新生-ヤマト隊 【その涙、度し難し。それでも仲間であるが故】 作:カヴァス2001世
01
大小様々な損傷を負ったMSの間を急がしく整備兵が行き交う格納庫に、戦闘配置解除を旨する声が響いた。MS――デスティニーのパイロット、シン・アスカはヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てると身体に残る熱を息詰まるコックピットに吐き出す。ファウンデーションとの戦闘を切り抜け、ルナマリアが搭乗するインパルスと共に帰投したシンだったが、宙域の安全を確保できるまでデスティニーの搭乗席で待機する必要があった。
抜けきらなかった緊張をほぐすように身体を伸ばす。程なくして搭乗口の先に技士のヴィーノと幾人かの整備兵が顔を出して来てドリンクボトルを投げて寄越した。デスティニーの整備に知見のある元ミネルバのクルー達だ。
「やったな、シン! 大戦果だぜお前!」
シンは無重力をまっすぐ飛ぶボトルを受け取り、一口含むと、
「助かる。隊長達の方は?」
「アスランのジャスティスは帰投してる。ただフリーダムは……」
「戻ってないのか!隊長は!」
「戻ってない、戻ってないんだけど、どうも様子がおかしいんだよな。ブリッジは全然焦ってる感じしないし、問い合わせたら帰投については未定だからフリーダムの整備クルーは他機のフォローに回れってお達しが……」
「はぁ?」
隊長――キラ・ヤマトの駆るフリーダムはオルフェ・ラム・タオのMSと戦闘し苦戦、ラクス総裁と新装備プラウドディフェンダーが駆けつけた事で状況は好転しオルフェ機を撃墜するに至った、筈だ。
「何にしてもオルフェとの戦闘後、何かあったって事ではないと思うぜ。ヤマト隊のキラ・ヤマトとラクス総裁の身に何かあったって事なら、もっと大騒ぎになってる筈だ」
「そりゃそうだろうけど」
「それよりも派手にやったな!お前!」
ヴィーノがシンの汗に濡れた髪にタオルを当て、乱暴にかき混ぜながら拭った。
「シンとデスティニーならやってくれるって信じてたぜ」
「悪い、相当ぶん回したからガタついてると思う」
「分かってる。こっから先は俺たちの仕事さ」
「頼むな、ヴィーノ。ルナは?」
「ルナの奴は――アグネスを引っ張って行ったよ。一旦空いてる部屋に通してる筈だ」
呑気な顔でヴィーノが口にした言葉に、シンは一瞬反応できなかった。
――なんでわざわざパイロットが捕虜を艦内移送するんだ!
「先に言え、このバカ!」
シンは乱暴にボトルをヴィーノに押し付けると、その身体を押しのけてコックピットラダーを蹴った。
「どこ行くんだよ、初期整備には付き合えって!」
「すぐ戻るから!」
そのまま格納庫の内壁にある端末を操作し、ルナマリアの現在位置を確認する。IDを照会すると、艦内一画の空き部屋がヒットした。艦内通路に出て、移動用レバーを握る。流れる景色の遅さに苛立ちながらシンは思い返した。
大破したギャンからアグネスを回収し、ミレニアムに帰投する道すがらにチラと伺ったとき、彼女はインパルスの掌の上で唇を噛み締め俯いていた。高いプライドと、それに相応しい腕を持つパイロットだ。敗北、撃墜される経験など無かっただろうし、ましてや自身を撃墜した相手がアカデミーの同期且つ自分より成績が下だったルナマリアであるなどと、アグネスにとって屈辱だろうということがシンには容易に想像できた。悔しさ、無力感で追い詰められているかもしれない。だからこそ、落ち着くまで接触は慎重にするべきだ。アグネスが逆上しないとも限らない。
――同期だからって、同じ隊だからって、アグネスは一度俺たちを裏切ったんだぞ、ルナ!せめて、俺も一緒に!
