シンのDesTinyが欲しい 作:シンの夢〇
いつまで泣いていたのだろうか。
いつまで下を向いていたのだろうか。
俺が抱きしめていたステラの亡骸が、いつの間にかサバイバルキットに入っているポンチョを繋ぎ合わせた簡易な遺体袋に包まれ、差し出されたムラサメの掌に乗っていた。
リゼラの手を取って乗り込んだムラサメのコクピットは、3人で入るには余りにも狭かった。「戦闘するわけじゃないから」とリゼラは言って、モニターを塞ぐような位置にも関わらず、俺達に楽な姿勢を取らせてくれた。
なるべく遠くに行って欲しい。
そう、リゼラに伝えた。
ステラはあの巨大MSのパイロットで、Z.A.F.T.軍人どころか西ユーラシアの非戦闘員の多数を殺した張本人だ。眠らせるところを誰かに見られてしまったら、その後どうなるのか想像もしたくない。
リゼラもそれを分かってくれたのだろう。人里離れたところまでMA形態のムラサメで飛んでくれた。
「そこの湖が良い……ステラは水辺が好きだったから」
モニターに映る、雪化粧に彩られた湖を指さす。
ムラサメは変形しながら高度を落とし、降雪が立てる僅かな水面の揺らめきを割いて、その湖の真ん中に降り立った。
リゼラはコックピットハッチを開くと、ムラサメの左腕を操作して俺とステラがより水面に近づけるよう手配した。
俺はその腕沿いに、記憶より幾分か軽くなったステラを運び、湖に浮かべる。刺すような冷たさがパイロットスーツ越しの指先を撫でた。
その冷たさが、その痛みが俺への報いなんだと、約束を果たせなかった俺に対する罰なんだと、自分に言い聞かせて。
「ごめん、ステラ……もう、怖い人達は居ないから、ここは誰も君を傷つけない、やさしい世界だから……」
ステラの身体から手を放し、ゆっくりと湖底に沈んでいくのを見送る。
本当は、俺も一緒に行くべきなのかもしれない。だけど、俺にはそんな勇気も度胸も無かった。
そんな俺が情けなくて、そんな俺を許せなくて。ただ涙だけがステラの後を追いかける俺の背中を、柔らかい存在が包んだ。
「――頑張ったね」
責めるわけでもなく、褒めるわけでもなく。
ただただ肯定してくれる存在に、俺は振り返って縋りついた。でないと、もう自分を保っていることは出来なくて、何か別なモノに飲みこまれそうだったから。
「――リゼラは死なない?」
ようやく嗚咽が納まってきた頃、俺はリゼラの身体を抱いたまま尋ねた。
リゼラの温もりが、リゼラの柔らかさが無ければ、俺はこの冷たい世界で誰の許しを得て生きていけばいいのだろうか、何を抱いて生きていけばいいのだろうか。
「あら、私って結構強いのよ」
リゼラは茶化したけれど、「死なない」とは言わなかった。
リゼラも軍人だ、いつかは死ぬのかもしれない。そして、そんな守れないかもしれない約束をしないように言葉を濁したのだろう。
リゼラに縋りついたまま、その腕の触感を改めて確認する。腰は想像以上に華奢で、お尻は簡単に傷ついてしまいそうなほど柔らかかった。
「――シン?」
「……俺、強くなるから。もう誰も失わないくらい、強くなるからっ……!」
折れてしまいそうな腰を絶対に手放さないよう、強く掻き抱いた。
***
アスランの太鼓判を得てシンに好き放題出来ると思いきや、全くそんな雰囲気ではなかった。
彼の掌から零れ落ちた初恋の少女の命と、二度と繰り返さないという決意。そこまで思いつめなくても、と言いたいところだが、シンが「誰も失わない」の中に私も入っていそうなのでまんざらでもない。お尻は揉まれ損ではなかったということだろうか。
そう、明後日の方向に思考が走ってしまった隙を突かれ、私のシミュレーター画面に大きく「被撃墜」の文字が躍った。
「何やってんのよリゼラ! これじゃあシンのストレート勝ちじゃない」
ルナマリアが外野から野次を飛ばす。未だ怪我が完治しないからと言って逃げた癖にガタガタ言うんじゃない。
シンはミネルバに帰還後、寝食を惜しんで訓練に没頭するようになった。
それは別に構わないのだが、そのシミュレーター訓練に付き合わされるこっちは大変だ。先程まではレイが生贄になってくれていたものの、あの寡黙なレイの表情に疲労の色が隠せなくなったのを見て交代した。流石にあのまま放っておくのは人の心がない。
事実、交代後のレイは無言でフラフラと席を離れると、部屋に戻ったきり音沙汰が無くなった。おそらくベッドに倒れ込んでいるのだろう。
レイがシンの体力を削った後であれば、シンをボコボコにしてシミュレーターから引きはがすことも可能だろう。そう淡い期待を胸にシミュレーターに座ったのが運の尽き。全く動きの鈍らないシンにこっちがスタミナ負けしている。これが若さか。
