【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
この息苦しさが。言い知れない閉塞感が。緩やかに死にゆく、そんな停滞が。どうしてだろう、変わるんじゃないか。
そんな漠然とした期待を抱いたんだ。
袋小路の世界。国はいずれ滅び、文明は破綻する。
魔力汚染と戦火によって荒れ果てた土地は10世紀以内の再生が絶望的と言われ、近く、食料自給率が100%を下回ると言われてきた。
海を越えた先の大陸への足掛かりも掴めないまま、小さな玉座にしがみつく醜い内輪揉めと圧政にかまけ、僕らの未来は閉ざされたまま。
そんな詰んだ世界に、風穴が空いたような気がしていた。
不安を煽る無数の未知は好奇心を刺激して、無限のごとく広がる可能性を連れてきてくれた。
「そ、れが……………アルト……。き、み……だと、おも……て、だのに゙……っ」
黒煙が夜空を遮る。
夜に鳴る虫のさざめきは悲鳴と軍靴にかき消される。
負けないようにと僕の心臓がか弱く鳴るけど、穴だらけの体じゃあ勝ち目はない。
可能性は、希望は……そんなもの、最初からなかった。
「あ、はは…………ははっ、ははははははははは——ゴホッ、ゲホッ、ガハッ…………ハァ——」
思わず笑いと、ヒューヒューと喉を鳴らす死にかけの声が出た。
空虚な笑いだ。面白みなんてどこにもない。これは、最初からありもしない可能性に縋っていた僕という道化への自嘲だ。
「おい、コイツまだ生きてんぞ」
「ほっとけよ、弾の無駄だ。どうせ死ぬ」
僕を撃った……ああ、アレが銃という武器か。鉛の塊を飛ばすなんて資源的に非効率だと思ってたけど……中々恐ろしい兵器だった。
できれば、詳しくその構造を見たかった……いや、どうせ無駄か。資源を浪費した果てにあるのは破滅だ。
僕を足蹴に進軍する彼らも、いずれは次の
闘争にかまける者はいずれ滅びる。なら……無意味だ。
「…………ア、ルト。きみ、には…………この、世界、が」
君には一体、どんな風に見えていたのかな?
変化を呼んだ者よ。希望を信じさせてくれた者よ。君はこの行き止まりの世界をどう定義する? どうしようもなく暗い未来を、君なら照らすことはできたのかな?
ああ、これだけは悔しいな。
だって
◆◆◆
「ごめん、なさい……アルトさん」
中央図書館に向かう途中、さっきまでより少しだけ声に力の戻ったクラインが呟いた。
「私、迷惑かけて……」
「な訳ないだろ。お前の声があったから俺はギリ死ななかったんだよ」
俺は的外れな謝罪の言葉を無理やり遮るように普段より強めの語気でそれを否定する。止まらない火の手と止まない悲鳴から五感を遠ざけるように加速した。
「…………お前が
「……っ!」
背中で、彼女が小さく震える気配を感じ取った。
「部外者とか気にすんなよ。俺だって本当は同じ側なんだから」
「……やっぱり、見透かされてるなあ」
その声は、ほんの少しだけ柔らかくなっていた気がした。
◆◆◆
「本棚全部奥に寄せて! スペース確保急げ!」
「歩ける人は南に逃がして! 全員入れる余裕はないよ!」
「治療ができる奴は……なんでこんなに少ないんだ⁉︎」
「二階は全面封鎖! 遺体は…………外に、出して。生きてる奴以外、庇いきれない……っ!」
「もう、ここまで……」
その光景に、図書館西口にたどり着いた俺は愕然とするしかなかった。
たどり着いた中央図書館は狂乱の様相を呈していた。外見こそ健在だったが中は避難者で溢れ返り、必死に叫ぶ司書たちの声が怒号と悲鳴にかき消される。
整然と並んでいた本棚は押しのけられ、代わりに負傷者たちが山のように寝かせられていた。静かで清涼とした空気のアインツリベル中央図書館の面影はどこにもない。
元より火災から身を守るために堅牢な耐火性と密閉性を兼ねていた建築構造が災いしたか。屋内は血と汗と肉の焦げた臭いで充満して最悪の一言に尽きる。
「これじゃあ、建物が無事でも避難所として機能しない!」
「——いた! アルトく……ん?」
図書館に期待した避難所兼防衛要地としての機能が既に崩壊していたことに俺が歯噛みしていると、人混みを押し退けて内部から先輩司書が出てきた。