シンは眼の前にルナマリアが居たなら口を突いて出そうな悪態を飲み込み、彼女のIDが示した部屋に向かった。
焦る気持ちを押し殺してたどり着いたその一室の前で、シンは努めて冷静であれと自分に言い聞かせていた。隊を裏切ったアグネス、キラを殺そうとしたアグネス、そして、ルナマリアを殺そうとしたアグネス。瞬間――、シンの拳が万力の様に力んだ。
アグネスは仲間を殺そうとした。絶対に無くしてはならない人を、シンの大切にしている人を殺そうとした。各機の戦術が展開する混沌の戦場で、もしもシンが間に合わなかったら? もしもアグネスのほうが速かったら? シンはまた失っていた。アグネスがそうしただろう。
それでも、軍人であるのなら。大尉という肩書を胸にコンパスでパイロットを務めるのであれば。或いは、キラであれば。
シンは鉛の様に重い指で扉にIDを打ち込んだ。皮肉なほど軽い音と共に扉が開く。薄暗い室内の一画、アグネス・ギーベンラートがルナマリア・ホークに馬乗りになって掴み掛かっていた。
弾ける様に前へ、上体を落とし床に手を着くと一息に腰を捻る、その勢いのまま突き出した右足でアグネスの胸を打った。
「シン!? 待って!」
ルナマリアの声を無視して、うめき声を上げながら飛んだアグネスへと歩みを進めその腕をひねり上げ固める。
「お前ってやつは! どこまで!」
「離せ! 山猿!」
喚くそれが拘束を抜け出そうともがくのを躍起になって抑え込もうとしたとき、シンの身体を温かな体温が包んだ。
「いいから、大丈夫だから。もうアグネスにその気はないの!」
それだけで、ふっと腕から力が抜けてしまった。アグネスはシンの拘束から這い出ると、メイクがぐちゃぐちゃに乱れた顔を上げた。備え付けのモニタだけが光源の薄暗い一室で、赤く腫れた目元に女の情念を垣間見る。知らず、息を飲んだ。
「あんた達は、どこまで私を惨めにすれば気が済むのよ!」
冷水を掛けられた様に血の気が失せた。プライドが高く、そのプライドに相応しい腕を持っている、強かな女。弱さなど知らなかった。この女の弱さなど。
「アグネス、俺……」
「黙れ! もう出てってよ、一人にしてよ! なんで見せつけるの? 負け犬を嬲るのがそんなに楽しいの!?」
「違っ、俺は!」
――お前がルナを!だから!
「シン!」
ルナマリアの静止に、シンは言いかけた言葉を飲み込む。
「アグネス、さっき言ったことは嘘じゃないからね。それだけは忘れないで」
それだけ言うと、ルナマリアは部屋の外へと向かって歩いて行く。振り返り、
「シン?」
「少し、話さないと。コイツと」
「カッとならないでね。怪我とかさせたら……」
「分かってる」
そう、と言ってルナマリアは部屋を出て、すぐ後に扉は閉まった。
2人になった室内にアグネスの引き攣る様な嗚咽だけが響く。何か、言葉を掛けられるような気がした。何かに迷って、道を違えた仲間に。自業自得であると、そう切って捨ててしまう以外の選択肢があるような気がした。
「どうしてって、聞いていいのか?」
俯くアグネスに返答はなかった。それでもシンは根気強く待った。
やがて数分は経った頃に、漸く掠れた声でアグネスは応えた。
「あんたには分からないわよ」
「ファウンデーションのデスティニープランに賛同したのかよ」
「違う。知らなかったもの。ヤマト隊長を殺そうとしたとき、あのときはデスティニープランとかアコードとか、私は知らなかった」
「じゃどうして?」
「さぁ。どうしてかしらね」
「ちゃんと答えろよ。一歩間違ってたら隊長も、ルナだって殺してたかもしれないんだぞ、お前!」
シンの語気が荒くなって、アグネスは震える様に身を掻き抱いた。
「あの人は! 私を見てくれたのよ! 私の強さも、美しさも。私を正当に扱ってくれたの! キラ・ヤマトとは違って! シュラは!」
