自己解釈があるので、苦手な方は注意。キャラ崩壊なし。
pixivに投稿されたものと同じですが、加筆修正してあります。またイメージ絵の投稿もしています。
【1】
T氏は失意の中、森を歩いていた。
立ち止まってしまえば、希死念慮に襲われてしまいそうだった。
茫然自失としながら彷徨って、気がつくと見知らぬ森にいた。
T氏はかつて非凡な才を持った新星として、料理界では知られた名だった。いつの日か自分の店を持つことを夢見ていたが、それは叶わなかった。
修業先のフランスで些細なミスをしたことによって、巨匠に破門を言い渡されたのだ。
日本に逃げ帰ったものの、料理界の噂は瞬く間に広がっていた。かつての同僚からは腫れ物のように扱われ、婚約者との連絡も途絶えてしまった。
そこから逃げ出して、それからの記憶は曖昧だ。
静寂に包まれた森には、T氏が草木を踏みしめる音だけが響く。月光に照らされた淡い影が揺らめき、不気味で不安定な雰囲気が充満している。まるでT氏の心情を現わしているかのようだった。
風が木々を揺らすたびに、T氏は身体を震わせた。
人工的な明かりはまったくない。T氏はポケットをまさぐってみたが、スマホすらも入っていなかった。
いったいどこまで来てしまったのだろう。
こんな奥深い森ならば、イノシシや熊に遭遇しても不思議じゃない。
そんな考えが浮かんだ途端、緊張で身体が強張った。
その時だった。
T氏の目の前にすぅっと女の子が現れた。
「……っ!?」
辺りが暗くて、まったく気が付かなかった。まるで闇夜から溶け出してきたかのようだった。
夢でも見ているのだろうか。年端もいかない少女が、こんなところを彷徨いているはずがない。
少女の見た目は小学生、あるいは幼稚園児であってもおかしくない。T氏の腰ほどの背丈だ。
T氏の目が引かれたのはそれだけではない。少女は生糸のように艶がある金髪と、闇夜にも生える赤い瞳を有している。日本人ではなさそうだ。
辺りを見渡してみたが、彼女以外には誰も居る気配が無かった。
迷子だろうか?
T氏はたじろいだが、放っておくわけにはいかない。心配しながら声をかける。
「こんなところで小さい子が1人で出歩いたら危ないよ」
「大丈夫よ。貴方よりも年上だから」
少女は微笑しながら応える。
ありえない。どう考えても年下だ。
しかし少女の不思議な雰囲気に呑まれて、何も言い返す事ができなかった。森の雰囲気も相まって、まるで妖精と話しているかのような違和感があった。
T氏が圧倒されていると、少女が小首を傾げながら訊ねてくる。
「お兄さんは外の世界から来たの?」
「外の世界?」
「そう。ここは幻想郷だから」
「げ、げんそうきょう?」
「結界で外部と遮断された別の世界だよ。ときどきお兄さんみたいに外の世界の人が迷い込んでくるの」
少女が何を言っているのか、まるで理解できなかった。
「何県なんだ?」
「けん? 幻想郷は幻想郷よ」
「日本では無いのか?」
「そうであるとも言えるし、そうじゃないかもしれない」
「私は帰りたいんだ!」
T氏は少女に訴えかけた。
自分は死にたかったわけでは無い。少しの間、取り乱しただけなのだ。こんな森で遭難するなんてまっぴらごめんだった。
「それは無理ね」
少女はT氏の訴えを嘲笑う。
「自分の意志では出られないのよ」
「そんな馬鹿な……」
そんなはずがない。いくら記憶が曖昧だといっても、歩いたのは一晩だけだ。それほど遠くに行けるはずがない。
T氏は気が狂いそうだった。この少女からまともな回答が得られる気がしなかった。まったく埒があかない。
気味の悪さと畏怖から、T氏は一刻も早く、この場から立ち去りたかった。
「とにかくお嬢ちゃんも早く帰るんだよ」
そう言って、T氏は辿ってきた道を引き返そうと踵を返す。
「……死んじゃうよ。お兄さん」
突然、背後から銃を突きつけられたような感覚だった。慌てて振り返ると、少女が微笑みを浮かべている。まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ。
なぜこんな少女1人に惑わされなければならないのだろうか。しかし簡単に無視はできないほどに、彼女の存在は異様で恐ろしかった。
T氏の頭の中は生存本能と理性でごちゃごちゃになる。どうすれば自分は元の世界に無事に帰れるのか判らなかった。
すると少女が口を開く。
「ウチに来なよ。その方がよっぽど安全だと思うなあ」
「お嬢ちゃんの家は近いのか?」
「うん。すぐそこだよ」
少女の余裕はここに住んでいるからだろうか。少女の得体は知れないが、このまま夜の森を歩き回るよりは安全だろう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて一晩だけ泊めさせて貰おうかな」
「やったあ!」
T氏がそう言うと、少女は跳ねて喜んだ。自分がお願いしたというのに、なぜ彼女が喜ぶのだろうか。やはり不思議な子だ。
しかし少女の子供らしい一面に、少しホッとする。
「お嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」
「私、ルーミア」
ルーミア?
