ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園   作:コンスタンチノープル

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第6話

「滝山くーん! かっとばせー!」

 

 高知実業の1番バッター滝山はプレーボール直後の初球を見逃す。相手バッテリーがサインを交換し2球目のモーションを起こす。

 

「あっ……」

 

 投じられたボールを滝山のバットが捉えた。しかし会心の当たりには程遠く、ボテボテのファーストゴロ。相手のファーストがボールを捕り、滝山にタッチして1アウト。

 

 続く2番戸田は3球目を打ち上げ平凡なサードへのファウルフライ。3番沢田は5球粘ったが敢えなく空振りの三振。初回、高知実業の攻撃は三者凡退に終わった。

 

「気にしない気にしない、まだ始まったばかりなんだからたのしんでいこう!」

 

 ウララの言葉にも特に気負った様子はなく高知実業ナインは1回裏の守備に就く。

 

「お? 高実のピッチャー左じゃん」

 

「どうせ左だからピッチャーになっただけだろ?」

 

 観客たちの中で、高知実業に期待している者は恐らくいない。特に対戦相手も強い高校ではないので偵察に来ている高校もほぼいない。開幕試合でもなければ誰からも注目されないような対戦カードであった。この時までは……

 

「今日観に来てる人はほんと運が良いよ。歴史的な瞬間が見れるんだから」

 

 そう心に思うはキャッチャーの沢田。相手の1番に対してど真ん中ストレートのサインを出し末松一言も頷く。そしてゆっくりとワインドアップモーションを起こす。

 

 この日の末松の調子は好調といっていい。そんな「ノッている」末松の剛速球があの日とは違い、今度は沢田のキャッチャーミットから乾いた気味の良い革の捕球音を高らかに響かせたのであった。

 

「なんだよ今の球……何モンだあいつ!?」

 

「末松だなんて聞いたことねぇよ! おい! 誰かガン(スピードガン)持ってきてるヤツいねぇのか!?」

 

「こんな試合でいねえって!」

 

 球場の空気が、一瞬で変わった。

 

「すごい! すごいよ末松くん!」

 

「観衆の反応も上々ですな。わたくしが待っていたのは正しくこの声ですよ」

 

 遠く離れた府中・トレセン学園のスポーツジムで休憩中にこの試合の生配信を観ていたライアンとアイネスも末松のボールに衝撃を受けた。

 

「凄い……球場のバイトで見たプロのピッチャーみたいなの」

 

「凄いなんてものじゃないよ。あのボール、140km/h台中盤から後半は出ているんじゃないかな」

 

 ライアンが説明する。凡そ野球のピッチャーの球速で160km/hというのがプロでも選ばれたごく一握りの選手にしか投げることが出来ないボールである。一般的には150km/h以上のボールを投げればプロでも速球投手と言われ、アマチュアであればプロ注目の逸材とがれる。しかしこれは右投げのピッチャーの話であり、末松のように左投げの場合、内臓の位置関係など様々な要因はあるが右投げよりも5km/h遅くして話を進めるのである。

 

 つまりライアンは、末松の剛速球がプロでも充分速球投手と云われるほどのボールであると見立てたのである。

 

 そしてそれは「ハルウララが教師として携わっている高校の野球部の試合だから」とウマホなどで試合の生配信を観ていた他のウマ娘たちを大いに刺激した。ウマ娘という種族は、その多くが速さというものに対して敏感である。この試合は高知実業が先行だったため先に投げた相手校のピッチャーの平均的な高校野球予選1、2回戦レベルのボールの後に末松が剛速球を投げたので野球素人のウマ娘たちにも鮮烈なインパクトを与えたのであった。

 

 末松はその後も相手の1、2、3番バッターを三者連続三振に打ち取り1回の攻防は終了したのであった。

 

「ほい、飲め飲め」

 

「扇いでやるよ」

 

 ベンチに帰ってきた末松に有賀と加治が買い込んできたキンキンに冷やしたスポーツドリンクを飲ませたり団扇で扇いだりする。

 

「完投してくれたっていいからな」

 