しかし、こっちの事情を知らないギャラリーは「賭けにならない」「手加減するな」等言いたい放題。クソ、こっちの気も知らないで。
「シン、ちょっと休憩したら? レイどころかリゼラもへとへとじゃん」
更に黒星を重ねること数戦。
ギャラリーに混じって煽っていたルナマリアがようやく助け舟を出すが、シンは聞く耳を持たない。この状態のシンはちょっと怖いんだよな。なんか目の輝きも失せてるし。
「何の騒ぎだ」
MSシミュレーター前の人だかりを見てアスランがやってきた。
丁度良い所に。FAITHの給料分の仕事をしてくれ、具体的には私が座っているシミュレーターの席の交代だ。
***
「力を見せてくださいよ、そうすればシンも大人しくなると思います」
そう、外野からルナマリアの声がした。
リゼラに譲られたシミュレーターのシートに腰かけ、過去ログを漁る。レイ、リゼラ共に全敗だ。シンが使用しているのは新鋭機であるインパルスだとしても、この連戦を潜り抜けたのは偶然ではないのだろう。
レイは全戦ザクを使用、リゼラはグフの他に同じセカンドシリーズのカオス、それに何故かゲイツまで持ち出していたが全て黒星を付けていた。
「強いんですか?」
隣のシートから、抑揚の無い声が響く。
視線はシミュレーターの画面に固定されたままで、声の主の表情は伺えなかったが、言外に「今のアスラン・ザラで戦えるのか」と問うているように感じられた。
「少なくとも、お前よりはな」
現実の世界で力を振るうというのは恐ろしい事だ。2年前も、そして今現在も、地球連合軍とZ.A.F.T.が力をぶつけ合い、その余波を世界中にまき散らしている。
そうして自分の大切な人を含む多くの命が失われ、それが新たな恨みや憎しみとなって争いの種を育む。しかし、そうしてまで手に入れたものは、自分達が望んだものとは違う形だった。
だから、迷った。
MSのモニターに映る親友の機体に、操縦桿を握る腕が強張った。
理由を上手く説明することはできない。けれど、このまま流されてしまえばきっと自分やキラ達が望んだものではない未来が来る、そんな予感がしていた。
しかし、シミュレーターであればその心配の必要はない。
そうすれば、ルナマリアの言うとおり“不甲斐ない隊長”から脱却できるのだろう。
「何ですか、今更。“シンペー”を“キョーイク”してやるって言うんですか?」
矜持に触れたのだろうか。シンの言葉に含まれる棘が心なしか多くなった。
先の海戦でインパルス以外のMSを失ったミネルバを守り切った実力は本物だろう。あのデストロイ相手に切り結んだ実力も間違いない。
アーモリー・ワンから苦い戦いばかりしてきたシンにとって、積み上げたものが花開いた気分なのだろう。
だが、エースはそんな楽なものじゃない。超えたと思った壁に何度もぶつかり、時に取り返しのつかない涙を流す。それをまだ、シンは知らない。
「シン、お前のためじゃない。レイやリゼラの体調、そしてミネルバの皆のためにお前とのシミュレーターバトルに付き合ってやる」
乗機としてセイバーを選択、手加減は無しだ。
戦闘開始と同時にMA形態へ移行し、距離を詰める。
仮想戦場は市街地。規則正しい道路網が一見上空からの索敵を容易に見せているが、高層建築が立ち並び、意外と視線は通らない。
お互いの初期位置からの中間地点付近に到着してしばらく。鳴り響くロックオンアラートと共に回避運動を取ると、先程まで自機があった空間をビームライフルが通り抜けていった。
発砲元を探すと、ビル群の合間に身を隠すインパルスが見えた。
あの姿は恐らくフォースシルエットだ。セイバー相手に高高度の空中戦を挑むのではなく、ビル群の中での機動戦を仕掛けようというのだろう。フォースシルエットの強みを生かす、悪くない選択肢だ。
しかし、
エネルギー消費量的にそう何度も撃てる武装ではないが、チェスの様に一手一手シンを追い詰めるには十分だ。
そう、フォースインパルスが使用できる遮蔽を削りつつ追い込んでいたところ、最後の遮蔽が収束ビーム砲を撃つ前に崩れ去る。
「!?」
反射的に操縦桿を押し倒すが、機体の直ぐ側を赤いエネルギーの本流が通り抜けて行き、モニターにアラートが表示される。
掠めていったインパルスの
敵前でシルエット換装とは大胆な作戦だ。
正直、シンにこれほどの機転があるとは思っていなかった。淡々とシミュレーターから引き離すつもりだったが、その余裕はないかもしれない。
流石のセイバーもブラストインパルスとの射撃戦は不利だ。長射程ビーム砲の第2射が来る前に距離を詰めなければならない。
