「……つ、つぼみ……ごめん。私、出かける用事があるの忘れてた……!」
焦った様子でリビングルームに降りてきた姉は、申し訳なさそうにそう言った。
「……そ、そんな、おねえ……! 私のごはんがいらないって言うの……!?」
……悲しい。……寂しい。
いや、冗談抜きで。
……姉もキウィちゃんもいない食卓? そこに私がぽつんと一人……。
…………あぅ……本気で涙が出そう……。
これまでだって、一人でごはんを食べるときはあったというのに……!
(……いや、最近が賑やかすぎたのか)
元々、姉の交友関係は無いに等しいし、私もそれほど広いわけではない。
だから自然、姉妹二人(母は仕事で忙しい)でごはんを食べるのがふつー。
……それで寂しいなんて思わなかったのに。
「いや!? つぼみのごはんは食べたいんだけど、時間がないって言うか!?」
……意識してなかったのに、涙腺が緩んだのか、視界がぼやけている。
私のうるうるとした瞳に姉が焦る。
あぅあぅ、と困った様子の姉はかわいい♡
「……今日は特製だし巻き卵にしようと思ってたのに……」
「……つ、つぼみのだし巻き……っ(ごくり)」
「特別なとき用に養鶏場から買っているお高い卵……私が丹念にとったお出汁……ふわふわにし上がった卵からあふれ出てくる、じゅわっ、としたお出汁がさいこーなのに……」
「ぁぐっ……!」
……今度は姉が苦しそうな顔で涙を浮かべている。
ごはんくらい食べる時間があるのでは? という気持ちと、一秒でも早く行かなければ、という想いで葛藤しているのだろう。
……まぁ、姉がそんな風に葛藤するくらい食べ物つられるようになってしまったのは私のせいなんですけどね?
「……でも!? 私、行かなきゃ……!!」
断腸の思いでそう言った姉の顔はとても苦しそうだった。……朝ごはんキャンセルするだけの話だったんだけどなぁw
「……はぁ」
私は、ため息をつくと、テーブルに置いておいた紙袋を手に取って、ぽすん、と姉の胸元に押し付けた。
「……はい。……もう、おねえは仕方ないなぁ♡ おにぎりくらいなら食べるタイミングあるでしょ? だし巻きは帰ったら作ってあげるよ♡」
「……つぼみ」
ほっ、とした様子の姉が、少しだけ頬を紅くした。
……できる妹でしょ、私って? 惚れ直した?
「……ありがとう、つぼみ」
柔らかく微笑む姉。それはとても幸せそうに見えて……。
(……いや、むしろ、私が惚れ直すわ!)
う~……今すぐにおねえちゃんを抱きしめたい! かわいい!!
「……つぼみ、私が出かけたら、家から出ないで」
姉は、きゅ、と右手を胸元で握りながら、真剣な目で私を見た。
……今日、このタイミングでの、この言葉。
(……それは悪手だよ、おねえちゃん)
……私は笑顔を崩さない。何かに気づいたとしても知らないふりを決め込む。答えがわかっていても答えなければ回答ではない。
「……大丈夫だから。つぼみは……おねえちゃんが守るから!」
何やら深刻そうな姉はそう言って私を抱きしめた。私はそれに応じるように背中に手を回す。
「……うん。何だかよくわらかないけど、私はおねえちゃんを信じるよ?」
ぐりぐり、と胸の辺りに顔を押し付けて、そこの感触を堪能しつつ、姉を見上げる。
……きりっ、とした今までに見たことがないくらい凛々しい姉の顔があった。
(……ほわぁ♡♡♡)
ウチの姉はかわいいだけじゃなくて、カッコよかった!?
「……それじゃあ、行ってくるね、つぼみ!」
そう言って姉が私から離れようとする。
……隙だらけだな、姉よ!!
………………ちゅ♡
「いってらっしゃい、おねえちゃん♡♡♡」
う~ん……新婚さんみたい♡ あこがれのシチュを完遂!
姉はびっくりしたように私の唇が触れたところに手をやって、顔を真っ赤にした。
……まぁ、一応、唇は避けといたよ、キウィちゃん。ぎりぎり、ちょっとだけね?
私と姉がちゅーするのなんて今更なんだけど。
……親愛じゃなく、大すきのちゅー。
どうやら、姉は私の意図をちゃんと汲み取ったらしい。……とっても複雑な表情である。
「……い、い、いいい、いってきます!?」
ぱたぱた、と姉が踵を返して部屋を出て行った。
「……んふふ♡ かあいい♡」
ばたん、玄関のドアが閉まった様子を確認しつつ、まだ、唇に微かに残っている姉の頬の温かさにそっと指を這わせる。
……今更。そう今更なことのハズなのに。
ドキドキと胸は高鳴るし、頬は熱くなる。
私はちゃんと笑顔で姉を見送れただろうか。
むに、と顔を揉むと、笑顔を作ったまま固まっている自分の顔に気づいた。
「おっと……いけない、いけない」
固くなっていた頬を、ぐにぐに、と揉み解して、表情を戻す。
……偽りの笑みを浮かべたつもりはないが、表情を隠すために張り付けた笑顔は中々に強固であった。
「……さて、私の出番はもうちょっと先出し……」
何をしようかな、と中途半端に用意されている朝ごはんの状況が目に入る。
……おそらく、そうなるだろうな、と手早く、おにぎりを作って、姉の好感度稼ぎをしたのは我ながらファインプレーなのだが、その分、自分のごはんは、正直どうでも良くなってくる。
とは言え、食材をダメにするわけにもいかず、とりあえずだし巻きは作ってしまう。
「……まぁ、冷やして食べても大丈夫だし」
あれだけ姉が葛藤しただし巻きを私一人で食べるのも何だかなぁ、という感じがするのである。
仕方なく、残ったごはんで、きっと姉が食べるであろう同じおにぎりをまた作って、口に運ぶ。
(……やっぱり、一人で食べるのは良くないな……まぁ、おねえが同じものを食べている、と考えればまだマシだけど)
私は料理をするのが好きだが、それは自分が食べるためではなく、姉の……食べてくれる人のため、という意識が強い。
おそらく、姉という、食べさせたい人がいなければ、私が料理を身に着けることはなかっただろう。
……だが、今は、姉以外にも私の料理を楽しみにしてくれる人がいる。
頭の中には、何人もの『友人』と呼ぶべき存在が思い浮かんだ。
「……どうせお腹を空かせて帰ってくるだろうから、なんか作っちゃおうかな☆」
そうしよう、と考えるとすっきりした。
……だけど、さすがに何人分も作ろうと思うと時間がかかる。
姉は出かけて、母は今日も仕事に出かけている。
柊家には私一人ということで。
「……ちょっとズルしてもいいよね?」
……蓄えた魔力で人を象る。
……イメージは必要ない。
自分自身を形作るのに手間取ることなどない。
……変身をする必要すらない。
「早く始めましょう、私?」
「私は野菜の下ごしらえを」
「私はお肉の準備を」
「揚げ物は私が」
「それでは私は煮物を」
……まぁ、自分を含め六人もいれば十分だろう。
食材もちゃんと準備しているし。
六人に増えた私は手際よく調理を始めた。