って思ったけど誰も書いてなかったんで私が書きました。
「夢を叶えてくれる魔法」とタイトルどっちにするか迷いました。
生い茂る木々、揺れる馬車。そこに乗っているのは四人の人類だ。一人は人間の勇者、一人は人間の僧侶、一人はドワーフの戦士、そして一人はエルフの魔法使い。彼らが魔王を討伐した事で、世界は平和になった。
「王都が見えてきたね」
「私達勇者一行の凱旋です。盛り上がっているでしょうね」
魔法使いと僧侶…いや、フリーレンとハイターと言ったほうがいいだろう。そんな彼らはそんな話をしていた。実際王都では無数の平民達が勇者たちを待っていた。魔王軍に苦しめられていた者、魔王の手下に猛威を振るわれていた者、そういった悲運な者達が助かったのだ、感謝せずしてどうするというのか。
「帰ったら仕事を探さないとな…」
少しだけ嫌そうな目で遠くを見つめる勇者、ヒンメル。フリーレンは「もうそんな事考えてるのか…」と言ったが、ヒンメルからすればこれからの人生の方がまだまだ長く続いていく。安定して金を得ることの出来る仕事につくには早いほうがいい。
「フリーレン。君のこの先の人生は僕達には想像もできないほど、長いものになるんだろうね」
「…そうかもね」
フリーレンはヒンメルのその言葉に少し反応し、難しい顔をして…やがて曖昧ではあるものの返答をした。
「ところで、アイツどこ行ったか分かる?」
そして、フリーレンの唐突な話題チェンジに一同は唖然となるものの、すぐに内容を理解し反応を返そうと口を開く。まず最初に答えたのは、戦士アイゼンだった。続いて、ハイターとヒンメルの二人も微妙そうな表情ではあるものの答えだした。
「ああ、アイツか。さあな」
「冒険が終わった途端に雲隠れですか」
「ま、アイツらしいよ」
ヒンメルがフッと笑うと、他の面々も広角を緩めて微笑みだした。話からは様々な苦難があったように聞こえるが、それすら一笑に伏せるような楽しい冒険だったと彼らの顔に書いてある。それはこの先一生、こびりついて離れないものとなるだろう。
「また、会えるよね?」
「さあ…でも、僕はいつか会える気がするな」
フリーレンとヒンメルが声を交わし合う。フリーレンを見ていたヒンメルも、魔導書に目を通していたフリーレンも、気づけば空を見上げて、"アイツ"の顔を思い出していた。
いつかきっと、その顔を再度見られるだろう。少しでもそう思った自分を信じて、彼らは待つ。
何十年でも。
何百年でも。
それから幾百年の時が経ったある日の出来事。
「植物は日光を栄養源にしているため…」
皆が静かにしている中、教室中に教師の声が響く。カツカツと耳障りの良い音を立てながら、黒板に板書される内容は至ってシンプルだ。
人間とその他の生き物の生き方の違い。
もちろん、人間は植物のように日光を栄養源にしているわけではなく、植物も人間と同様の方法で栄養を摂取しているわけではない。人間とは明らかに異なる生態を持っており、それについては人間以外の動物も同じ事。
つまり、わざわざ授業でやっているのは、そうでもしなければ理解が及ばないからだ。
人間が人間以外の感情を理解するのは不可能だ。何年も何十年も人類が実験を繰り返し、その果てにたどり着いた答え。それはただの結果の集合体だった。
自然を大切にと声を上げる団体も巡り巡って自分たちの利潤になるから活動しているだけであり、結局の所ごく一部の人間が掲げる独善的なエゴに過ぎない。
一段落ついたのか、質問があるかどうかを聞き出す。好機とばかりに手を上げた一人の生徒が指名され、勢いよく席を立った。
「よく物語なんかに出てくる魔族はどういう生態をしてるんですか?」
それは一見おばかな質問であるが、よくよく聞いてみると、やっぱりおばかな質問だった。
