ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園 作:コンスタンチノープル
最低でも末松君たちの学年が3年になる秋まででいいのであちらは気長にやっていいのですがちょっと始めると言葉を調べたりして深く入れ込みがちになってしまうのです。
ポジションに散っていく高実ナインの姿を観た沢田石の表情は冷淡なものであったが内心は愉しんでいた。
「へぇ~、折れねえんだ。ま、そうこなくっちゃわざわざ
それは三宅も感じた。
「ふぅん、
「まあ沢田石君のボールだってあれが100%じゃないだろうからね」
「あれだけ速いボールで100%の力を出していないというのですか?」
ブルボンが驚くのは無理もないがこれは5月上旬の練習試合なので当然といえば当然である。
「練習試合は例えるんなら併走みたいなものですからね。もっというとクラッシック三冠やトリプルティアラに例えていい秋の明治神宮大会、春の選抜、夏の選手権の3大会でも夏だけは特別注目されます。やってる選手や指導者や周りの本気度も格段に高いです」
「なぜですか?」
「トレセン学園と違って普通の高校は3年でキッカシ卒業だからな。その3年の最後の大会が夏の甲子園。三冠に例えるんなら夏の甲子園はダービーみたいなもん。違いは3回出ようと思えば出れるってことと、夏は本当に最後、3年は負けたらその時点で引退。優勝しても引退。まあ例外はあるけどそれ以降高校の公式戦には出れないってこと。だから100パーの力は夏に持ってくように調整なんかもすんのが当たり前ってわけ」
確かに国スポやU-18のような例外は存在するが引退する大会が一律で決められているということはその高校3年の夏の甲子園の時の思い入れは違うものだろうとブルボンは理解した。
「もう打たせないつもりでいきましょう」
そう口にした藤に末松はアイアンクローをかける。とっても勿論全然力は入れておらず形だけのもので痛くはない。
「
「す、すいません」
アイアンクローを解かれた藤がキャッチャーボックスに戻っていく際に懸念の言葉を零した。
「だからそれじゃ駄目なんだよ……」
藤はその表情をグラウンドに正対する時には既に見せなかった。こういうところは他の名門や強豪と云われるような学校のキャッチャーにも引け劣らないので1年生ということを考えれば本当に頼もしい。しかしその一瞬見せた曇りをウララは偶然にも目撃した。
「藤くん、今元気がない顔をしていたけど、どうしたんだろう?」
「投手という生き物は、往々にして我儘ですからな」
吹本の言葉の意味をウララは理解できなかったが藤のことが心配になった。
「さて、遊び球はもう充分投げて策は使ったからここからは……」
末松はストレートのみで先頭バッターの徳山を空振り三振に討ち取った。
「ここが結構問題。
ここで大胆なリードを展開する藤。あろうことか真ん中にストレートを要求した。
「あっ!?」
このリードに虚を突かれた南野は甘いコースのボールだったにも関わらず打ち損じてしまいセカンドゴロに倒れた。
「我ながら危ないことしたな。見逃して『しまった』ってなるのを期待したんだけどここでもついてきたか。ホント結果オーライだな」
さらに討ち取られた南野が次のバッターである高鶴と話す様子を見て藤は「しめた」と内心ガッツポーズをした。
「さてと、ここからのリードは限られる。でもここからのためのリードをしてきたからあとは末松先輩を信じるだけだ」
藤のサインに末松が頷いてピッチングモーションを起こす。この場面で末松は徳山に続き高鶴もストレートのみで空振り三振に討ち取ってこのイニングの有田商工の攻撃を三者凡退で退けた。
「ナイスピッチング末松くん!」
「ったく、相変わらず危ねーボールばっか要求しやがって……」
「ここからのための布石は打ってありますから大丈夫です。もっと強気にきてください」
ウララは特に何も感じなかったが他の部員たちは上級生の末松相手によく言うなと肝を冷やした。
「高鶴君を真っ直ぐだけで三振に斬ったか……」
「こいつぁ、ひょっとすっとひょっとすんじゃねえか?」
ピッチングのギアを上げ始めた末松に三宅と櫻は驚きを隠せない。
「末松さんは試合前に私に色々話してくれましたからね」
「え? 何それ?」
「一体、何話したんですか?」
ブルボンは個人的な話になるので詳しいことは話せないと断った上で1つ明かした。
「ですが、末松さんはこの試合をただの練習試合だとは考えていないようです。尋常ではない決意で臨まれています」
「ふぅん」
「それは面白いことを聞きましたね」
末松のピッチングに沢田石もギアを半個上げた。いや、上げざるを得なかったと言った方が正しい。7回裏、沢田石は藤、舘、高海と続く高実の打線を3者連続見逃し三振に斬って捨て、前のイニングから6者連続三振とした。
「完全に見下ろして投げてますね」
「え? マウンドは高いからみんな見下ろして投げているでしょ?」
