ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園 作:コンスタンチノープル
世間の学生が夏休みで遊び倒したり、受験勉強に勤しんだり、それぞれの夏を満喫する中、高知実業の校長室では……
「で、できました……」
「はい、皆さんご苦労様です。明日もお願いしますね」
教師は夏休みの間も勤務する。部活動の練習を視たり、大会の引率をしたり、水泳の授業でプールの様子を視ていたりなどが学生の眼にも触れる表立った職務であるがこれはメインではない。
「あうっ……もうこんな時間……」
「研修会」、「講習会」、「研究大会」などがこの時とばかり開かれ、これらへの参加が主な職務内容になり、毎日2箇所同時に出席ぐらいしなければ消化できないほど組まれているのである。
「私は提出しないといけないものが残っているのでまだこれから……」
しかも、それらに出席すると校長に「復命書」というものを提出する必要があり、ある研修会が9時から17時までだとして、8時頃に学校へ出勤し、時間を見て研修会の会場へ向かい終わって学校へ帰り、それから「復命書」の作成に取り掛かり終わるのが大体19時頃で家には20時頃ということもよくあることなのだ。しかしこれはある程度教師の歴を積んだ者のことであり、教師1年目のウララはこれらの要領をまだ掴めてはおらずもっと時間を要する。
「あ、笹井先生おつかれさまです。陸上部のみんなはどうでしたか?」
「怪我をする者、調子を大きく崩す者もなく、競技会に向けて順調といっていいでしょう」
部活動の引率で出勤した場合、時間外休日勤務手当てがつくがこれはあくまでも休日出勤の場合だけである。それも1ヶ月前には部活動計画書を提出し、終わったら報告書を提出しなければならず出さなければ手当は支給されない。凡そ1日8時間以上で1,200円というのが相場で、8月の間に土日が計8日あったとして、全部朝から夕方まで部活の指導をしたとしても9,600円程度なのである。
しかもウララは教師1年目ということで高知実業の方針で研修会などへの参加が優先されているため基本的には貰っていない。勿論、当のウララもそんなつもりでやってはいない。
「すいません、みんなのことみてあげられなくて」
「いいんですよ。ウララ先生は新人……おっと、ウマ娘ですから新米というべきですかね? 新米教師ですから勝手が分からなくて大変でしょう」
夏休みの先生は忙しいのである。かく言う笹井はウララがやっている研修会等への参加から復命書の作成・提出をした上で陸上部の練習を視ている。
「こんなじゃ野球部のことまでみてあげられない……」
「あぁ野球部、手伝いを続けるんですよね? 吹本先生から聞きましたよ? 『ウララ先生のおかげで
笹井だけではない。野球部の変化は教師たち全員が感じていることであった。
「でも、手伝うっていったのにぜんぜんみてあげられなくて……野球部、4人になっちゃったし、この前助っ人にきてくれたみんなもつぎはこれないっていうし……」
「あ、でしたら、
新島、川田、明月の3人を引き続き野球部の練習に参加させてもいいという提案にウララは意外にも難色を示した。
「でも、みんなも陸上部のきょーぎかいがあるし……」
「勿論、あくまで陸上部の活動が優先で、その上で各々が時間を見つけて野球部の練習や試合に参加してもらう形です。それと……」
「それと?」
笹井はまた交換条件を提示してきた。
「引き続き、滝山を陸上部の練習に参加させることが条件です」
「あうっ……でも滝山くんだって野球にしゅーちゅーしたいだろうし……でもみんなきてくれたらうれしいし……」
この件は笹井から吹本に改めて交渉するということで落ち着いた。
「それと、ウララ先生」
「はい」
もっと根本的なことをウララに笹井が聞いた。
「ウララ先生は他の部活動や帰宅部の子たちに助っ人を頼んでいましたが、『定時制』の生徒には声をかけたんですか?」
「ふぇ?」
高知実業には全日制と定時制の2つの課程が存在する。