ドッと巻き起こるのは、嘲笑。一人の生徒が放った無邪気で無知な質問を中心にして、クラスの笑いものに仕立て上げられる。短い時間でここまでの事が連続して起こるのだから、人間というのは侮れないのだ。
「野比、君はまだ童話の世界にいるのかね。そんなものないに決まってるだろ」
教師に手痛い一撃を喰らい、ぐうの音も出ぬ程に黙らされてしまう生徒。
名を野比のび太と言い、勉強もダメ、運動もダメ、根性なしの、のろまでぐずでおっちょこちょいで情けない、どうしようもないダメ男だ。
「聞いたか? 魔族だって」
「聞いた聞いた。ノビちゃんの頭は想像以上に古いみたいね」
帰り道に、ガキ大将であるジャイアン、金持ちの息子スネ夫に茶化され、のび太は眼鏡の中を涙でいっぱいにする。
当たり前だ。授業で今まで信じてきた事を真正面から打ち砕かれ、帰りの会までクラスの笑いものにされ、挙句の果てに下校通路でエッジの効いた言葉の押収にあう。今やのび太のプライドはズタズタだ。
ここに彼の親友がいたならどれだけ怒ったことか。…いや、最悪その親友までも「きみはじつにバカだな」などと正論パンチを繰り出し、自尊心をそれはもう残酷に引き裂かれる可能性もあったのだが。
だが、のび太はここで諦めるようなヤワな精神を持っている少年では決してなかった。
「な、何が、そんなにおかしいんだよ!」
「だって……、なぁ?」
「魔族がいないなんて、誰でも知ってることだし」
怒るのび太を前にしても余裕の態度を崩さない二人。流石と言うべきか、何年ものび太をいじめてきただけあって貫禄がある。
ただ、今回ばかりはのび太にも意地がある。例え空想の世界だろうと、その物語の中で一喜一憂したのは紛れもないのび太自身だ。一度会ってみたいと何度も思いを馳せ、しかし結局叶わなかった現実。加えて何度もバカにされ、今度という今度はナントカ袋の尾が切れた。静かに一歩踏み出して前に出て、二人に指を突きつけながら必死に反論をする。
「魔族がいないって事は、見た事がないんだろ。見た事がないって事は、いるかもしれないんだろ」
「まあ……、遠い目で見りゃ、そうだけどさ。もしいたら、どこかでボロが出るはずだ。そしたら、人類の長ーい歴史の中に、組み込まれてるはずだもん」
「今の今まで見つからなかった可能性があるんだったら、僕は信じるぞ! 見てろ! 魔族がいたって事、きっと証明してやる! げんこつ百発賭けてもいいよ!!」
「「へえ……、楽しみだなあ」」
完全にキレたのび太はそのままグループ下校から脱出。駆け足で帰宅し、『ただいま』の一言とともに靴を脱ぎ散らかした。母親の叫ぶ声も気にかけず、そのまま階段を勢いよく駆け上がって自分の部屋の扉を開ける。
発した言葉はたったの五文字。
だが、その五文字は確実にとある人物の重い腰を上げさせてくれる、まさに魔法のような言葉だった。
「ドラえも〜ん!」
ドラえもん。
そう、二十二世紀から来たスーパー猫型ロボット、ドラえもんだ。彼は出来損ないののび太を更生させるため未来から来たロボット。
…なのだが、結局頼られると断れない性分故か友達というスタンスに落ち着いてしまっている。
「またジャイアンとスネ夫にいじめられたの? 男ならやり返…」
「そうじゃないんだ。とにかくおしまいまで話を聞いて」
のび太の真面目な表情に何かを感じ取ったのか、話をされたドラえもんも、持っていたどら焼きを置いて話を聴く体勢に入る。だが、まあ…何と言うべきか、やはり話題が幼稚過ぎるのだ。警戒していたドラえもんも最初の方こそ聞いていたものの途中であほらしくなり話を中断させた。
「あのねえ、魔族なんてものはこの世に存在しないの。これは二十二世紀の科学力でもどうにもならないよ」
