ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園   作:コンスタンチノープル

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 感想で「末松くん栄冠ナイン脳で考えると転生選手ポジなのね」というのを頂きましたが今のところ登場しているオリキャラには全員モデル(名前の由来)となった実在の人物がいます。


第4話

「今日は午後の練習はお休みしようね。もしもっと痛くなったらちゃんとお医者さんにいってね?」

 

「はい」

 

 ウララは陸上部の朝練で怪我をしたハードル走の3年生選手に手当てをしている。

 

「ウララ先生、あとは私がついていますので」

 

「はい、お願いします。じゃあ先生職員朝礼があるからまたね」

 

 養護教諭に促されて職員室へと向かった。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 笹井が心配そうに聞いてくる。

 

「軽い打撲だろうっていってました。もっと痛くなったらお医者さんにいくようにいっておきました」

 

「それはよかった。なんせ3年は最後の大会ですからね」

 

「ではそろそろ職員朝礼を始めます」

 

 この日の職員朝礼では野球部のことが話題に上がった。

 

「そろそろ夏の大会ですから野球部の試合に吹本先生と一緒に行ってくれる先生を決めましょう」

 

「? 笹井先生、これは一体?」

 

 高校野球の公式戦では監督と責任教師の2人しか大人はベンチ入りすることができない。このうち、その学校の教員である責任教師は必ずベンチ入りしていないと試合ができないという決まりがある。

 

 高知実業はで吹本が監督と責任教師を兼ねているのだが2人大人がいるべきということから大会前に吹本と一緒にベンチに入る教師を決めているのである。

 

「今年はウララ先生がやられるんじゃないんですか?」

 

「え!? わたし?」

 

「そうですよ。ここのところ野球部のために動かれていたじゃないですか」

 

 毎年新任教師の仕事となっているのだが今年は既に野球部のために動いているウララに任せることが既定路線となっていた。

 

「でも、わたし野球のルールよく知らないですし。陸上部のふくこもんですから……」

 

「いえ私からもお願いします。陸上部からも野球部に助っ人を出しているので、連中が危ないことしないか見てやってください」

 

「わ、わかりました」

 

 笹井からもお願いされ、こうしてウララは野球部の試合に帯同することになった。

 

 職員朝礼のあと、ある教師がウララに話しかけてきた。

 

「ウララ先生も大変ですね。野球部のお守りだなんて貧乏くじ引かされて。おっと、これは失礼」

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

 ウララはその教師の言葉の意味が理解でいなかった。

 

「いやあね。ウララ先生がここしばらく野球部のために頑張っていらっしゃったのは良いことだと思いますよ? しかしですね、野球部のこれまでの戦績は聞かされているでしょう?」

 

「はい、39年間公式戦で勝ってないんですよね。でも、次の試合は勝つかもしれないじゃないですか!」

 

「またまたぁ、野球部(あいつら)自身が勝つつもりでやってないんですから。それに学校だって特別野球に力を入れているわけじゃないんですから勝たなくていいんですよ」

 

 この先輩教師の意地が悪いのではない。高知実業は野球部の活躍で名前が知られている学校ではなく、ごく普通の公立校である。公立でも高知県内には「桂水(けいすい)*1」の愛称で親しまれ、「四国四水(しこくよんすい)」の一校に列される「高知市立桂浜水産高校」*2のような全国的な強豪校も県内には存在する。しかし繰り返すがこの高知実業はあくまでもごくごく普通の公立校なのである。正直なところ、この夏の高知大会で1勝をあげると本気で思っているのは教師たちの中でもウララだけといっていいのであった。野球部の監督である吹本でさえ本当に勝てるとは考えていないといっていい。

 

「ウララ先生は何故他の部が大切な部員を野球部の試合へ助っ人に簡単に出したかお分かりですか?」

 

「勝ってほしいからじゃないんですか?」

 

