米国支部にて建造されたEVA3号機に対しての使徒の寄生、暴走。それらからテストパイロットに選ばれたネルフ本部所属のタローを救出する作戦終了から、既に一週間が経過していた。
夕暮れ時の発令所では、ミサトとリツコ、イェーナの三人が監視カメラの映像を確認している。そのカメラが設置されているのは、ネルフ本部の特殊病棟のある一室だ。
「あの子たち、今日も来てるわね」
「健気なものよ、まだ小学生なのに」
監視カメラに映る二人の少女、トウジの妹であるサクラとその友人のミドリを見てリツコが言うと、ミサトは僅かな罪悪感を孕んだ申し訳ないような表情で言った。
「タローをこの部屋に移動させてから五日だったかしら、皆勤賞じゃない。本当、彼の周りにはしっかりした子が多いのね」
「それだけタローくんが頼りにされていた、ということですね。今は自分がしっかりしないと、という気持ちなんでしょう」
リツコの推測にはイェーナも納得なのか、頷いてからマグカップに入った紅茶を飲む。
カメラの向こう側では、タローが眠る部屋の中央にあるベッド横に設置された机で、サクラとミドリが学校から出された宿題をしていた。
騒ぐでもなく、かと言って全くの無言でもない。淡々とお互いに不安なところや詰まったところを教え合いながら、時々笑い声が溢れるその様子は見る大人全員にしっかりした子という印象を与えるのに充分だった。ましてや、それがタローと面会できるようになってから毎日続いているとなればなおさら。
「子どもたちのことを考えて見えないように拘束するっていうのも、それはそれで胸が痛むわ......」
「使徒による精神汚染の可能性が否定できない以上、仕方のないことよ。こうやってタローくんを展示品のように扱うことに対して、抵抗感があるのは否定しないけれど」
「まあ、いつまで心身疲労で眠っているだけ、とごまかせるかはわからないわね。ひょっとすると、もう感づいているかもしれないし」
表向きでは、タローは家の用事で短期留学中、ということにされている。
しかし、今病室に居るサクラやミドリ、その兄であるトウジや一部クラスメートのケンスケとヒカリなど、事情を知っている友人たちには実験による疲れから回復している最中、と僅かにぼかして伝えられている。
使徒に寄生されたエヴァに乗ったことのある人間など前例が無い以上、説明のしようが無いためだ。場合によってはこのまま植物状態、復帰したとしてもそれは元のタローという人間であるかどうかの保証が出来ない。
そのため、救出後は集中治療室にて生命維持装置及び拘束具の装着、使徒封印呪詛文様の施された封印柱を四方に配置した部屋に安置されていた。
しかし、既に身体及び脳波ともに通常の生命活動に支障が無い状態であったことから。また、面会を強く望む者たちの存在によって通常の病棟へと移された。
病棟の設備上、大掛かりな生命維持装置や拘束具は無くなったが。それでもどこに危険が潜んでいるかわからないため、掛け布団の下ではプラグスーツの技術を応用した生命維持装置に、腰部など布団を剥がさなければ見えない箇所を使徒封印呪詛文様の施された拘束具でしっかり捕縛されている。
布団から露出しているのは顔と両腕。それも、服の中で背中一帯に張り巡らされたワイヤーによって可動域を制限している。
とはいえ外から見れば普通に眠っているようにしか見えない。サクラとミドリがショックを受けること無く病室で宿題をしているのも、ただの疲労であうということを信じており、いつかしれっと目覚める瞬間を心待ちにしているからだ。
「もうこんな時間かぁ」
「そっちは終わったの?」
病室の中で時計に目をやったサクラが言うと、一足先に宿題を終えていたミドリが聞く。
それを待ってましたと言わんばかりに算数のテキストを見せると、宿題として指定されていた範囲の問題を全て解き終えていた。
「......なんか、ここで宿題するようになってからすぐ終わってない?」
「カッコ悪いとこ見せられんから!」
「でもこの問題間違えてるけど」
「ウソォ!?」
アワアワと慌てて指摘された箇所を見返し「ホンマ......ホントや!」と関西弁を標準語の言葉に直すも、イントネーションはそのまま。
急いで解き直すサクラと、間違いの原因を指導するミドリ。それを監視カメラから見ている大人たちは思わず頬が緩んでいた。
「あちゃー、初歩的な計算ミス」
「というより、ちゃんと問題が見れてなかったんじゃない? 視線がチラチラタローさんの方に行ってたし」
「ぐ......」
「否定しなよ」
タローの寝顔というのは、普段は夕方になれば帰宅する小学生にとって滅多に見られるものではない。そもそも、サクラとミドリが葛城家に遊びに来る時は、二人を本当に妹のように思っているタローは張り切ってもてなそうとするため、寝るどころか微睡むことすらない。
状況が状況とはいえ、サクラとミドリにとってはタローの寝顔は貴重でもある。そのため、特にサクラは目線がちょろちょろとテキストから離れることがあり、問題を空見していたのだ。
「不覚だぁ」
「それよりも、そろそろ時間が」