「そんな事言わずにさ、ネ、ネ、ネ」
懲りずにしつこく付き纏うのび太。自分の願望を叶えるためにはどんなに汚い手だろうと惜しげなく使う彼だからこそ、手を貸すのは躊躇われるのだろう。そんなのび太が未だに自分、もとい自分のポケットを宛てにしていることに嫌気が差したのかは定かではないが、ドラえもんはのび太に向き直って声高々に叫ぶ。
「それより宿題!! どうせたっぷり出されたんでしょ、早くやらなきゃ」
「ええーっ!? 今その話をするの!?」
のび太はぐでーんと机に身体を預け、身も心も尽き果てたように動かなくなった。何とか頭と手を動かし鉛筆を持つも、問題を見る気は依然として起きないようだ。
「だいたい、宿題なんて嫌いなのに無理矢理やらせるから余計嫌いになるんだよ……、」
その時、ふと思いついたようにドラえもんの方へ顔を向けると、悪い笑み…いや、子供特有の無邪気な笑みとでも言おうか。そんな顔で、いつもの無茶振りをし出す。
「ねーえ、ドラえもん。ほんのちょっとだけ、僕の頭をよくできない?」
「できない」
「チェッ、ケチなドラえもん」
「何だと!」
ドラえもんはのび太の言い草にムッと来たのか、おやつを中断してのび太に食って掛かる。
そもそもドラえもんが未来から来た目的はのび太というダメ人間を更生させるためであり、決してのび太の生活を楽にするために寄越されたわけではない。宿題は進んでやり、運動も自主的に取り組み、煩悩は持たず…そんな小学生にしようとしているにも関わらず、当ののび太はこの有様である。
最早あべこべの領域だ。
「ねーえ、《コンピューターペンシル》出してよ〜」
「頭良くしたいのか、楽して宿題終えたいのか、どっちなの!?」
「どっちも〜……、」
呆れた。じつに呆れた。
ドラえもんはのび太を遠い目で見つめ、大きく溜息を吐いた。のび太はドラえもんとのやり取りに飽きたのか窓を開けて外に出た。ボーッと空を見つめ出し、そこに何かを発見する。目を凝らすと、角の生えた人間のような存在が遠くに見える。杖を持った人間と交戦しているようで、かなり劣勢だ。
打ち出される謎の弾。正六角形が無数に刻まれたバリアーのような光る壁。どこからどう見たってファンタジー。ドラえもんがないと断言した『魔族』が、そこにはあった。
「っ……、」
そしてのび太はと言うと、言葉を失っていた。それはそうだろう。自分の夢見た世界が、そこにあったのだから。
魔族(仮)はというと、人間の弾幕に押され気味だった。
ついにガードを破られたかと思うと、突如空間に大規模な穴が発生。そのまま二人は穴に吸い込まれていった。
「ド、ド、ド、ドラドラドラ……、」
「のび太くんどうし……、」
「ドラえもん! 今の見た!? ま、魔族だ!!」
のび太は思い切りドラえもんに抱きつき、興奮気味に先程の話を語りだした。
ドラえもんは未だにその話を引きずるのび太に心底うんざりすると同時に、嫌な予感もしている。
「よーし、これでジャイアンとスネ夫に自慢できるぞ!!」
「待った!」
そしてその予感は当たった。
ドラえもんはつい先程のことすら忘れてしまうのび太に説教をしようと、いつもの間抜けな目から厳しい目つきになる。
のび太もドラえもんのオーラに逆らえず…という訳でもなく、怒りに気づくこともなく、特に抵抗もせずに真正面に座る。
「目で見ただけっていう、信憑性の欠片もないような話を二人が信じると思う?」
「だからドラえもんに手伝ってもらうんじゃないか」
結局は自分の道具を当てにしていただけだった。
これだから困ると、ドラえもんはのび太に向けた視線をさらに哀れみを含んだものに変えた。
「そんなくだらない事に使うなら僕は道具を貸さないからね」