「お前のボールならそう簡単に点は取られねえよ」

 

「俺のことはいいんで点くださいよ」

 

 2回表、先頭の4番隅本がヒットで出塁するとバッターボックスに入るのは5番大芝。

 

「あのぎこちない動きのヤツか」

 

「なんだか頼りねぇなぁ」

 

 しかし大芝は3球目を見事に弾き返し左中間を破るツーベースヒットを放ってみせた。

 

「おいおい、この試合高実勝つんじゃねえか」

 

「ああ……わからねぇよ」

 

 しかし、続く岸葉、末松、庄埜が凡退してチャンスを逸するとここから試合は膠着状態に突入する。しかしその膠着も高知実業と相手校とでは内容に開きがある。相手のピッチャーは高校野球予選1、2回戦レベルの高校の平均的で凡庸なピッチャーであるがそれでも今も高知実業打線にはその程度のピッチャーで充分に事足りる。しかしその力は拮抗している。つまりいつ打ち崩されてもおかしくないといったところである。一方で末松の力は相手校の打線と比較し格段に上、全く歯が立たず一方的に抑えている。要は試合の形勢は高知実業優勢ということで、試合は6回の攻防を迎えた。

 

 表の高知実業の攻撃。先頭は1番滝山。

 

「よっしゃー!」

 

 初球、インコースのボールに空振り。スイングの動きがどことなく硬いと思ったウララが声援を送る。

 

「滝山くーん! かたいよー! おちついてたのしもー!」

 

 2球目、アウトコース低めのスライダーにタイミングが合わず崩されてファウル。

 

「ふぅーっ……」

 

 相手キャッチャーの要求はインコースのストレート。ピッチャーが頷いてモーションに入る。

 

 夏を告げる音が鳴り響いた。

 

 高い弾道で舞い上がった打球はアーチにして高速の弾丸ライナー。そのまま左中間のスタンド奥深くに着弾した。

 

「うおぉーっ!」

 

「ホームラン……ホームランですよね!? 吹本先生!」

 

「ええ、よくやってくれました」

 

 1-0、均衡を破りダイヤモンドを1周してきた滝山にナインが手荒い歓迎をする。

 

「ナイバッチ!」

 

「飛ばしすぎだよ! メジャーリーガーかお前!」

 

 しかし相手ピッチャーはこの一発に崩れることなく、戸田、沢田、隅本を打ち取り攻撃終了。6回裏の守りに入る。

 

「ほら飲め」

 

 相変わらず有賀たちが末松にスポーツドリンクを飲ませる。

 

「点入ったこの回、しっかりいけよ」

 

「はい」

 

 マウンドへ向かう末松に、ウララは一抹の不安を抱くのであった。

 

「なんだか末松くん、苦しそう。肩で息をしている。っていうんですか?」

 

「う~ん……有賀、加治キャッチボールをしておいてくれ」

 

「え……はい」

 

「分かりました」

 

 有賀と加治の2人がグラブとボールを手にブルペンに向かった。

 

「ボールフォア!」

 

 末松は先頭の9番バッター、続く1番に連続でフォアボールを出してしまう。続く2番は最初から送りバントの構え。当然の策である。

 

「くっ!」

 

「ファースト!」

 

 コンという音とともにボールがサード滝山の前に転がる。絶妙な送りバントが決まりワンアウトランナー2塁3塁、高知実業この試合最大のピンチを迎えた。

 

「末松くんのボール、いつもみたいに『びゅーん!』も『ごーっ!』も言わなくなってきたような気がする……」

 

 ウララが心配そうにベンチから戦況を見守る。野球素人のウララにさえハッキリと分かるほど、末松のボールの威力が低下してきているのであった。

 

「スタミナが底を尽きそうになっているんでしょうな。1年生の高校野球デビュー戦にしてはよくやっているほうです。タイム!」

 

 吹本が一試合につき守備と攻撃で3回ずつ使うことが許されているタイムの1回を使う。責任教師と同様に監督も基本的にはグラウンドに出れないので監督の言葉を伝える伝令役の選手が、今回は有賀がファウルラインの前で主審に帽子を取り一礼してからマウンドに向かった。マウンドには末松を中心に沢田と内野手たちの輪ができている。

