ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園 作:コンスタンチノープル
「ここでピッチャーをやるなら、世界一を目指せ。最低でも僕はお前たちをそうするつもりだ」
尾嵜の言葉はまさに言うは易く行うは難しの典型。ウララは珍しく練習に打ち込む野球部員たちを眺めながらうねっている。
「う~ん……」
「ウララ先生、どうされたんですか? 具合でも悪いのですか?」
あまりのことに吹本もウララが夏で体調を崩したと思い声を掛ける。
「あ、吹本先生。あの……末松くんは日本で一番のピッチャーなんですよね?」
「え?」
突然の言葉に吹本は当惑した。
「うーん、まだまだですかな」
「でも! 日本で一番速いボールを投げるピッチャーなんですよ!?」
そういうことかと吹本は納得した。高校生のサウスポーが投げたスピードボールという分野で、先日の瑛北義塾との試合において末松は記録が残る日本で最も速いボールを投げた。
「ウララ先生、野球選手の日本一には投手の投げる球の球速以外のも様々なものがあります。球速はその中でも比較的に分かり易いというだけで、日本一速い球を投げるからといって日本一のピッチャーということではないのです」
「う~ん……」
何事かウララには気になることがあるようだった。
「どうかされましたか?」
「なんだか、末松くん最近元気がないようにみえるんです」
ウララの言いたいことは吹本も感じているものだった。確かに、新チーム始動後から末松の状態が思わしくない。
「先生として、こまっていることがあったらなにか力にってあげないと」
「ウララ先生、それはちょっと……しばらく様子を見ましょう」
しかしそれは老将吹本にとっても、脳裏に最悪の可能性が警鐘をけたたましく鳴り響かせるには十分すぎることだった。
「強引に力で捻じ伏せにいこうとし過ぎだ。コースが甘いぞ、無理な投げ方は故障に繋がるぞ」
尾嵜もその忍び寄る影を感じていた。
「さて、喜ばしいことに春と違って県内外から練習試合の申し込みが多く来ています」
今後の野球部の日程についてウララ、吹本、尾嵜の三人でミーティングが行われている。ヴィンは早速各地を飛び回っていて今は空けている。
「えっと……週末の練習試合、土曜日は陸上部のよていがあってこれないけど、日曜日は大丈夫です!」
尾嵜が現場に加わったことで負担の軽減されたウララは以前よりも陸上部へのウエイトを増やしている。
「それと、陸上部にじえーたいに入るのをめざしている子がいて、じえーたいにいたことのあるトレーナーからおはなしをききたいっておねがいされた!」
「成程、そういうことなら僕の話でよければ。ただ秘密にしておかないといけないこともあるから」
以前野球部のブルペンキャッチャーの役を買って出てくれていた横平のことである。
「次の週末が新チーム最初の実戦ですから、皆気合いが入っているのでしょう」
「そうですね、特に征隆はああいう最後でしたから特に責任を感じているのでしょう。投球にも表れていますから、あまり気負い過ぎないよう注意してやらなければ」
「うぅ~、どうにか末松くんが投げているのを観たい!」
指導者たちだけではない、選手たちも功董学館戦の快投乱麻のピッチングと瑛北義塾戦の最後を目の当たりにしているからこそ、この最初の一戦が気がかりであった。
「相手はこの夏の甲子園を逃したとはいえ、夏の予選大会で上位進出した強豪ばかり……この夏休みの練習試合、
「すごいつよいチームといっぱい試合するんですね! 今からワクワクします!」
このウララのメンタリズムは中々身に着くものではない。ある意味ではウララが一番の戦力とも云える。
「どこの高校も、末松と試合をしたくて申し込んでくれたんでしょう。この週末の相手ではどこに当てますか?」
「今週の相手は土曜日が長崎の
「その中で! イチバンスゴいのはドコですか!」
瞳の桜を煌めかせてウララは爛々としている。
「私は、北郷との試合に投げてもらおうと考えています」
「
「えぇーっ!? そうなの!?」
鶴大北郷以外の三校は明確に近年の台頭が著しい新鋭といえる、今キテいる高校。北郷は二十年近く全国の舞台から遠ざかっている謂わば古豪と云われる高校であった。
「四校の中で北郷だけ、この夏の大阪府大会を下級生中心の選手で戦い、バットの振れている選手が揃っているという評判です」
「打線が一番強い相手だからこそ、末松をぶつけると?」
「なるほど!」
吹本の言葉通りならそれが道理であるが……
「僕はお奨めできませんね」
「なんで!?」
当然ウララは納得できない。
「末松の現状は良くありません。万全の状態でなければぶつけるべきではないかと」