「そんなの酷いよ! 僕が二人に殴られてもいいの!?」
「勝手に約束作るのが悪いんだ!」
やはりというか、最終的には二人とも吹っ切れ、ドラえもんは諭すことを忘れて、のび太は頼ることを諦めて取っ組み合いの争いになる。
この程度の低い割には被害の激しい争いを下で聞いている母親の気持ちにもなってほしいものだ。
「言ったな! 中古のポンコツロボットのくせに!」
「何だと! ピンボケピーマンのダメ男!」
その後も喧嘩は発展していくが、ドラえもんはこのままではキリがないと思ったのかキッパリと宣言を言い切ってしまう。
「はっきり言っておく! 今後同じような理由で、僕から道具を借りようなんて思うなよ! どうせ痛い目見るのは自分なんだぞ!」
「ク、クーッ! そこまで言うなんて、あんまりだ! いいよーだ、もうドラえもんには頼らないもんね!」
のび太は家から飛び出す…でもなく、引き出しの中に飛び込んだ。それは一般家庭から見ればアホ、もしくは狂った人間のやる事だろう。
だが、こと野比家に関しては訳が違う。
「自分の力だけで、魔族がいる時代とか場所とか色々、探し当ててやる!」
「やれるものならやってみろ!」
そのままタイムマシンに乗って、勢いよく出発するのび太。自分の力だけと言いながらドラえもんのタイムマシンに乗り込むのは中々の矛盾だが、怒ったのび太にはそんな事も通じない。
終わった宿題とドラえもん、おやつのどら焼きを残して旅立っていった。
「おい……、行っちゃったのか。……、ばかだねえ。じつにばかだね。何百年という歴史を見届けるには、自分も何百年と生きないと見きれないのに」
その内諦めて帰ってくるだろう、という楽観的な思考や、もし帰ってきたらちょっとばかし協力してあげてもいいかな、という優しさが彼の中でぐるぐると廻っていた。
そんな折、ドアからノックが聞こえた。この時間帯にノックできる人間は限られているため、ドラえもんは特に無警戒でそのドアを開けることを許す。
「ドラちゃん、何かあったの?」
「いやあ、のび太くんとちょっとね……、」
ドラえもんはのび太の母親である玉子の質問に少し恥ずかしがりながら答える。
ただ、玉子は別にそれに用があるわけではなく、それは腕に下げた買い物かごからも見て取れる。
「あら、のび太はいないのね。それじゃドラちゃん、おつかい頼んだわよ」
「そんなぁ……、」
思わず落胆するドラえもん。そんな中、ポケットから音楽が聞こえてくる。その正体はドラミ、もといタイム電話からである。
買い物かごを置いてコールに応じたドラえもんは、ドラミの声に耳を傾けようとするが…
「『お兄ちゃん、大丈夫!?』」
「わぁーっ! なんだなんだ!?」
ドラミが発する声が大きすぎたのか、ドラえもんはぶっ倒れた。そこの辺りをドラミに注意しながら、改めて連絡に耳を傾ける。
その内容はあまりにも衝撃的なものだった。
「『良かった、無事みたいね。』」
「たった今無事じゃなくなったんだけど……、」
「『今時空乱流が発生してるのよ。そのせいで時空間が全体的に不安定で、旧型のタイムマシンじゃたまらず振り落とされちゃうわ』」
「中古品で悪かったね。……、って、えぇーーっ!?」
ドラえもんはあまりのショックに飛び上がった。そう、ドラえもんが所有しているタイムマシンといえば旧型、その中でも転落事故を最も起こしやすそうな空とぶじゅうたん型。そして、今のび太が使っている真っ最中のものである。つまり、現在のび太は時空乱流に巻き込まれる可能性がかなり高い。
「そんな! 僕のタイムマシンを探し出せないの!?」
「えっ、もしかしてのび太さんが……、? で、でもタイムパトロールでも時空乱流が収まるまでは捜索は不可能みたいで……、」