再度MA形態へ変形し突撃。長射程ビーム砲発射後の隙を埋めるようにミサイルがばら撒かれるが、これをバレルロールで回避してブラストインパルスの前へ躍り出る。
しかし、MS形態へ変形して
鍔迫り合いで生じた隙を突いて機体を振り回し、蹴りを入れて邪魔なビームジャベリンを弾き飛ばす。
着地した地面を最大出力で蹴りだし、姿勢の崩れたインパルスを一薙ぎするが手応えが浅い。
事実、傷ついたのはインパルスの脚部だけだった。
シンは、インパルスのスラスターを無理矢理吹かすことで主要部への直撃を避けたようだ。
傷ついた脚部を庇うようにホバー移動で引いたインパルスを追撃しようとしたところ、モニターが黒く染まる。
咄嗟に逆制動をかけつつ飛んできたモノを確認すると、眼前に迫っていたのはブラストシルエットだった。
シンは接近戦で不要になったブラストシルエットを、彼我の間に障害物となるように投棄したのだ。
更に、もう一本のビームジャベリンを投擲してブラストシルエットを破壊、周辺に爆煙を塗り広げる。目くらまし――単純だが効果的だ。
火炎による蜃気楼と立ち込める黒煙で視界は最悪だが、シンにシルエット交換の時間を与えたくはない。
ビームサーベルを構えて煙の帷の向こう側へ切り込んだ。
視界が晴れると、インパルスの下へソードシルエットが飛んできたところだった。
初めて、インパルスの動きに動揺が生じる。恐らく、爆煙を回避して回り込んでくると思っていたのだろう。残念だが、そんな時間を与えてやれるほど、この勝負に余裕はない。
しかし、必殺の袈裟斬りがインパルスに届くことはなかった。
シンは咄嗟にソードシルエットとのドッキングを中止し、シルエットから引き抜いた
さらにもう一本のビームブーメランも引き抜き、二刀をもって接近戦で勝ちを取りに来ようとする。
ほぅ、と思わず息が漏れる。
正直、シンがここまでやるとは思っていなかった。射撃・格闘・戦場選択、どれをとっても高水準で、エースとしての素養は十分だ。それに、咄嗟の機転におけるセンスも良い。
しかし、それだけだ。
荒い、力に頼った戦い方。シンが生まれ持った、卓越した戦闘技能だけでここまでたどり着けてしまった。だから、2年前に家族を、先日エクステンデッドの少女を失った怒りを、MSに乗せることが出来てしまう。
まるで、2年前の俺の様に。
それでは駄目だ、戦いの果てに何も得られず、再び戦いを呼んでしまった俺のようになるな。
双剣のインパルスに合わせて、こちらももう一本のビームサーベルを引き抜く。
単純な鍔迫り合いは、シルエットが無く出力に劣る上、既に損傷しているインパルスが不利だ。こちらがスラスターを吹かして圧力をかけると、インパルスはどうしても重心制御で対抗せざるを得ない。
その重心が不安定になった一瞬を見計らい、ビームサーベルに掛かっていた荷重を下げつつ、足技を仕掛ける。
シンはつんのめったビームブーメランを引き戻そうとするが、その前にセイバーの蹴りがインパルスの脚部を払う。
***
地面に倒れ込んだインパルスの首元へ、セイバーがビームサーベルを突きつけた。これでゲームセット。
いや、私達は何を見せられたんだろうな。
ギャラリーも決着に湧き上がるのではなく、ただシミュレーション結果を映し続けるだけの画面を無言で見つめている。
単純なMS戦闘技能だけで言えば、Z.A.F.Tのエリートたる赤服は文句なしに強い。私がかつてヴェステンフルス隊で指揮した緑服達と比べれば、レイやルナマリアは頭一つ二つ抜けていると感じる。
その赤服であるレイと私をボコボコにしたシンは異常だが、そのシンを退けて見せたアスランはもはや異次元の存在と言えよう。
まったくもって敵にしたくないのだが、前科持ちであることに加えて最近挙動が怪しいので勘弁して欲しい所だ。
「まだだ! もう一回だ!」
呆気にとられるギャラリーを置いておいて、シミュレーター席から立ち去るアスラン。その背中にシンが追いすがる。
「1日1回までだ。それ以上はない」
バッサリと切り捨てて、一度止めた歩みを再開する。
最近パッとしなかった“前大戦のエースでFAITH”という実力を見せつけたアスランは、まるでモーセの如くギャラリーを割って去っていった。
「そんなに強いんだったら、なんで....!」
“なんで、戦ってくれなかったんですか?”だろうか。
それとも、“なんで、助けてくれなかったんですか?”だろうか。
シンが絞り出した声は、解散を始めた雑踏にかき消されて聞こえなかった。
アスランに黒星を付けられた後も、シンはシミュレーターと向き合うことを止めなかった。
準備運動とばかりにレイや私を数回ボコった後、
