蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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お久しぶりです。
なかなか時間が取れないのと、モチベーションが上がらなかったり、文章が中弛みしたりと要因が重なって小説自体書いてませんでした。
まだリハビリ兼ねてますが、よろしくお願いします。


補習 4

 

 

 とある夜中。ハナコは、合宿場の廊下を歩く。たまたま目が覚めてしまい、それならばと水分を摂りに行こうとしただけだった。

 別に、やましいことがあったわけじゃない。けれど深夜ということもあり、他の部員や先生であるスネークを起こすまいと、彼女なりに静かに歩く。そのせいだろう、彼女がハナコの存在に気がつけなかったのは。

 

 不意に、廊下に自分以外の存在が歩いていることに気がついた。最初は自分のように喉が渇いたか、或いはお手洗いか。そのくらいにしか考えていなかったのだが。

 

「……」

 

 制服を着込んで、どこかへと消えていくアズサを見てしまった。

 ハナコは声をかけようとして、けれど止める。どうにもアズサの様子がおかしいように感じて。

 きっと、大したことないのかもしれない。けれど、ハナコの勘は何かを告げている。それがどうにも気に入らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スネークは夜空に浮かぶ星々を見上げ、溜め息を漏らした。トリニティの校舎は人は少ないながらも、明かりはまだ灯っている。流石マンモス高だろう。

 隣ではコハルがいつものように目を猫のようにさせ、ソワソワしている。どうにも落ち着かないようだ。

 

「そ、その! こればっかりは本当に何かの間違いだから!」

 

 そう言うコハルの顔は真っ赤だ。

 

「いつもはちゃんと隠……じゃなくて、あんまり持ち歩いたりしないし……」

「なら今度からうまく隠さないとな」

「んな!? 何言ってるの!? それ、バレなきゃ持ってても良いって言ってるのと同じじゃん!!!!!! 先生なんでしょ!? 何考えてるの! エッチなのはダメ、死刑!」

「ああ、分かった分かった、少し落ち着け」

 

 いつものように発火しそうなコハルを宥める。オタコンとアロナはそんな二人を見て困ったように笑っていた。どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 事の発端はヒフミが突如として実施した模擬試験にまで遡る。案の定、ヒフミ以外は赤点を取り、今の実力のなさを噛み締める結果となったのだが……

 問題は、そこからやる気を出して勉強をしていた時。いつの間にかコハルが仲良くなったアズサに勉強を教えていたのだが。参考書を出したかと思えば、それが、成人向け本だったのだ。

 煽るハナコに、コハルはこの本は押収品で、押収品保管庫の係であった彼女がたまたま持っていたと説明していた、のだが……それは歴とした横領である。

 とにかく、性欲を持て余し気味のスネークが預かるとも言えずに、人の少ない夜のトリニティに返却しに来たのだ。本来ならあまり良くない行動だろうが。

 

「無理しなくてもいいんじゃないか? お前はお前だろう、コハル」

 

 まだ彼女くらいの年頃だ。下手に気負うことなんてありはしないのだ。そのエリートであるという自負も、ただ学生であるだけならば必要はない……そう、スネークは思う。

  

「む、無理になんか……!」

 

 またいつものように目を白黒させて反論するかと思いきや、彼女はぐっと言葉を堪える。

 

「……先生が、私のことを考えてくれてるってことは、少しわかった」

 

 彼女はそのプライドの高さとは裏腹に、実は素直である。きっとトリニティ最大の武力組織の一員であるという責務が、彼女に似合わぬ仮面を貼り付けようとしているのかもしれない。

 不意に、じゃあ、と。彼女はお返しに自分の秘密を明かすと言い出す。珍しいこともあるものだと、スネークは彼女の言葉を聞くのだが。

 

「実は私……補習授業部がうまく回っているかを監視するための、スパイなの!」

「……スパイ」

 

 スネークはなんとも言えない渇いた笑いを見せてしまう。

 これがもし、ハナコやアズサから言われたのであれば話は別だ。未だにあの二人には掴めない所があるのだから。けれど、コハルに関しては、何というか。こんなこと、教員が思っているべきではないのは分かってはいるのだが、スパイとして送り込むには、その、無理があった。

 彼女は正直なのだから。

 

「今は私がバカみたいに見えてるかもしれないけど、これも全部フェイクってわけ!」

「じゃあ聞くが、誰に言われて潜り込んでるんだ?」

 

 スネーク、とオタコンが悪ノリし出す彼を呆れるように宥める。

 

「え? んと……ハスミ先輩!」

「ハスミか」

 

 親玉をバラすスパイがいるか、というツッコミはさておき、スネークはコハルの会話に、ほう? と、驚くような素ぶりで応える。

 

