ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園 作:コンスタンチノープル
「あれ? ハルウララさんじゃないですか?」
「はい。紫電くんのお父さんでしょうか?」
「いえいえ、わたくしたちはこういう者で」
市居家に到着すると迎えた男性がハンディカメラを見せ、家族ではないことをアピールする。
「えっ!? テレビ局ですか?」
聞くところによると、男性はトゥインクル・シリーズの一つのスポンサーも務める大手新聞社系列のテレビ局のカメラマンだという。
「ウチの局では長いこと市居さんのご家族に密着していて……結構やってるんですけどご存知ないですか?」
市居家は7男8女の大所帯で、所謂「大家族スペシャル」というドキュメンタリー形式のテレビ特番の密着を長年受けているのであった。なお、紫電は四男で7番目の子供で兄、姉、弟が3人ずつ、妹が5人いて零は長女で1番目である。
「えっと、じゃあお父さんとお母さんにも挨拶しなきゃですね」
「そのことですが……」
カメラマンは本当に何も知らないことに驚いた様子である。
「こちらへどうぞ。しーちゃん、あんたはもうシャワーとか浴びて寝ていいから」
ウララは今のテーブル席へと通された。
「ウマ娘ですからお酒よりもにんじんの入った野菜ジュースのほうがいいですよね?」
「ありがとうございます。一応仕事中ですからお酒は呑まないのですが……」
少しは大人びた容姿にもなっているのだがまだ幼さがあるウララであるといっても、大学を卒業し教師になっているので人間に当てはめると既に成人し、飲酒していい年齢を超えている。作中には書かれていないが付き合いで舐める程度にではあるが呑んだこともある。であるがウララはウマ娘の
「それに、よっぱらってテレビに出るのはダメかなって……」
「あ、カメラ止めましょうか?」
「いえ、吞まれないと仰っていますし、大事な話ですから回していても大丈夫ですよ」
普通は大事な話だからカメラを止めてくださいと言いがちだが物的証拠を残す意味合いで回してくれと頼むあたり、零は打算的ともいえる。
「ハルウララ先生」
「あ、ウララでいいですよ」
「ウララ先生。先生は西日本豪雨はご存知ですか?」
世情に疎いウララでも勿論知っている。既にトゥインクル・シリーズを退いて教師になるための勉強を高知でしていた時期と重なるためむしろ経験している側であり、高知レース場で開催予定だったレースが順延されたため大変記憶に残っている。
「あの……もしかして……」
ウララとしては希望的な答えを聞きたかったが悪い方の予想が当たる。
「はい、私たちの両親は、西日本豪雨で亡くなっています」
普段元気一杯のウララでもこの事実に言葉をなくす。
「テレビの方はアレの前から密着してくれていたのもありますし、一旦私たちのことを考えて密着が終わったんですけど、観てくれていた方々から私たちのことがどうなったか気にかけてるメールが沢山来たようで、局の方からも出演料を出して支援させてくれということで続くことになったんです」
「そうだったんですか」
「幸いなことに、私のほかにも就職しているきょうだいが何人かいるので、家計は多少苦しいですがなんとかやっていけています」
ウララは、とてもじゃないが野球部に入ってもらえる状況ではないと思った。
「それで、ウララ先生は
「はい……そう思ったんですけど……かえります」
「いえ、私からも説得してみます」
それはウララにとって意外な答えであった。
「いや……でも、おうちが……」
「
「えぇっ!?」
ウララもまさかそんな実力者に声をかけたとは思いもしなかった。
「中には、学費や寮費なんかお金が全て免除の特待生の中でも一番好待遇で迎えてくれるっていってくれた高校もあったんですけど、そうすると働いて家にお金を入れることが出来ないからって全部断って、それで高知実業さんに」
そういう事情なら尚更野球部に誘うわけにはいかないとウララは思うが零は違った。
「野球自体お金がかかるスポーツですから、
零の言葉にウララは苦悩した。ハルウララというウマ娘は楽しいから走るのが大好きでもっとワクワクしたいと思い高知から中央に転入した。しかも試験はボロボロだったが、持ち前の明るさで面接で合格したという経緯なのでウマ娘の中でも恵まれたほうといっていい。