やはり日本の子じゃないらしい。
T氏がそんなことを考えていると、ルーミアはスキップしながら常闇に消えていった。
【2】
ルーミアの家というのは崖壁にある洞穴だった。
洞穴の入り口は茂みに覆われており、その存在を知らなければ見逃してしまうような場所だ。
住んでいるというよりは、棲みついていると言った方が正しい。
ルーミアは腰を屈めながら進んでいく。一方のT氏は膝をついて四つん這いにならないと入れなかった。
しかし洞穴の中まで進み、ルーミアがランプに明かりを灯すと、そこには広い空間が浮かび上がってきた。
簡易的なベッドや木で造られたテーブルが置かれている。外見からは想像がつかないほど、快適そうな空間だ。
「いいところでしょ」
T氏が感心していると、ルーミアはふふんと鼻を鳴らした。
「1人で暮らしてきたから、誰かを招待するのが夢だったんだ。お兄さんもここを気に入ってくれるといいな」
「1人って、ずっと?」
「うん。そうだよ」
ルーミアは快活な声で応える。
T氏はルーミアの境遇を想像して、同情と哀れみの目で彼女見つめた。幼い子がこんな過酷な環境で暮らしていくのは大変だっただろう。
それからT氏は興味津々に部屋を一通り見渡す。すると部屋の奥にもう一つの空間があることに気が付いた。
ランプに照らされて居ない場所で、しばらく気が付かなかった。
一体何だろう。
T氏は興味本位でその空間を覗いた。
「……エッ!?」
T氏は驚愕しながらも、慌てて口を塞ぎ声を漏らさないようにした。奥にいたモノを刺激しないように、気付かれないように努めた。
そして急いで後退りして、その場から離れる。勢い余って尻餅をついてしまう。
「どうしたの?」
ルーミアは不思議そうに、首を傾げる。
「ど、どうしてこんなところに熊がいるんだ!?」
T氏は青ざめた顔で絶叫する。
奥の空間にはT氏の倍以上の大きさの熊が横たわっていた。やはりこの森には熊がいたんだ。
まさか家の中にまで、入り込んでいるとは。ここが巣穴だったのかも知れない。
とにかくここから逃げないと……。
T氏が慌てて這いずり回っていると、ルーミアが落ち着いた様子で告げる。
「大丈夫だよ。もう死んでるから」
「……え?」
T氏が恐る恐る奥を覗くと、確かに熊はピクリとも動かない。
よく見ると死体からは血が流れ出た跡が残っており、その周りには綺麗に解体された熊の部位が並べられていた。
「そういえばそろそろご飯の時間だね」
するとルーミアは熊の死体に寄っていき、生肉を拾い上げて口に運んだ。
あまりに躊躇いの無い自然な動きに、T氏は一瞬固まったが、すぐにルーミアを制止しようとした。
「生肉なんか食べたらお腹を壊すよ!?」
「大丈夫だよ。いつも食べてるから」
ルーミアは口の周りに、血を垂らしながら笑みを浮かべる。そして手を止めることなく、生肉を食べ続けている。その様子はまるで獣だった。
T氏は驚愕しながらも、妙に腑に落ちた部分があった。ルーミアのおどろおどろしい雰囲気は、こうした野性的で浮世離れした生活から表れているものだったのだ。
T氏はルーミアのことを恐ろしいとは思わなかった。彼女がこんな生活をしていることに、ひどく不憫だと感じた。
T氏はルーミアのために何か出来ないかと考えた。そして料理を作ることを決心した。
どれだけ地に堕ちようと、自分は料理人なのだ。
そうと決まるとT氏はランプの火を拝借し火を起こし、簡易的なかまどを造り、鉄板を設置した。それからその上で熊の肉を焼き始めた。
温度に気を遣い、適度に休ませながら、肉を焼いていく。調味料や香辛料は無かったが、もてる技術の全てを注いだ。
そうして出来上がったステーキをルーミアの前に並べた。
ルーミアは驚きの表情を浮かべながらも、ステーキを口に運んだ。
「美味しい!こんなの初めて!」
ルーミアは満足そうに笑顔を見せた。それは無邪気な子どもの笑みだった。
それからルーミアはステーキを次々と口に運んだ。
