俺は所謂悪の組織に務めている。
そして悪があるなら正義もいるわけで、現在そんな正義の組織のメンバーに攻め入れられ、この支部にいる戦闘員が対応している。
こうした事は割としょっちゅうあるそうで、割と偉い方の俺に戦闘記録が送られてくる。
これが意外に面白いもので、テンプレートにそった格式ばった報告書ながら、こちらの異能を使った作戦、相手の異能による対応、相手の異能の推測、今後の課題や気付いたことなど、下手なバトルもの小説よりもわくわくさせられる事が多い。
しかしそうした面白さも自分が安全圏にいるから引き立つものであって、当事者にとってはたまったもんじゃない。なんで俺が視察に来たタイミングで襲ってくるんだ。
思わず頭を抱えたくなるが、そんな素振りを見せずに書類を眺めながら珈琲に口をつける。
さっきも言ったが俺はこの支部に視察に来た割と偉い方の人間だ。なので当然ここの人は俺の事を煙たがってるだろうし、万が一にも不快な思いをさせたらまずいことになるとか考えてるはずだ。
そんな中で起きた襲撃。
頭を抱えたいのはむしろここの人間だろう。さっきからずっと俺のお世話をしてくれてる秘書的な人も、戦闘の余波で建物が震えるたびビクついてコチラの様子を伺っている。
なので俺はそんな事に気づかず、気にせず、少しも不快に思っていないということをアピールして彼女らの緊張を解いてあげないといけない。
なるべく優しく、秘書的な女性に話しかける。
「君」
「ひっ、ひゃい!」
見ていて可哀想なくらい顔を青くして、小刻みに揺れている。そんなに怖いか?怖いか。
「ここでの視察は終わったから、そろそろお暇させていただくよ。ああ、見送りは大丈夫だから、本来の業務に戻ってくれ」
「わきゃ、分かりましたぁ……! お、おお疲れさまです」
そっとしておいてあげよう。
ドアを開け、廊下に出る。
後ろから座り込む音と水の音が聞こえたが気にしない。
まだ戦闘が続いているようだが、加勢には行かない。俺は全く気にしないが偉い人に手伝わせたと気にさせてしまう未来が見える。そして何より俺はこれ以上異能を使いたくない。と言っても常時発動しているのだが。
だからこうした非常時用の隠し通路から帰ろうとした、んだが。
なーんかいるなぁ……いかにも潜入しますみたいな奴が。
天井裏に隠れているが俺の異能の特性上バレバレである。どうしたものか。
見逃す?いや流石にそれは……。
とか何とか立ち止まって考えてたのが悪いんだろう。気づかれたと思ったのか隙だらけでチャンスだと思ったのか、俺目掛けて飛び降りてきた。
仕方がない。
本当は、ほんっとうは使いたくないんだけど、正当防衛だ。
彼女の体重の乗った両足が俺の後頭部に当たる寸前、ピタッと空中で静止する。
「何っ!?」
全体的にスレンダーに見えるが割とおっぱいとお尻に肉が付いている少女が空中で困惑している様を見上げる。
「くっ、異能か! 気が付かれてウッ、ンーッ!ンムーッ!?」
「潜入において大声は厳禁じゃないのか」
若さだろうか、とても柔らかい唇を塞ぎながら腕を組む。
拘束した彼女をそのまま引き渡すのは簡単だ。しかし、先程も言ったが俺が関わった事を知らせるのは忍びない。
少しの間悩んだが、やはり引き渡すのはナシにしよう。
緊張からか背中や脇から汗を流す彼女を、そのまま浮遊させたまま連れていく。もちろん拘束したまま。
柔らかな感触を意識しないようにしながら俺たちは隠し通路を進む。
どうしたって拘束から抜け出せない事を悟ったのだろう、唯一自由に動かせる目は私を見ており、恐怖からか涙を滲ませていた。まぁ身動き1つ取れずに悪の組織に捕まったんだからそうなるよなぁ。しかもこんな少女が。
彼女は現在俺の異能によって捕らえられている。俺の異能は、周りの空間を俺の体のようにしてしまう、と言えば伝わるだろうか。何せ人に説明したことがないから表現に困る。
つまり俺の周りには見えない無数の手が浮かんでいるようなもので、それによって彼女は全身を拘束されている。またその手は目であり鼻であり耳であり舌でもある。
つまり、俺は今、彼女のおっぱいやお尻など全身の肉体を撫で回し、服の下だろうが覗き、汗の匂いを嗅ぎ、激しくなっている心臓の音を聴き、秘部だろうがなんだろうが舐めまわしているのである。
最低最悪セクハラ痴漢性犯罪者である。死んだ方がいい。
もちろん捕まえるための触覚はともかく味覚など明らかに変態プレイにしか使わないような機能は最低限にしている、が完全には切れない。
というのも説明する上で便宜上、手や舌で例えたが実際にはそんな機能分けがされていないのだ。その為何がどうなっているのか俺にもさっぱり分からないため、何となくでしか機能の一部を弱めることが出来ない。
これが例えばコーヒーカップを浮かす、とかなら普通に触覚のみが作用するのだから不思議である。
コレで分かって貰えただろうか、俺がこの異能を使いたくない、正確には能力の詳細やそれを使っているとバレたくない理由が。
未だ誰にも異能の詳細はバレていないが、いつバレるかヒヤヒヤしている。何せウチの組織はほぼ女性で構成されてるし。
そんな事を考えながら無言で暗い通路を進んでいると、運んでいる少女はちょっとおしっこを漏らした。
なんかごめん。悪いようにはしないからもうちょっとだけ耐えて。
――――――
いつもより静かな事務室。たまに彼が書類を捲る音と時計の針の音だけが五月蝿いくらいに耳に入る。
私はただ彼の邪魔にならないように部屋の隅に立ち、音を出さないように、存在をなるべく消すように、必死に震えを抑えていた。
彼、アマルモーネ様は本部から視察に来た幹部の1人だ。我々の組織は全世界の影で活動し、その規模は支部長を任されている私でも知らされていない。だけどその目的は組織に所属している全員に周知されている。
異能力者の保護と研究。
原理が何一つわかっていない、一歩間違えたら人を大量に殺せる異能力は今でも世間から距離を置かれている。そうした排斥に立ち向かうべく作られたこの組織は構成員もほとんどが異能力者だ。かくいう私もその異能力によってこの座を任されたと言ってもいい。
いわばこの世界の強者。中でも私は人類の上澄みとも言え、この強大な組織の支部長とは誰もが恐れる肩書きなのだ。
そんな私が、負け犬のようにガタガタ震えることしか出来ない。
圧倒的強者の気配――? いや、あれはそんな生ぬるいものでは無かった。アマルモーネ様がここへ訪れる際当然出向いた。その時に感じたアレは。
一瞥されただけなのに、まるで全身を、服の下までジロジロと観察されるような感覚。
身体検査をするかのように執拗に隅々まで手で触って確認されるような纏わりつく重い空気。
私では指先1つ動かす前に殺す事が容易であるとわかる、わからされる。ただ目を合わせただけで―――!
過呼吸になりそうなのを意思でねじ伏せ、バクバクと五月蝿い心臓の音で不快に思われる事の無いように祈りながら案内をした。傍から見たらとても無様な格好で。
幸いアマルモーネ様は極めて紳士的で、私の醜態について何も言及しなかった。
それでも私は、部屋の片隅で今も尚続くまるで背中を巨大な舌で舐められているかのような悪寒に晒されながら、早くこの時が過ぎるのを祈ることしか出来なかった。
っておい!こんな時に襲ってくるな!ホントにお願いだからぁ……!
続かない