シュラ、シュラ・サーペンタイン。アスランが落とした、ファウンデーションのパイロット。ブラックナイトスコードの隊長を務める男。サーベルを使った模擬戦では、シンの上を行く力を見せつけた戦士。シンの脳裏に苦い記憶が湧き上がってくる。確かに彼は強かったとシンは思う。そして、強者には敬意を以て接する人間でもあった。『月光のワルキューレ』、エースたるアグネスの2つ名も知っていた。
しかし、そうであるなら――
「俺だってアグネスの実力を認めていた。『月光のワルキューレ』を認めていたよ。ルナだってきっとそうだ」
「だからあんたはガキなのよ」
冷静に、冷静に、シンは努めた。
「俺がガキだったら駄目なのかよ」
「キラ・ヤマトでなくちゃ! あの男じゃなきゃ、ラクス・クラインを超えたことにならないでしょ!」
そこまで聞いて、シンはこれがこの女の本性なのだと心底思い知った。結局、自身の強さも、自身の美しさも、キラ・ヤマトへのこだわりも、ラクス・クラインという最上級の女を超えて自分こそ最上であると証明するための過程でしかないのだ。そして、その過程に負け筋を見たから逃げた。現実から逃げ、より安易は方へ流れた。彼女がシュラと出会ってしまったのが不幸だった。シュラでなければ、或いはもう少しタイミングがずれていれば、戦場で向かい合う事にはならなかっただろうに。アグネスの言を聞いたシンに、女の合理への理解はあっても共感はなかった。ただ不幸であったと。そう思うしかなかった。
「バカだな、お前」
「ええ、そうね」
「愛していたのか、シュラを」
「ハッ、愛? やめてよね、あんたの口からそんな――」
「シュラは死んだ。アスランが討った」
アグネスの瞳が迷った。
シンは彼女の揺れる瞳が滲んでいくのを見た。
「別に、シュラなんて…… あいつは別に、そりゃ腕は立つけどそれだけで――あいつは、ただの妥協で、だから……!」
「アグネス……」
「違う!」
「アグネス! いいんだ、きっと!」
彼女の肩に手をやりその瞳を正面から見やる。耐えようとしている。シンは直感した。きっとこれがアグネス・ギーベンラートの最後の意地なのだと。
「ほんの少しでも想った相手だったなら、耐えなくてもいいんだ」
「違う、違うの……」
「違くないよ」
「違う!」
「違くない」
今度こそ、アグネスは蹲って嗚咽を漏らした。
アグネスと、やり直せるだろうか。同期として、同じ隊の仲間として。許せるだろうか。この身勝手な女を。それでも、ほんの少し、ほんの少しでも彼女が変わってくれたなら。アカデミーにいた頃、嫌味で見下した態度で接してきたアグネス。しかし、シンにとっては超えるべき壁でもあり目標だった。レイに次ぐ次席のザフトレッド。貪欲に力を求めていた士官学生時代のシンの目には、アグネスは輝いて見えていたから。だから。
アグネスが落ち着くのを、シンは待つことにした。そうすることで彼女の苦しみを少しでも理解できたなら、彼女を許せる様な気がしたから。
02
「ルナマリアにとって、あんたは妥協だと思ってた」
「はぁ?」
「だってなんであのルナマリアが、あんたみたいな落ちこぼれのガキを選ぶ必要があるわけ?」
「お前、言い方」
「いや訳わかんないでしょ、実際さ」
冗談めかして、アグネスは少し笑って見せた。彼女が持ち直したなら、それはそれでいいとシンは思う。だが第一声からこれでは、ほんの少し前ならカッとなっていたに違いなかった。2人で壁際に腰を降ろして並びながら何となくモニタを眺める。ふと、この部屋随分と埃っぽいなと思った。そんなこと、今更気づいた。
「ルナとは、色々あったからさ」
「ふーん」
「なんだよ」
「別に。ただ、私が知ってる落ちこぼれのシン・アスカなんてもうどこにもいなくて、ルナマリアはいい男を見つけたんだなって」
「気持ち悪い」
「言い方」
どす、と肩を叩かれた。だがそれは決して不快な痛みではなく、シンに在りし日の郷愁を呼び起こす温かい痛みだった。
「ルナには謝ったのかよ?」