「そうだった。はよ行かないと!」
16時30分ごろになると、二人は決まって退出する。一度見回りのネルフ職員が『葛城三佐が送ってくれるだろうし、もう少し居てもいいんだぞ?』と二人を気遣って言ったことがあるが、サクラとミドリは『タローさんに心配かけたらいけないので』とキッパリ断った。
普段は17時の鐘の後にタローが二人を送っていたが、鐘よりも前に帰宅するほうが安心するだろうと考えてのこと。急いで広げたテキスト等をカバンにしまい込んだサクラは、眠っているタローに対して元気良く挨拶をした。
「ほな、タローさん。また来ますね!」
タローの右手を小さな両手で握ったサクラは、いそいそと退室する。特に用事があるわけでも無いのだが、早く帰って安心させるということが今の第一優先になっている彼女はミドリを残して飛び出した。
一人病室に残されたミドリは、もう慣れたのかゆっくりと立ち上がる。病室を出てサクラの後を追う前に一度振り返り、彼女もまたタローの右手を取った。
「また、です」
その右手を自らの頭の上に乗せたミドリは、タローの手が暖かいこと。生きていることを確認してから病室を出る。
この一連の流れを見せられたミサトたちはもう、頭を抱えるしかなかった。
「我が子ながら恐ろしいわ、タロちゃん......!」
「ミサト、いつ貴女が産んだのかしら。タローは私の弟よ」
「ご乱心ですかレーマン博士」
次元の違う会話をしているドイツ支部出身の二人の前では、リツコは常識人にならざるを得ない。自認がタローの母親になった作戦課長と、自認がタローの姉になったドイツの天才の両者は、我が子、弟が二人の女子小学生における男性の価値観を破壊していることに思わず唸る。
「取り急ぎドイツでの特例による一夫多妻制を認めさせる必要がありそうね、これは」
「なんてことを仰って」
本当にやりかねない、とイェーナの発言にリツコは思わず身震い。
三人が再び監視カメラに目線を移すと、次の来客が。小学生の後は中学生たちの時間だった。
「相変わらずぐっすり眠っとるのぉティーチャー。サクラとミドリは元気に帰ってったで」
「委員長、そろそろ白露の寝顔を学校で販売しても」
「ダメに決まってるでしょ相田くん。アスカと碇くんに怒られるわよ」
中学校でのクラスメートである、トウジ、ケンスケ、ヒカリの三人だ。
サクラとミドリとは入れ違いになる形でやって来た三人は、部屋に置かれている椅子に腰掛けてだべる。三人とも家では家事などがあるため短い時間だが、彼らもまた毎日やって来てはタローの様子を伺っている。
小学生も中学生も、本来なら放課後は友人たちと遊びに行きたい年頃なものだが。彼らに限って言えば、タローが目覚める瞬間をだれが早く目撃するかを競い合うかのように病室に通い詰めていた。
「でも、白露くんの寝顔ってたしかに可愛らしい。アスカがいつも言ってることが段々わかってきた気がする」
「そらちょっと遅かったなイインチョ。ワシは最初っから気付いとったで」
「だからこそ写真を学校で......」
「「ダメに決まってるでしょ(やろ)!」
金になりそうだとカメラを持ち込んでいるが、毎回二人に止められるケンスケ。まだ女子生徒の盗撮写真ではないだけマシかもしれないが、前科持ちである彼が目覚めているタローの前で『お前の寝顔を写真にして売らせてくれよ』などと言おうものならメガネが空を舞うことは避けられなかったであろう。
今度は中学生たちの何気ない会話をBGMに、ミサトたちはある話題について会話を始めた。
「そういえば、米国支部の話。聞きました?」
ミサトがその話題を出すと、ピシッ、と空気が凍りついたような感じがした。
その原因は他の誰でもなく、青筋を立てながらマグカップに入った紅茶を流し込んだイェーナだ。
「ええ、ええ。もちろん。嫌というほど、ね」
「そ、そうでございますか......」
口元をヒクヒクさせながら返事をするミサト。
表面上はなんとか平静を取り繕っているイェーナだが、それでも内側から溢れ出す苛立ちやら憎しみやらの籠ったドス黒いオーラが米国支部に対して彼女が感じている全てを露わにしていた。
そのプレッシャーにモロあてられたミサトに変わり、リツコが疑問に思っていたことを問う。
「4号機の実験で半壊した米国第二支部はもとより、残っていた米国第一支部も解体になったそうですね。ここでは特にコレといった情報も受け入れもありませんでしたが、ドイツ支部では何かありましたか?」
米国第一支部は3号機をネルフ本部に押し付ける形で、起動実験を日本にて強行した。
その結果があのザマ。さらに、事後の現場評価において、実験に立ちあった第一支部職員らの杜撰な工程管理等が浮き彫りとなり、機動実験から僅か三日で解体処分が決定。
となれば、米国第一支部が持っていたかなりの予算や設備、人員が宙ぶらりんの状態となる。日本のネルフ本部では米国支部解体に伴う影響は無かったため、ドイツ支部ではどうだったかとリツコ。ミサトもそれを聞きたかったのか、ウンウンと顔を上下に動かしていた。
「ああ、それね」
