ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園 作:コンスタンチノープル
一瞬にして、身体中から血の気が引く末松。打たれたわけではない。
渇いた、鈍い衝撃音。その後、主審の岡谷がコールする。
「ヒ、ヒット・バイ・ピッチ!」
その場に崩れ落ちる北淵。ヘルメットが耳当ての部分を中心に大きく損壊している。
「き、北淵ーっ!」
両チーム全員ベンチから飛び出してくる。プレーに関係ない選手や監督、責任教師などはよほどのことが無い限りベンチから出てはいけないが、今起こっているのはそのよほどの大事である。
「うごかしちゃダメーっ!!!」
一瞬の後事態を理解したウララが眼に涙を浮かべながら叫ぶ。
「おい担架! 救急車速く!」
主審の岡谷も運営に叫ぶ。
「あっ……」
「神戸さん? どうされたんですか?」
「こ、これ……」
視察に来ていた
「おい、嘘だろ……」
そこに表示されていた数字は157km/h。日本人高校生サウスポー、歴代最速のボールが、北淵の左こめかみに直撃した。事態は深刻を極める。
倒れ込む北淵の身体は痙攣を起こし、左耳からは大量の出血、しかも耳だけではなく眼、鼻、口からも出血し、当てられた3枚のタオルはみるみるうちに真っ赤に染まる。急ぎ担架が頭部を固定する器具とともに運び込まれ、載せられて運ばれていく。
高校野球にはこのようなケースの場合、臨時代走という特別ルールがあるが、これが適用されるのはランナーに治療が必要で、なおかつ一時ランナーを代えないと試合の中断が長引くと審判員が判断したときであり、何を置いてもすぐに選手を交代させなければならないこのケースには適用されない。
北淵のピンチランナーに百合沢が場内アナウンスされる中、高実の選手たちが末松を中心にマウンドに円をつくるが、言葉が出てこない。この中で末松以外の唯一の上級生は自分しかいないんだからと、滝山がなんとか言葉を絞り出す。
「気にすんな。オレだったら避けれたボールだった。
「……
「攻めた結果でしょ!?」
滝山のフォローに謝罪で返した末松に、碓井が威勢よくフォローを入れるが、碓井も空元気なのは明らかであった。
「そうですよ、謝んないでくださいよ」
「………………
「……!!」
「お前……」
高海の言葉にも、末松の眼の焦点は全く合っていない。
「末松くん……」
事ここに至って、ウララもようやく末松を心配する余裕ができた。
「押し出しとか、それ以前の話です」
藤だけではない、グラウンドレベルの者だけではなく、スタンドも全員理解している。
「当てたバッターと、当たった場所が最悪なんです……」
本来であればキャッチャーの沈がその判断を下さなければならないが、沈も正気をかなり失っている状況にあり、それが出来ない。代わりに滝山が吹本に向かって両腕を身体の前で交差させて×印を作り、首を横に振った。
末松は続投不可能。
「末松……前のゲームからココまで逃げねぇでよく攻めたよ。タメだけどマジリスペクトだから。お
「勝ち気な
「有賀くん……」
「完全にプレッシャーを力に換えていた――このピンチも末松だったら大丈夫だって……俺だけじゃなくて、みんないつの間にかそう思っちゃってたんだ――……」
高実ベンチの事態は急を要する。このまま末松が最後まで投げるつもりだったこともあり、誰一人準備をしていなかった。
「監督、投げます」
真っ先に吹本にそう言ったのは市居であった。
「肩を作ってくれ」
「いやだから、すぐに投げます」
「駄目だ。緊急登板は身体に大きな負担を掛ける。お前にはさせるつもりはない」
吹本はグラウンドとベンチを交互に見て次に登板するピッチャーを決めようとする。できれば次のバッターである照井とその次の川平が左バッターであるためサウスポーの岸井がベストな選択。しかし、この状況下において肉体的には勿論だが、メンタル面での準備が出来ている選手など1人もいない。
岸井もその1人で今自分から投げると言ってきた市居はまだメンタル面の準備は他の選手よりも出来ていたものの、この試合に出場させるつもりが無かったため、一切準備をさせておらず、肩を作らせに一旦ブルペンに走らせた。
「羽鳥、救援だ」
目は口ほどに物言うのことわざがある通り、眼という器官はその者の状態をよく表していることが多く、シークレットサービスなどは視線や眼の状態から相手に付け入る隙を与えないためにサングラスを掛けていることが多い。それほど眼の状態を視るのは重要であり、吹本も今プレー可能な選手たちの中で一番眼の状態がマシな羽鳥をリリーフのマウンドに送った。
「先輩……俺も逃げません。先輩みたいには無理かもしれませんが、戦う姿勢はとり続けるんで……」
そう末松に声をかけてから、羽鳥はリリーフのマウンドに上がった。
「今、言うべきじゃないな……」
