直哉成り代わり♀が野望の果てを目指す   作:一夏 茜

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 目の前には、限界まで額に皺をよせ不機嫌そうにむっつり黙り込む悟くんと、申しわけなそうに眉を下げた傑くんが座っている。甚爾くんは相変わらず我関せずといったように、あくびをしていた。私は片眉を上げると腕を組んで口を開いた。

 

 「あのなぁ、何を勘違いしてるんか知らんけど、恵くんは私が産んだわけちゃうし、そもそも私と甚爾くんはそういう仲ちゃうわ」

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しくて私はため息を吐く。すると途端に悟くんの額に浮かべていた皺が消え去り、パッと明るくなった表情で言う。

 

 「さっさと言えよ、そういうことは!!」

 「よかったじゃないか、悟。致命傷は避けれた!」

 「うるせえよ!! ……で、そのガキの母親が直哉じゃねえってことは聞いたけど、だったらなおさらなんで直哉が面倒なんかみてんだよ」

 

 悟くんはまた不機嫌そうな表情に変わると、イライラと指先でテーブルを叩く。

 

 「そんな義理ねえだろうが。だろ、オッサン。……いや、トージクン、だっけ」

 

 そうして表情を歪め嘲りを浮かべた悟くんは、甚爾くんに視線を投げた。私は咄嗟に口を挟もうとしたが甚爾くんはピクリとも表情を変えず、言葉を放った。

 

 「こいつが勝手にお節介焼いてんだよ。文句なら本人に言え。……それにしてもお前こそ関係ねえだろうに必死だな、」

 

 甚爾くんは意地悪く口端を上げる。そうしてゆっくりと手を隣にいた私に伸ばす。私は思わずキョトンとしてそれを受け入れた。

 

 「”こいつ”に惚れでもしたか。色ボケ坊主」

 

 そうして乱暴に私の頭をわし掴むと揺らして言った。振り向かなくてもその声色から甚爾くんが嘲笑の笑みを浮かべているのはわかる。それにしても、悟くんが私に惚れてる? ありえへんやろ。しかし、それを指摘するものはそこにいなかった。なぜか誰もが黙りこくり、シーンとした静寂がその場を制していた。

 

 「いやいや、甚爾くん。そんなわけないやろ。悟くんが私に惚れてるとか一番ありえへんわ。なあ、傑くん」

 

 傑くんの方を見ると、彼は眉をハの字にして「ははは……」と乾いた笑いをこぼした。そんな答えにくい質問やないやろ。どうしたんや。

 

 「……だ……」

 

 張本人の悟くんは俯いてボソボソ言っている。それに甚爾くんは耳をほじりながらも、さらに生き生きと愉悦を声に滲ませて言う。

 

 「あー? ちっせえ声で聞こえねえな」

 

 やっぱ薄々分かってたけど悟くんと相性悪いみたいや。恵まれた奴嫌いやもんな、甚爾くん。

 甚爾くんの言葉に悟くんは、勢いよく顔を上げると真っ赤な顔で絶叫するように怒鳴った。

 

 

 

 

 「だから、好きだっつってんだよ!!!!!!! 悪いか?! あ!?」

 

 

 

 

 

 気付けば悟くんは私の顔をまっすぐ睨みつけていた。悟くんの顔は耳まで赤い。少し水気を帯びた瞳がキラキラと光を反射する湖畔のように光っていた。私はそれをぽかんと口を開いて、みつめる。沈黙が降りて、私の言葉を待っているのだと分かって私は動揺しつつもなんとか口を開いた。

 

 「悟くんは好きやで、強いし、で「俺より弱いから無理だってよ」

 

 でも、と続けようとした時、甚爾くんが被せるように言葉を放った。あまりにも甚爾くんらしくなくて私は目を丸くして二人のやり取りを見つめる。

 

 「ああ?? オッサンに言ってねえんだよ引っ込んでろ!!」

 

 怒鳴られても意にも返さず甚爾くんはニヤリと凄みのある笑みを浮かべ、こちらに視線を投げて言う。

 

 「直哉は、強い方が好きなんだよな?」

 「上等だコラ!! 今すぐ高専行くぞ、地べた舐めさせてやる!!」

 「ッハ、テメーがな」

 

 

 

 

 高専のひらけたグラウンドに着くなり、ドガーンと音を鳴り響かせながらその激しい戦闘は始まる。私は恵くんを抱えて傑くんと共に、離れたところで様子を伺っていた。どちらの方が優勢か目に見えて分かる。

 

 「まさか……本当に……」

 

 傑くんが戦慄しながら呟く。ま、そりゃそうやろな。と私は内心思った。本当に二人は今までこれほどまでに強大な壁にぶつかったことがなかったんだろう。

 悟くんは甚爾くんの速さにまるで反応できず、一方的にやられている。甚爾くんは天逆鉾を体に巻いた呪霊から取り出すとあっという間に悟くんを袈裟斬りにした。血溜まりに倒れる悟くんを見て、傑くんが「悟ッ!!!」と叫ぶ。

 

 「甚爾くん強いやろ」

 

 私は誇らしくなって傑くんに言うと、彼は信じられないと言うような顔で私を見た。なんや?