明くる日、折よく吹本と話す時間ができたので早速そのことを聞いてみる。
「定時制の生徒……ですか」
「はい! わたしすっかりわすれてました! なつやすみがおわったら、こえをかけてみようと思います!」
しかし吹本はあまり賛成できないと答えた。
「えっ!? どうしてですか?」
「定時制の生徒は昼間働いていることが多いです。簡単に言うと部活動をしている暇のない生徒が殆どですから、あまり期待することは出来ませんね」
「そうなんですか……で、でも、きいてみないと分からないですよね? 野球したい子だっていると思いますよ!」
吹本はウララに無理矢理連れてこないようにと言ったうえで更に付け加えた。
「あと、連れてくる生徒はちゃんと選んでくださいね? 甲子園には年齢制限があって19歳以上は試合に出れません。しかも19歳というのも中学卒業後、1年浪人したあとに高校に進学した者のみで基本的には18歳までしか出場できないので気をつけてくださいね」
「わかりました! じゃあわたし、これから講習会なのでこれで」
数日後、研修会などが立て込み、しばらく顔を出せていなかった陸上部の練習に久しぶりにウララはやってきた。この日は滝山が陸上部の練習に参加する日であった。
「って訳で、野球部は今開店休業中とは名ばかりのメッチャ鬼のような基礎練、走り込み。多分陸上部より走ってんじゃないかな?」
「流石に長距離の連中のほうが走ってると思うけど?」
滝山と話している彼は陸上部砲丸投の選手で滝山に砲丸投をレクチャーしていたのである。
「で、
「1番走らされてる。でも自分が甲子園に行くっていった手前、文句言わずにやってるよ。だけどキャッチャーがいなくなって全力でボールを投げられなくてくさくさしてるっちゃしてるな」
2人が話しているとそこにウララがやってきた。
「ふたりともおつかれー、けっこういいきろくがでてたね」
「笹井先生からは十種競技に転向したほうがいいんじゃなか? って言われましたよ」
「もー……笹井先生ったら」
「あ、ウララ先生は野球部の手伝いしてるんですよね? だったらものは相談なんですけど」
砲丸投の彼がウララに相談事を持ち掛けてきた。
「どうしたの?」
「滝山君から聞いたんですけど、野球部って今キャッチャーいないんですよね?」
「そうだけど……」
「俺やってみましょうか?」
「えっ!? ほんと!? あ、でも
彼の名は横平
「中学の時ちょっとかじる程度に、まあキャッチャーじゃなくて外野でしたけど」
「おいおい、ちょっと外野かじった程度のやつにいきなし末松のボールなんて取れないと思うよ?」
「そ、そうだよ横平くん! 吹本先生も、『キャッチャーは野球の知識と経験と技術を持った子じゃないとできない』っていってたよ! あぶないよ~」
「まあやってみなきゃ分かんないじゃないですか。今度新島たちが野球部の練習に参加する時に混ぜてくださいよ」
「駄目だ!」
笹井が止めさせようとする。
「笹井先生……やっぱりダメですよね」
「当たり前です。横平、君はもっと自分の目標を大切にしなさい」
「横平君の目標ってなんのことですか?」
珍しくウララも乗り気でないことに滝山は疑問に思った。
「横平くんはね、じえーたいに入りたいんだって」
「自衛隊?」
「そうだ、自衛隊への入隊を目指すんなら陸上部の活動だけではなく勉強にも励まなければならない。野球部の助っ人をする暇なんてないだろ?」
ウララが夏前に野球部の助っ人を集める際に、野球経験があったにも関わらず横平に声を掛けなかったのもこのことから笹井に止められていたのである。
「まあ、自衛隊だって駐屯地や基地によっては野球部があるところもあるそうですし、野球を経験しておくのも悪くないと思って」
「そうだとしてもだ……」
「大丈夫ですよ。経験が足りてないのは自分が一番分かってますから試合に出ることはないと思いますし、ユキの練習相手ぐらいになればいいぐらいの感覚ですから」
やけにさばけた物言いだなと笹井は思う。
「でも……もし横平くんがけがしちゃったら……」