「まだ」
「っていうか何の話してたんだよ、二人で」
「言う訳ないでしょ。あんたに」
あっそ、と言ってシンはぼんやりと暗闇を見据えた。何となく考えを巡らせる。アグネスへの処分は如何ほどであろうか。実際は、かなり微妙だった。
アグネスがキラを撃ったタイミングでは、ラクスからフリーダムの撃墜命令が出ていた。アグネスがファウンデーション側について宇宙にがったタイミングでは、ラクスの身柄はファウンデーション側にあった。アグネスはラクスの命令に従い、ラクスに付き従って行動したと言えなくもなかった。とはいえラクスの身柄がこちらに戻ったタイミング以降では、また話は変わる。事実としてアグネスは造反したという認識がコンパス内では一致し得る。
平和監視機構コンパス。その実態は各国供出の軍でありながら、しかし設立後間もなく、こういった状況の前例などない。順当に行けば軍事裁判後に懲役の実刑、極刑の適応までありえる。しかし、今のシンは彼女に極刑などという刑を課したいとは思わなかった。もし叶うのなら、彼女にチャンスを。たった一度チャンスがあれば、彼女は――
「懲りたのかよ、お前」
「……さぁ、どうだろ」
「お前な!」
「はいはい、凝りました。反省してます。ヤマト隊長に色目を使ってた事も、ルナマリアに嫌味を言っていたことも、あんたを見下してたことも。――ヤマト隊長を撃ったことも、ルナマリアを討とうとしたことも」
「アグネス……」
「ごめん、ごめんなさい。シン。馬鹿だったは、私。何も見えていなかった。あんたが間に合わなかったら、私はルナマリアを殺していた。この手で」
シンはアグネスへと顔を向けると、その瞳の中に真実があるかを探そうとして、止めた。信じると決めた。疑う様に真実を探すのではなく、仲間であるなら、信じるべきだと思った。
「分かった、アグネスがそう言うなら。俺掛け合ってみるよ。お前のこと」
「……いいの?」
「たかだか大尉の、パイロットの進言にどの程度意味があるかは分からないけど」
「裏切ったのにね、私」
「そうだな」
「あんたにとっては仲間なの? 私はまだ?」
「悪いかよ」
堰を切ったようにアグネス笑う。いつもシンが目にしていた他人を見下す様なそれではなく、年相応の笑顔で。
「なんだよ!」
「似てる、あんたとルナマリアは」
「どうして」
「さっきルナマリアが此処に居たとき、あいつ言ってたから。同期だし、同じ隊の仲間だからって」
――アグネス、もしあんたが今回したことについてちゃんと悪いと思ってるなら、私はあんたを責めない。あんたの減刑について上に掛け合って、なんとかして貰うから!
ルナマリアがそう言ったと聞いて、シンは誇らしさにも似た暖かさが湧き上がった。ルナマリアもそう言うのであれば。懸念していたアグネスとルナマリアの軋轢は、それほど気にすることではないと言えた。
よし、と言ってシンは立ち上がる。滞っていた血流が全身を流れる心地良さに、仄かに充実感すら交じっている。
「後で飯持って来てやるよ。それまでは大人しくしてろよな。落ち着くまで暫くは掛かる筈なんだから」
「分かってるわよ。素人じゃあるまいし」
「はいはい、そうでしたね」
シンは扉へと歩いて行く途中、ねぇ、というアグネスの声に振り返ると、
「ルナマリアにさ、もう一度来てって、言っておいてくれる?」
一つ頷きを返して部屋を後にする。シンの戦いはまだ終わっていなかった。この部屋の中でそれに気づいた。ファウンデーションを打倒する、オーブを守る、アウラの掲げるデスティニープランを阻止する。此処までは順調。だから、最後の話も決着をつける。彼女の処遇について、納得できるところまで。馬鹿な同期のために。
隊規を犯した者の減刑を交渉する。まどろっこしい駆け引きなど自分にはできないとシンは理解していた。だから、狙うは現部隊内の最上位者。ぱん、と頬を叩く。シンは艦長室へと歩みを進めた。