T氏はその様子をみて、もっとルーミアに料理を作ってあげたいと思うようになった。
それから2人は洞穴での共同生活が始まった。
ルーミアは森を熟知しており、木の実や野菜、そして狩りで仕留めた獣を調達してきた。
T氏はその食材たちを巧みな技術で調理し、一流レストラン顔負けの料理を作ってみせた。
洞穴には徐々に調理器具や調味料が充実していき、それに合わせてT氏の料理も手の込んだものになっていった。
料理をすることを尻込みしていたT氏だったが、ルーミアの笑顔を見て、料理の楽しさを再発見していた。
ルーミアは見かけによらず大食漢で、大人10人分の量をペロリと平らげた。狩ってきた獣の肉も数日のうちになくなった。
ルーミアはT氏の料理が気に入ったようだった。T氏もまたルーミアの大食漢に触発され、さまざまな料理を開発した。
T氏は、何度かルーミアに狩りを手伝うことを申し出たことがあった。
しかしいつも「慣れていないと危ないから」と同行を断られた。小さな少女1人に狩りを任せるのは気が引けたが、T氏の心配をよそに、ルーミアはケガひとつすることなく、イノシシや熊を狩ってきた。
T氏はルーミアと過ごす日々が、楽しくなっていった。そしていつの間にか、もとの世界に帰ることなど考えなくなっていた。
【3】
ある日、T氏とルーミアは湖へ出かけることにした。
湖では美味しい魚が豊富に取れるため、釣りをすることになったのだ。これまではずっと森の食材ばかりを獲っていたため、魚は久しぶりだった。
T氏とルーミアは仲良く手を取り合って、湖までたどり着いた。
「いっぱい釣れるといいなあ」
「どんな風に料理しようか?」
「煮るのも、焼くのも、揚げるのもイイよね」
ルーミアは舌なめずりして応える。T氏と過ごすうちに、ルーミアはさまざまな調理法を覚えていた。
フランス料理を学んできたT氏にとっても、魚料理は得意分野だった。
静かな湖畔でふたりは竿を手に取り、仲良く釣りを始めた。陽光に照らされ、湖の水面は宝石のように輝いていた。
しばらくすると、湖畔にたどって子どもが近寄ってきた。
「あ、ルーミアちゃんだ!」
「チルノちゃん!」
ルーミアもそれに応えて手を振る。
彼女たちは以前からの友達のようだった。
近寄ってきた子どもの身長はかなり低く、ルーミアと同じくらいだ。髪は薄い水色で、ウェーブがかかったセミショートヘアーに碧い瞳。
何よりT氏が目を惹かれたのは、背中に生えている、氷のような羽だ。
どうやらこのチルノという子どもは、普通ではないらしい。
T氏はあまり深いことは考えなかった。ルーミアの友人であれば不思議なことではない。
T氏はしばらくの間、2人の仲睦まじい会話を眺めていた。
するとチルノがT氏に声をかけてきた。
「ルーミアちゃんと仲良くしてるの?」
T氏は微笑みながら答えた。
「そうだよ、ルーミアはとても頼りになるんだ」
「お兄さんが作る料理はとっても美味しいの」
T氏とルーミアは共同生活のことをチルノに話した。チルノは興味津々の様子で、T氏の話を聞き入った。
しかし、何かが違和感を与える瞬間があった。
話を聞いているチルノの視線や微妙な仕草が、遅疑的で思い惑うような気配があったからだ。
T氏は不安を感じたが、特に気に留めるほどではなかったため、会話を続けた。
チルノが去ったあと、ふたりは再び釣りに戻ったが、残念ながらその日はボウズで終わってしまった。
帰り道でルーミアはT氏に、湖の畔に広がる美しい花畑があることを教えてくれた。
花畑は優雅な芳香と、色とりどりの花が咲き誇る場所だと言う。
ふたりはその足で花畑を訪れた。幸い釣果がなかったため、身軽だった。
ルーミアの言う通り、花畑は目を見張るほど優雅で華やかな場所だった。まるでメルヘンチックな世界に迷い込んだかのようだった。
「お花も食べられるのかな?」
ルーミアが輝いた目で言った。