俺を探していたのだろう先輩はしかし、布を取った俺の素顔を見て、ただでさえ悪かった顔色をさらに悪化させた。
「その顔、火傷じゃないですか⁉︎ 急いで手当てを——」
「必要ないよ先輩、コレ元々だから。それよりクラインの治療を……!」
「え、あっ…………そ、そう! そのことなんだけど、イルルが貴方を呼んでるわ! 外部の非常階段から2階に回って!」
「イルルが……?」
なぜこのタイミングで名指しするのか。考えられるのは……
「疑われてんのか——」
「は? んなわけねえでしょうが」
と思って重たい足を引きずって2階に上がったのだが、待っていたのは翡翠の瞳を細めたイルルからの、最早安心感すら覚える罵倒だった。
「もしお前らの誰かが内通者だってんなら、私なら一度目の砲撃で確実に始末してやがりますよ。あと疑ってたら呼ぶ前に殺す」
俺を待つ間に読んでいたのだろう調査報告書の山の前で、茶髪の司書は口をへの字に曲げる。
「それに内通者ならアホ面晒して呑気に顔出しに来ねえでしょうが」
「冷徹な思考で信じてくれて助かるよ。……で砲撃って何? 俺ら、光が見えた直後にぶっ飛ばされたからなんもわかってないんだけど……」
イルルは、ため息交じりに調査報告書を閉じた。
「接近までまるで魔力の反応がなかったことから十中八九、対都市超長距離魔力砲撃。ここじゃ『魔砲』って呼ばれてやがる戦略兵器じゃねえかと」
「超長距離……その一発でこの被害か」
「三次元魔法式で周囲一帯の魔力を球状に圧縮して発射。着弾と同時に刻まれた魔法式が大規模な爆発と熱波で広範囲を焼き尽くしやがる極悪兵器です」
そんなもんを隠し持ってた外界があったのか。
俺の表情から言いたいことを察したのだろうか、イルルは小さく首を横に振った。
「まあ、ウチも現物はないままでも技術は持ってやがったし……出し抜かれたんじゃねえですか? それか、私らの調査範囲外の外界からの先制攻撃か」
少なくとも、外界調査で赴いた場所には類似する歴史体系やそれに準ずる技術を有する都市はなかったと、イルルは調査報告書の山を叩く。
「私らの調査範囲外からの侵攻、これが最有力。目的は不明、ただし都市や人命を軽視する目標、もしくは破壊、略奪、殺害そのものが目標である可能性が高え」
「勝算は?」
「ねえですよ」
……。
…………。
………………。
「——————は?」
それは、あまりにも呆気ない敗北宣言だった。
「なに、言って」
「推定『魔砲』による北部壊滅。目視数千を超える所属不明の軍隊。予測できない敵の目的と被害規模……現在ポーラが動員可能な
イルルは淡々と、事務的に。
きっと他の職員から受けたであろう報告をかいつまんで俺たちに話す。
まるで、納得しろと言外に迫るように。
「一人でも多く逃げ延びる、それが私らに打てる最善手。それ以外には、もう手はねえんですよ」
俺が受け入れるより早く。クラインが声を出す隙もなく。
——いとも簡単に、一つの都市が滅びるのだとイルルは言った。
「……………………それで、いいの?」
その言葉を発したのは、クライン。
俺の背中上で、彼女は小刻みに震えながら言葉を紡ぐ。
「だって……なくなっちゃうんでしょ? ここが……イルルさんたちが守ってきた場所が」
「…………」
「ダメだよ、そんなの……だって、こんなにいい所で、みんな笑顔で……! 私、部外者だけど——それでも居心地良くて!」
肩に食い込む、彼女の指が痛かった。
「この図書館だって! イルルさんも、アルトさんも、ネメアちゃんも……グレイさんだって! 楽しそうに働いてて——大事そうに、してたのに! ……無理だって、諦めるなんて…………そんな、簡単に……」
「——じゃあどうすりゃいいってんですかッッッ‼︎」
悪態が基本で、日常的に口の悪かったイルルは、それでも声を荒げることはなかった。
報告書の束を床に叩きつけた彼女の怒声に、俺たちは息を呑む。
「簡単に……っ、簡単なわけねぇでしょうが! 20年ですよ? ここに勤めて……ここで暮らして! そんな簡単に捨てられるわけねえんですよッ!」
机に両腕を叩きつけて、床に向けて吐き捨てるように叫び散らす。その表情は見えない、でも、肩は震えている。
