お花見をしようと思っているんですが、もし実施されたら二喜さんも来てくれませんか?」

 

「僕も?」

 

「ええ、調子が大丈夫そうだったらでいいので……」

 

 最近は天恐の症状もほぼ落ち着いているので花見もできるだろう。

 

「わかった、参加させてもらうよ」

 

 快く返事をすると、杏が嬉しそうにする。

 隣の球子もわくわくしている感じだ。

 

「これで二喜はOKだな! あとはそーいちにも声をかけられたらいいんだが……」

 

「創一君?」

 

「そ、あいつも誘いたいんだけど、なんか、四国中を旅してるみたいで、連絡手段もないから困ってるんだ」

 

「そうなんだ」

 

「二喜さん、もし創一さんと会う機会があったらお花見のこと誘っておいてもらってもいいですか?」

 

「わかった、もし、会えたらね」

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 寝る前、何となくつけていたテレビニュースの話題がふと目に入った。

 

『先日、勇者様たちが長野県、諏訪地区まで遠征に行ってくださいました』

 

 勇者たちの四国外遠征の話だ。

 また、現在諏訪にいる住民たちから手紙を預かっているなどという話もしていた。

 

 だが、二喜は知っている。

 それが嘘であるということを。

 

『我々四国も彼らと同じように、絶望に負けず、頑張って生きていきましょう!』

 

 そんな締め台詞と共にこの話題は終わり、次の話題へ移った。

 

「……寝よ」

 

 テレビを消し、消灯する。

 二喜はベッドに横になりながら、ニュースで言われていたことを思い出す。

 

「本当に、全部隠すつもりなんだな」

 

 以前、大社職員が言っていた。

 諏訪の滅びを、大社は何が何でも隠すだろう、と。

 

「……創一君がいるのに、こんなこと……」

 

 彼に許可は取ったのだろうか。

 まあ、勇者並みに力のある彼を怒らせれば大社もただじゃすまない。

 リスクを嫌う大社のことだ、おそらく許可済みのことなのだろう。

 

「彼は、どんな思いで……いや、僕が口を挟めることじゃないか……」

 

 二喜は布団をかぶり、今度こそ寝た。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 コンコン、コンコン。

 

「……?」

 

 何かの音が聞こえて、二喜は目を覚ました。

 時間は……暗すぎて時計が見えない。

 真夜中なのは間違いなさそうだが……。

 

 コンコン、コンコン。

 

 また聞こえた。窓の方からだ。

 

 二喜はベッドから起き上がり、ゆっくりとした足取りで窓に近づいた。

 

「何の、音だ……?」

 

 そう呟くと、信じられないことに返事が返って来た。

 

『あ、起きました?』

 

「……え!?」

 

 窓の向こうから声がする。

 しかも、知っている声だ。

 二喜は思わず慌てて窓を開けた。

 

 すると、視界に入って来たのは……。

 

「そ、創一君!? なんでこんな時間に……っていうか、なんで窓から!? ここ、結構上階だけど……」

 

「はは、壁よじ登って来ました。迷惑は承知の上でお願いしたいんですけど、中、入れてもらっていいですか?」

 

 二喜は驚きのあまり唖然とした。

 創一が、壁の溝を器用に掴みながら登って来たというのだ。

 

 意味が分からず頭が真っ白になりかけるが、とにかくこのままというわけにもいかない。

 信頼できる相手でもあったし、中に入れた。

 

 中に入ってもらった後、電気をつけて、しばらく呼吸を落ち着かせた。

 そうしたらいくらか冷静になったので、話しかける。

 

「いろいろびっくりしたけど、とりあえず、会いにきてくれて嬉しいよ」

 

 驚くなんてもんじゃないくらい驚いたが、勇者と同じ力があればそりゃ、壁昇りくらいできるか。

 

「また会いましょう、って言ってから一週間経っちゃいましたけどね。その後、体調はどうですか」

 

 創一からも近況を聞かれたので、答えた。

 

 その際、杏から頼まれていたことを思い出し、花見の件について創一に伝えた。

 しかし、その瞬間、創一は少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「花見、ですか……。残念ですが、俺は参加できそうにありません。せっかくのお誘いなのに面目ないですが」

 

 直感した、きっと、その理由が、こんな形での訪問をしたことと関係あるに違いない、と。

 

「……それは、今日、君がここに来たことと何か関係あるのかな」

 

 創一が頷く……やはり。

 

「説明をお願いできるかな、どうしてわざわざ……こんな時間に?」

 

「急用で、かつ秘密の話がしたいからです」

 

「秘密の話……?」

 

 この部屋が録音されていることは以前話した。念のため聞いてみると、どうやら、この夜だけ他にばれなければいいのだそうだ。

 

「……それで、話って?」

 

 続きを聞こうと、催促する二喜だったが、次に帰って来た創一の言葉は、完全の完全に予想外で、時が止まったかと感じるほどに二喜の思考を白く染め上げた。

 

「実は俺、諏訪へ帰るんです。今から」

 

「……は?」

 

 静寂が広がる。

 頭の中に疑問が浮き上がっては形を成せず消えていくような感覚。

 

 それでも、どうにか言葉を紡ぐ。

 

「何を言って……諏訪って、え? だって、諏訪は長野……壁の外で……あ、危ないよ。君は、せっかくそこから四国に辿り着いたんじゃないか」

 

「俺は、諏訪から安全な四国に移り住みたくてここに来たんじゃないですよ。諏訪の思いを、生きた証を四国へ届けるためにここへ来たんです。そして、それは果たされた」

 