「ぼ、僕の責任だ……、僕がのび太くんをあしらったりしたから……、!」
タイムパトロールから時空間規制の伝言が伝わるよりも早く出かけてしまったのか、はたまた連絡が行き届いていなかったのか。危険な目にあっているであろうのび太への心配で正常な判断力を失っているドラえもんだが、それでもやろうとしていることは変わらない。ドラえもんは大急ぎで捜索を開始した。
「ど、どうしよう、どうしよう……、そうだ、《時空振カウンター》!」
ポケットから取り出した風船のような形をした観測球を時空間の中に入れて、別のメカメカしいコントロールパネルを操作しながらしばらく探し続ける。
と、ピコーンという音が鳴り、のび太が乗っているタイムマシンの時波を探し当てることに成功した。
「よし! ……、でもどうやって行けばいいんだろう……、」
「『お兄ちゃん、あと少し待てばタイムパトロールが捜索してくれるわ!』」
「そんなもの、待ってられるもんか!」
ドラえもんはタイムマシンのスペアを持てるほど裕福ではない。基本、道具はレンタルで済ませているのだから方法が少ない事も仕様がないのだが、今は形振り構っていられる状況ではない。
そこでドラえもんは、タイムマシンと似た機能である一つの道具を思い出す。危険度は段違いに跳ね上がるが、こうなってしまった以上は仕方のない事だ。
「《タイムベルト》!」
「『無茶よ! タイムマシンですら逃げ切れない最高記録レベルの時空乱流を相手にタイムベルト一つで挑むなんて―』」
ドラミが話している最中に、突然プツンとタイム電話が受信していた連絡が途絶えた。ドラえもんが切ったのである。
のび太を助けられるまでのタイムリミットは刻一刻と迫っている。これ以上ドラミに引き留められてもいい事は全くないと、そう判断したのだろう。
「やるしかないんだ」
ドラえもんは覚悟を決め、のび太が失踪した時代へ移動を開始する。何千年、何万年も前の、のび太の部屋へ。
直後、ドラえもんはいなくなった。
そして、時空間の中にて。
「ここからでも見えるなんて、とんでもない規模だ……、何とか切り抜けないと後がない!」
あれでもない、これでもない。そんな事を叫びながらポケットの中に手を突っ込み、乱雑に道具を取り出してはぶん投げる。だが、ドラえもんが焦っている故か有用な道具は一切出てこない。
ついには四次元ポケットの中までも時空乱流の影響を受けて暴れ出し、大量のガラクタや道具をばら撒きだした。
「しまった!」
それら全てが時空間の底の底に消えていき、ポケットの中にはもう半分程度しか道具が残っていない。
それでも何とか道具を出したドラえもんは、時空乱流に向けて突っ込んでいく。
「ぐぎぎ……、負けるもんか……、!」
時空乱流に飲み込まれれば一溜まりもないとはよく言われる。ドラえもんは決して無策で飛び込んだわけではなかった。
予め飲んでおいた《ツキの月》の効果で尋常でないほど幸運値を上げており、時空乱流に巻き込まれて死ぬことはまずないだろう。
だが、ドラえもんの目的はあくまでのび太を助け出す事。自分の安全に幸運をつぎ込んでも意味がない。
「セルフサービス《救いの手》!!」
自分の身の安全はこの道具に一任し、のび太の近くに行けるよう幸運を温存する。確かにドラえもんの策は万全だった。
のび太が既に、時空乱流に巻き込まれていることを無視すればの話だが。
直後、ドラえもんの持っていた救いの手が根本からボキリと嫌な音を立てて折れた。
「そ、そんな、《救いの手》が……、!」
時空乱流の中心部で機能を停止した事で自分が五体満足でいられる可能性は一気に下がった。直後、その答え合わせのようにタイムベルトがコントロールを失い、時空乱流に飲まれていく。