一方でウララは横平のことを心配する。
「無理はしませんから。捕れなきゃすぐ諦めるんで。
平らかだが、意志のある横平の言葉にウララと笹井がまず折れる結果となり、数日後、野球部の練習に新島、川田、明月の陸上部員が参加する時にウララが更に横平を連れてグラウンドまでやって来た。
「私としては、あまり賛同できませんね」
吹本は横平の申し出を前向きには捉えられていない。
「駄目なら大人しく帰るんで。それに捕れたとしても試合に出ようとまでは考えていませんから。ユキの練習相手ぐらいにでもなれればいいぐらいの感覚なんで」
「分かった。だがいきなり征隆の全力投球を受けさせる訳にはいかん。今いる4人の野球部員の内、征隆を入れて3人がピッチャーだ。まず他の2人の球を相手にして捕れるようなら征隆の球を受けさせよう」
一次審査と最終審査のような形で横平のことを試すことになり、
「まあ、確かに俺たちの球が捕れないのに末松の球なんて捕れませんよ。いいですよ。俺も久々にキャッチャー相手に投げたいと思ってましたから」
「備品のミットや防具渡すから来て」
2人とも当てウマのような扱いを受けてもそれに異議を唱えるようなことはしない。それだけ末松の実力が突出していることもあるが2人が末松のことを認めているのもある。しかし、それを提案した当の吹本は2人の受け答えに冴えない表情を浮かべる。
「もっと欲を言えば、2人とも嫌だといってきてほしかったとも思っているんですがね」
「どうゆうことですか?」
ウララには吹本の言葉の意味が分からない。
「征隆の実力が突出したものだということは私も認めざるを得ません。しかし2人には征隆と競い合うんだという心構えを持っていてほしいと思うんです。今の2人は、勝負することを始めから諦めているような状態といっていいでしょう」
「そんな……そんなのダメですよ! チームメイトでも勝負して、たのしいって思えるかもしれないのにさいしょからあきらめちゃうなんて!」
吹本はその通りであるがそれだけのことではないと言う。
「ウララ先生の言うことのためには、2人を末松と勝負してそれが楽しいと思えるぐらいまで実力を高めさせる必要があります。2人が力を着ければ末松も今以上に熱心に練習に打ち込むでしょう。それこそが、スポーツというものの在るべき姿」
「はい!」
「それに、自分の力でチームを勝たせると責任感を持って意気込むのは良い事ではありますが、自分が自分がとなりチームプレーを疎かにしたり、全てを自分1人で背負い込み過ぎて潰れるようなことなどあってはならないのです。私はねウララ先生、征隆はプロどころかメジャーリーグでも一流になれる才能を秘めていると思います。そこで2人にも征隆を超えるに至らなくても匹敵する選手になって、助け合う存在になってほしいと思うのです」
「吹本先生……」
「勿論、滝山もそこに加わってほしいと思います」
しかしウララは少しの異論を唱える。
「新島くんたちはダメなんですか?」
「彼らはあくまで陸上部員ですから本当の意味で厳しく指導してやることは出来ません。それで怪我をさせてしまってはいけないですからね」
ウララが確かにそれはそうだと思っていると有賀と加治の手伝いでキャッチャー用の防具類を身に着けた横平がやってきた。ウォーミングアップは既に終えており準備万端に整い、早速2人のボールを受けることとなった。
横平慶次は自衛官志望というデリケートでアンチが着きそうなキャラクターなのでモチーフにした人物がいることとその人物についてもお話します。
横平君のモチーフにしたのは1968年から70年まで読売ジャイアンツに在籍していた
陸上自衛隊からジャイアンツにドラフト指名されプロ野球選手になったという一風変わった経歴の持ち主で、中学時代には県下の大会で砲丸投で優勝し、高校では野球部で活躍し、高校卒業後陸上自衛隊入隊と同時に陸上選手に転向、師団の説明会では100mに11秒で優勝し、その後再び野球に転じ攻守にわたり活躍しドラフトで指名されたという人物です。