「だからって、諏訪にはバーテックスもいるんだろ!? いくら君に戦える力があるって言っても、一人じゃいつまでも生きてはいられないよ!」

 

「あ、俺の中にあった力は、もうじきなくなります」

 

「え?」

 

 知らない情報だった。

 

 なんでも、神樹に力のパスのようなものを繋げた結果、創一自身はあと数週間ほどしか力を扱えなくなったのだそう。

 

「それで、俺が四国の……人類のためにできることは、おおかた終わりました。だから帰るんです」

 

 やれることがなくなった、ここにいても、もう役に立てないから帰る、言わんとすることはわからなくはない。

 しかし──、

 

「戦う力がなくなるって……それじゃあ、なおさら危険じゃないか!」

 

 そんな状況じゃ、バーテックスに見つかるだけで終わり。

 隠れながら過ごすにしてもリスクがあまりにも大きすぎる。

 

「それでも、俺は帰りたいんです。俺の人生は、あそこで過ごしたいんです。大切な人たちと、思い出が眠っているあの土地で」

 

「……っ」

 

 その言葉には、並々ならぬ覚悟が込められていた。

 そして、さらに大きく込められていたのは、願いだ。

 

 諏訪にいたい。

 ただそれだけの、純粋で、かつ、強固な願い。

 

「それなら、せめてもっと後にしないか? 若葉たちがバーテックスを倒して、諏訪が安全になってからでも……」

 

「……それじゃ、時間がかかりすぎますよ。俺が生きているうちに実現する確証はない」

 

 駄目だ、説得できない。

 彼を止めることはできない。

 

 二喜は完全に、それがわかってしまった。

 

 それほどまでに、彼の願いは強く、大きい。

 それこそ、自身の命よりも。

 

「……若葉たちには、言ったの?」

 

「いいえ、言ったら全力で止めてくるでしょうし、最悪、付いて来てしまうかもしれない。これは俺のわがままですから、四国の人たちに必要な勇者たちを危険に巻き込むわけにはいきません。四国に危機が迫っているようですし」

 

 四国の危機、確かに、この状況で若葉たちが一人でも出て行ってしまっては、何があるかわからない。

 

「今しかないんです。俺にまだ力が残っている今しか」

 

 今のタイミングなら、創一は四国に余計な消耗をさせずに己の力で願いを叶えられる。

 

 しかし、ならばどうして……、

 

「なんで、僕に話してくれるんだ……? 勇者たちにも話さないことを、わざわざ出発前に窓から侵入までして……」

 

 浮かび上がる疑問。

 二喜が今誰かを呼びに行ってしまえば、創一の計画は破綻する。

 なのに、なぜそんなことを。

 

「あなたは、二喜さんは、俺と同じだから、俺の思いも、願いも知って欲しかった」

 

 知って欲しい。創一が、自分に、そんな思いを抱いてくれていたのか。

 

「二喜さん、これを」

 

 創一が、何か、ゴルフボールほどの大きさのものを投げ渡してきた。

 さっきまで何も持っていなかったように見えたので、驚いた。

 

「これ、は……?」

 

 キャッチしたそれをよく見ると、樹木の種のように見えた。

 

「それは、神との繋がりそのものです。それを、俺の思いと一緒にあなたに託す」

 

 神との繋がり……?

 託す、だって? 自分に?

 

「きっと、それはあなたの願いに役立つはずだ。言ってましたよね、勇者や巫女と共に戦いたいと。あなたは、間に合うかもしれない。俺と違って」

 

「僕の、願い……」

 

 どんな形であれ、あいつらと一緒に戦う。

 その願いに役立つ……?

 この、種のようなものが?

 いまいち、ピンとこない。

 

 戸惑う二喜だったが、それもすぐに終わった。

 なぜなら、最後の時間が、やってきたからだ。

 

「それじゃあ、俺はもう行きます」

 

 創一は突然、そう言った。

 そして、窓を開ける。

 

「っ!? 待って!」

 

 反射的に止めた。

 だって、ここで行かせてしまったら、もうそれが最後になるのだから。

 

 創一が振り返り、こう言った。

 

「皆さんには、申し訳ありませんでしたと伝えてください。良くしてくれたのに、勝手に諏訪に帰ったことも、せっかく誘ってくださったのに、お花見に行けなかったことも」

 

「創一く……」

 

 やはり、どうにかして引き戻さなくては。

 彼は死ぬべき人じゃない。

 

「二喜さんも、いろいろ、背負わせてしまってすみません。せめて、あなたの願いが実現することを、祈っています」

 

「……ッ」

 

 止めなきゃいけない。

 なのに、声が詰まった。

 

「さよなら」

 

 創一が窓を飛び出す。

 

「創一君ッッ!!!」

 

 二喜は再び彼の名を叫ぶ。

 しかし、彼が振り返ることはもうなかった。

 

「くっ……」

 

 二喜は病室の扉へと走る。

 今すぐ大社の人間にこのことを伝えれば、すぐに勇者たちを起こして、まだ彼に追いつけるかもしれない。

 

 しかし、扉に手をかけた時、二喜の足は止まってしまった。

 

「うう……」

 

『俺の思いも、願いも知って欲しかった』

 

 願い。種島創一という一人の人間が、今までずっと他の何かのために生きてきた人間が、やっと自分のためだけに向けた最後の望み。

 

「~~~~~ッ」

 

 そんな彼の願いの邪魔をすることが、二喜には、できなかった。

 

 結局、二喜は人を呼ぶことができず、他の人に事情が伝わったのは、朝になってからのことだった。

 




読んで頂きありがとうございました。

次回もお楽しみに!
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