ハルのウララの 2XXX海の向こうの甲子園 作:コンスタンチノープル
「すごい! すごいよ庄埜くん!」
ベンチに戻ってきた庄埜をウララが讃える。
「末松くんが苦しそうだったんで、あれくらいはやってやんないと」
その末松は相変わらず加治からスポーツドリンクをもらっている。
「ほら、大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
吹本が末松に声をかける。
「征隆。次の回からライトだ」
「はい」
「俺ですか?」
加治が自分がリリーフかと聞いた。
「いや、先に有賀だ。加治は8回を考えているが有賀次第では途中から行く準備をしておいてくれ」
「分かりました」
吹本がさらに末松に声をかける。
「征隆も展開次第ではまたマウンドに上げる場合もあるから気持ちを切らすなよ」
「なんなら続投でも……」
「それはない」
7回表の攻撃。先頭の大芝はライトフライに倒れ、ここまでノーヒットの岸葉をバッターボックスに迎える。
「念ねねね~んっ!」
「ウララ先生、何やってんですか?」
「念を送ってるんだよ! 打ってほしいからね! ほら、みんなもやって!」
「えぇ……」
そんなウララの念が通じたのか岸葉の甲子園ベスト4常連校のレギュラーと比較しても遜色ないパワーが炸裂。強烈な打球が右中間を襲う。
「うおっ!」
「あ、いけ~!」
打球が右中間のフェンス上部に直撃、余裕のツーベースヒットとなった。
「よっしゃー! チャンスだー!」
「末松ー、無理しなくていいからなー」
しかし末松は自分の乱調から逆転を許したという責任感から打ち気マンマンで打席に立つのであった。
「かっとばせー! 末松くーん! それっ! 念ねねね~んっ!」
「いや、正直なことを言えば三振して帰ってきてほしいんですよね……」
引き続き念を送るウララに対して吹本は末松の体力面を心配していた。
「そんなこといっちゃダメですよ? 念ねねね~んっ!」
しかしこの打席は末松の打ち気の強さが裏目に出てしまいセカンドゴロ。しかし凡退であるがランナーの岸葉がこの間にサードへ進塁することが出来た。
「ナイス進塁打!」
「よーし、ランナー返してこー!」
「いっけー、庄埜くーん!」
バッターボックスに立つ庄埜にウララを始め高知実業ナインが声援を送る。
「野球の一般的なジンクスに『ファインプレーをした直後に打席が回ってくると打つ』ということが云われています」
唐突に吹本がウララに話した。
「じゃあ! この打席、庄埜くんは打つっていうことですか!」
「野球の中でも高校野球は特に精神状態に左右されると云われています。今、その精神状態が良い方向に向いている庄埜くんが打つ確率は高いと言えます」
「じゃあいっぱいおうえんしないとですね! よ~し! 念ねねね~んっ!」
庄埜が鋭いヒット性のライナーを三塁線に放つ。ウララの念が通じたかに思われた。
「あっ……」
ランナー3塁ということで予め三塁線近くに守っていた相手サードのグラブの中にボールが収まる。
「あ~惜しい!」
「良い当たりだったんだけどなぁ~」
チャンスを逸し、若干諦めの空気が漂いだしたがそれはすぐに払拭される。
「まだ試合は終わってないよ! チャンスはまた作れるよ! ぜったいぎゃくてんできるよ!」
「そのためにはこの裏の守り、抑えませんとな。有賀、厳しい試合になると思うが呑まれないようにな」
「はい!」
加治が審判に選手の交代を伝え、場内アナウンスされる。ライトの岸葉のところに有賀がピッチャーとして入り6番ピッチャー有賀。ピッチャーの末松がライトに回って7番ライト末松と交代した。
「何だか普通のピッチャーだな」
「
有賀の実力は甲子園予選1回戦を勝てるかどうかのレベル。つまりは相手のピッチャーよりも格下といっていい。
先頭の7番バッターにヒットを打たれると続くバッターにはフォアボールを出してしまう。次のバッターが送りバントを決めてワンアウト2塁3塁のピンチに相手の1番バッターを迎えてしまう。
「やはり厳しいか……」
「吹本先生、『やはり』というのは?」
ウララはこの展開を初めから予期していたとも思われる吹本の発言を疑問に思った。
「辛いことを言いますが有賀は征隆と比べると大きく実力が劣ります。相手の選手は先程まで征隆の球を見てきたわけで、有賀の大したことない球がより打ちやすく見えてしまうということなんです」
「ええ~っ!? そ、そんなぁ~!? 有賀く~ん、がんばれー!」
ウララの声は間違いなく有賀の耳に届いた。有賀は自身を奮い立たせる中に若干の空しさも感じるのであった。
「これ以上離されたくない……」
有賀は相手の1番バッターをセカンドゴロに打ち取った。しかし打球は一、二塁間の深くを破らんという当たりで、戸田が追い付いてファーストをアウトにしたもののサードランナーのホームインを許してしまった。続くバッターを打ち取り相手の攻撃を終わらせてものの1-3と点差が開く。
「さあ! これからこれから! はりきっていこー!」
8回表、高知実業の攻撃は9番の川田から。
「滝山の前に塁に出たい……」
川田の打球はボテボテのサード前へのゴロ。
「なっ!?」
しかし川田の俊足が勝り内野安打となった。
「あいつ足はえー! ウマ娘かよ!」
バッターボックスには前の打席、特大のホームランを放っている滝山。
「かっとばせー! 滝山く~ん!」
