ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園   作:コンスタンチノープル

58 / 64
 自分で言うのもなんですが、ここから壮大なストーリーを書くつもりです。そのために大掛かりな舞台装置が求められます。虚無ることにならないよう気を付けなければ。


第56話

 上がった打球はセンター前への力のないフライ。

 

「あっ……」

 

「いや! これは……」

 

「ウェン、スタンバ!」

 

 サードのベースコーチに立っていた羽鳥が叫ぶ。

 

「! ゴーっ!」

 

 それは僅かな差だった。打ち損じが幸いし、滝山の打球はセンター前に落ちるポテンヒットになった。羽鳥が指示を飛ばしたのは、その打球が弾むほんの少し前だった。

 

「くっ!」

 

 センターの菱岡は本来のレギュラーでこそないものの守備力には定評のある選手だった。ダイレクトでキャッチすることこそ出来なかったものの、北淵にドンピシャのバックホームが返ってきた。ホームベース上はまさにギリギリの攻防、沈は決死のヘッドスライディングで飛び込んだ。

 

「セーフ!」

 

 球審岡谷佑也の両腕が両外に大きく広がる。そのジェスチャーを見た沈はホームベース上で反り返らんばかりのガッツポーズ。

 

「いやったぁ~!」

 

 ウララもベンチで飛び上がる。他の選手たちも喚声を挙げ、殊勲の滝山はファーストベース上で右の拳を天高く大きく突き上げた。

 

「……」

 

 一方でこの状況でも監督の吹本は一人冷静な態度、まるで喜んでいないかのようであった。

 

「どうしたんですか吹本先生! 先制点ですよ!!」

 

 満天の笑顔をみせるウララ。普通はこの笑顔にどんな人間であろうがウマ娘であろうが笑みがこぼれてしまうものだが、この時ばかりはそうはいかない理由があった。

 

瑛北(むこう)の選手、それからベンチも……」

 

「え? ……っ!?」

 

 そう吹本に言われ相手の選手やベンチに眼をやったウララも、吹本のその態度の意味に気が付いたのであった。

 

「怖いですね」

 

 レイチェルもその様子に愕ながらスコアブックをつけた。

 

「監督、福沢と高脇をブルペンに行かせますか?」

 

「いえ、この(5)回は必ず投げ切らせます」

 

 先制を許したこの場面に至っても、瑛北義塾の選手たちもベンチも全く落ち着き払った様子である。

 

的射(トモル)、ここ大事だからな」

 

「ああ」

 

 まるでいつでも逆転が出来ると言わんばかりの余裕である。

 

「うーん……」

 

「どうしたんですか? 吹本先生」

 

「いえ……」

 

 吹本は迷いながらサインを出したように見えた。実際は迷っていたというよりも、他のサインが出しようがなく困ったといった方がいい。

 

 次の場面を整理する。1アウトランナー1、2塁で打順は9番の舘。ランナーを2人置いたチャンスの場面であるが既にアウトを一つ取られた状況であり、続くバッターの高海と碓井は的射に対して全くタイミングが合わず共に2打席連続三振に討ち取られているため送りバントや進塁打でランナーを進めても追加点に繋がる見込みは薄い。再びランナーを動かしてのヒッティングは1イニングに2回やるかという奇襲としてはアリだがランナーの1人がピッチャーの有賀であることを考えるとあまりにもハイリスクであるためできない。

 

「やられたな……」

 

 吹本の胸に去来するもの、それはこの場面で舘が打って追加点を挙げることが出来なければ流れが一気に瑛北側に傾く可能性が非常に高い上に、その場面で当の舘に何も策を授けることが出来ないという、大きな無力感を突き付けられている。

 

「よーし! 舘くん、つづけー!」

 

 そんな中吹本は声援を送り続けるウララにはたと気付かされた。自分の無為無策にばかり気を取られ、今グラウンドでプレーする選手たちを信じ切れていない。まだ舘が討ち取られたわけではない、それにも関わらず打てない前提で考えるのは間違っている。

 

「サダメー! 守りに入んじゃねえぞー!」

 

「攻めてけー!」

 

 ベースコーチに立つ羽鳥と藤はその状況を理解しているようだった。チャンスだが自分たちが追い込まれている。だからこそ弱気にならず積極的な姿勢を崩すなと。

 

「狙いは外、無理に引っ張らずにセンターから右に……」

 

 舘もこの状況で興奮しすぎず冷静さを保った判断が出来ている。

 

(このバッター)を討ち取れば……」

 

 的射-北淵のバッテリーはこの場面でも右バッターに対しては徹底的なアウトコース攻め、初球を投じる。

 

「っ! しま」

 

「甘い!」

 

 ここへ来て的射のコントロールが乱れた。僅かに真ん中寄りの失投。

 

「あっ!?」

 

 ジャストミートしたハズだった。

 

「セカンド!」

 

 打球はセカンド前への平凡なゴロ。しかもセカンドランナーの有賀が僅かにスタートが遅れた。サードで封殺されると誰もが覚悟した。

 

「アウト!」

 

 しかしセカンドの浜崎は一切迷うことなくボールをファーストに送った。

 

「すいません、甘いのが来たと思ったんですけど……」

 

「握りが甘かった分助かったな」

 

 舘が打てなかった理由、それは的射がストレートを投じる際に指の握りが僅かにズレたためであった。だから失投になったのだが、同時にボールがバッターの手元で僅かに変化したため、ジャストミートしたと思った所で打ち損じてしまったのである。

 

「ドンマイだよ、舘くん! でも、いまのばめん、有賀くんがアウトになりそうだった気がするんだけど……」

 

「有賀をアウトにしない方が得だと考えたのでしょう」

 