ため息を着いたイェーナは、もう一度紅茶を喉に流してから話し始める。
「エヴァンゲリオンの製造の引き継ぎ、人員の受け入れ要請、もうとにかく色々来てたわよ。意地でも米国支部を潰したくなかったようね」
「米国は少しでも自分たちの取り分を失いたくなかったと」
「挙句の果てに、残った設備と職員でドイツに実質的な米国支部を作るから土地を用意しろ、と来たわよ。もう流石に我慢の限界だったわね、私もドイツ支部の皆も」
遠い目でまた紅茶に口をつけるイェーナ。「大失態してくれた国にどこのバカが土地を受け渡すのよ」とボソっとつぶやくと、アメリカへの反抗心と日本への愛国心高めなリツコはとても深く頷いた。
「結論としては米国支部は完全解体よ。3号機の機動実験や4号機消失に関与した職員や科学者らは、機密情報を知っているがために監視付きの収容施設に入れられているそうね」
「まぁ、私たちも辞めたからといって完全に自由とはなりませんしね。特に科学者のイェーナさんとリツコはなおのこと」
「あまり深くは言わないでおくけれど。ドイツ支部はあの起動実験を人災として認知、処分することを強く要請したみたいよ。その結果、米国支部の一部職員はかなりの重たい罰を。生きているうちに陽の光が見られれば良いわね」
アーメン、とわざとらしく十字を居るイェーナに思わず身震いするミサトとリツコ。
米国支部の処分に関して、当然のように強く抗議したドイツ支部。
それに乗っかるように、ちゃっかり本部も米国支部やそれらに関与する者たちが邪魔であると同じように抗議しているのだが、そのことを知っているのはゲンドウと冬月のみ。
「ついでに米国支部が抱えていた予算を全部ぶん取って本部とドイツ支部への補填に回したみたい。もちろん米国支部の健全な職員たちへの退職金なんかにもかなりの金額を回しているそうだけど」
「吸えるだけ吸おうとしたら、逆に搾り取られたと」
「自業自得ってワケね。アメリカ嫌いのリツコにとっては良いニュースかしら」
「人を何だと思ってるのよ」
そんな話をしていると、既にタローが居る病室からはクラスメート三人の姿が無くなっていた。
そこで話題は、今も実験室でハーモニクスのテストを行っているパイロットたちに移る。
「レイはどうなのよ、リツコ。調子は?」
「実験の数値は変わらず良好、私生活でもアスカが昼食を継続して作ってくれているから特に問題は無いわ。強いて言うなら、やっぱり静かになったわ」
「まぁ~、そりゃあ、ね」
「アスカも似た感じよね。笑うことはあっても、なんとなく笑顔になりきれていないというか」
「そうなんですよねぇ......やっぱり、無事だとわかっていてもいつ目覚めるかわからないのは堪えるみたいで」
大人たちの前では、特に変わらないように振る舞うアスカとレイ。シンジも同じように、ネルフ本部やクラスメートたちの前で弱気なところを見せることはない。
ただそれでも、それぞれが共に過ごす時間の長い人物。アスカならばミサトとイェーナ、レイならばリツコ、シンジならばゲンドウと、保護者でもある大人から見ればいつも通りでないことは明らかだった。
「アスカは最近、中々眠れないみたいで。体を痛めるから辞めなさいって言ってもリビングで寝たり、私の帰りが遅くなっている時なんかは私の布団で寝てたり」
「眠れない?」
「時々、うちにもベッドを借りに来るわ。夜はやっぱり心細くなるものだし、ずっと一緒に居た空間に居ると頭の片隅に置いておいた存在が大きくなって、不安や焦りがあるんでしょう」
「なるほど......悪いイメージに持っていかれないようにする、アスカなりの対処法がそれだと」
「それでも毎日共同の部屋と寝室は綺麗にしてるのよ。今はもうずっとリビングに居るのに」
さっきまでコーヒーの入っていた紙コップを、力任せにグシャリと握りつぶしながらミサトは言う。
普段ならアスカが自分の部屋で寝ていれば、鼻血の一滴や二滴は垂らして大喜びしながら飛び込むであろうミサト。そんな彼女が必要以上の関与をしないほど、アスカの精神状態は危険と紙一重。
ミサトやイェーナといった信頼できる人の温もりは欲しいが、それをただ受け取るだけなのは自分が許せない。かといって与えられるほど余裕もない。そんな精神状態がアスカの家での行動にあらわれていた。
「多分、アスカもアスカで私に気を使ってくれてるんだと思うの。あの娘のことだから、自分だけ甘えるわけにはいかない、とか」
「きっとレイも、それからシンジくんも似たような感じね。辛いのは自分たちだけじゃない、そう考えて過ごしているように思うわ」
「まだ子どもだけれど。かといって子どもだからと手を伸ばせばそれが彼女たちを壊す最後の一手になるかもしれない。見守るしかないわ」
イェーナの言葉にミサトとリツコが静かに頷く。
どんよりとした雰囲気の中、イェーナは話題を変えましょうと手を叩いてそれからも会話を続けた。
そんな会話があってから数日。使徒は人類の事情などお構いなしにやって来た。
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