 

「スクイズ警戒、だって。あと末松、この回は任せる。ってさ」

 

「わかりました」

 

「よし、しまっていこー!」

 

「おー!」

 

 輪が解け、有賀がまたファウルラインの前で主審に一礼してベンチに帰ってくる。

 

「有賀くん、どうだった?」

 

 ウララがまだ心配そうに有賀に確認した。

 

「末松のやつ、口では『わかりました』って言ってましたけど最後まで投げたそうな顔してましたよ?」

 

「吹本先生、『さいごまでまかせた!』って言わないでよかったんですか?」

 

 ウララの言葉に吹本はその両眼をグラウンドに向けたまま、いつもの老紳士のような雰囲気とは違った口調で答えた。

 

「今は、良いんですよ」

 

 その吹本の、『今は』という部分を少し強調した冷淡ともいえる口調にウララの背筋に寒くもないのに悪寒が走った。

 

 プレー再開後の初球だった。吹本の読み通り相手の3番バッターがスクイズを敢行。沢田はタイムをかけ、伝令を送ってきたから相手もスクイズを警戒しているだろうから初球からではなく2球目以降に仕掛けてくる可能性が高いみたため反応が一瞬遅れ、ピッチアウトが外しきれずにバットに当てられてしまった。

 

 打球はファースト前を転がる。隅本が捕ってバックホームするも間に合わずファーストもセーフで同点。記録はファーストのフィルダースチョイスだが初球スクイズはないと思った沢田の戦略ミスであった。

 

「ここで同点か~」

 

「あのピッチャーもうあっぷあっぷじゃねーか」

 

 スタンドからそんな声も聞こえるが一人ウララは望みを切らさない。

 

「まだだよ! まだどーてん! これからぎゃくてんできるからしっかりー!」

 

 そんなウララを吹本は「悪いことをした」と思いながらも目をやることはなくグラウンドの選手たちを見据え続けるのであった。

 

 続く4番バッター、末松は初球、2球目とボールが続いた後のストライクを取りにきた甘い棒球の直球を簡単にレフト前に弾き返され1-2となった。

 

「あ……ぎゃくてん……」

 

「ウララ先生、あの子たちを最後まで信じてやりましょう」

 

 しかし吹本のその言葉はどこかこの場の事ではなく、どことなく心がこもっていないようにも聞こえた。

 

「も、もちろんです! みんながんばれ~!」

 

 だが末松は続くバッターにフォアボールを出してしまい、ワンアウト満塁のピンチを作ってしまう。

 

「あわわわわわ……」

 

 ウララが慌てる横で吹本がこれ以上は可哀想かと有賀を呼び、交代させようとしたがウララが止めた。

 

「ダメですよ、吹本先生! さっき先生、『この回はまかせる』っていったじゃないですか!」

 

「……そうですな」

 

 吹本は交代させず、そのまま戦況を見守った。

 

「末松く~ん! がんばれ~!」

 

 そのウララの声はマウンドの末松の耳にまで聞こえていた。

 

「聞こえちゃってますよウララ先生……無様だな、こんなんじゃ途中で代えられてもしょうがねぇ……監督ならウララ先生を説き伏せて代えることも出来たのに代えなかった……そこまでされて意気に感じなきゃ、ピッチャーじゃねぇ!」

 

 そう思いを込めて末松が力を振り絞り白球を投じる。ボール、ストライクと続き3球目、インコース低めやや真ん中寄りの甘いストレートを相手の6番バッターが弾き返す。お手本のようなピッチャー返し、センター前へ抜ける……

 

「っ!」

 

 かに思われた。

 

「あっ!」

 

 ショート庄埜がセカンドベース後ろで打球に飛びつく。起き上がりセカンドを踏み、ファーストへ送球した。

 

「アウト!」

 

 隅本のファーストミットに矢のような送球が突き刺さりダブルプレー。まさに願ってもないファインプレーでこの絶体絶命の窮地を脱したのであった。

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