「えぇっ!? でも、先のるいにいる選手をアウトにしたほうがいいんですよね?」

 

 この場面においてはそれが違う。まず、有賀をアウトにすることで塁上に残るのは共に瞬足の滝山と舘である。そして何より、有賀がピッチャーであることが大きい。確実に2アウト目が取れるこの状況、何より次のバッターはマウンド上のピッチャーにここまでの打席一切タイミングが合っていない。確実に次のバッターを討ち取ることが出来ると踏んだからこそピッチャーの有賀を塁上に残すという作戦がとれたのである。

 

「日本では登板しているピッチャーは自軍の攻撃中にベンチの前や脇などでキャッチボールをして次のピッチングに備えることが認められています。高校野球の公式戦をする際にはわざわざベンチ脇にブルペンを設置するほどですからね」

 

「え? あのブルペンって高校野球でしか使えないの?」

 

 正確には高校野球で使うためにわざわざ一から作るので、普段からグラウンド内にブルペンが常設されている野球場は東京の明治神宮野球場をはじめ、日本にある野球場では数少ない部類である。

 

「それに、キャッチボールをしなくてもベンチに居れば汗をかいたアンダーシャツを取り替えたり、水分補給をしたりなどして調子を整えるなどすることができます」

 

「あっ! それってつまり……」

 

「加えてこの暑さですからね……」

 

 近年の災害級とも云われる過酷な暑さ。インプレー中に水分補給をするなどは認められていないため、ピッチャーでなくてもグラウンドに出ていれば暑さで体力を奪われるだけではなく、最悪の場合は熱中症で審判の判断で交代を命じられることもある。

 

「交代させることを考えていなくても、この回の攻撃が始まった際に他の投手にブルペンで準備させておくべきでした。例え征隆や市居でなくても誰かを準備させているんだという形を作っていれば今の場面、瑛北(むこう)は有賀をアウトにしていたに違いありません」

 

 そうやってウララが吹本やレイチェルと話している間に高海が3打席連続三振に討ち取られ、この回高実の攻撃は1点のみに終わった。

 

「はい、有賀くん」

 

「ありがとうございます」

 

 ウララが有賀にドリンクの注がれた紙コップを手渡す。

 

「暑いからと一気飲みはすんじゃないぞ。ゆっくりと少しずつ飲め」

 

 吹本に言われた通りに少しずつ中身を飲んでいく。だが高校野球は季節に関係なく基本的にキビキビとした行動が善しとされ、審判も短時間での攻守交代を求めることがあるためそうゆっくりもしていられない。

 

「有賀、沈。先制されたこの回、相手は前の回よりも攻撃の精度を上げてくる。気を引き締めるんだぞ」

 

「はい!」

 

 そういって他の選手たちよりもワンテンポツーテンポ遅れて二人はグラウンドに出た。球審の岡谷はこの酷暑に理解を示し、選手の健康を考え二人が少し遅くなっても特に咎めるようなことはしなかった。だが他の選手たちが既にグラウンドに出てもいるためあまりいい顔はしていない。仕方なくといった表情である。

 

「プレイ!」

 

「今グラウンドに立っている選手の中で狙うんなら……」

 

 その直後に1、2塁間への痛烈なゴロが飛ぶ。

 

「アウト!」

 

「ほう、中々やんじゃん」

 

 先頭バッター照井の狙いは前の攻撃の最後のバッターで他の選手たちよりもベンチで休んでいる時間が短かった高海であった。

 

「っぶね~、警戒しといてよかった」

 

 さすがに高海も自分が狙われる可能性が考えられると考え、強い打球が飛んでくることに備えていた。

 

照井(テル)がソコを狙ったんなら……」

 

 続く川平の打球は同じく前の攻撃で最後に塁上にいたセンター舘の前へ、万全の状態であれば捕れていたかもしれない打球だったが川平の狙い通り動きが鈍くなっていたため、舘の前に打球が弾みヒットとなった。

 

「不味いかも……」

 

 舘は今の高実にとって、替えの利かない選手の1人である。他の選手たちと違い、舘だけは入学以来全ての試合でセンターとしてフルイニング出場を続けている。そのため疲労の度合いも違う。そこを狙われた。続く菱岡も右中間センター寄りに打球を運びヒットが続く。

 

「いい! 任せろ!」

 

 事態に気付いた天童が舘を制して回り込んで打球を処理したため記録はライト前ヒット。ライトの捕球体勢からは先のランナーを捕殺するための強い送球を投げやすいため川平は無理にサードを狙わずにセカンドでストップした。

 

「1アウトだけどここは送ってくるだろう……」

 

 沈は続く的射の場面で送りバントを警戒するサインを送ったがその網を搔い潜られバントは成功した。セカンドとファーストにランナーを置いていたのでサードがチャージをし辛いこの場面、的確にサード寄りに、しかし必ずピッチャーが処理することを要求されるエリアに打球を転がした。

 

「あっ!」

 

「ヒット・バイ・ピッチ!」

 

 球審の岡谷がコールする。続く白橋への投球が背中に直撃した。避けようと回避行動をとった所にちょうどボールが当たってしまった。

 

「あわわわわわ!」

 

「タイム!」

 

 当然の如く守備のタイムを取る高実ベンチ。マウンドにバッテリーを中心に内野陣が集まる。2アウトながらランナー満塁。高実、この試合最大のピンチを迎えたのであった。




 この夏の大会編終了後からぬるっと始まっていきます。

 アンケート選択肢の詳細については第21話の前書きと後書き、第39話の後書きをお読みいただければとおもいます。

今後の高知実業(ストーリー展開)の方針

  • 目指せ!全国制覇!
  • 目指せ!模範的高校生スポーツマン!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。