「もちろん食べられる花種はあるよ。毒があるものも多いから気をつけないといけないけどね」
「毒くらい大丈夫だよ」
「ちゃんと取り除かないと駄目だよ」
いくらルーミアの身体が丈夫だからといって、正しい処理を行わないことには抵抗があった。
生肉も出会って以来食べさせていなかった。
「今度作ってあげようか」
「うん! お肉と相性が良いものが食べたいなぁ」
「ルーミアは本当にお肉が好きだね」
「もちろん! あ、ちょっと待ってて」
するとルーミアは何処かへ駆けだしていった。
しばらくして帰って来たルーミアの手には幾種もの花々が握られており、美しい花束を出来上がっていた。
その花束をT氏の前に差し出すと、優雅な花々の香りが広がった。
T氏は感激の表情で花束を受け取り、「ありがとう、ルーミア」と言った。
【4】
冬が訪れ、寒さが厳しくなり、湖も凍りつく季節が始まった。
森の中で獲れる食糧が少なくなる中、ふたりは備蓄していた食材や冬でも収穫できる野草を工夫して食事を凌いでいた。
大好物である獣の肉が獲れないこともあって、ルーミアは常にお腹を空かせた状態だった。
それでもルーミアとT氏は互いに寄り添い、共に厳しい冬を越えることを決意した。
冷たい風が木々を揺らし、外は銀世界に覆われた。2人は出かけることもなくなり、洞穴で過ごす時間が増えた。
T氏はルーミアに対する想いが日に日に強くなっていった。
すでにルーミアは彼にとってかけがえのない存在であり、元の世界には未練などなくなっていた。
料理人としての道を閉ざされ、絶望していた中でルーミアと出会い、料理への情熱を取り戻すことができた。彼女が食べる料理を作ることが何よりの喜びで、その笑顔を見られることが何よりも大切だった。もうそれ以外は何も要らなかった。
ずっとこのまま暮らしていきたいと考えていた。
ある日、T氏はいつも通り温かい食事の用意をしていた。
フランス仕込みのソースを使った自信作だ。テーブルに料理を運ぶと、ルーミアはまるでプレゼントを貰った子どものような無邪気な笑みを見せた。
ランプに火を灯し、その暖かな光が洞穴を照らす中で、2人は食事をとった。
そしてT氏は思い切って、ルーミアに向き直った。
「ルーミア。君に助けられてから、ずっとこの洞穴で過ごしてきた日々は本当にかけがえのないものだ。これからも2人で一緒に過ごしていきたい」
ルーミアは優しい笑顔で応えた。
「私もあなたとの時間が大好きだよ」
T氏は小さく息を吐いて、それから宣言するように話した。
「俺と、結婚してくれないか?」
T氏の言葉にルーミアは一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに喜びの笑みを浮かべた。
「嬉しい!」
ルーミアの言葉に、T氏はホッと胸を撫で下ろした。それからプロポーズが成功したこと確信して笑みをこぼした。
しかし次の瞬間。
冷たい風が洞穴に吹き込むと同時に、何かが変わった気配が漂った。
ルーミアの笑顔が一瞬凍りつき、ランプに照らされていた彼女の影が変貌した。
それはまるで魔物が姿を現したかのような、恐ろしい形相だった。
鋭く尖った牙が口から突き出し、赤い目には凶暴な輝きが滲んでいた。
T氏は戸惑いと恐怖に押しつぶされながら、彼女の変貌に耐えようとしたが、その次の瞬間にはルーミアは恐ろしい速さで彼に襲いかかっていた。
鈍いの音とともに、T氏の悲鳴が洞穴にこだました。
ルーミアの牙がT氏の肉を引き裂き、血しぶきが洞穴の中に舞い散る。
彼の苦痛に混じる、生きるものが引き裂かれる音が冷徹に響いた。
T氏は絶望と苦痛の中で、自分がルーミアに捕食されていることを理解し、それを受け入れた。
彼の視界は次第に闇に包まれ、最後の呼吸は枯れるように森の静けさに消えていった。
「やっぱり恋人が一番美味しいなあ」
ルーミアは満足げにT氏の血を啜りながら、再びその美しい笑顔を取り戻していた。