「違いますよ。どうせすぐ負けるから怪我さえしなければ自分たちの部活の大会には影響しないと考えているから差し出したんですよ」

 

「そんな……」

 

「その証拠に、助っ人で他の部活の子はみんな1年生でしょう? 2、3年生は主力だったり最後の大会だから出さなかったんですよ」

 

「…………」


 その日の放課後、ウララは笹井から今後について話を受けた。

 

「ウララ先生、今後陸上部の練習が無い日は野球部の練習を見てやってくれませんか?」

 

「え? どうしてですか?」

 

 ウララは陸上部から戦力外を通告されたと思ったが、笹井としては陸上部から3人部員を助っ人に出しているため、野球部の練習で危ないことをしないか見てほしいというものであった。

 

「あまり無茶はさせないであげてくださいね」

 

「わかりました。あの、笹井先生……」

 

 赴任してから初めてといっていい落ち込んだ表情のウララに笹井は心配になる。

 

「笹井先生は……今度の大会、野球部は勝てないと思っていますか?」

 

 この言葉に笹井はウララは野球部が勝つと思っているんだと思い……

 

「私は試合の勝ち負けよりも、あの子たちが楽しんで怪我なく無事に試合を終えてくれれば満足です」

 

 そういって言葉を濁したのであった。

 

 そして後日陸上部の練習が休みとなった最初の日、ウララは新島、川田、明月の3人を連れて野球部の練習を見学にやってきた。

 

「ウララ先生、今回は宜しくお願いします」

 

 吹本はウララが試合の引率役になったことに礼を言った。

 

「だいじょうぶですよ! あたまをあげてください」

 

 何十歳も年上である吹本が自分に頭を下げたことにウララは狼狽するのであった。

 

「あの……吹本先生」

 

「どうされたんですか?」

 

 吹本も元気がない様子のウララが気にかかるのであった。

 

「吹本先生も、野球部は次の試合、負けちゃうって思っているんですか?」

 

「そのことですか……そうですね~、今年も厳しいでしょう」

 

 ウララの表情は冴えないが吹本は言葉を続けた。

 

「ですが、今年次第では来年、再来年は分からないかもしれません」

 

「え? それって……」

 

 吹本は先日、希望の光を微かに見たのだという。

 

「この間、夏の高知予選の組み合わせ抽選が行われて、隅本(主将)と行ってきました」

 

「でも、今年も厳しいんですよね?」

 

「ですが光明が少しですが差しました」

 

 光明という言葉がウララは分からなかったのでどういうことか理解できなかった。

 

高実(うち)の試合、大会1日目の第1試合、つまり開会式直後の一番最初の試合に決まりました」

 

「それが一体……?」

 

「大会は地元のローカル局ですが試合がテレビで生中継されます。そして中でも開会式直後の一番最初の試合は開会式もテレビ中継された流れで生中継されるので決勝戦ほどではありませんが非常に注目を集める試合なんです」

 

「えっと……つまり、どういうことなんですか?」

 

 ウララは開幕戦のクジを引いたということが、どれだけ大きなチャンスが巡ってきたかまだ分からない。

 

「つまり、県内の大勢*3の人に征隆の投げるボールを見てもらう機会が出来たということです」

 

「ってことは! 末松くんが『ごーっ!』っていって『びゅーん!』っていってすごいって言ってもらえるってことですね! すごいすごい! でも、どうしてそれが来年、再来年に?」

 

 いまいち繋がりを見出せないウララであるが末松が凄いのは理解しているのでその凄さが広く知られてもらうのは嬉しいことである。

 

「征隆の球を見てもらえれば、県下の実力のある中学生が来年以降高実に入学してくれるかもしれないということです」

 

「野球の上手な子がいっぱいあつまれば、いっぱい試合に勝てるかもしれないってことですね!? すごいすごい!」

 

 さっきまでの沈んだ顔はもうなかった。吹本は更に付け加える。

 

「ですが、征隆だけじゃありませんよ」

 