「この街が好きですよ。この図書館が、ここで働く奴らのことも、好きで——簡単に手放したいなんて誰が思うってんですか⁉︎」
「イルル……」
「でも…………でも、どうしようもねぇんですよ! 首都とは未だに連絡がつかねえ! 常駐する兵士だけじゃ対処できねえ! 図書館の防衛機能でも、全員は守りきれねえ! だから調べた! 驚異になる可能性がある場所を! 協力の芽がある相手を! 相手の戦力を、文化を、思想を……徹底的に! それでも足りなくて、足りなくて足りなくて足りなくて——今も、どれだけ探しても見つからねえんですよッ‼︎」
半狂乱になったイルルは卓上の報告書をなぎ払う。勢いのままにこちら見上げた彼女の頬は、初めて見る涙に濡れていた。
「だから選ばなくちゃならねえんですよ。心中するか、一人でも多く逃げ延びるか。これが軽薄に見えるってんなら、アンタの
「……っ!」
「この心が軋んで潰れそうな音が見えねえってんなら、一体アンタは、何を根拠に魂が見えるなんて豪語しやがるんです?」
それっきり。
イルルはクラインから目を切って、顔を見ようとはしなかった。
散らばった報告書をまとめる気力もないのだろう。人が増え続ける一階から響く喧騒に耳を傾ける姿は、ひどく小さく頼りなく見えた。
……クラインは、背中で小さく震えたまま。肩を掴む手の力が、少しだけ弱くなっていた。
「…………お前も、そこで突っ立ってないで早く逃げやがれ。お前も部外者なんだから、付き合う理由はどこにもねえでしょう」
「………………」
「早く、そこの小娘連れて逃げやがれってんですよ」
俯くイルルは俺たちとは目を合わそうとはせず、投げやりな口調で階下を指差す。
「…………」
……俺は。
…………
「じゃあ、言われた通りに逃げるよ」
「そうしやがってください。今ならまだ火の手は——」
「逃げるついでに、逃げ遅れた奴ら片っ端から助けてくる」
「…………っ⁉︎」
バッと勢いよくイルルが振り返った。
翡翠の瞳が映すのは、驚愕と困惑。そして……ほんの僅かな
「なんで——」
「俺は、お前が無理やり連れてきた見習い司書だからな。今度はこっちが無理やり付き合ってやるよ」
記憶がない? ——知ったことか。
所属がわからない? ——なら、俺が決める。
やるべきことも、やりたいことも……今の俺が決めることだ。
過去を知りたい。俺のことを知りたい。けど——知らなくたって、俺はここにいる。
「——まだ諦めきれないから、一人でも多く助けたいから、ここにいるんだろ?」
「わかったような口、叩くじゃねえですか…………はっ」
イルルは鼻で笑って——ほんの少し、いつもの調子。
「東からの避難者が少ねえ。地理的に建築物の密集度合いが高いせいか……軍が既に来ているか」
「わかった。ならそっちに向かう」
俺はクラインを縛り付けていた急造の紐をほどいて、壁に寄りかかるように座らせた。
「ごめんな。ちょっと待っててくれ」
無言で俯く少女の肩を叩いてから、俺は来た方とは反対に位置する非常口へと向かう。
「——あ、なんか着るもんないか? 上裸でうろつくのは覆面してた手前恥ずかしいわ」
「んなもん倉庫から好きなだけ引っ張って行きやがれってんですよ!」
イルルのやけっぱちなツッコミを背に、今度こそ駆け出した。
【ご報告】
11/6(金)に、弱小世界の英雄叙事詩2巻がSQEXノベル様より発売します!
1巻から一年以上の時間が経ってしまいましたが、なんとか発売まで漕ぎ着けることができました。なんか過去に春先云々言ってましたが、すみません。めっちゃ時間かかりました。
web版から、もはや別物と呼べるほどの大改稿(ほぼ書き下ろし)を経て生まれ変わった一冊となっておりますので、web既読の方もぜひお手に取ってみてください!
各種サイトでの予約も始まっているようなので、以下、公式サイトのリンクから是非!表紙を飾るのは1巻に引き続きエト、そしてストラ。あと後ろで悪そうな顔をしているこの方は……?
https://magazine.jp.square-enix.com/sqexnovel/series/detail/jakusyosekaino/