 

 「止めにいこう、……もう決着はついたはずだ」

 

 いてもたってもいられないと言ったふうに背を向けて駆け寄ろうとする傑くんの肩を私は掴んだ。

 

 「何をッ」

 「悟くんは」

 

 傑くんの肩に手を置き、血溜まりに伏した悟くんを見ながら、私は言う。

 

 「悟くんは、こんなもんじゃないはずやで」

 

 心の奥底から沸々と湧き起こるこの感情はなんだろう。私は自然と口角が上がり笑みを浮かべていた。きっとこれから目に入る光景は、私にとっては想像もつかないくらいの果てしない価値があるのだ。涙さえ込み上げそうになる。傑くんはそんな私を理解できないものを見る目で見ていた。そうして、眉に皺をよせ、低い声で言葉を放つ。

 

 「……君が悟の何を知っていると言うんだ」

 

 それに思わず私は笑って言った。

 

 「知ってるで、悟くんはアッチ側に立つ男や。ほら見い」

 

 私が指さす先に、血に塗れた悟くんが立ち上がるのが見えた。そうして甚爾くんに向かっていく。普通なら、致命傷だったはずだ。もう死んでいたっておかしくない傷。でも知っていた。分かっていた。”五条悟”はこんなところで止まるような男じゃない。

 

 凡夫には目にも止まらないような、息もつかないこのやり取り。どれだけ、憧れただろう……この光景を。胸が苦しくなって、額に震える手をやる。そうだ、こんな強さだ。────私が求めるのは。

 

 重力をまるで感じさせない体捌き。伸び伸びと力強く、自由自在に身体を操り戦う姿。本当に二人とも、理不尽なほどに強い。さすが私の憧れた人や。全身が震え、意味のない笑みが溢れて仕方ない。頬や首筋が紅潮するのが分かる。

 強烈な興奮に私は支配されていた。

 口が乾く、汗が噴き出る。瞬きも許されない。この神がかった技術を目にできる奇跡を逃したくない。唾を飲み込み、脳裏に焼き付ける。きっとこれが漫画にあった、甚爾くんと悟くんの一世一代の大勝負。こんな幸運絶対に逃せない。

 

 

 血の匂うような闘いに心が躍り、血が沸き立つ。本物の強者たちによる命の奪い合い。

 あっち側の世界を、私は、今。見ている。

 

 悔しいが今の私ではとてもじゃないが行けない世界。追いかける先の世界、────追いつきたい。

 

 

 

 いつか、いつか────私も。そっちに。

 

 

 

 

 

 「あっ」

 

 ハッと私は一気に血の気が引き、我に帰って恵くんを傑くんに押し付けると、全速力で駆け出した。

 

 走る。走る。術式を使ってなりふり構わず。

 忘れていた。この展開の先にある結果を。

 

 間に合え、いや間に合わせる! 私の速さならきっと届くはずや。

 

 腕を伸ばした悟くんの指先が甚爾くんに向くのを見て私は咄嗟に甚爾くんを押した。甚爾くんが目を見開き、私に手を伸ばすのがスローモーションに見える。咄嗟の判断だった。死ぬつもりなんかなかったのに、この手は自然と甚爾くんの命と自分の命を天秤にかけ冷静に取捨選択していた。

 

 

 

 悟くんの指先から放たれた赫い光線が私に向かうが、寸前でズレて横を通り過ぎる。

 

 「ッ危ねえだろ!!」

 

 悟くんが怒鳴るのも気にせず、私はほっと息を吐いた。呪術師である以上いつどこで死んでも悔いは残らないよ生きてたつもりやけど、まだ死ぬわけにはあかんのや。私は悟くんを振り向くと困ったように声を出した。

 

 「悟くん、もう勘弁してくれへん? 悟くんが一番強いのは分かったから。頼むわ」

 

 それを聞いた悟くんは少し強張った表情で言う。

 

 「……俺が一番なんだろ? もうそいつがお前の一番じゃない。……だよな」

 

 思っても見なかったその言葉に私は目を丸くした。甚爾くんは地面に座り込んだままその場をじっと動かず、黙り込んで顔を背けている。悟くんは何かを覚悟したような表情で、唇をぎゅっと結んでいた。

 

 「悟くん、ごめんやけど気持ちには答えられへん」

 

 無反応で俯いていた甚爾くんがピクリと動く。悟くんは鼻筋に皺を寄せて、口をへの字に歪めて私をじっと見ていた。

 