「わあああ……、」
ドラえもんは深い闇の中に消えていった。
「……様。…リ……ン様」
声が聞こえる。ぼんやりと薄暗くくぐもる声だが、不思議とよく聞こえた。まぶたを通過する光が眩しくて、うっすらと目を開けた。
「…ん…」
「フ……レン様」
声がよりはっきりと聞こえてくる。あと何回か聞けば、完全に聞こえそうだ。ようやく意識も覚醒してきた。
「……、う……、」
思い出さなくては、と、ドラえもんは記憶を辿っていく。逃げ切れなかった時空乱流、忠告してきたドラミ、おつかいを頼んできたママ。そして、そして。
つい先程喧嘩別れをしたばっかりの、一番の親友。
「のび太くんっ! ……、あれ、ここは……、?」
周りを見渡すと、そこは沢山の木々が立ち並ぶ鬱蒼とした森だった。葉擦れの音と差し込む太陽光は、今が昼であることを証明している。
そして、目の前にいる紫色の髪が特徴的な、一人の少女。
彼女と目が合うと、少しの間だけ時間が止まったような気がした。
「…ノビタくんとは誰ですか?」
「な、何が……、え?」
そして、遅い来る違和感。
目線の高さ、手足の長さ、肌にまとわりつく細くも光を乱反射する綺麗な銀髪。思わずほっぺたに触れると、とんがった耳が手の腹に刺さった。
そしてドラえもんは確信する。これが、自らの身体ではないことを。
「の、の、の……、!」
「のび太く〜〜んッ!!」
「こ、ここは? 君誰? というか何この身体!?」
「一度に質問しすぎです。…もしや…すみません、私の名前を覚えていますか?」
目の前の紫色の髪の少女が、自分を指さしながら質問を投げかける。それに対しドラえもんは少女の質問にうんうんと唸り、よく容姿を観察する。自分の記憶を辿り、思い出せないか試みるが…
「え? うーん……、? どこかで見た気もするような……、?」
「ああ…これは完全に記憶喪失のようですね」
結果は無駄に終わってしまった。無表情のまま、なんとも言えない雰囲気になってきたため、少女はしゃがんだ状態からゆっくり立ち上がり、未だ座っているドラえもんに手を差し伸べる。
それを掴みぐいっと力を入れるが、彼女の力では持ち上げられないようだった。
「ああ、ごめんね。自分で立つよ」
「すみません」
「いいんだ、僕重いからね」
女性になっている今、その発言は核爆弾にも匹敵し、もし近くに入れ替わっている本人がいたならば激怒して暴れまわるかも知れない。
実際ドラえもんの体重は120kg超えのためその発言は正解である上に仕方がない、加えて少女に恥をかかせない優しさまで揃った完璧なものなのだが、それでも女性の状態で言うのは避けるべきというのだから恐ろしい。
「それでは帰りましょう」
「え、どこへ?」
「……こちらです」
少女はそう言いながら道を先導した。ドラえもんは不思議に思いながら少女に付き従う事にする。決して本来の目的である『のび太を助ける事』を忘れた訳ではないが、今は安全の確保が先決である。
少女は自分の事をフェルンと名乗った。家に招待されると、そこは木造の一戸建てであり、どことなくスネ夫の別荘を思わせるような外見をしていた。
「おや、お帰りなさい。フリーレン」
「あ、はじめまして。僕ドラえもんです!」
「…ふふっ…いや、懐かしいですね。フリーレンも物真似が上手くなったものです」
ドラえもんは驚愕した。目の前にいるしわだらけのお爺さんが発した言葉、それは自分はドラえもんの事を知っているという事実に他ならない。
焦らずにはいられなかった。
「僕の事、知ってるんですか?」
「…ははあ、まさかフリーレン…いや、貴方はドラえもんですか」
「……、!」