「そうですね! 新島くんも川田くんも! 庄埜くんも大芝くんも! それに、それに……」

 

「違いますよ。ウララ先生、貴女ですよ」

 

 ウララは、なぜ自分なのか理解できなかった。

 

「え? でも、わたしは試合に出れませんよ?」

 

「ですがウララ先生、貴女がベンチに入ると決まったことで一部では既に注目され始めているんですよ?」

 

 第一線を退いた後のウマ娘が教師というセカンドキャリアを選択することは過去にも例があった。しかし、その教師になったウマ娘が高校野球に携わるとなると前例は限られる。多くのウマ娘は、それまでの経を活かして陸上部、ダンス部、チアリーディング部、吹奏楽部に携わるケースが殆どで、実際ウララも正式には陸上部の副顧問で教師としての担当科目は音楽である。

 

「でも、野球部じゃないわたしが目立っていいんですか?」

 

「いいんですよ。理由は何であれ征隆の球をより多くの人に見てもらえるかもしれないということです」

 

 自分が今後の野球部のための力になるかもしれない。それはウララにとってうれしいことであった。

 

 吹本の言葉に元気を取り戻したウララの心は非常に充実していた。日々の授業にも熱が入り、陸上部の副顧問としても部員たちの心の支えとなり始め、陸上部の活動が休みの日に任された野球部においても何かしら力になろうとする姿は野球部と陸上部、バレー部、相撲部からの助っ人たちの間に確かな連帯感を築くきっかけとなるのであった。

 

 そして、夏の甲子園高知予選の開会式。高知実業野球部にとって運命の試合当日を迎えたのであった。

 

 県立春野球場のスタンドの一角、ウララは吹本の隣でとてもじっとしていられる気持ちではない昂ぶりの只中にいた。

 

「う~っ、はやく試合にならないかな~」

 

「高知はまだ参加校が少ないから入場行進の時間が短いほうですよ。大阪、愛知、神奈川は150チーム以上参加しますし、東京は西と東に分かれている250チーム近くが一同に会するので入場行進だけで大分時間がかかりますよ」

 

 よくあるスポーツ大会の格式ばったいつもの開会式が終了すると。春野の外では一時の交流を深める球児や保護者、指導者たちの姿があった。

 

「えっと、えーっと。みんないっぱい楽しんでほしいです!」

 

 吹本の言った通り、ウララは注目されていた。開会式が終わり球場を一旦出たところで記者たちから取材を受けたのである。

 

 一方、このあとの試合に向けて準備する末松に、一人の球児が話しかけてきた。

 

「征隆! また野球始めてくれたんだな! お前なら戻ってきてくれると思ってたよ!」

 

「ブチ……」

 

 北淵(きたぶち)京一(きょういち)。高知県下で一、二を争う野球名門校、瑛北(えいほく)義塾高校の1年生で入学していきなり4番キャッチャーの座を手にしている世代屈指のホームランアーチストである。

 

「北淵! こんなトコにいた! さっさと帰るぞ!」

 

「あ、はーい」

 

 瑛北の上級生と思われる部員に呼ばれ人混みの中に消えようとする。

 

「いつか勝負しような!」

 

「あ、ああ……」

 

 上級生は北淵の行動を訝しんだ。

 

「あいつ高実のやつだろ? あんなトコのやつと何話してたんだよ?」

 

「高実はこの後の開幕戦ですよね? これから面白いことになりますよ」

 

 そんなやり取りが交わされることもつゆ知らず、末松も試合に向けてウォーミングアップを始めるのであった。

*1
岐阜県の湧水とは無関係

*2
徳島県立小松島水産高校、香川県立小豆島水産高校、愛媛県立伊予水産高校の三校と合わせて四国四水を成す。

*3
「たいせい」ではない。




 今まで授業をしている描写はありませんがハルウララ先生の担当科目は音楽です。教師になるための勉強の一つにはピアノを弾けるようになる練習もありました。
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