シミュレーターでのレイの動きを見ても、そして私自身の動きを反省しても、それ程悪いものとは思えない。むしろ、赤服の平均よりもかなり上に居ると言って良いだろう。しかし、数少ない比較対象が
「私は良いけど、レイは構わないの?」
元より外様である上、私の得意分野は集団戦の指揮。1対1で殴り合うことじゃない。そういう自負と言う名の逃げ道があるから、傷は浅くて済む。
一方、ミネルバ生え抜きのレイは苦しい立場なのではないだろうか。そう話を振ってみたところ、抑揚の少ない声で返事があった。
「自分の実力は絶対的なもので、クルーの評判で変動するような相対的なものではない。実戦に影響しなければ無視できる。むしろ、シンとの戦闘で学ぶことも多い。良いことだ」
普段の言動どおり、冷静沈着で他人に流されない。らしいと言えばらしいのだろう。年の割に余りにも達観していて、シンやルナマリアの同期なのか怪しんでしまうが。
「それとも、ここでミネルバ内の格付けを確かなものにするか?」
「まさか」
真面目な顔から冗談が飛び出た事に驚くと共に、それを手のひらを振ってその提案を霧散させる。私はレイ程人間が出来ている訳じゃない。傷つく自尊心もあれば削れる矜持もある。
それに、レイと同僚ではなく単なるMSパイロットとして相対するのは、その面影に変な仮面男がチラついてしまうから何か嫌だ。
デュランダル議長の緊急演説が全世界に向けて発信されると共に、軍産複合体「ロゴス」の打倒がZ.A.F.T全軍に命じられた。
果たして、巨大コングロマリットである軍産複合体の利益の内何割が軍需なのだろうか。そして、それが戦争を煽るような――それも交戦当事国の政府首班にバレるような――危険な真似をするに値する数字なのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでも良い。
プラント市民が選んだ代議士達が選出した、最高評議会が決定したのだ。軍人はそれに従う以外ない。
「シン、シミュレーター内に過去の戦闘で得られたデータを格納しておいた。見ておくといい」
いつもどおり、シンの暖機運転とばかりに仮想空間上でインパルスの的になっていると、近づいてきたレイが隣の席のシンに話しかけた。
盗み聞きする趣味は無いが、聞こえてしまったものは気になってしまう。コンソールを操作すると、確かに見たことのないデータが追加されていた。一体何のためのシミュレーションデータだというのか。ファイル名を見る限り、碌でもないものだということは予想できるが。
そんな私の思考を読んだのか。席を立とうとした私を、レイは手で制する。
「良い機会だからリゼラも聞いて欲しい。俺達は今までミネルバ隊の中で訓練を行っていた。それは悪い事ではないが、最も大きな脅威への対策が疎かになってたと思う。Z.A.F.Tの誰もが敵わず、ハイネを始めミネルバに死傷者を出した敵――」
普段のレイらしくない、私が知らない何かを知っているかのような自信ありげな口調で続ける。
「――そう、フリーダムだ」
レイの作ったシミュレーションデータはよくできていた。
ミネルバが交戦した際の実戦データに加えて、Z.A.F.Tが開発した時点のフリーダムの性能や、前大戦における戦闘データも含まれている。その上、今次大戦の戦闘行動に重み付けされており、より直近のフリーダムの行動を再現できるようになっていた。
「データを作っていて気付いた。今次大戦のフリーダムは決してコックピットを撃たない。これが勝機に繋がるだろう」
確かに、私やハイネのグフも、シンのインパルスも武装を優先して狙われた。オーブ軍も同様だろう。クレタ沖でムラサメを鹵獲した際にそのビームライフルも探したが、無事な個体を用意することが出来なかった。
しかし、それが勝機に繋がるのだろうか。
「MSが致命傷を受ける攻撃のみを防御し、武装やマニピュレーター、センサー類を狙う攻撃は最小限の回避で抑えることで、フリーダムに肉薄することが出来る」
冷静沈着なレイの口から出たとは思えない机上の空論に、思わず引いてしまう。
試しにレイのシミュレーションデータを起動して見たら、仮想のフリーダムにボコボコにされた。そんなことが出来たら苦労しないわ。
無茶苦茶な提案をするレイを半目で睨んでいると、一心不乱にシミュレーターに向かうシンが目に入った。うん、可愛い。
「クソッ……何で!? こう……いや、駄目だ……こうか?……よしッ!!」
画面を見れば、本当に最小限の動きだけで武装等を狙う攻撃を回避することに成功していた。それは可愛くないわ。
「シン。俺はこの後用事がある。今日やるなら今にしてくれ――」