お爺さんが納得したように溜息を吐いた事に、どういう事なんだと疑問符で頭を一杯にするドラえもん…いや、世間一般的な観点で言えば、彼の言っていた名前であるフリーレンと呼ぶのが最適な事になるのでそう呼ぶ事にしておこう。
自室に案内され、椅子に座ってようやくくつろいだ気持ちになることが出来たようだ。彼はハイターという名前らしい。
事の経緯を話すと、ハイターは熟考し出した。
「なるほど…いえ、まあだとしても構いません。代わりにこなしてもらいましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください。話にまだ追いつけていないんですが……、」
そう言おうとしたフリーレンだったが、ハイターの言う内容にしっかり耳をすませている辺り、流石と言えるだろう。
ハイターの話した条件は二つ。
賢者が書き遺した魔導書の解読と、フェルンに魔法を教えてあげる事。
「一つ目はマシとしても、僕は魔法なんか使えないですよ!」
「魔導書の解読の方が容易と言ってしまえるのがなんともドラえもんらしいですね……ドラえもんならば分かるはずですよ」
「いやしかし、僕はのび太くんを……」
「協力してくれるのなら、こちらもノビタくんとやらの捜索を手伝いましょう。それと、これを」
ハイターはそう言いながら引き出しの中から賄賂を出してきた。
そう、フリーレンの大の好物であり生きがい、三日食べていないだけでも禁断症状を起こす悪魔の甘味。どら焼きを…
「……、じ、自分が言うのもおかしいけど…、頼まれれば絶対に嫌と言えないのが、僕の性分なんだなあ」
「はっはっは」
フリーレンはどら焼きを受け取り大事そうにしまった上で、フェルンに何をすべきか聞いた。
が、直接会えば分かると言われてしまったため家を出る事になった。
晴れの日の空の下。おあつらえ向きに用意された足場に立って、精神を統一する。
邪心を呼び寄せる暇などない。ただ一心に、目標を撃ち抜くため。
先程までのフリーレンに教わったことを全て活かし、それでも岩を撃ち抜くには至らない。
何が足りないのか? それが何故分からないのか? 頭の中でぐるぐると交錯するそれを他所に、フェルンはまたも精神を統一する。
「……」
「ははあ、あれを撃ち抜くのが君に課された試練って訳か」
「…フリーレン様」
「よしてよ。僕は様なんてつけられるガラじゃない」
自嘲気味に笑うその姿は、フェルンからすれば異常そのものだった。フリーレンがここまで無垢に笑う姿を見た事など、今まで一度たりともなかった。
それが今、目の前でなされている。
「何が課題なの?」
「フリーレン様ならお分かりのはずでしょう」
「僕にはさっぱりだ。どこをどう助ければいいかも」
そして嘘だろ、ともフェルンは思った。
少なくとも、森で気絶しているのを見る以前のフリーレンは魔法に関して限りなく聡明だった。いついかなる時でも答えをバシッと言ってくれる、フェルンにとっての魔法の解答用紙そのものだ。
それが目の前でぐらついている。由々しき事態だった。
「魔法に関する事を忘れてしまわれたのですか」
「うーん……、うまくは言えないけど……、そうみたい」
そう言いながら、フリーレンは頬をかいた。恥ずかしさと悔しさと、そして不甲斐なさが混じったような、複雑な表情をしている。
同じくらいの…いや、ひょっとすれば彼よりも幼いフェルンに対して、何も出来ない現状が、フリーレンをそうさせている。
子守ロボットとして生まれた彼が持っている、一つの矜持なのだろう。
「基本的な事は、前の僕が既に教えてたんだろう? じゃ、僕がサポートできる事は、別の視点から見てみる事だ」
そう言いながらフリーレンはお腹の辺りに付いているポケットを探り…違和感に気づいた。何故ついているのか?