「そう! ハスミ先輩はトリニティの中でもすっごい強くて、正義実現委員会の副委員長だし! ……あ、あと、そう! ツルギ委員長だっているんだから!」

 

 思い出したように付け足される名前。ツルギ、その少女を見たことがある。側から見たら狂人のような振る舞いだったが、話してみたらなんてことはない。普通の少女らしい面もある。声を聞いているとどうにもワインが好きそうなんていう偏見が湧いてくるのだが。

 コハルがツルギに対するフォローを最大限している。あまり会ったことがないらしい。

 そういうわけで、彼女は補習授業部に入り込んでいると。なので彼女はバカではないらしい。

 

「だが……それを教えていいのか? 仮にも潜り込んでいる部活の顧問だぞ、俺は」

「え、あ! せ、先生が生徒の秘密をやたらに言いふらしたりしないでしょ!? ……しないよね? じゃ、じゃあ大丈夫!」

 

 それだけ言うと彼女はトリニティの建物へと走っていく。少し意地悪し過ぎただろうか。

 

『もうスネーク、大人気ないよ?』

「プライドばかり張っていても気が滅入るだろう。しかし……スパイねぇ」

『まさか本気にはしてないよね?』

「当たり前だ」

 

 笑い混じりに応える。あれでは良くて本物のスパイのためのスケープゴートだ。

 

 

 

 

 

 

 一人、スネークはトリニティの一室で時間を潰していた。

 押収品をこっそり返却しに行こうとして、ハスミとばったり会ってしまったのだ。それはまぁ、うまく誤魔化したから良いとして。ハスミはコハルと話があるようで、スネークは席を外している。

 近場の自販機で買った缶コーヒー(トリニティは物価がやや高く、安物のくせに割増だった)を手にオタコンと話す。僅かに聞こえる、少女達の声を背に。

 

『アビドスは今の所、傍観しているようだ』

「PMCからすれば、火種となる学校同士がくっつくのは気に入らないだろうに」

『うん。とはいえ、いくら彼女達でも両校にはまだ手が出せないだろうね。戦闘力が違い過ぎる。それでも兵器の近代化や、転校生には困っていないみたいだ』

 

 アビドス高等学校は既に、在校生徒数でいえばミレニアムを越えようとしている。そのほとんどが、暴徒鎮圧と同時に「入校」させた生徒であるようだが。

 

「あれだけの規模なら、借金はもう返せてるんじゃないのか?」

『えっと……意図的に借金を残して、警備事業を正当化しているみたいです。ホシノさん……』

 

 本当に、出会った頃のホシノ達はもういないのだろうか。そう物思いに耽っていると、隣の部屋から言い争うような声が聞こえてくる。どちらかと言えば叱咤激励しているような、そんな声だ。

 

「隣もヒートアップしてきたな」

『盗聴するかい?』

「いや、いいさ。そういう話じゃなさそうだ」

 

 ぐびっと、コーヒーを呷る。どうにも缶コーヒーの微糖というのは甘ったるい。若い子が多いからだろうか。

 疑い深いマスターミラーがいれば、きっと彼女達の会話にも疑い出すに違いない。けれどスネークには分かっている。ナギサはともかくとして、数日コハルを見てきた。そしてハスミとは、一度ともに戦っている。自分にしかわからない彼女達がある。

 だから、ハスミもコハルも、トリニティを裏切るようなことはしていない。そう、断言できる。

 

 

 

 

 

 日はまた巡る。次の日も、勉強会は続いた。ヒフミが朝珍しく寝坊したり、ハナコがいつものようにコハルをおちょくったりと色々あった。

 ふと、水着の話で盛り上がる女生徒達。スネークはそんな中、居心地の悪さを感じながらも明日に向けた課目内容を一人精査している。

 

「……証明できない真実ほど無力なものはない、とは思いませんか?」

 

 不意に、そうハナコが言って、ようやくスネークは意識を皆の会話に向けた。コハルが頭にクエスチョンマークを浮かべていると、ハナコは水着が可愛かった、と言い出して、スネークはやや呆れた様子でまた意識を手元へと戻す……が。

 

「なるほど……五つ目のアレか」

 

 ふと、アズサが何かを納得したかのように頷いた。そして、それを聞いたハナコが驚いた様子を見せたことをスネークは見逃さない。

 

「五つ目……? えっと、アズサちゃん、なんのお話ですか?」

 

 ヒフミが尋ねると、アズサは答える。それは、キヴォトスに古くから伝わる七つの古則、そのうちの五つ目であるらしい。

 楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。つまりそれは、誰も証明できない楽園は存在しえるのか、ということである。

 

「アズサちゃん、どうしてそれを……まさか、セイアちゃんに会ったことがあるんですか?」

 