「もう一本打てー!」
球場の期待が否が応でも高まっていく。相手の守備も内野、外野ともに守備位置を後ろにとり、長打を警戒する。
「絶対に、打つ!」
初球、滝山は空振り。ウララはその動きにぎこちなさを感じた。
「滝山くーん! 落ち着いてー! 楽しんで楽しんで!」
しかしウララの声援とは裏腹に無情にも滝山の打球はショート真正面の平凡なゴロ。セカンド、ファーストと送られてダブルプレー。一気にチャンスを逸してしまった。
「すいません……」
「ドンマイだよ! 滝山くん!」
望みは潰えたかに思えたが続く戸田がフォアボールで出塁すると、さらに次の沢田がライト前ヒット。ツーアウトながら2塁3塁のチャンスにこの試合、ヒットを放ってる4番隅本。高知実業、この試合最大のチャンスを迎えた。
「隅本く~ん! 打って~!」
「まがいなりにもこのチームのキャプテンと4番なんだ。
初球、隅本はレフト線に鋭い当たりのファウルを放つ。続くボールは見逃してワンボールワンストライク。
「隅本くん! 自信持って! 隅本くんなら打てるよー!」
ウララは隅本のどこか沈んだ表情をみて声を送った。
「ウララ先生……よし!」
次のボール、隅本のバットが捉える。打球は左中間センター寄りの大きな打球。
「いけー!」
「おぉ!」
「抜けろー!」
しかし……
相手のセンターがダイビングキャッチ。ボールはグラブの中にあった。
「あぁ……」
この試合最大のチャンスを、相手のファインプレーによって逸した高知実業ナインの表情は暗い。
「うー! まだ! まだ試合は終わってないよ! みんな! 諦めちゃダメだよ!」
「加治、この回いってくれ」
「はい……」
守りに就くナインも主審に交代を告げに行く有賀の表情もどこか暗い。
悪い空気が乗ってしまった高知実業は先頭の相手3番バッター、続く4番にもヒットを打たれてしまう。
「あわわわわわ……」
「うーん……吉保君、名取君。投げてみるかい?」
岸葉と同じ相撲部からの助っ人として参加している吉保と名取の二人は試合の展開が荒れた時の対策としてとりあえずピッチャーの練習をしていたのである。
「いや無理ですよこんな空気で!」
「でもとりあえず準備したほうがいいですよね? おい、いくぞ」
そういうと吉保と名取がキャッチボールをしにブルペンに向かった。
しかし高知実業のピンチは続く、5番バッターにフォアボールを出し、ノーアウト満塁の大ピンチを迎えた。
「うーん、完全に悪い空気に呑まれてますな。二人はさっき準備を始めたばかりですし。仕方ありませんな」
「吹本先生?」
「有賀」
吹本が有賀を呼び、審判にタイムをかける。有賀が主審にシートの変更を伝える。
ピッチャーの加治がライト、ライトの末松が再びピッチャーに交代した。
「末松く~ん! がんばれー!」
「ウララ先生、これはあくまでその場しのぎと言っていいでしょう。一人でも打ち取ってくれたら吉保君か名取君に代えようと思っています」
「は、はい!」
末松が投球練習を終える。局面は2点ビハインドの8回裏、ノーアウト満塁。ピッチャーは少し休んだとはいえ一度スタミナが底を尽いている。誰もが1、2点は入るであろうと思った。
その刹那、目にもとまらぬ剛速球が沢田のキャッチャーミットに突き刺さった。末松の剛速球が復活したのである。
「すごい……すごいすごい! いっけー末松くん!」
「この
末松は相手の6番バッターを三振に打ち取る。
「吹本先生、交代させなくていいんですか?」
「ここは代えたらいかんですよ」
続く7番バッター、8番バッターも三振に打ち取り、最大のピンチを劇的に切り抜けてナインは帰ってきた。
「すごいよ末松くん! すごいよ! すごいすごい!」
「征隆……」
吹本の眼は若干冷めながらも怒っていた。
「なんてピッチングをするんだ」
「吹本先生どうしたんですか? 末松くんは打たれなかったじゃないですか!」
そういう問題じゃないと吹本は言葉を続ける。
「今日は無理無茶をするような試合じゃない。最初のピッチングでお前の凄さは充分に伝わったはずだ。征隆、お前には未来がある。今日は未来のための今なんだ、逆になってはいけない」
「すいません。でも、細かいコントロールでかわすなんて俺には出来ませんから。あれしかやれなかったんですよ」
吹本は少し呆れた表情で、しかしそれ以上末松を責めるようなことはしなかった。
「分かった。私も時間がないことを言い訳に……いや、お前の可能性にかまけてコントロールを鍛えさせなかった。私も悪かった」
「吹本先生は悪くないですよ! もちろん末松くんも!」
「いや、私は悪い。今日の試合だって監督らしいことはしてやれていない。ウララ先生のほうが選手たちに絶えず声を送ってよっぽど指導者然としていましたよ」
ウララはそんなことないと答えたが吹本にもそう言わせる理由があったのである。
「そんなことより! さあみんな! 最後のこーげきだよ! みんな、楽しんで……みんななら、ぜったいぎゃくてんできるよ!」
ウララが選手たちを鼓舞する。そして、運命の一戦は9回表。高知実業泣いても笑っても最後の攻撃が始まろうとしていた。
作中では言及しませんでしたが末松君のプロでも通用するレベルの剛速球をなんでもなく普通に捕っているキャッチャーの沢田君も、39年間公式戦で勝ったことのない弱小校の選手としては規格外の選手なんですよね。