これは自分の身体ではない。ならば本来自分の身体についているべきものが、何故今腹についているのか、その理由が分からなかった。
「……、よく見れば、首輪と鈴もある」
「よく見るまで気づかなかったのですか…」
「通常装備みたいなものだし……、あっ、あった!」
フリーレンは改めてポケットの中身を探り始め…手応えがあったのか嬉しげに反応し、それを勢いよく取り出した。
持ち手は土台のようになっており、先端はプロペラ。全体的に黄色い、竹とんぼのような外見の何らかの道具。
明らかにバカにしているとしか思えないそのヘンテコな物体に、フェルンは思わず呆れ返った。
「何を出すかと思ったら…玩具じゃないですか」
「まあまあ。はい」
フェルンは頭頂部に違和感を感じたため何事かと触ってみると、そこにあったのは先程のヘンテコな物体。
どうやら頭に勝手に装着されたようだ。
一応、フリーレンに説明を受ける事にした。このまま暴走しても困る。
「頭のスイッチを押してごらん」
「? こうですか?」
フェルンが言われた通りにボタンを押す。
「っ!?」
すると、頭についたプロペラが高速回転し、反重力場を作り出してフェルンの身体を持ち上げた。まあ簡単に言えば、空を飛んだ訳である。
はためく服と木々。フェルンの額に流れる冷や汗すら、風圧でどこかへ吹き飛んだ。
驚くべきは、フェルンが飛行魔法を有していない事、そして魔力を使用していない事だ。
「一体どうやってこんな芸当を…」
「細かい事はいいじゃない。どう、何か掴めそう?」
まさか自分にヒントを掴ませるためだけに世界の常識をぶっ壊したなど、夢にも思わない。
フェルンは今やっと、自分が対峙している者がフリーレンであると理解した。
同時に疑問も持つ。
「何故、こんな事をしたのですか?」
「僕の専門はこれとはちょっと違うから、君の助けは出来ないんだよ」
でもね、とフリーレンは付け足す。
その顔は、特にフリーレンだけは絶対にしてはいけないような顔だったが、それでも不思議とフェルンは受け入れることが出来た。何故なのだろうと自分でも疑問に思っているがしかし、心の隅ではやはり納得していた。まるで、フリーレンだけれどフリーレンではないような、そんな気がしていたのだ。
そして、そんなフェルンを気にもとめずにフリーレンは言葉を紡ぐ。
「僕の力で君の夢を叶えてあげられるなら、僕は喜んで君に力を貸すよ」
そう、言った。
遮るもののない空中で、突風が長髪に襲い来る。たなびいた長い髪がつむじ風と戯れ、いずれ無風の空気中に身を投げだした。
「…そうでございますか」
相対するフェルンは、フリーレンの笑顔に絆されたのか、はたまた見た事もない魔法を自在に操るフリーレンに興奮したのかは定かではないものの、ほんの少しだけ口角が上がっていた。その事を、フリーレンは…いや、この世界の誰も知る事はないだろう。
それは、フェルン本人とて、同様の事だった。
「しかし、それでも不思議です。一体どんな魔法を使ったのですか?」
「魔法じゃなくて二十二世紀の科学技術なんだけど…ま、いいか」
フリーレンはフェルンに聞こえないようそうボソッと呟くと、今度はちゃんとフェルンにも伝わるように、はっきりと声を発した。
騙す訳ではない。魔法が当たり前のこの世界で高度に発達した機械を見せようが、それは魔法とほぼ変わらないのだから。彼女の中でそれが死ぬまで魔法として生き続けられるよう、フリーレンは魔法使いを演じればいいだけの事だ。
「これは、《
フリーレンが浮かべた純粋な笑顔に、フェルンはフッと美麗な笑顔を向けた。
これから先、どんな壁があろうとも、この方と一緒ならひょいっと乗り越えられそうな気がする。そう思うと、自然と笑みがこぼれてしまう。
フェルンの笑顔を見たフリーレンはまた満足気に笑うのだった。
好評なら続くかも。