 「最初はそりゃ甚爾くんを追いかけたのは強かったからや。それが私にとって一番の価値やしな。

 

 

 

  ────でも……もうそれだけじゃないんよ」

 

 

 きっと私は甚爾くんに関わりすぎた。もう、甚爾くんと言う人を知ってしまった。情というには重すぎるこの感情を、抱いてしまった。甚爾くんは私の憧れで、そして……この世の誰よりも幸せになってほしい人。そもそも()()なんて、直哉()にとっては、強さに比べれば、価値のないものだった。きっと私は本来の直哉の価値観からずれたところにいるのだ。直哉 ()なんかが、強者の幸せなんて祈るべきじゃない。甚爾くんからすれば弱者のくせして烏滸がましく、あまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。そんなことは分かっている、分かっているのだ。

 

 でも、この世界の直哉は私だった。

 

 放っておけなかった。甚爾くんにとっての幸せを知ってしまってからは、甚爾くんの人生の先にあるのものを知ってしまってから。

 だから私は甚爾くんの幸せ(奥さん)を守ろうとしたし、取りこぼしてしまった後も、甚爾くんの幸せがもうないにも関わらず彼を生かそうとした。自分で言うのもなんだが私は”優しさ”なんて常人の一割も持っていない。それを、甚爾くんにたいしては自分でも気持ち悪いほど心を砕いている。きっと漫画の直哉が私を見れば、鼻で笑って嘲笑するだろう。それぐらい何か目に見えないものに囚われているのを実感する。常人が縛られる人間関係や煩わしい何もかもから解放されているのが私が目指す”強者”だと言うのに。

 自分でもなぜここまでするのか説明がつかないほどの激情に私は浸っているのだ。

 でも不思議と後悔はなかった。

 

 

 きっとこれが”愛”と言う呪いなのだろう。

 

 

 教師になった悟くんとは気が合いそうやな。

 今ならわかる。強さを何よりも求める直哉()も。甚爾くんを愛する直哉 ()も、私なのだ。

 

 

 私はかがむと甚爾くんに手を伸ばした。俯いていた甚爾くんがゆっくりと緩慢な仕草で顔を上げる。

 

 「帰ろう、甚爾くん」

 

 私は甚爾くんに手を差し伸べながら心の底から笑った。有り余るほどの幸福で自分の目が輝いているのが分かる。甚爾くんが今ここにいて、生きていることが何よりも嬉しいのだ。甚爾くんは目を見開くとやがて眩しそうにゆっくりと目を細め何かを呟いた。

 

 「ん?」

 「なんでもねえよ」

 

 甚爾くんは耐えきれないといったふうに鼻に皺を寄せて笑った。本当に可笑しそうな笑顔で、私はカチンと固まってしまう。笑うときちらと犬歯が見えるのが妙に魅力的だった。本当に、この人が笑うだけで世界が輝いて見えるのだからずるい。

 なぜか上機嫌になった甚爾くんは私の手を取ると立ち上がる。そして、目をふせ立ち尽くす悟くんの横を通り過ぎて、ポケットに手を突っ込み足音を立てずに歩き去ろうとする。

 

 「あ、待ってや。甚爾くん!」

 

 私はいつの間にか歩み寄ってきていた傑くんに駆け寄り、預けていた恵くんを抱くと甚爾くんの後を追いかけた。

 

 

 熱に浮かされたように心は高揚していたが、頭はいつになく冷静で冴え渡る。

 

 悟くんも最強なだけあって強かったが、やっぱり甚爾くんは凄い。

 鍛え上げられた筋肉と洗練された身のこなし。一朝一夕でできるものじゃない。甚爾くんの強さは積み重ねられた経験、そして努力からなるものだ。

 

 柄にもなくワクワクするのを感じる。こんなに嬉しいことはないだろう。目の前に明確な目標がいる。何よりも尊く、美しい憧れの結晶だ。

 

 風が吹く。

 

 興奮して熱った体に冷たい風が心地よく、どこまでも広がる澄み切った青空が目に痛い。

 

 私が歩んできた道に後悔はない。きっとこれからも私は強さを求めるし、甚爾くんを一生追いかける。私がなぜここまで”強さ”と言うものに惹かれているのかなんて分からない。でもきっと私はどんなに困難だとしても前だけを見据えて走り続けるだろう。

 たとえイカロスのように翼を焼かれたとしても。今はただ憧れたこの背中を、追いかけていたい。

 

 

 そうだ、照りつける太陽にだって。きっと────

 

 

 ────きっといつかは辿り着いてみせる。

 

 

 なあ見ててや、甚爾くん。

 

 

 

 

 

 

 




一旦はここで完結ですが、原作軸編のストックが少しだけあるので続きます。ここからは完全に気まぐれ更新なので長い目で見てやってください。
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