シンがレイの無理難題を何とか形にしようとシミュレーターと格闘していると、アスランがやってきた。
普段シンが挑戦状を叩きつける時間なのに、それが無いからと言ってわざわざこっちの様子を見に来るなんて、アスランも素直じゃない。
そんな少しほどけたアスランの態度は、シンのシミュレーター画面を見たことで硬化することとなった。
「――何をやっている!?」
「ご覧のとおり、フリーダムとのシミュレーション戦闘訓練です」
いけしゃあしゃあと答えたのは、シンのシミュレーター席とアスランの間に割り入ったレイ。
自室に帰りたくなってきたんだが、シミュレーター席の側に立つレイとアスランの位置が絶妙で、私は席を立つことが出来ない。
「なぜフリーダムとの戦闘を考える必要がある!?」
声を荒げるアスラン。
残念ながら、クレタ沖の戦闘の後ミネルバの甲板で話した時から、アスランの考えは大きく変わっていないようだった。未だ、フリーダムとアークエンジェルに銃を向けることを躊躇っている。
“彼らは敵ではない”
確かにそうなのだろう。だが、それはアスランの理屈であって、我々が属するZ.A.F.Tやプラントの理屈ではないのだ。
「
そのアスランの
「先日の戦闘で、フリーダムはオーブのMSを撃った。そしてそれと同じように、我々をも撃ったのです。
敵ではないかもしれない。しかし、それと同じように味方でもないのです。
彼らの銃がどこへ向くのか。それが再び我々へ向くことが無いのか。何も分からず、何の保証もない以上、
「キラは……!! そんな奴じゃない!!」
少し、ため息が出る。
あの日、聞いたことは全て胸中に仕舞い込んで「側にいる皆を大事にしてください」と言った。アスランの中にある天秤に、ミネルバの側へ少し重しを載せることが出来たと思った。ハイネ亡き後、私なりにミネルバ隊をまとめようと努力したつもりだった。
けれど、それは天秤を傾けるどころか釣り合わせることも出来なかった。やはり、私にはハイネの真似など土台無理だったのだろう。
「かつて共に戦った貴方ならそう言えるのかもしれません。しかし、私達やプラント市民にとってはそうではないのです。必要なのは確かな保証で、不確かな気持ちではないのです」
「……ッ!!」
「むしろアスランには、そのご経験からアドバイスをいただきたいのですが」
自分のコミュ力の無さを痛感して意気消沈していると、レイが今までの口調を一転させ、アスランに協力を提案した。
よくこの流れでそんなことを口にできるな。
「……フリーダムは、キラは、強い。俺に勝てないお前達が、フリーダムを落とせると思わないことだ」
アスランに勝てないシンにボコボコにされているミネルバ隊の不甲斐なさに思うところがあるのだろうか。アスランは路傍の石と化している私にも刺さる言葉を放った。
すると、今まで黙ったままだったシンが口を開く。
「――だったら、アンタに勝てばいいのかよ」
***
思わず、言葉が口を突いて出た。
アスランには負けっぱなしだ。
悔しいが、アスランは強い。フリーダムに呆気なく負けたのが信じられないほどだ。
しかし、アスランを越えなければ、フリーダムには届かない。
フリーダムは、ステラの最後を最も辛い形にした。アイツの選択は、優しい世界で最後の日々を過ごすことでも、楽に終わらせることでもなかった。こうなったも、俺が弱かったからだ。
もっと強かったら、ステラをあんな辛い目に合わせることはなかった。
もっと力があれば、ステラをこの世界から守ることが出来た。
これ以上、何も失いたくはない。
そのためには、もっと強さが、もっと力が必要だ。
もし、最強の代名詞であるフリーダムを落とすことが出来たのならば、それが叶うのだろう。そしてもう、誰からも奪われることはなくなるのだろう。
だから、何が何でもアスランを倒さなければならない。
アスランの乗機はセイバー、仮想戦場は初日と同じ市街地。
シルエットはフォースを選択。序盤は市街地での機動戦を挑む
その手には乗らないと、アスランはセイバーの収束ビーム砲でビルを数個吹き飛ばす。ここまでは初日の焼き直しだ。
解体されたビルの陰から脱出し、次の遮蔽に入る。
ここにあるのは、初めから呼び出しておいたソードシルエットだ。換装はせず、シルエットからビームブーメランを引き抜き、収束ビーム砲の発射方向へ投げつける。
手ごたえは無し。当てずっぽうだから当然だ。しかし、これでアスランはインパルスがソードシルエットであると思ったハズだ。
モニターに高エネルギー反応のアラートが表示された。
間髪入れずに遮蔽から脱出すると、先程まで隠れていたビルが収束ビーム砲により崩れ落ちていく。崩れるコンクリート片が立てる土煙の中へビームライフルを叩きこみつつ、次の遮蔽へ移動する。