藤は、末松に言いたいことを飲み込み、グラウンドに眼を移した。なお、末松はライトに退がり、天童に代わって5番ピッチャーに羽鳥が入った。
「俺って薄情だなー。こんな状況でも冷静に狙い球を絞れてる。
初球、照井の狙い通りのボールが投じられた。
「ストライクゾーンの甘い球一本っ!」
「あっ!」
ウララの驚きの一声をかき消す金属音の後、打球はライトに回った末松の頭上を越え、そのままスタンドに着弾した。
「プレー中に起きたことだから」
「! ……すまない」
サードベースを回る時、照井が滝山にそう声を掛けた。
「敵討とうとかそういうの禁止な」
ホームベースを踏むと迎えた3人のランナー、ネクストバッターズサークルの川平たちにそう声を掛けた。
「よく平静にプレーしているな。助かる」
「何言ってるんですか。試合はまだ続いているんだから当たり前です」
この不測の事態が高実と瑛北、2つのチームの地力の差を浮き彫りにさせてしまった。
続く川平も強引にならず冷静にレフト前に流し打ち、ヒットを放ち、更に菱岡は教科書通りのセンター返し、このイニングの表からリリーフのマウンドに上がっていてこの試合初打席の高脇はファースト前にお手本のような送りバント、白橋のバッターボックスでは羽鳥は1球もストライクが入らず、ストレートのフォアボールを出して再び満塁となった。
「これ以上は酷だな」
吹本はここでシートの変更を決断、ピッチャーの羽鳥をファーストに
「ごめん……」
「いいって、
「みんなー! みんな……」
ウララもこの事態からの流れにさすがにいつものように元気よく選手たちに声援をおくり鼓舞するということは出来なかった。それは高実にとって最大の求心力が失われたこと、死を意味することに等しかった。
北沢は表の攻撃からピンチヒッターとして試合に出場していたので身体の準備はそれなりに出来ていたが、やはりメンタルがついていかない。加えて守備も浮足立っていて、トップバッターに戻り西江の当たりはショート碓井を強襲する内野安打、2番浜崎の打球をサード滝山がファンブルし1ヒット1エラーで更に2点を追加されてなおも満塁でバッターボックスには大縣を迎える。
「ブンちゃん、今エラーしたばかりの俺が言うのもなんだけど、もう仕方ないからさ……でもやれるだけのことはやろう。とりあえずこのバッターな」
「はい」
羽鳥に声を掛ける滝山の背中は、この非常事態においてとても大きく、ここでようやく大縣をセンターフライに討ち取りこの辛い守りを終えることが出来た。
「滝山くん、岸葉くん……」
他の1年生たちが俯き、足取り重くベンチに引き揚げていく中、グラウンドに出ていた数少ない上級生のうちの2人である滝山と岸葉は、瑛北ベンチに深々と頭を下げてからベンチに戻る。ウララもその姿に感じるものがある。
「みんなさ、謝るのは試合終わってから土下座でもなんでもすればいいんだからさ、今はちゃんとプレーしよ? やっちまった俺らがまるで被害者ヅラみたくクヨクヨしながらプレーしてたらそれこそ相手キレると思うよ」
「有賀くん……」
それでもウララはいつもの天真爛漫さは取り戻せない。ある意味では自分の学校の生徒が事故とはいえ他校の生徒を明らかに生死の境を彷徨わせるような大怪我をさせてしまったことに対する責任感を感じている。だがそれは、ハルウララという教職に就くウマ娘にとっては成長ともいえることである。
「みんなウララ先生にこんな顔させたままでいいわけないよね?」
そして、滝山もほかの選手たちを鼓舞しながらバッターボックスに備えてバッティンググローブを着けている。
「決まりだな」
そう、吹本は心の中で一つ
だがそれでも高実ナインの表情は硬く、羽鳥はショートゴロ。沈はライトフライ、北沢はセンターフライに討ち取られ、滝山までバッターボックスは回ってこなかった。打てど響かずという訳ではない。みんなまだ10代後半の高校生、このような事態で冷静さは保てず、空回りしている状態であった。
「監督、もう肩出来てます」
「分かった」
ここで高実は先程からブルペンで準備していた市居を沈の打順に入れてピッチャーに、北沢をファーストに戻してファーストに回っていた羽鳥をキャッチャーに入れた。
「どうやら、
規定のピッチング練習をする市居のボールを観た山淵は、もし前の攻撃で市居が肩を作らせずにそのままスクランブルリリーフさせてきていたら、立場は変わっていたかもしれないと思うのであった。
この話もなのですが、オマージュが多くオリジナリティに乏しいと思い自分の力量を試すチームをいくつか作成。結構多くチームを作ってきているので対戦させられるか分かりませんが、対戦させなければならないと展開を構想中。
アンケート選択肢の詳細については第21話の前書きと後書き、第39話の後書きをお読みいただければとおもいます。
今後の高知実業(ストーリー展開)の方針
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