 セイア。その名前は聞いている。確かティーパーティの一人であり、現在は病気療養中であると。

 

「……分からない。この話はただ、どこかで聞いた記憶があるだけで……」

 

 少しアズサが言い淀んでから、そう答えた。ハナコも何かを感じたらしい。

 

「アズサちゃんは転校生でしたね。vanitas vanitatum……ということは……」

 

 ハナコが何かに気付いたようだ。スネークがホログラムのオタコンに目配せすると、彼は頷いて検索をする。

 

「いえ、なんでもありません。もう遅い時間ですし、そろそろ寝たほうがよさそうですね」

 

 それでは、お疲れ様でした。ハナコがそう締め括ると、集まりは解散となる。

 

 

 

 

 

 

 

 夜も深まり、けれどスネークはまたヒフミを部屋へと招待していた。もちろん、相引きなどではない。ヒフミは何やらハナコのことで話があるようだった。

 インスタントのホットココアを淹れてやり、マグカップを彼女に差し出す。一口それを飲むと、少しは緊張が解れたのだろう。ヒフミは話を切り出してくる。

 

「実は、ハナコちゃんのことで……」

 

 彼女は見つけてしまった秘密を語る。

 ヒフミが模範解答を集めている最中に、なぜか束になっているものがあったらしい。その中で、一年生から三年生のすべて問題を満点で回答した者がいた。言わずもがな、ハナコである。

 

「ハナコか」

「はい……ご存知でしたか?」

「まぁな。事前にそれは知ってたよ」

 

 既に調べはついている。故にヒフミが述べる、ハナコは三年生の秀才クラスの問題すらも満点で解いている、完膚なきまでの秀才ということも知っていた。

 ヒフミはてっきり、今年になって急に成績が落ちてしまったのだと思っていたらしい。無理もない、ハナコは自分に関する情報を他人に提示したくはないようだから。

 

「君はこう言いたいんだな。ハナコは、わざと試験に落ちていると」

「はい……そうとしか思えません……ハナコちゃん、どうして……」

 

 それについての答えを、スネークも、そしてオタコンも持ち合わせていない。ただ、ヒフミと同じく疑問を呈することしかできないでいた。

 

 そして、また。アズサは一人、どこかへ出掛けていく。

 実は一度、ハナコは彼女に夜間の行動について質問したことがある。その際の回答は、見回りに出ている、としか返して貰えなかったが。

 どうにもそれは怪しくて。見回りならば、どうして敷地の外の、人の入らなさそうな場所へと消えて行くのだ。ハナコもまた、別の疑問を抱いている。

 

 

 

 スネークは部屋で一人、窓からアズサがどこかへ消えて行く様を見ていた。長年戦場において戦士として生きてきた彼が、気が付かないはずがないのだ。

 いくらアズサがゲリラ戦等に長けていたとしても、まだ子どもだ。子どもが侮れないことは知っているが、それでも長年のカンというものがスネークにはある。

 

「オタコン」

『うん。でもダメだろうね』

「……随分と警戒しているな」

 

 もちろん、彼女が何をしているのかも知っている。彼女はどこかと連絡を取り合っているようだった。それも秘匿回線で。解析しようにも、あまりにもアナログかつ複数に偽装された基地局を介しているせいで特定も盗聴もできない。こればかりは、あの子の方が一枚上手だったのだろう。

 

「それよりオタコン。さっきの、あのラテン語はなんだったんだ? 流石にラテン語はわからん」

『ああ、ハナコが言っていた? えっと……待ってくれよ』

『それについては私が調べてあります!』

 

 不意にアロナがホログラムとして出現し、自信満々に言ってくる。

 

「おう、なら教えてもらおうか」

『えっと……Vanitas Vanitatumというのは、旧約聖書のコヘレトの言葉、という有名な一節であるようです! 意味は、全ては虚しい……なんか、悲しくなってきますね』

 

 スネークはため息をつく。何かアズサに関する手がかりになるかと思ったのだが、ただの引用のようだ。それにしても、トリニティではラテン語の課目もあるというのだから驚かされる。まぁシスターフッドという、カトリックの教会のような部活もあるのだから納得はできるが。

 

「虚しいねぇ……俺からすれば、この世界は随分とカラフルに見えるが」

『多感な時期によくあるじゃない、悲観的な感情っていうのは、さ』

「そういうもんか」

 

 冷めたココアを呷る。すると、スマホの通知バイブレーションが揺れた。こんな時間に誰だろうか。

 スマホ片手にモモトークを寄越してきた相手を見て、スネークは眉を顰める。

 

『どうしたの、スネーク?』

「……ミカから連絡が来た」

 

 え、というオタコンの声だけが部屋に響いた。

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