「何のつもりだ?」
隣の席から声がした。
声色はいつものアスランらしく、怒りが多め。俺が啖呵を切ったのにもかかわらず、行動を起こさないことに苛立っているのかもしれない。
返事の代わりにビームライフルをお見舞いする。収束ビーム砲のレンジでは役に立たないが、交戦の意志は伝わっただろう。
こっちの逃げ道を少しずつ塞ぐように、ビルがセイバーの収束ビーム砲で解体されていく。
アスランの意図は初日と同じく、俺の逃げ道を限定してセイバーに有利な戦場へ追い込むこと。セイバーの火力を活かした、有効な戦法だ。
それだけに、次の行動が予想できる。
先程のセイバーの射撃元予想地点から、次に遮蔽にするビルを選択する。
そうすると、セイバーがビル解体のため、最も有効な射角を取りに移動するはずだ。特に、このビルは周辺にも遮蔽が多く、1階部分まで射線が通せる位置は限られている。
「……ッ!?」
隣の席の動揺の後、戻ってくるビームブーメラン。ダメージは与えられなかったが、アスランの意識を逸らすことは出来ただろう。
インパルスだけに意識を集中させないよう、時間差を付けて再びビームブーメランを投擲。同時に、追い込まれてしまった逃げ道を回復するよう、市街地の区画を数個分移動する。
これで、リセットだ。
セイバーの収束ビーム砲は、ブラストインパルスの長射程ビーム砲と同様に、エネルギー消費がバカにならない。そう、何度も何度も撃つことは出来ないはずだ。
セイバーのエネルギー残量を気にするのであれば、ビル解体の第2ラウンドは無く、無理矢理仕掛けて来るだろう。
そう判断し、ビームサーベルに持ち替えたところで、遮蔽にしていたビルの中層が収束ビーム砲で吹き飛ばされる。
降り注ぐコンクリート片と立ち込める粉塵の中、センサーに反応。
予想どおりセイバーが接近戦を仕掛けてきた。
こちらがソードシルエットだと思ったのだろう、土煙を引き裂いて飛び出してきたセイバーは近接空中戦を挑んできたが、フォースシルエットのこっちにとっては思い通り。セイバーの剣戟をシールドでいなしつつ、その機動力に追従しつつ反撃する。
数回の交錯の後、距離を取って着地したセイバー。
これには追撃せず、攻防一体の基本の構えを崩さずに待つ。
「……来ないのか?」
「アンタこそ」
相手が自分に気付いていないような奇襲でもない限り、自分から攻撃するとどうしても隙が発生してしまう。例えば、遮蔽から出て撃ちに行く時。例えば、シールドの構えを解いて斬りかかる時。
普段であれば先手を得て戦闘の主導権を取りに行くが、アスランの様な格上相手には通用しない。ここ最近、そう痛感させられた。
事実、ほとんどの黒星は攻撃時に生まれたほんのわずかな隙を突かれたことが原因だ。
じゃあ、アスランから動くだろうか。いや、無いだろう。
今までのシミュレーション戦闘を思い出すと、常に自分に有利な戦場に誘導し、そして俺に仕掛けさせていた。
アスランには俺以上の実力と経験がある。その辺り良く分かっているのだろう。
だから、勝つためにはアスランを無理やり動かすしかない。
ジリ、とセイバーが体勢を少し変える。
思わず押し倒したくなるレバーを持つ手を、気合で抑え込む。騙されるな、あれはブラフだ。
有利なのは俺のインパルスだ。
フォースシルエットでの機動戦に向いた市街地。それに、セイバーは収束ビーム砲の連射でエネルギーを消耗している。
このまま時間が過ぎれば、エネルギー残量の差でインパルスが勝つ。
インパルスの右足をずらし、重心を少し移動させる。
アスランのブラフより下手な見え見えの罠。アスランが仕掛けてくるタイミングを調整したいという考えは見透かされているだろう。
でも、アスランは焦っているはずだ。必ず仕掛けてくる。
アスランが動いた。俺のフェイントすら、力量で踏み越えるつもりなのだろう。
セイバーの姿勢を保ったまま背中のスラスターを吹かし、インパルスとの距離を詰めに来る。予備動作のない踏み込みだ。
ここで距離を取るのは悪手。こっちからも踏み込んでセイバーの剣筋の内側に入る。
セイバーが振りかぶったビームサーベルの柄頭へ、インパルスの左腕のシールドを叩きつけて空間を確保。そこに踏み込んで右腕のビームサーベルで斬りつける。
渾身の一撃のつもりだったが、押し込んだ操縦桿の抵抗が右手が伸びきっていないことを示す。セイバーのシールドに阻まれたか。
インパルスの重心をビームサーベルを握った右腕からシールドを持つ左半身へ移し、セイバーの右腕を押し込む。そのまま跳ね上げてセイバーの右腕を宙に追いやり、シールドの下端でバッシュ。
取った!