「尾嵜君、征隆はエースだ。エースとは例え最悪の状態であってもチームの先頭に立たなければならない存在なんだ」
一旦押し黙り、考証してから尾嵜はソレを口にした。
「僕は、今の末松はエースの
「なんで!? なんでみんな……!」
「おや、他にもそんなことを言い当てたのが居たのかい?」
功董学館戦が終わった後のカツラギエースのことがウララの脳裏によぎったのである。
「申し訳ないが尾嵜君、今の高知実業野球部は、末松征隆のチームだ。征隆がやらなければならないんだ」
老将の、老いても確かなる眼光。歴戦の将ともいえる尾嵜も息を吞むものであった。
「分かりました。ですが僕としても、最悪の可能性は想定しなければいけません。一つお願いしたいことが」
「なになに!」
こういう時のウララの明るさが救いとなる。
「ウララにはちょっと……ピッチャーを教育できるスタッフを、出来れば吹本先生の知り得る限り最も優秀な人物を高実に加えてほしいです」
「? どーして?」
「僕は元々野手だ。ピッチャーについては無いなりの事しか今は教えられない。ピッチャーを中心にディフェンス面にウエイト置いた野球をと言っておきながら、全く形無しで申し訳ない」
尾嵜にはショートをメインとした内野と外野の経験しかない。守備力が武器の選手であったのでディフェンス重視の戦略を本人は打ち出したが、その肝心要となるピッチャーについての知識は、外から視たものしかまだ持ち併せていなかったのである。
「分かりました。私が信の置ける者に声を掛けてみましょう」
迎えた新チーム最初の実戦となる週末の練習試合。土曜日は胡と北沢が先発し1敗1分、日曜日のダブルヘッダー1戦目、
「どうしましょうか?」
「そうですな……」
一戦を前に両校の指揮官がレギュレーションについて打ち合わせをしている。
「どうしたんですか?」
ウララも何事かと話に加わった。
「いえ、来年の春から高校野球に指名打者が導入されるので、その準備としてこの試合でもやってみるかどうかという話を」
「しめーだしゃ?」
「えーっと……DHのことで……」
「でぃーえいち?」
ピッチャーの代わりに守備に就かないでバッティングだけするポジションで、他のポジションに無い独自のルールが定められている。
「春の甲子園からで秋はまだやりませんから、この試合で試すことではないかと?」
「どうかそれで。
「えーっと……」
指名打者制で試合を行うとスタメンの人数が一人増やせる分、ベンチで待機させられる選手が一人いなくなってしまうので、この夏本番という時期はプレー中の事故の他に熱中症で交代という場合も考えなければならないので、ベンチ入りの人数がピッタリ20人しかいない高実にとって、今は指名打者なしで試合をしたほうが利点もある。
「えーっ!? 試合に出れる選手が増えるならやってみようよ!」
「ですがウララ先生」
「でも来年の春からその、でぃーえいち? っていうるーるが始まるんですよね?」
ウララのお願いとも提案ともいう言葉で、来年春からの指名打者制開始決定を受けてその試験の一環としてこの練習試合は指名打者制で行うことになった。
「トシさん、なんか悪いな。末松君と勝負させてもらう上にDHまで付けさせてもらって、しかもあのハルウララにも会わせてもらってるんだから」
「まあ構いませんよ。ヒデさん、高校野球ではどういう指名打者制になるかは分かりませんが、一先ず大学でやっている取り決めでいいですかな?」
「あの……ふたりはお友だちなんですか?」
鶴大北郷の
「いやぁ、この前は惜しかったですがよくぞテルに一泡吹かせてくれたもので」
「駄目ですよ。あの試合どころかここのところ選手に頼り過ぎで指揮官失格もいいところで、もう私も隠居の準備を始めまして」
「おや、トシさんもですか? 私も歳を考えてそろそろと思いましてな。お互い、歳を取りましたな。アレですか?」
益岡が尾嵜のことを指す。
「ええ、ヒデさんのほうはあちらの方で?」
「そんなところで、でしたら……」
吹本も益岡も、後任の監督に禅譲の準備をしているとあればこの試合、監督をその二人に任せてみるのはどうかと益岡が提案した。
「うーん、もう少し現場を視たり経験を積んでからと思いましたが、そういう事でしたら僕は一向に構いませんよ」
「私がいると面倒なこともありましょう。ウララ先生、代わりにベンチに入ってもらえますか?」
「はーい!」
鶴大北郷側もそれでOKという運びとなり、試合に向けた準備が始まる。
名前だけ登場した七州国際大学附属高校のモデルは神戸国際大学附属高校です。兵庫が摂津、播磨、但馬、丹波、淡路の五つの旧国と備前と美作の一部の領地から出来ているところから七福神と掛けての命名になります。