レディー……ファイ!
「ねえ、圭介くん。ねそろそろ暑くなってくるから熱中症……ねっ、ちゅう、しょう……気をつけないと、だよね」
「何言ってんの? 五月はまだ春だろ」
ああ、今日もまたダメだ。圭介くんは、未だに私のアプローチに気づかない。どうして、圭介くんはこんなに鈍感なんだろう。
たしか、私たちは三ヶ月前から付き合ってるはずなんだけど、いまだに手を繋いだ事もキスをしたこともない。私はどっちもしたいんだけど、圭介くんはまだそんな気はないみたいで、ずっと付かず離れずの関係を続けている。
私も、私なりにキスしたい、手を繋ぎたいってアプローチ、してるはずなんだけどなあ。圭介くんが鈍すぎて、私のアプローチに全然気づいてくれない。というか私たち、本当に付き合ってるのかな? ちゃんと恋人である確証とか、あるのかな? どうしよう、不安になってきたかも。 ……もし本当に付き合ってなかったことを考えると、怖いかも。考えるのやめようかな。うん、やめよう。
「圭介くんは……私のこと、本当に、好き?」
「ん? 好きだけど」
ああ、なんでちゃんと好きって言葉を口にできるのに私のアプローチには気づいてくれないの! 圭介くんのバカ! にぶちん!
こんなんだから人たらしって言われるんだ。みんな圭介くんの虜になっちゃうんだ。本当にずるいよ。私は、そんな圭介くんのところが好きなんだけど。ああ、本当にそういうところがずるすぎるよ……圭介くんって、罪だなあ。
「じゃ、じゃあ、じゃあ……だよ。手、てて、て、手とか……うう……ほら……」
「手が何? ましろ今手汗すごいの?」
圭介くんのバカー!!! なんでそんなにデリカシーが欠如してるの! どう考えても女の子に言うセリフじゃないよ!
圭介くんの辞書にムードとかロマンチックって言葉はないに等しい。だって、普通恋人に向かって手汗とか言ってこないもん。絶対言わないもん!
「ん、全然サラサラじゃん」
「……ふぇ……え……あ……あぅ……」
「えっ何その鳴き声。変なの」
「……圭介くんのバカ」
「俺バカなんだ」
みたいなことを考えていたら、圭介くんはいきなり私の手を握ってくる。あまりにもいきなり触れてきたから、びっくりして声が出ない。
でも、その後ムードを壊すことを言ってきたからマイナス三十点です。圭介くんは、乙女心を何にも、なーんにもわかってない。
「……ましろ、怒ってる?」
「怒ってないもん」
「そう言う時、怒ってるよな」
「怒ってないもん」
コレも全部、乙女心がわかってない圭介くんのせいです。普段私のアプローチには全く気づかないくせに、こういう時だけ大胆になるんだから。
本当に、本当にもどかしい。もどかしくてもどかして、たまらない。だって、いつまでも私だけが空回りして、圭介くんにドキドキさせられっぱなしなんだもん。
私だって、圭介くんをドキドキさせたいのに。どうにかして、ドキドキさせたいのに。もう、こんな時はどうしたらいいのかな。透子ちゃんなら、わかるのかなあ。
ううん、ダメ。これは私がやらないとなんだから。どうにかして、圭介くんをドキドキ、ドキドキ……
「圭介くん、ねっ、ちゅう、しよう?」
「また熱中症の話? だから今はまだ五月なんだって……」
そう。私にだって圭介くんをドキドキさせられる。私だって、やればできるんだ!
だけど、私が最初に感じたのは唇ではなく何か別の固いものの感触だった。もしかしてこれ、圭介くんの歯……それに気づいた瞬間、私の歯に激痛が走る。
「い、痛いよ〜!」
「言わんこっちゃない。いきなり飛び込んでくるから歯がぶつかるんだろ」
「ちゃんと言ったもん! ねっ、ちゅう、しようって! 圭介くんが悪いもん!」
じんじんと痛む歯を押さえながら私は徹底的に抗議をするけど、圭介くんはそれを適当にあしらう。元はと言えばこれは圭介くんがきっかけなのに! 本当にずるい!
ああ、痛いよ……ファーストキスで歯がぶつかるなんて、全然ロマンチックじゃないよ……歯、欠けてないかなあ、歯医者さんに怒られないかなあ、そんなことばかり考えて、私は落ち込む。
でも、私は諦めない! いつか、私の想いを圭介くんに伝えて、今度こそドキドキさせてみせる。私だって、やればできるもん!
そう意気込む私を見つめて、圭介くんはふっ、と笑う。そのニヤニヤした笑顔も、絶対いつか崩してみせるんだから!
そうして、私の、私だけの小さな戦いは始まった。いつか、そう。いつかきっと、圭介くんをギャフンと言わせるぐらい、ドキドキさせてみせる。させてみせるんだから。
大丈夫、私はやってみせる。たとえそれがどんな先の出来事であろうと、絶対に諦めない。
こうして、私の中の圭介くんメロメロバトルが幕を開けた。その戦いは、いつまで続くのか私にはよくわからないけれど……私は負けない。絶対負けないんだから!
──その時の私は気づかなかった。圭介くんの頬が少しだけ赤く染まっていることに。圭介くんが、あの時私を強く意識していたことに。
本日の敗北者 倉田ましろ