そう思った、完璧なタイミングでのビームサーベルの突き出し。しかし、シミュレーターの画面は右腕のエネルギー回路に何も繋がっていない警告を表示する。
「――ッ!!」
セイバーは不安定な姿勢を利用して、インパルスのビームサーベルを蹴り飛ばしたのだ。そう気付いた時には、既にセイバーは姿勢を立て直しつつ、ビームサーベルを構えていた。
繰り出される袈裟斬りを防いだシールドに、セイバーのシールドが横から叩きつけられる。シールドを持つ左腕にいくつかの警報。想定していなかった方向からの衝撃で、ダメージを受けた判定になったのだろう。これでは次の攻撃は防げない。
「シン、これで終わりだ!!」
「まだだ!!」
確かに、普通の機体ならアスランの勝利だっただろう。
でも、これはインパルスだ。ハイネの言うとおり、
傷ついたチェストフライヤーを分離。セイバーのビームサーベルはコアスプレンダーとチェストフライヤーの間を虚しく通り抜け、セイバーはもぬけの殻となったチェストフライヤーに正面から衝突した。
この動きは想定外だったのだろう。インパルスを見失って隙を晒すセイバーの立ち直りを遅らせるよう、レッグフライヤーを分離して絡みつける。
しかし、これでインパルスの奥の手も打ち止めだ。
換装には時間が足りない。呼んで合体するまでに、セイバーは体勢を立て直すだろう。だけど……それでも……!!
コアスプレンダーを旋回させ、機首をセイバーへ。
20mm機関砲でチェストフライヤーとレッグフライヤーごとセイバーを叩く。フェイズシフトダウンを起こしている両フライヤーの装甲が砕け、残った推進剤が爆炎を広げる。
その纏わりつく煙を掻き分けてビームサーベルを振りかぶるセイバー。
非力なコアファイターでは、その太刀筋を避けることも叶わない。しかし、セイバーのエネルギー残量はほとんど無いはずだ。
そう祈るように、シミュレーターの把柄を強く握り続けた。
***
ミネルバ艦内には微妙にヒリついた空気が流れている。
「ロゴスを撃つ」と言いながら、明後日の標的を撃つような“エンジェル・ダウン作戦”への参加を命令されたからではない。シンの対アスランシミュレーターバトルの戦績に、遂に白星が付いたからだ。
以来、アスランはシンやレイと口を利かなくなった。それどころか、私やルナマリアとすら業務上必要な最低限の会話しかしない。
あまりにも重傷だ。シンに負けたのがそんなに悔しかったからか?