ウララがこういう時に言葉をそのままの通り受け取りがちなことを思い出し、発言の主である宇多田は反省した。
「えーっとなんていうか、ナメてるとか見下してるとか……うーん、これじゃないなぁ」
宇多田が言葉選びに困っていると浅香が入ってきた。
「『お前らじゃ俺の足元にも及ばない』、『勝負になんねえよ』って感じじゃない?」
「えぇーっ!? そうなの!?」
「末松先輩もそれくらいの気できてください。有田商工を喰ってやりましょう!」
しかしマウンドに上がり、今本と対峙した末松はその放たれる覇気のようなものを感じるのであった。それはベンチのウララでさえ感じ取れるほどであった。
「なんだか
まるで天皇賞の時のライスシャワーを思い起こさせるような空気をまとった今本。当然といえば当然のことである。
「負けている展開でもう8回。
「吹本先生……」
レイチェルがウララの肩に手をやる。
「ウララ先生、みんなを信じましょう」
「そうだね。みんなー! がんばれー!」
キャッチャーボックスの藤に迷いはない。
「ここからは下手な駆け引きは大怪我の基。そうならないようここまでリードしてきたつもり。あとは信じてサインを出して構えるだけ」
この終盤を迎えた
「ここまでかな?」
櫻は末松が限界を迎えたかと考えた。
「ここから。が、出来ねえんなら先が知れてんな」
「私は、末松さんの『決意』に懸けてみようかと思います」
「精神は肉体を超えられる」を信条をとする黒沼の下で鍛錬するブルボンにとっては今の櫻と三宅の言葉には一言も二言もいってやりたい気持ちがあったがこの
この場面に藤がマウンドに行き、一旦間を取った。
「末松先輩、1回しか言わないんでよく聞いてくださいね」
事ここに至ってもこの姿勢を藤は崩さない。
「ストレートのサインしか出すつもりはないですから末松先輩もそのつもりでいてください」
「分かったよ」
キャッチャーボックスに戻った藤が背を向けている間に末松は一言零した。
「へぇ、わかってんじゃん」
藤のこの強気な姿勢には裏があってのことである。
「変に変化球なんていったら間違いなくやられる。そもそもちょっと気ぃ入れてかかってこられたら今の末松先輩に通用する変化球は無い。ここで沢田石さんを抑えたら潮目が変わる。徹底的に行きますよ」
この場面で沢田石はその氣迫を感じ取った。
「
意外にもこの場面で一番騒ぎそうなウララは口を真一文字に結んで落ち着いている。
「ウララ先生、急にどうしたんですか?」
「え? どうしたってなにが?」
「いや、急に大人しくなって。『がんばれー!』とか言わないんですか?」
「えっとね、末松くんは……なんだか、なんだかね。大丈夫だと思うよ!」
ウララのこの一言ほど、高実ベンチを落ち着かせるものはなかった。
末松が藤のストレートのサインに頷いて初球を投じる。コースは真ん中高めの甘いコースと言ってもいいボールだったが手が出ずに見送って0ボール1ストライク。
「ちょっとヤバイかもな……」
続く2球目、アウトコース高めのストレート。1塁側への力のないファウルで0ボール2ストライクとバッテリーが追い込んだ。
「遊び球なし。一気に」
運命の3球目、インコース高めのストレートに沢田石のバットが空を切り3球三振。
「くっ……」
流れは再び高実に、続くピンチランナーから途中出場の槙村も空振り三振、更に北を見逃し三振に討ち取ってこのピンチを切り抜けた。
「ね? 大丈夫だったでしょ!」
しかし、ウララのいつにない落ち着きは末松に対する信頼だけではなかった。
「ねぇ末松くん、もしかしてつかれた?」
「え?」
かつてブロワイエが彼女のマネージャーさえ気付かなかった彼女の疲労を見抜いたウララにかかれば容易いことなのかもしれない。であるが前の小豆島水産との試合にもリリーフで登板し、この有田商工との試合は先発で初回から緊迫した展開が続く中、8回まで投げているわけであるから疲れていても当然と言えば当然のことである。
「確かに疲れてますけどあと1回抑えれば勝てるんですから、そんなこと言ってられませんよ」
「でもムリはしちゃダメだよ? もしものときはちゃんと言ってね?」
ウララはもしもの時は末松のために吹本と喧嘩になっても交代させようと考えるのであった。
「試合に勝ってもケガなんてゼッタイさせちゃダメ! そうなっちゃうぐらいなら、負けたっていい!」
心の中で静かにそう決意しながら、ウララはこのイニングの先頭バッターである碓井に声援を送るのであった。
ウララも成長しているというか、成長していないと教師になれていないでしょうからそういった面も書こうとしているのですけど、あまりやり過ぎると基と全然違うキャラクターになってしまうので気を付けているつもりなのですが、今でも結構怪しいんですよね……
アンケート選択肢の詳細については第21話の前書きと後書きをお読みいただければとおもいます。
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