紫電は野球の才能と努力が認められ、大きな舞台でオグリキャップのように輝ける機会があったにも係わらず、自然災害という自分たちではどうしようもないことでその道を自分の意思で諦めてしまったということが、ウララを何ともやり切れない気持ちにさせた。
「そういうことですから野球部には入れません」
「市居くん……」
ウララは紫電が大分早くシャワーを終えたことも気に留めなかった。
「いや、野球部に入れ」
「でもウチ、まだ苦しいんだろ?」
「そうですよ、先生がわるかったです……」
零は首を横に振った。
「野球の才能があるんなら野球をするのは使命よ。確かに家のことはあるけど私たちを理由に使命から逃げんじゃないわよ。親じゃなくてきょうだいだけど姉ちゃんたち大人は時に
「でも……」
ウララが言葉に詰まる。
「それに
紫電は当たり前だろと少し怒った。
「それは駄目。姉ちゃんたち今成人してないのは全員大学まで行かせるつもりだから。早く働きたい気持ちは分かるけど、長い目で見れば大学出た方が何かと有利だから。それに、
「いやだからって……」
ウララは、紫電に問った。
「市居くんは野球、嫌いになっちゃったの?」
「そういう訳じゃないですけど、そういう問題じゃないです」
「
零はかなり語気を強めて言いつけた。
「分かった、やる」
「うん、子供は素直になっておきなさい」
「でも仕事も続ける。野球部に入るんなら一つ二つ辞めなきゃなんないけど、全部は辞めない。姉ちゃん、先生、それでいいんなら野球やる」
こうして高知実業野球部に新たな仲間が加わることになった。後にこの模様はテレビで放送され多くのウマ娘や人間の知るところとなる。
新たに紫電が加わった野球部であるがそれ以上の新入部員はなく、秋季大会は他の高校との連合チームで挑み、初戦敗退という結果に終わった。他校にも末松のプロに匹敵する剛速球を捕れるキャッチャーなどそう易々とは居ないのである。市居も名門・強豪と云われる高校から特待生の誘いが来るほど有力なピッチャーであったが1年近く野球から離れていたブランクが影響し、本来の実力を発揮することができなかったことも大きかった。
大会を終えて数日後のこと、昼食時間をウララと末松が共にしていると一人の生徒が声をかけてきた。
「おい野球部、また試合負けたらしいな!」
他の生徒たちはその揶揄うような口調に席をはずそうとする。ウララは生徒から人気を集める教師で昼食の時間ともなれば多くの生徒たちとともに弁当を頬張る。この日も末松以外に何人かの生徒と一緒であった。
「甲子園行くとか偉そうなこと言ってなかったかー?」
「別に今すぐ行こうとは思ってねえよ」
「キミ、がんばってる人をからかうのはだめだよ!」
ウララが注意するがカワイイので全然怖くない。
「べっつに~。ただ野球なんてダルくて楽勝なのになんでこう負けるのが上手いのかなぁ~って」
「はあ!?」
「キミ!」
ウララは怒っている。カワイイ。
「第一さぁ、なんでああバットにボールが当たんねぇの? そこが楽勝だっての」
「じゃあお前は打てるのかよ」
「楽勝に決まってんじゃん。なんなら俺が手本見せてやってもいいぜ?」
「言ったな? じゃあ今日練習する時来いよ。相手してやるから」
「オッケーオッケーじゃ今日な」
そうしていかにもチャラついた男子生徒と対決の約束をした。
「逃げんなよ」
「そっちこそ泣きみても知らねえよ♪」
そして放課後、野球部の練習に
「へえ、逃げないで来たんだ」
件の彼が言う。
「いやこっちの台詞だし」
末松が応戦する。
「ユキちゃん。まず俺が相手するよ」
意外なことに市居が名乗りでた。
「いや、こんなやつ……」
「今の君は冷静さを欠いている。そっちの君もそれでいいかい?」
「ま、どっちが相手でも変わんねぇけど?」
こうして市居が相手をすることになった。
「監督。やっぱりやめさせた方がいいですよね?」
「そうだなあ。私としてもあまり変な遊びには付き合わせたくないのだが……」
「あそびじゃないですよ! それに、ケンカになるようだったらわたしが止めますから」
既にピークアウトを迎えているとはいえウララもウマ娘なので男子生徒の喧嘩を力で止めるぐらいは容易い。
「やりすぎないでくださいね? 教師1年目で生徒を怪我させたなんてもう時代が許してくれませんよ」
「わかりました!」
グラウンドでは市居が対決に向けて横平を相手にキャッチボールをしているのであった。