……ではないだろうな。
おそらく、アスランがエンジェル・ダウン作戦に征くシンを止める術を失ったからだろう。
それどころか、あのギャラリーの前で「フリーダムを討つに値する」と太鼓判を与えてしまったようなものだ。たとえ、シンにそれ以上の黒星を付けていたとしても。
実際、シミュレーターの勝敗は微妙なところだ。
シンのトリッキーな戦法とセイバーのエネルギー切れに伴うフェイズシフトダウンにより、コアファイターの20mmが通った判定になったに過ぎない。実戦であれと同じことをして勝て、と言われればまぁ無理だろう。
それくらい、シンの勝ち方には価値が無い。
だから開き直ればよかったのだ、「そんな自殺まがいの勝利では、フリーダムに勝てない」と。あるいは「フリーダムは倒せてもお前は帰ってこれない」と。
そう言ったなら、私もアスランの肩を持ったかもしれない。だって、シンにはそんな戦い方をして欲しくなかったから。
「アスランも難儀なものね、ちょっと失望しちゃった」
ブリーフィングルームでそう溢すのはルナマリア。
男は大変だな、ちょっと前まで熱を上げていた女がたった1度のミスで冷めてしまうのだから。
「今なら落とせるかもしれないけど?」
しかし、ターゲットが傷心のところを落とすのは常套手段だ。プラントで流行っていたラブロマンスモノでもそう言っていたから間違いない。
アスランを狙う女なら、アスランの調子が低くてラクス・クラインが側にいない今はチャンス以外の何物でもないだろう。
「そういうの以前に一緒に戦う身としては、ね」
それはそう。
エアーの作動音と共に、ブリーフィングルームにシンとレイが入ってきた。
これで4人となったMSパイロット用ブリーフィングルームだが、その実パイロットスーツを着用しているのは半分だけだ。レイとルナマリアには機体が無く、更にルナマリアは怪我が完治していない。
私がカオスを持って帰って来た一方で、私が借りパクしていたムラサメは戦闘に耐えられないと判断された。まぁ、消耗品とかの補給は皆無だからしかたがない。武器弾薬はもちろん、デストロイに突っ込もうとするインパルスとスモウ・レスリングまでしたんだ。駆動系にガタが来ていてもおかしくない。
とは言え、MS不足の折、弾除けくらいにはなりそうなのでレイと案山子役の押し付け合いをしていたところ、グラディス艦長の大きなため息と共に私がカオスに乗り、ムラサメはハンガーの肥やしになった。
妥当な判断とは言え、これから言い渡される任務の困難さを考えるとあまり嬉しくない状況だ。
「揃ったようね、始めるわ」
ブリーフィングルームの画面にグラディス艦長が映し出される。
説明されるのは“エンジェル・ダウン作戦”の詳細。文字通り、かつての三隻同盟が一隻『アークエンジェル』の撃沈が作戦目標だ。
「周囲のZ.A.F.T.地上軍では荷が重いでしょう。けれど、このミネルバにも余裕はないわ。あの艦相手ではこちらも死に物狂いよ」
敵戦力は戦艦が1、MSが1。自称カガリ・ユラ・アスハのストライクや、対デストロイ戦の際に居たムラサメ隊が出てくるのであれば、これにMSが相当数追加される。
対するこちらはZ.A.F.T.地上軍を除いて戦艦が1、MSが2。
シンがフリーダムを抑え、かつムラサメ隊が出てこないのであれば、勝機はある。
ブリーフィングを終え、レイとルナマリアを後に格納庫行きのエレベーターへ向かう。その背中から、レイの声が掛かった。
「シン、大丈夫だ。お前なら討てる」
「あぁ......」
シンを勇気づけようとするレイ。しかし、シンの歯切れが悪い。
ミネルバのエースが戦友の前でそんな顔をしてどうする。仕方がない、私が直々にカンフル剤を打ってあげよう。
目線を落としたままエレベーターの中へ入ってきたシンを、広げた両手でがっちりホールド。驚きと共に上がった顔へ唇を合わせる。暴れるシンの身体に私の重心を預け、抵抗する口には舌をねじ込んで大人しくさせる。
後ろで唖然とする外野をシャットアウトするように、エレベーター扉の閉じるボタンを押した。
「シn……!?」
一瞬見えたアスランの顔は気のせいだろう。そうに違いない。
「……リゼラ!?」
扉が閉まり、2人だけのプライベートルームと化したエレベーターで口を離す。
「やっぱり不安?」
2人の間に架かる銀橋をそのままに、シンはその瞳を足元に落とした。
「……今はあんな
そう。
前大戦でヨリを戻した親友と再び剣を交えるのが相当堪えているのか発言も行動も頓珍漢だが、それでもなお戦闘力は最上級。
そのアスランと前大戦で互角の戦いを繰り広げたのがフリーダム。そんな超人二人が手を取った結果、地球連合もプラントもボコボコにされた。
シンの不安は察して余りある。
弱気になるシンはらしくないけれど、作戦を前にいつになく冷静なのかもしれない。
「私と2機がかりなら?」
とは言えフリーダムもこの世の存在。数の論理には叶わないのではないだろうか。
それに、私ではシンの
「それは嫌だ」
にべもなく拒絶されてシンの腰に回していた手が固まる。
「フリーダムに勝つためには、レイの言う“フリーダムはコクピットを狙わない”ことが前提になるんだ……でも、そんな確証はどこにもない……万が一フリーダムが
思わず真っ白になった頭がシンの言葉で再起動する。私を心配してくれるのは嬉しいけれど、私だってシンを失いたくはない。
だから、もう一度体を預けてシンの口を塞いだ。
停止したエレベーターの振動が、格納庫フロアに到着したことを知らせる。空圧で扉が開く前に、シンに私の身体を密着させたまま名残惜しさが伝わるように唇を離す。
「帰ってから続きをしましょう」
第2チェックポイントことフリーダム撃墜まで行こうと思ってましたが延々と進まないので一旦切りました。
野郎共の心情が難し過ぎるだろ.....